アン・2
アンちゃんは、うちの子と保育園から一緒だったんです。
私は出産のあと仕事を一年休んで、息子が一歳を過ぎた四月に入所させました。アンちゃんも同時期の入所でしたが、時間が合わなくてお母さんとはあまりお話をしたことはなかったですね。
アンちゃんを産んですぐに離婚なさった、ということは何かの折りにうかがいましたよ。保育園ではそういうかたは珍しくないですし、別に特別とは思いませんでしたけど。
保育園にいる子って、人なつこい子が多いです。アンちゃんは春生まれだったので言葉も早くて、すぐに私の顔も覚えてくれました。
子供を迎えに行くと、
『**くん! ママ来たよ!』
って、息子を呼んでくれるんです。利発でかわいいなあと思っていましたね。
ただ、ちょっと気の強いところがあるっていうか、よくお友達を叩く子だとは聞いていましたね。息子も『アンちゃんはすぐ怒る、怖い』って避けたりしていました。
小さい子のことなので、お互いさまではありますが。自分の子だって、他のお子さんに何をしていたかはわかりませんし。
いつも『アンちゃん』って呼んでいたので、小学校の名簿で『杏寿』って漢字を見た時は何だか新鮮でしたね。こういう字を書くんだ、って初めて知ったと思います。いえ、本名があんじゅちゃんなのは保育園のロッカーの名札なんかで知ってはいたんですけれど。ひらがなかカタカナだと思っていたんです、何となく。
四年生のときに、お母さんが再婚なさったのですよね。それで、苗字が変わりますって言われて。苗字が三文字で、画数も多いから『ごっつい名前になっちゃうけど』ってお母さんは笑ってらっしゃいました。幸せそうでした。
最初は、お父さんが出来て前より落ち着いたかなって思っていたんです。ちょっときつい顔立ちだったのも、やわらかくなってきたように見えましたし。少ししたらお母さんが妊娠なさって、そのころからちょっと風向きが変わってきて……。
ママ友さんたちから、『子供がアンちゃんに叩かれた』とか『物を盗られた』って話を聞くようになりました。いえ、小さい時から叩く子ではあったんですけど、ケガをさせられたとかそういうレベルになってきて。
それと、服装が……。何だか小汚くなってきたんですね。たまに見かけることがあっても、サイズが合ってない古いものを着ている感じで。妙にダブダブだったり、逆にきつそうだったり。
四年生くらいだと、そろそろ体がね、発育してくるでしょう。女どうしでもちょっと、目のやり場に困る感じだったりするときもあって。
『お母さんに言ったほうがいいよ』
って、話す機会があったときにアドバイスしたりもしたんです。そうしたら、
『お母さんは、赤ちゃんが生まれるから……』
と、煮え切らない感じの返事がありました。
もしかしたらお母さん、つわりで体調が悪いのかな、それでアンちゃんのことまで手が回らないのかなって思ったんですね。私もつわりはひどかったので。
『だったらお母さんのお手伝いをしてあげないといけないね』
と言ったら、
『うん……』
とうなずいていました。
何だかとてもおとなしい感じになったな、と思いました。元気のいい女の子というイメージだったので。でも高学年の女の子って、大人には礼儀正しくというのを身に着けてくる年頃でもありますしね。そういうことなのかな、と。
ちょっと前までは親し気に話しかけてくれた子たちも、成長と共に私たちと距離を置くようになっていくんだろうな、とそんな風に思ってしまったんですね。自分の子は男の子なので、そのころはまだ全然こどもでしたけど。女の子はやっぱり違うのかなあって、そう思い込んでしまったのですよねえ……。
そのうち、赤ちゃんが生まれて。
近所のスーパーで、お父さんとお母さんが赤ちゃんを抱いて買い物をしているところを何度か見ました。幸せそうでした。
挨拶をして、アンちゃんは? と聞くと、遊びに行っているとか家で留守番をしているという返事でした。
そのころは、もう五年生でしたしね。
『そうですよね、大きくなるとだんだん離れていっちゃいますよね』
と相槌を打ったら、
『ですねえ』
なんて答えていらっしゃったのですけれど。
あれ? と思ったのは、冬休み前でしたね。ファミレスで、たまたま会ったんです。お父さんとお母さんが、赤ちゃんを連れて外食しているときに。
アンちゃんがいなくて、また、
『あれ、アンちゃんは?』
って聞いちゃったんです。
そしたらお母さん、ちょっと迷惑そうな顔をした気がするんですよね、
『反抗期みたいで。来たくないって言うから』
と言葉を濁しました。
私もよその家にくちばしを突っ込んでいると思われたくなかったから、
『そうなんですか』
と言って終わりにしてしまったのですけれど。それから、気になるようになったのですよね。
そうすると、サイズの合わない服を着たままのアンちゃんが外でひとりで遊んでいることが多いことに気が付きました。塾や習いごとも、アンちゃんはやっていなかったようです。
息子に聞いてみると、
『あんじゅは忘れ物が多くて、よく先生に怒られている』
ということでした。そして、
『すぐ怒るから、女子の中でも嫌われてるみたい』
とも言っていました。
小さいときはそういうことはなかったんです、口が回るし叩くから、まあ怖がられてはいたんですけれど、むしろグループのリーダーという感じで。仲間外れにすることはあっても、されることはない子だったというか。
思い返すと、保育園のころはタオルなんかもいつもきれいなものを持っていたし、服装もきちんとしていた印象だったのですよね。気を付けてあげたほうがいいかもしれない、とそのころからはっきりと考えるようになったと思います。
夕方になると役場が『ゆうやけこやけ』のメロディを放送で流しますでしょ。え、あ、『七つの子』だった? あれって、地域によって違うんですか。どこも同じだと思ってました。
いえ、そのメロディが流れたら子供は家に帰るってことになっていたんですよ、小学校で。そうですよね、そこは同じですよね。
実際は、習いごとの関係なんかでその時間を過ぎても出歩いている子はいますけれど。最近は、夜の九時過ぎでも子供の声がしたりしますものね。心配になりますよ。
すみません、それで、アンちゃん。あるとき、『ゆうやけこやけ』がとっくに流れた後の暗い公園で、アンちゃんがひとりで遊んでいるのを見たんです。
『おうちに帰らないの?』
って声をかけました。
『**くんのお母さん』
小さい時みたいに、そう呼んでくれましたね。
『家に帰ると、お父さんとお母さんが怒るから……』
小さな声で言いました。
『怒られるの? どうして』
と聞くと、
『私がいると、赤ちゃんが泣くから』
と答えました。
『赤ちゃんはどうしても泣くよね』
私は慰めるつもりでそう言いました。
『それに、きょうだいはケンカして育つものだよ。おばちゃんもよく、妹とケンカしたよ。アンちゃんはお姉ちゃんだから赤ちゃんをかわいがってあげないといけないけど、ちょっとくらいのケンカはしてもいいんだよ、もうちょっと大きくなったらね』
そうしたらアンちゃんは自分の足元を見たままで、
『赤ちゃんが泣くと、お父さんとお母さんが怒るの。私のせいだって言うの』
と言って、私を置き去りにして駆けていき、ブランコに飛び乗ってものすごい勢いでこぎはじめました。その日はもう、話しかけても答えてくれませんでしたので、私もあきらめて帰りました。
おかしなこともありましたね。昼間でしたけど、やっぱり外でひとりでいるアンちゃんを見かけて話をしていたんです。
おうちのことにはなるべく触れないようにして、ただ『学校はどう?』、『息子と仲良くしてくれてる?』みたいな話をしていたんですけれど。
ちょうど、ベビーカーの若いママさんが近くを通ったんです。それで、赤ちゃんが急にぐずりだして。
そうしたらアンちゃんが真っ青になって、しゃがみこんだんです。頭を抱えるようにして、
『ごめんなさい、ごめんなさい!』
って大声でわめいて泣き出したんです。
『どうしたの、アンちゃん』
って聞いても、
『こわいよう、こわいよう』
と泣くばかりで。
なんだか私が泣かせているみたいになってしまって。赤ちゃんもびっくりして大泣きしてしまうし、まわりのひとみんなに見られてしまって。とりあえず、自分の家用に買ってきたお菓子をアンちゃんに渡してなだめたのですけれど。
そのときに気が付いたんですけど。その日、六月だったのですけれど、アンちゃんはぶかぶかの長袖のシャツを着ていたのですね。泣きながら頭を抱えた時に、その袖口から腕が見えたのですが。
あざや傷跡が何ヶ所もあったんです。
今の子供より、そのころは外遊びをしましたから……。女の子でも活発な子は傷を作ったりしていましたし、ものすごくおかしいってわけでもなかったんですが……。気にはなりましたよね。何より、あの怖がりようがおかしくって。
でも、それ以来ちょっと声はかけにくくなってしまったんですよ。
私も世間体がありますので、またあんな風に泣かれたらと思うとちょっと。そのせいで、息子が学校でいじめられでもしたら困りますし。
なので、声かけをためらっているうちに、夏休み前に…… いなくなってしまって。
私たち、他の保護者は公開捜査になって初めてそのことを知ったと思います。
そのころは、アンちゃんのお母さんと親しくしている人もあまりいなかったんですね。保育園のころは仲が良かった人も、再婚してからは付き合いにくくなったと言ってあまり関わりがなかったようです。
再婚すればそれまでとは生活も変わるし、妊娠出産したら何かと忙しいし、仕方ないとは思っていましたけれどね、今になってみると……。
ええ、お父さんお母さんがアンちゃんを探している姿というのはほとんど見たことがないんです。ビラ配りみたいなことは、警察やボランティアの人と一緒に一度か二度やっているのを見ましたけれど。
ボランティアのひとだけのときのほうが多かったですね。下のお子さんがまだ小さかったから仕方ないのかもしれませんが、それでもねえ……。
そして、息子たちが中学に上がる前に引っ越していってしまいました。アンちゃんがいなくなってまだ一年経っていなかったのに。
その時に、新しい家族の中にアンちゃんの居場所はなかったんだろうなと思ったんです。
泣かれても怖がらずに、もっと関われば良かったと思いました。学校の先生や、誰かに相談すればよかったと思いました。そうしたら連れていかれて、誘拐犯に何年も閉じ込められてしまうようなことにだけはならなかったかもしれないって。あんな事件に巻き込まれることも……。
今は児童虐待やらで、通報先がわかって良くなったと思いますよ。いや、そういうことがあるのは良くないんですけれども。
気が付いたときにどこに知らせればいいのかわかるというのは、やっぱり良いことじゃないですかね。
あのころはね、そういうことがあるっていうことも口に出したらいけない雰囲気でしたから。




