手記・1
(事件後に発見された、四度坂顕二氏の手記から)
平成**年**月*日。
揚羽から鍵を預かり、垂郷の家に入る。
兄夫婦がいなくなった建物には生活感がない。そのせいか、ここが再び自分の住む場所に戻ったように思えた。
そんな気分は結婚して以来だ。四十年ぶりになる。
短期間だけ滞在する親族としてではなく、戻ってくることがあるとは思っていなかった。戻らずに済めば、そのほうが良かったのだが。
あの木が倒れた今、何が起きてもおかしくはない。
自分も安全とは言い切れない。
だから万が一に備えて、出来る限りの記録を残しておく。
本来は跡継ぎの清明がやるはずの務めだが、清明もその子供も殺された。
ならば清明の妹の揚羽がやるべきところだ。が、揚羽もダメだ。
頭を殴られたせいか、亭主が殺されるところを目の前で見たせいかはわからない。襲われた後の揚羽はぼんやりしていて、どこかおかしい。
あれでは無理だ。揚羽はつてのある京都の病院に入院させた。赤ん坊は亭主の実家に預けさせた。もう私しかいない。私がやるしかない。
妻は海外赴任中の次男のところに行かせた。長男も逃がしたかったが、仕事があるけん無理やと言いよる。嫁と孫だけ、県外の実家に逃がした。
息子たちは妻の連れ子で、私と血縁はない。垂郷に連れて行ったこともない。目はつけられておらんはずやと思うが、不安でたまらない。
妻は私との子供も欲しがったが、私も血を分けた子が欲しいと思わないでもなかったが、作らんで良かった。そう心から思う。
清明の一家の死にざまを思うと落ち着かない。妻が、息子が、嫁が、孫たちがあげんことになったらと思うと恐ろしくてたまらん。
子供が二人で良かった。これ以上いたら、げに管理しきらん。
あのばか兄貴が、あげに止めたに清明を家から出すようなことをするから、つけこまれたのや。
平成にもなって祟りやら馬鹿馬鹿しい、大丈夫やって言うちょったけど、大丈夫やないやないか。皆殺しにされちょるが。兄貴がちゃんとせんけん、木が倒れてしもうてこげなことになる。
兄貴が
(以下二行、黒マジックで塗りつぶされて判読不能)
私も少し取り乱しているようだ。余計なことを書いた。
家族のことを書いた部分は、気恥ずかしいが残しておく。
上手く片付けることが出来れば、その時に破棄しよう。
もし失敗したときには、口下手な親父もこんなことを思っていたのだと知ってもらいたい。
次男の私は、跡継ぎだった兄と比べて塚のことをあまり教えられてはいない。
私の知識ではこの状況を収めることは難しいだろう。
だが、この家には代々が伝えてきた様々なものが遺されているはずだ。
中にはきっと、役に立つことがあるはずやと思いたい。
ひと休みして荷物をほどいたら、すぐに調べ始めよう。




