断片・お祓い (前編)
ええ、私の父です。ご祈祷してもらってね、ガンが治ったんです。
父が五十五のときでした。『なんだか目がおかしい』って言いだしまして。
最初、私たち家族は花粉症じゃないのとか、老眼じゃないのなんて言って、真剣に受け止めていなかったんですが。
本人がそういうのじゃないって主張して、会社を休んで自分で大きな病院に検査を受けに行ったんです。そしたら、ガンだって。目を取らなきゃいけないかもしれないって言われて。
セカンドオピニオンなんかもお願いしに行ったんですよ。京都や大阪まで行って。それでも、どこも同じ診断で。目を取ってしまったら仕事も出来なくなりますし、父も絶望しまして。
それでも、それで命が助かるんならとみんなで説得して、本人も納得して手術に同意したんですけれど。
そのころ、噂を聞いたんです。目の病気にすごく効くご祈祷があるって。
眉唾やとは思いましたよ。でも、それで本人がまた未練が出てしまって。
やるだけやってみたい、と強く言うんです。それでいろいろ調べて、紹介してもらって、相手と会うことになって。言われた住所まで行ったんです、父と二人で。
拍子抜けしました。普通の家なんですよ。和風の、昔ながらのつくりの立派なおうちではありましたけれど。
チャイムを押したらエプロンを付けた上品そうな奥さんが出て来て、
『ちょっと田んぼの様子を見に行っておりますけん、上がってお待ちください』
言われて、客間に通されて。
濃いお茶と、お茶菓子を出していただきました。
生菓子は城下町の***のやつで美味しかったですけど、もうひとつの地元の菓子屋の名前の入った最中みたいなのはぼそぼそしていて、あんまり美味くなかったですな。
そのうち、ご主人が帰って来て。大声で奥さんと会話する声とか、手を洗う音なんかが聞こえて来て。
客間に入ってきた人は、普通のおじいさんでした。新興宗教の教祖とか、ああいう感じではなくて、そこらの農家の人が野良仕事から帰ってきただけみたいな感じで。
『津峨森です。本日はどうも、遠いところを』
丁寧にあいさつされました。
それから、何をご祈祷してほしいのかとか具体的に聞かれて。病名とか、診断は確定しているのかというところまで突っ込んで聞かれましたね。
津峨森さんは「それから、本棚に置いてあった医学事典みたいなものをめくって、しばらく考えて、
『わかりました。そげんことなら、お力になれるかもしれません。ですが、こちらは命をかけますけん、百万ご用意していただきます。それでもよろしいですか』
こちらの出方をうかがうように、そう言われました。
やっぱりインチキや、と私は思ったんですけれど父が、
『ここに二百万あります』
いつ用意していたのだか、持っていたカバンから分厚い封筒を出して相手の前に差し出しました。
『失礼』
相手はその封筒を手に取って、中を確認して、三十枚を数えて取りました。
『残りは、病気が治ってからでええです。そういうことなら早めにいたしましょう。お待ちください』
今度は暦のようなものを確認して、
『四日後。夕方の六時に、こちらにまたおいでいただけますか』
とおっしゃりました。
『わかりました』
父はあっさり承知してしまいました。私が口をはさむ隙もありゃしません。
『検査の時に、CTやらMRIやら撮られたと思うのですが。それをコピーして持ってきてもらえますか。普通のコピー機で複写したもんでええですので』
変な条件だなあと思いましたが、それも父は了承しました。
宗教に入れだの、あれ買えこれ買えだの言われなかったですけん、少しは安心しましたけれど。
『それと、当日は私の指示に従ってください。ちゃんとしていただけませんと、効果を保証できかねます。絶対に勝手なことはせんでください』
最後に脅すようにそう言われて、また不安になりました。
その家を出た後で父に、
『ようわからんのに簡単に金を渡してしまって』
と文句を言いましたが、
『やるだけのことをやりたいのや。インチキでもええ。覚悟はしちょる。わがままやと思うて許してくれ』
頭を下げられてしまうと、何も言えませんでした。病気になって、手術で目を取ることになって、一番不安なのは父なのです。百万で済むのなら好きにさせてやろう、と思うようになりました。




