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断片・塚ノ宮

 この寺は室町時代の創建ですな。だけん、村もその頃にはあったんですかなあ。

 温泉町のほうはうんと古いです。平安初期には人が住んじょった記録があります。


 けど垂郷(たりごう)は新しいですよ。江戸時代の後半の、凶作が続いたころにできた集落です。付近の食いつめたものらがどうにか食おうとして、山を開いて田んぼ作ったのが始まりです。


 よそものの集まりやいうて、近在では嫌がられたみたいですな。

 タタリゴウと言われたのはそのせいやないですか。


 うちの先々代…… 祖父ですが、そういう風潮を変えたかったようですがね。最後まで溝は埋めきらんかったですね。


 垂郷のもんは本堂に上げちゃならんとか、寺の墓地に埋めたらいけんとかね。

 檀家にね、そういう考えが根強かったですけん。


 私が継いだころにはもう、あそこには年寄りしかおりませんでした。葬式やら法事やらは車を運転してこっちから行きましたがね。墓もね、自分の敷地にあるひとがほとんどですけん。後は、町に住んじょる子供や孫が、骨引き取ってそっちに埋めたりですわ。


 だけんもう、そういうトラブルはなくなってきてましたけど、神社のほうはね、まだ。垂郷の賽銭はご神泉で洗ってからでないと納めちゃいけんとか、うるさく言われていたようです。時代が変わって、こげな田舎で携帯電話が使えるようになっても、そういうことはあったですよ。


 ただ、津峨森(つがもり)さんのおうちはその中でも特殊で……。

 敬われていたんですかいな。よくわからんでしたけども、他とは違う思われちょったのは確かやと思います。


 庄屋さんやないですが、まとめ役みたいな家は別にあったですよ。

 津峨森さんはそういうのと違うてて、何やろう。坊主が言うのもおかしいかもしれんけど、やっぱり宗教者やったんですかいね、一種の。


 透一(とういち)さんね、最初に殺されたかた。

 学のあるひとでしたね。確か大阪のほうの大学を出とられます。

 無口なかたでしたし、ひけらかすようなことはせん人でしたけど、話すといろいろ知識があったですね。


 ご自宅の蔵書もかなりのものでしたね。弟さん、顕二(けんじ)さんでしたか。

 あの人も学校の先生でしたし、ご一家みんな学問好きやったんだと思います。


 私も、郷土史の本を出したことがありますんでね。そのときにあちこちに参りましていろいろお話を伺って。垂郷にも行きました。津峨森さんのところに。


 ああ。この地方の、小さな祠なんかについてまとめたものですわ。神社なんかと違う、道端に祀ってあって近所の人が花を供えているようなやつですな。


 いやいや、寺はもう。私なんぞではまとめられませんけん。神社もね、うっかりしたことは書けんです。けど、そうした民間信仰についてでしたら、好奇心半分、記録半分で書いてみてもいいかなと思いましたんです。


 それでね、垂郷にもお宮があると聞いていましたけん、津峨森さんにお願いして拝見させてもらったんです。


 行ってみて驚きましたねえ。立派な(やしろ)なんですわ。知らんかったら神社やと思ったでしょう。いや、見てみんとわからんもんです。


 津峨森さんには正直にそう申し上げました。そうしたらあのかた、笑ってね。

『これはガワだけですけん、見た目だけでもきちんとしてるんです』

 そうおっしゃいました。


 どういう意味ですかと聞きましたら、中に神様がおらんとおっしゃる。神社の形だけ作ったんだと。


 ようけ意味がわからんでしたので、どういうことですかと聞きましたんですね。

『ガワだけでもちゃんとしておくと、用心しますけん。こけおどしですけども、やらんよりましです』


 そう言ってましたわ。

 さっぱりわからんですよ。もう一度聞き直したんですが、笑うばかりで答えてくれませんでした。


 境内…… ではないんですな。敷地の中に立派な檜がありました。御神木だと言うちょりましたね。

『それは本物です』

 とおっしゃいました。


 その木を祀っちょるんですかと聞くと、ちょっと違うと言う。

『守っていただいちょるんです』

 何から、と尋ねるとまた笑った。


『ここのは生きちょりますけん。祀って鎮めちょりますが、なかなか力が足りません』

 やっぱりわからん。

『何を祀っちょられますか』

 もう、ストレートに聞いてみました。


 そしたら津峨森さんは少し黙りなさってから、

『ここは塚ノ宮といいます』

 とだけおっしゃって、後はもう何も答えてくださらんかったです。


 ただぽつりと、

『元号も変わったし、こげなことは自分の代で終わりにしようと思ってます。平成にもなって、タタリやらお笑い草でしょう』

 とおっしゃった。


 タタリゴウや言われとるのを気にしなさってるのかなと思いましたけん、

『何ぞなさるおつもりですか』

 と言うたら、

『いや、いや』

 と微笑まれて、


『若いもんはみな町に下りますし、店じまいしてええでしょうと思うただけです。どうせ十年、二十年でここには誰もいなくなります』

 寂しそうにそうおっしゃいました。


 津峨森さんのお話はよくわからんでしたけども、県内の過疎化は大きな問題ですし、垂郷の超高齢化も知っておりましたけんね。

 何も言えませんでしたが。


 あの檜が倒れて、あの事件が起きて、今になってみますとね。

 ああなることを、ある程度わかってらしたのかなあと思ってしまいますね。


 いや、坊主の言うことでなかったですな。忘れてください。

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