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断片・ヒッチハイク

 これはずいぶん前に聞いた話だよ。

 会社の先輩の、学生時代の友達が、大学最後の年に車でひとり旅をしてたんだって。


 海沿いに走って、地元の食堂で飯を食ったり、写真を撮ったり。気が向いたら観光もしたり、マイペースな旅だったんだって。働き始めたら、長期の旅行なんてできなくなるからね。目的地も特になく、飽きるか予定の日になったら帰る。そんな感じでのんびりやっていたそうだよ。


 その日は宿が見つからなくて、車を停めて泊まれる場所を探してウロウロしていたんだって。JRの駅から山のほうに向かってしばらく走って、あまりに真っ暗になってきたから戻ろうと思ったころだったらしい。


 うん、時間貸しの駐車場か、広い路肩があればいいと思ったようだけど、道も細くなるばっかりだったんだってさ。コンビニもガソリンスタンドもなくて、そういうのを聞けるような場所もなかったんだって。


 そうしたらさ。

 道の端っこに、白くて大きな塊があって、それがもぞもぞっと動いたんだって。

 その人、おおあわてでブレーキを踏んだって。それまでも道に鹿なんかが飛び出してくることはあったらしくて。轢くのはイヤだろ、やっぱり。


 で、車を停めたら、その白いのが近付いてくるの。そして、コンコンって窓ガラスを叩くの。人間だったんだよ。


 灰色の上着を着て、帽子を目深にかぶった女のひとだったって。

『どうかしましたか』

 って聞いたら、

『たたた、た、たりごー、どのくらい、あとどのくらいかかりますか』

 どもりながらそう言うんだってさ。


 近付いてきたときによたよたしていたから、おばあさんだと思っていたんだけど、意外に若い声だったんだって。


 地元じゃないからわからない、と言うとがっかりした様子だったらしい。

 そのあと、ずっと黙ったまま横に立っているから、だんだん薄気味悪くなってきたみたいでさ。暗い道におばあさんがひとりでいるのもおかしいし、もし車に乗せてくれって言われたらどうしようと思ったみたい。なんだか臭いし、乗せたくないなって思ったんだって。


 それで、じゃあさようならってそそくさと窓を閉めて、車を出したんだけど、内心気が気じゃなかったって。ジェットババアみたいに追いかけてくるんじゃないかって。


 でも、しばらくしたら、暗い道に女のひとを置き去りにしたのが申しわけなく思えてきて。

 電話ボックスがあったからそこで車を停めて、警察に電話したんだってさ。

 あ、そうそう。平成の話なの、これ。まだ田舎では携帯とかつながらなかったころ。そのころは、そこらじゅうに公衆電話があったんだよ。山の中でもさ。


 徘徊老人かもしれないって言って。場所は、旅行者だからよくわからないわけだけど、電話ボックスに書いてある番地とかを言って、その先の道だって伝えて。

 しばらくしたら、パトカーが通り過ぎていくのが見えたからこれで安心かなって思ったんだけど、なんとなくそのままそこにいたんだって。


 二十分くらいしたらパトカーが引き返してきた。そして電話ボックスの横で停まって、警官が二人下りてきた。

『通報してくれたひと?』

 と聞かれたのでそうですと答えたらしい。電話したときに言った、住所氏名とかを確認されて、免許証も見せてと言われて見せた。


 でね、おばあさん、いなかったんだって。

 パトカーの後ろは空っぽだった。声をかけてみたり、少し先のほうまで走って探したりしたんだけど、どこにもいなかったんだって。


 もう一度詳しい状況を聞かれたので話したら、

『たりごーって言ってたの?』

 っておかしな顔をしたんだって。

 それって住所じゃなくて、地元のひとが使う通称みたいなものなんだって。


 警察、実はイタ電じゃないのかって疑ってたみたいなんだけど。地元の人しか知らないような地名を、旅行者が知っていたから本当に誰かいたんだろうって話にはなったらしい。

『でもここからじゃまだけっこう遠いよ、歩いていくような距離じゃないけどなあ』

 ってまだ不思議そうだったけど、


『このへんの山では昔からおかしなことが起こるって言うけんね』

 と、年配の警官が冗談ぽく言って、話は終わりになったんだって。

 その夜はその警官の親戚がやってる料理屋の座敷に泊めてもらえたんだって。


 で、それだけだったら旅先のちょっと不思議な話なんだけど。

 最近さ、似た話を知っている人に会っちゃったんだよ。


 取引先のひとなんだけどね、そのころは別の会社の営業で、地方を回っていたんだって。でもあるとき、道に迷っちゃって。予約したはずの旅館にたどり着けなくて、山道で困っていたんだって。会社の車が古くてカーナビもついてなくて。そのころはカーナビって今ほど普及してなかったんだよ。地図も自分でデータを買って更新しなくちゃいけなくてね、大変だったな。


 で、真っ暗な山道で、路肩に車を停めて地図を見ていたら、コンコンって窓が叩かれて、見たら女のひとが横に立ってるんだって。

 灰色の上着を着て、帽子を目深にかぶって、少し薬品のにおいがしたってさ。


『どうしました?』

 って聞かれて。道に迷っているって言って宿の名前を言ったら、それは道が違うって言われて。


『地図、ありますか』

 って言われて見せたら、包帯を巻いた指で道を指して、今いるところはここ、目的地はこのへん、って言って。ここの交差点まで戻ってこっちへ行かないとダメだって丁寧に教えてくれたんだって。ずいぶん前の交差点で道を間違えちゃっていたらしい。


『車で十分くらい上がれば転回できるところがあるんですけど。もし良ければ、乗せていただければご案内しますけど』

 って言うんだって。


 今だったら警戒するのかもだけど、そのころはまだ昭和のノリが残ってて、もうちょっとのんびりしてたからさ。

 ああ、そうそう。最初の話と同じ、平成の初めごろのことだって言うんだよ。場所も近いの、っていうかほぼ同じなの。だから興味をもって聞いちゃったんだけどね。


 それで、ありがとうございますって車に乗せたんだって。

 声だけ聞いていたときは若いひとだと思ったんだけど、車に乗ったときの動きは緩慢で、おばあさんみたいだったって。


 そのひとの案内で、暗い山道をずっと登ってね。そうしたら、人家が見えてきて、そっちに入る道もあったのでそこで車を転回したって。車を降りるとそのひと、

『今の道をそのまま戻って、最初の信号のある交差点で左に行ってくださいね』

 と、丁寧に旅館までの道筋を教えてくれたんだってさ。


 改めてお礼を言うと、

『こちらも助かりました。時間が遅くなって、途中までのバスにしか乗れなくて、この足で家まで歩くのかと思って困っていたので』

 と答えたので、このあたりのひとなんだなって思ったんだって。


 別れ際にふと、

『この道は峠を越えるんですか』

 って聞いたんだって。来た道はまだ、山奥まで続いているようだったから。

『いいえ。山を回って、この上の集落に行ったらそこで終わりです。隣りの県に抜けたかったら、自動車道のほうに行くのが一番近いですよ』

 って言われて、ふーんって思ったって。


 で、頭を下げて、車を出して、最後にミラーを見たらさ。

 もういなかったんだって。その女。


 確かに家は何軒かあったけど、そこからは離れてて。そんなすぐにいなくなるわけなかったんだってさ。なのに消えちゃったから、ゾッとして。あわててアクセルを踏んで、急いでそこから離れたんだって。


 そのひとはキツネに化かされたって言ってたけど。

 なんか似てるでしょ? 最初の話と。そういうのってあるのかなあ。タクシーに乗る幽霊は聞いたことあるけど、ヒッチハイクする幽霊? そういうのって。


 あ、それからね。

 その話の、山道を行った先にある集落ってとこ。

 連続殺人事件が起きて有名なところらしいよ。映画みたいにさ、一族皆殺しになったらしいね。


 ヒッチハイク幽霊も、その被害者の誰かだったりしてねー。

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