断片・お祓い 後編
指定された日に、またその家に行きました。夏なのでまだ明るい時間だったのですが、山の間にあるその地区には影が落ちて、もう日暮れのようでした。
『これに着替えてください』
と白装束を出されました。ご主人も同じような白い着物を身に着けていました。父のぶんだけで、私のものはありませんでした。
父が着替えると、小魚を輪にしたようなものを渡されて、それを首にかけろと言われました。めざしだと思います。ご主人と、父と、年のいった男二人が白装束を着て、めざしを首にかけて、そりゃあもう珍妙ないでたちでした。
裏の縁側に草履が用意してあって、そこから外に出ました。きちんと整えられた庭をしばらく歩くと木戸があって、そこを出ると小さなお宮がありました。
ははあ、ここでご祈祷をするのかと思うと、そうではなかったのですね。
横に注連縄を張り巡らせた立派な木があって、それに向かってお祈りをするのです。
ご主人が木に向かって、何やらお経のような、祝詞のようなものを延々と唱えました。けっこう時間がかかりました。
薄暗くなってきたところでご主人は木に一礼すると、手を伸ばして下のほうの小枝を二本、折り取りました。
『持ってきた写真をいただけますか』
患部のCT写真は私がカバンに入れて持ってきちょりましたから、それを渡しました。
するとご主人は、手ぬぐいを取り出して父の顔に巻き、目隠しをしました。そして折った枝を父の目の上のあたりにくるように固定して、その上からさらに覆面みたいなものをかぶせました。
あれです、名探偵の映画で、顔をケガした人がかぶっちょるような、目のところだけ出るようになっちょるやつ。黒子がかぶるのにもちょっと似ちょる、あれです。
ただ、普通は目のところが開いているもんやと思いますけど、そこも布で。完全に袋をかぶせられたみたいになっちょりました。代わりみたいに、目の位置には大きな目玉が刺繍糸で縫い取りしてありました。
それでCT写真を、その目玉の刺繍の上から、悪い方の目ぇのあたりに来るように、両面テープで貼り付けて。ご主人が。
めざしだけでも珍妙なのに、ますますわけのわからん恰好になりまして、父。
大丈夫かなあと改めて思ったですね。
ご主人のほうも、はちまきみたいなもので枝を額のところにくくりつけまして。そうして、
『では息子さんはここでお待ちください。私が戻ってきていいと言うまで、決して動かんように』
と、言いました。
私は、一緒に行けるもんやと思っておりましたから、
『そんなこと聞いちょりません。何でダメなんですか』
と食い下がりましたが、
『言うことが聞けんなら話はこれで終わりです。金は返しますけん、お帰り下さい』
けんもほろろです。
しまいに父が、
『頼むけん、聞きわけてくれ』
言うて。仕方なく、うなずきました。
『息子さんは絶対に動かんでくださいよ』
念を押されました。ついていきそうな顔、しちょったんでしょうか。
『そちらのご神木に、成功を祈っちょってください。ちゃんとせんと効果がないですけん。下手なことをされると、お父さんにもあなたにも障りがあるかもしれませんけん。わかりましたね』
怖い声でした。
いろいろかぶせられて父は大丈夫かと思いましたが、ご主人が先導してくださって落ち着いた感じで歩いていきましたね。草ぼうぼうの坂道を登らされていたので、ちょっと心配でしたが。
相手は慣れちょるのか、
『そこが段です』
『道が右に曲がります』
と丁寧に案内してくださっていて。曲がり角なんかでは手を引いてくれていましたから、まあ大丈夫なのかなあと。
そのうち、二人の姿は草むらに隠れてしまいました。私はやることもなくなったので仕方なく、ご神木とやらに向かって『父のガンが治りますように、長生きできますように、目を取らんでも良くなりますように』と祈っちょりました。
しばらくすると、坂の上のほうから声が聞こえてきました。
木が茂っているので姿は見えませんでしたが、ご主人の声だと思いました。先ほどご神木に祈っていた時と同じような、祝詞だかなんだかを唱えていました。
その口調がね。木の前では、普通の神社でお祓いしてもらうときのような感じだったんですよ。だけど、坂の上から聞こえてくるのは怒鳴り声みたいな感じで。
パアン、パアンと、何かを破裂させているような音も聞こえたですよ。爆竹とか、そげなもんは持っちょらんかったと思うのですが、先に用意してあったのでしょうか。
祝詞が聞こえなくなったときには、もう日が暮れてあたりは真っ暗でした。ずいぶん時間が経っていたんですな。
不安になって上を見ていると、ガサガサ音がして、二人が坂道を早足に下りてきました。父の頭巾は取れかけていました。
『お待たせしました。これで大丈夫やと思います』
と言われました。そのときにびっくりしたのですが、父のかぶっていた頭巾は取れかけていたんやなかったです。破れていたんです。CT写真のコピーは、何かでえぐられたように穴が開いていました。
『何をしちょったんですか』
私は声を荒げましたが、
『話はいいです。急いでここを出てください』
追い出されるように、背中を押されました。
坂の下に奥さんが待っていて、私たちの靴やら父の洋服やらをまとめて持ってきてくれていました。
『このまま、まっすぐお祓いに行ってください。一宮の大社さんか、温泉町の**社がええと思いますが、他に懇意のところがあれば言うていただければ』
と言われました。
『お祓いて、こんな時間にお祓いは受けてくれんでしょう』
と聞くと、
『こちらから連絡をつけておきます。どちらに行かれますか』
しつこく言われます。
一宮の**大社が帰り道なので、そっちでと言うたら、
『ではこれを渡してください』
と白い封筒を渡されました。中はたぶん、金やったと思います。
『垂郷から来たと言えば通じますけん。気を付けて。頭巾と、ご神木の枝は社のひとがええと言うまで絶対にはずさんでください』
厳しく言われました。残りのお金は、病気が治っていたら銀行に振り込んでくれればいいという話でした。
どうもよくわからん。結局、神社でお祓いしてもらうならそちらだけで良かったんじゃないかと思いながら、車を運転して一宮に行きました。
境内は真っ暗でしたけれど、駐車場に装束を着けた人が待っておって、車を停めたら『垂郷から来た人ですか』と聞かれました。
そげですと言いましたら、神殿に案内されまして。
そこで父は、頭巾と白装束を取られました。木の枝だけは、そのまま持っているように言われました。
ズボンだけはいて、ワイシャツは羽織るだけで、
『そのままでいい、身支度はあとで整えてくれ』
と言われて、立派な服を着た長いひげの神官さんがご祈祷を始めました。
ひとしきり終わってから、
『あそこは効き目があるかもしれないが、外法ですけんあまり頼りにせんほうがいい。今回限りになさい』
と言われました。
木の枝は捨てずに、門にくくりつけて三日間そのままにし、その後は近所の神社かここに持ってきてお焚き上げするようにということでした。
次の検査で、医者が驚きました。ガンがなくなっちょったんです。
手術の予定はキャンセルになり、しばらく経過観察をすることになりました。
結局、手術はせんで良くなりましたね。医者も驚いちょったそうです。
父は、あのときのご祈祷が効いたのだと信じていましたね。初めに払うつもりだったお金、全部を相手の口座に払い込んじょりましたし、私も反対はしませんでした。
父ですか。五年前に亡くなりました。
結局、ガンでしたが。胃ガンで、目ぇは最後まで無事だったです。
ですから、本人はまあ、それで良かったんやと思います。




