落雷・2
樹齢が長い檜の個体は、国内では珍しいです。建材になりますので、どうしても伐られてしまうことが多いんですな。
ですので**市の個体は注目しておりました。長野のほどではないでしょうが、かなりの樹齢ではないかと思っておりましたので。
伝承などがないかと調査しましたんですが、ないのですなあ。あれだけ立派な木だと御神木になったりしてお寺や神社の記録に残っていることが多いのですが。
ああ、いや、御神木ではあったらしいんですが、地主さんの話によると新しいのだと。あの辺りに人が定住したのは江戸時代の終わりで、二百年経っていないのだとおっしゃる。
『木のほうが古うて、立派に繁っておりましたけん。御神木として郷を守っていただくことにしたのやと聞いております』
という地主さんのお話が、確認できているうちで一番古い記録になるのですな。
二百年前には既に古木だったというお話で、だろうと思います。しかしやっぱり欲が出まして。ええ、あれだけの名木でしたし、誰かが何か書き残しているんじゃないかと思ってしまって。もう少し調べてみたんです。
その結果、どうやら江戸の中期までその辺りは留場だったようだとわかりまして。ええ、そうです。炭焼き・木こりも、猟師も入らない山です。
ただどこが管轄していたのかがよくわからなくてねえ。藩の記録は断片的なんですな。書きぶりからして領主の支配下ではないらしく、『古来よりの習いにて』みたいなことしかわからない。付近のお寺や神社をひととおり聞いて回りましたが、どこも知らないとおっしゃる。
あるいは戦国時代に一帯を治めていた大名家の政策の名残かもしれないですが、専門のかたに聞いても記録らしいものはないようでした。あのあたりは徳川時代に何度か国替えもされていますし、そんなものなんですかねえ。昔の話ですからねえ。仕方ないのでしょうね。
しかしそういうことなら、本当に誰も知らなかったのかもしれませんし、知っていたとしても記録には残せなかったのかなと。
それで過去の記録を漁るのは諦めまして。未来に生きようと。木の保全と観察・記録という本来やるべきことにね、打ち込もうと思ったんですが。
そこへあの台風ですよ。
比較的台風の害は少ない地方なんですが、あの年は大きいのが通り過ぎましてね。降水量がとんでもない数値を記録して、地滑りだ土砂崩れだで山林にもかなり被害があって、私もてんてこ舞いでしたが。
あれは本当に惜しかったですよ。良い木でしたから。
雷がね、運悪く直撃したようで。幹が真っ二つに裂けて、根元までね。あちこち黒こげになって、ひどいありさまでした。
おまけに雨で地盤がゆるんだようで、根がかなり露出していました。これは難しいかもしれないと、私もそう思わざるを得なかったです。
地主さんもがっかりしておられましたね。
残念でしたねと申し上げたら、うなずかれて、
『もうおしまいということでしょうかなあ』
とおっしゃった。地元の御神木だったわけですから、ひとしおの思い入れがあったのでしょうな。
それで私は、根が生きていれば新芽が延びて生き長らえる可能性もあるかもしれないことをお話しして、保全のための処置をさせていただきたいとお願いしました。
地主さんは迷っておられましたね。御神木になっている個体に人の手が入るのを地元の方が嫌うことはありますからね。
それでも根気強くお話しして、許可をいただきました。まあ……無駄になってしまったわけですが。
その作業のときなんですけれどね。
根をきちんと埋め戻す作業をしていた時です。
下の方に何か白いものが見えるというので、確認のために少し掘ってみたのですよ。そうしたら……。
しゃれこうべだったんですわ。
人の、頭蓋骨です。
いやいや、古いものだと思いますよ。木の下にあったのですし、太い根がこう、いくつも絡みついてましてね。ただね。
その根の二本がこう……、ね。頭蓋骨の目の部分を、貫いておりまして。
ちょっとねえ。気味が悪かったですね。
地主さんにも見てもらいましたよ。そうしたら、
『ああ、こげんなっちょりましたか』
と、いたく感心しておられた。
それから、あのひとはすぐに埋め戻すように指示されて、ご自分でもスコップで土をかけ始めた。
『警察に見せたほうがいいんじゃないですか』
と言ったら笑ってね。
『こげな古いもん見せられても、警察も困るでしょう。これは御神木様のもんですけん、わしらも見なかったことにしときましょう』
と、おっしゃった。
確かにね、二百年以上前のものだったのでしょうし、そのときはそんなものかなと思いまして。気味も悪かったですしね。同意してしまったんですが。
地主さん、津峨森さんも、奥さんも、みんな殺されてしまって。ご一族も、誰も彼もねえ。死に様が、あれでしょう。なんだかねえ。
あの骨は何だったのか、気にはなります。
だけどあの木の下をもう一度掘り返す勇気は、ちょっと出ないですよ。




