断片・テレビのひと
あの晩ですよ。よう覚えちょります。寝ようとしちょったら台所にゴキブリが出ましたけん、叩いて潰して窓から捨てようとしたんです。したら、塀の向こうの道をひとが歩いちょったです。
最初は揚羽ちゃんやと思うたんですよ。津峨森さんのお嬢さんね、お嫁に行った。何でですけんね、背格好が似ちょったんですかいね。
いや、でもすぐに違うとわかりましたよ。だって揚羽ちゃんは気の毒に、あの犯人に襲われてご主人を殺されてって連日テレビで報道されちょりましたけんね。
前の日に顕ニさんにね、家の番に戻ってきちょった津峨森さんの弟さんにね、揚羽ちゃんは京都で入院しちょるて聞いたばかりでしたし。
それで、またテレビのひとが来たんかと思いました。下の、**の、スーパーね、そこの袋を持っちょりましたけん。
あそこはあんまり安売りせんし、レジに髪の毛を染めた若い子なんか使っちょって、感じ悪かったんです。皆、そう言っちょったよ。
だけん、どうせ車を出すんなら、みんなもうちょい先の**まで行っちょったです。買い物がしんどい人は、**の共同購入をしちょったね。だいたいそろうけん、あれで。みんなそんな風やったよ。
垂郷には店、なかったですけん。もっと昔は小さい雑貨屋をやっとる家もあったんやけど、あの事件のころにはもう閉めちょったね。引っ越したですよ、お子さんの勤め先の近くに。そうやって、櫛の歯が欠けるようにいなくなっていったねえ。
ああ、それでね。揚羽ちゃんやないんやから、テレビのひとやろ思ったんです。みんな行かんスーパーの袋やったし、だいたいねえ。
その当時、もう十戸くらいしか住んじょるもんはおらんでしたけん、近所のもんなら見たらわかります。そりゃ、暗かったです。私も目ぇは悪いですけど、わかりますよ。毎日会うとるひとばかりですもん。
モリの家のほうに歩いて行きよりましたしね。ああ、モリの家に向かっちょったから揚羽ちゃんやと思ったのかもしらんですね。ええ、日ぃが暮れたら誰もモリの家には行かなかったですよ。そういうものでしたけん。ええ、絶対でした。
よそものはね、別ですよ。モリの家はもともと、夜によそもの呼んで、まじないやらして金稼いでたようですが。詳しくは知らんですけど、モリの家のことですけん。知らんひとが近所を出入りするのも好まんと言えばそうやったけども、モリも生活がありますけんね。
そんなにうるさく口出しはせんかったです。モリですけんね。特別ですけん。
やることやってくれちょったら、それで良かったんです。
……いや。
それは『モリ』ですけん、守ることですよ。
何からって、そげなことどうでもええやろ。事件と関係ないがね。
とにかく、よそものって言えばモリの客やったんです。あのときはいろいろうるさかったですけんね、毎日毎日、何台も何台も車で押し寄せてきて、大勢で騒ぎ立てて道ぃふさいで。
ようやっと落ち着いてきたところだったんですけどね、清明くんやら揚羽ちゃんやらの家の事件があって、テレビのひとも町のほうに取材に行くようになりましたけん。
それでもまだときどきは来ちょりましたけん、どうせまたテレビのひとやろと思ったんです。ええかげんにしてくれんかな、せめて明るくなってからくればいいのにと思いましたね。
けど、後から何や気になりましてな。年寄りは眠りが浅いけん、一度目が覚めたときにそれを考え始めたら、眠れんようになって。
何て、決まっちょりますがね。歩いちょったんですよ、そのひと、うちの前の道を。なんで車やないんやってことです。
モリの家に来るひとらはみんな、車で来ましたもん。当たり前です。バスかて一日一本でしたけん、自家用車でないと来られんです。
**のスーパーて、あんた、車で二十分かかったですよ。そげなところから、街灯もろくにない夜道を登ってくるひとなんぞおらんでしょう。
テレビのひとたちやって、みんな車で来ちょったよ。おかしいやろって思ったんです。モリの家の前まで車で行けますし、停めるとこはいくらでもありますもん。歩く意味がありませんわ。
そうやってひとりで考えちょったら、パトカーの音が聞こえてねえ。あんなことにねえ。
私が見たひとな。
女やったんやないかなとは思います。最初、揚羽ちゃんやと思うたくらいですけんね。でも警察にあれやこれや細かく聞かれたらようわからなくなってしまったね、服装もよく覚えちょりませんし。男やったか言われたら、そうでなかったとは言えません。
だってほら、家の裏の堆肥ポストを足場にして登って、書斎の窓を壊して顕二さんを殺したってテレビで言っちょりましたしね。女にそんなことできんでしょ。
でもね、よう考えたら揚羽ちゃんのわけがなかったんですよ。入院しちょらんかったとしても、揚羽ちゃんはいつもきれいな服を着ちょりましたけんね。都会的というか。神戸の大学に行っちょりましたけん、オシャレでしたんよ。
私の見たひとは、地味でしたけんね。なんや、暗い色の服を羽織ってね。揚羽ちゃんみたいなきれいな色の服は着ちょらんかったんですよ。本当に、なんで揚羽ちゃんやと思うたのか、自分でもわからんですね。
よく思い出すと年寄りやったんやないかと思いますの。
歩きかたもゆっくりやったしね。足、引きずるみたいにしちょったよ。




