第8話
アカドに従って役所を出ると、彼は大通りではなく裏路地へと足を向けた。
歩みは速かった。この路地を何百回と歩いた者の動きだった。
狭い道を二度折れ、崩れた塀の間を抜けるあいだに、通りの空気が変わっていった。
さっきまでの生気が、すっかり消え失せていた。代わりに、目を逸らす者が増えた。
露店の品に黒い布を被せる手。路地の奥へと素早く消える影。
子供たちの無邪気な笑い声も、ここまでは届かなかった。
アカドがゆっくりと歩きながら言った。
「この路地の先が、闇市だ」
声は淡々としていたが、その言葉には何かが込められていた。
「わしがここを治めていた頃は、三度も整理しようとした」
下へと続く、削り出したような石段を降りていく。地下へ通じる狭い通路。黴の匂いが壁から滲み出ていた。
「あいにく、すべて失敗したがな」
階段の先から、光が漏れていた。
「潰せば、別の場所でまた咲く。雑草のような場所だ」
彼は一瞬立ち止まり、後ろを振り返った。
「だから、残しておいた。消せないなら、せめて目の届くところに置いておく方がいいと思ったのでな」
統治者の判断だった。理想ではなく、現実を選んだ者の言葉。
地下に、もう一つの世界が広がっていた。油ランプの灯りが低い天井に影を落とし、香辛料と油と汗と鉄の匂いが入り混じって、空気が淀んでいた。得体の知れない品々が露店に並び、互いに囁き合う声が、四方から重なって反響していた。
闇市にアカドと共に足を踏み入れると、人々の反応は微妙だった。当然、アカドの顔を見知っている者もいた。そのうちの幾人かは、手を止めて頭を下げた。だが、大半は違った。胡乱な目で一度だけ眺め、すぐに顔を背けて己の商売を続けた。かつての長が、今では何の権力も持たないことを、誰もが知っていた。そしてここは、権力ではなく金が物を言う場所だった。
アカドは、その視線の間を平然と歩いた。露店の間を抜けながら、俺は尋ねた。
「この通りには、よく来るのか」
「来ることはなかった。もう、二度とな」
「それにしては、道をよく知っている」
アカドは答えなかった。代わりに歩みを緩め、天幕の隙間から見える自治領の地下の風景を眺めた。灯りの下で値を交渉する人々。小さな声で値を呼ぶ商人。隅にうずくまり、何かを繕う老人。
闇の中でも、人々は生きていた。売ってでも、買ってでも、騙してでも。手段が何であれ。生きるために。
アカドの表情が変わった。おそらくそれは、『懐かしさ』だろう。俺はその顔を見て、口を開いた。
「まだ、愛しているんじゃないのか」
アカドの足が止まった。そして、俺と目が合った。数分のあいだ見つめたあと、背を向けて短く吐き捨てた。
「もう行くぞ」
声が、わずかに掠れていた。俺は、それ以上問わなかった。彼の歩幅は、さっきより少しだけ速くなっていた。
アカドが足を止めたのは、闇市の奥にある一つの天幕の前だった。ほかの露店よりも、天幕が大きかった。
「ここだ」
アカドが言った。
「面白い品がある」
品。その単語の重さが、違った。
天幕をくぐると、中に男が一人座っていた。痩せた体躯。鋭い目。指は長く、細かった。算盤を弾く手を止めて、顔を上げた。その姿を見て、俺は即座に見抜いた。
『遠方から来た商人だ』
アカドを見知らなかったということは、最近流れ込んできた者という意味だった。定着した商人ではなく、流れ者。品を積んで、市場から市場へと渡り歩く類だ。だからこそ、ここにいるのだろう。こんな品を売る者は、一つの場所に長く留まってはならないのだから。
奴隷商人が、にやりと笑った。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
算盤の脇に、帳簿が広げられていた。数字がびっしりと並んでいた。入荷、出荷、単価、備考。物流帳簿の形式だった。人を、物流として管理していた。天幕の奥に、鉄格子の輪郭が闇の中で揺らめいていた。その中から、かすかな息遣いが聞こえてきた。
前世で、あらゆる金融商品を取引してきた。先物、オプション、仕組債、不良債権。だが、生きた人間を取引するというのは、現代社会でも滅多に見ないことだった。胃がねじれた。油の匂いと人の匂いが混じった空気が、肺を押した。だが、顔には何一つ出さなかった。
アカドが、隣で俺を見ていた。これが、本当の試験だった。商団を立ち上げようという者が、この世界の底辺の姿を見ても冷静でいられるか。感情のない金の前で、心が揺らがずにいられるか。
奴隷商人が、にやにやと笑いながら言った。
「ああ、品物をお探しに来られたんですね」
その単語が、耳に正確に突き刺さった。品物。人という、命を持った尊い存在に、似つかわしくない言葉。天幕の奥の鉄格子で、息遣いが一度、揺れた。誰かが身を縮めた。その音が、闇の中で短く、細く響いた。
俺は奴隷商人を、感情を込めて真っ直ぐに見据えた。
「それなら、あの女はいくらだ」
人間というものは、売り買いする品物ではない。だが、もし買えるというのなら。喜んで、お前の下卑た取引に応じてやる。




