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第5話

馬車が王都を離れたのは、早朝のことだった。

御者は顎が張り、首の太い中年の男だった。

出発の際、彼はちらりと俺を見やって、ひとこと言った。


「公国まで、ですか? うーん……思ったより結構かかりますよ」


その言葉の意味を、俺は三日後にようやく理解した。

王都を離れると、世界の景色が変わった。


ここから先は、俺の知らない世界だった。

王国の首都で世の中を学んだと自負していたが、それでもまだ世界は広かった。


整然とした石造りの建物が消え、果てしなく広大な平野が広がった。

交易路に沿って点々と村が見えたが、村と村の間の距離はしだいに遠くなっていった。


二日目、交易路の傍らに柵で囲まれた区画が現れた。


今の時代、戦略資源に分類される「ゲート管理所」だった。


木の杭を打ち込み、縄を張っただけの粗末な柵。

詰所には兵士が二人、こっくりこっくりと居眠りしていた。


『これがここの管理水準というわけか』


三日目から、風が変わった。


乾いた冷たい風が、平野を横切って吹いてきた。

草の色が濃くなり、丘が増え、ところどころに城壁の残骸らしきものが見えた。


あるいは、遠い昔に大陸に君臨した帝国の痕跡かもしれなかった。


今は草に埋もれ、苔だけが生えていた。

馬車が最後の丘を越えたとき。


御者が手綱を引き、威勢よく大声で叫んだ。


「最初に申し上げた通り、そんなに長くはかかりませんでしたでしょう? 着きました!」


俺は思わず吹き出しそうになった。


『……言ってることが行きと真逆なんだが』


丘の下に、街が広がっていた。

王都とは比べものにならない規模。


正直なところ、がっかりしたという思いが頭をよぎった。


簡単な手続きを経て城門をくぐり、街を見て回る時間ができた。

小さな窓越しに周囲を眺めた。


内側は外から見たよりはましだった。

通りは狭かったが清潔で、建物は古かったが崩れた箇所はなかった。


この公国の人々は、苦しかった昨日を振り払い、今日と来たるべき未来のために生きているかのように、この街の中で力強く生きていた。


馬車が城前の広場に止まった。


俺は御者に相応の金額を支払い、内部を守る衛兵を呼んだ。

彼は待っていたかのように明るい笑顔で俺を迎え、案内されて城の中へと入った。


通りすがりに名高い美術品や古代の遺物を眺めていると、目を引くものがあった。


それは。

ここへ来る途中、歴史書で学んだ歴代公爵の肖像画が、壁面に飾られていたのだ。


ところが、当然埋まっているはずの現公爵の席。

まだ描かれていないのか、意図的に空けてあるのか。


廊下の突き当たりの扉の前で、衛兵がぴたりと立ち止まった。


「公爵様がお待ちです」


扉が開いた。


俺が見た彼女の第一印象は、硬さだった。

華やかではなかった。特に目立つ装飾もなかった。


強いて言えばドレスだが、実用的な装いに近い服装で、髪は清潔に結い上げ、手には生涯握り慣れた剣の代わりにペンを持っていた。


彼女は手元の書類から目を離さず、俺に問いかけた。


「アルケオン財務大臣のご推薦とは。最近あの方が推薦状をなかなか書かれないと聞いていたが……」


「レイン・アークウッドと申します。公爵様」


「知っている」


彼女は主導権を握るためにさらに直截的に言おうとしたが、俺のことを思ってか、瞬時に言葉を変えた。


「家が今……あまり芳しくないことも」


とどめを刺すように正確に状況を把握されていることに、俺は包み隠さず頷いた。


「その通りです」


「隠さないのね」


「そのために来たわけではありませんから」


俺は胸を張り、まっすぐに顔を上げた。


彼女がゆっくりと椅子から立ち上がった。

窓辺へと歩み寄り、ガラス越しに街を見下ろした。


「ここまで来る途中、よく見てきたでしょう?」


俺も窓辺に近づいた。

城の下に、街の全景が見えた。


古びて傷んだ屋根。いつ始まったともしれない、いまだ修繕中の古い城壁。小さな市場。そこを行き交う、貧しく力のない人々。


「我が公国には、今の時代に戦略物資と呼ばれるゲートが三つしかない。そのうち使い物になるのは一つだけ。隣国は我が領土を狙い、以前から友好的だった王都はもう目も向けてくれない」


彼女が振り返った。


「財務大臣の推薦状を手にできる人物なら、行ける場所はいくらでもあったはずだ。なぜここを選んだ?」


明るいエメラルド色の両の目が、鋭い眼差しで俺の意図を探るようにまっすぐ見据えた。


「私はこの国と、未来をともにしに参りました」


そして自分だけに言い聞かせるように、本当の理由を心の中で囁いた。


『底値買いは商人の基本常識ですからね!』


もしかすれば、いつか彼女に知られてしまうかもしれないが。

今は自分だけの秘密だった!

主人公の名前表記にミスがありました。 申し訳ございません!

現在は修正されております。


また、説明が不足していた部分を補足いたしました!

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