第13話
アカドは立ち上がり、さきほどから俺の答えを待っているようだった。
なぜか俺には、彼が口にせずとも察しがついた。
なぜ、こんな遠い場所まで、俺たちが偶然来ることになったのか。
ここはおそらく。
『ゲートの入口がある場所だろう』
俺は頷いた。
承諾の印だった。
「もう一度、正式に紹介しよう。ここの本当の名は――壊れた世界の安息所だ」
彼が指を一つ弾くと、俺たちの立つ場所の風景が、瞬く間に変わった。
さきほどの美しい眺めはどこかへ消え失せ、すべての色が灰色に染め上げられた。
不思議に思いながらも、俺は今いるこの場所が、ファンタジーの世界であることを改めて思い知った。
俺はただ単に魔法の才がないだけで、ここの者たちは、息をするように魔法を使うということだ。
誰かの侵入を感知したのか、すぐに空から人が現れた。
覆面をつけ、滅多に見ない出で立ちの人物が登場すると、アカドは慣れた様子で、その者の名を呼んだ。
「ケルティド。この者は、わしの客人だ」
「承知しました。ごゆっくりご覧ください、レイン様」
どうやら俺は、ひどく注目される存在になったらしい。
奥へ入っていくと、灰色よりも少し濃い、黒い花々が、列をなして咲いていた。
「あれが、中級の抑制薬の材料――マダカルだ」
毒を解くだけでなく、マナ逆流にも効く原料が、目の前にあった。
俺はようやく理解できた。なぜ、このケパル自治領が、大陸の地図から消えずに残り続けてこられたのかを。
「これで、自治領の銅貨の価値を守っていたのですね?」
「そうだ。誰もが銀貨を使えば、釣り銭が要るだろう? その隙を突いたのだ」
妙案だった。
まだ、大陸の金がデジタル化されるには、五百年は早い。
ならば、残った富はどうやって蓄蔵する?
物々交換など、あまりにも時代遅れのやり方だ。
『絶妙な戦略だ』
今、ケパル自治領の銅貨の純度は、おそらく百パーセントを超えているだろう。いや、百二十、百五十に達しているかもしれない。それほどまでに自治領の財への信頼が高いからこそ、南部の地でその財が生き残ってこられたのだ。
『ならば、俺は同じやり方で、ケパル自治領の銅貨に勝てるのか?』
残念だが、それはできない。
公国の戦略資源であるゲートは、一つ残ってはいるが、それも閉鎖される寸前だった。
稼ぎといえば、古典的な武器取引か、錬金術くらいしかない。
ならば、彼が俺にこれを見せる理由は何か。
それを見抜かねばならなかった。
俺は熟考のうえ、口を開いた。
「売り先を……変えたかったのですね?」
アカドの口の端が、かすかに上がった。
「我々は、互いに欲しいものを持っている。お前は国を再び興さねばならず、わしは、今や塞がってしまった金の流れを、再び巡らせねばならん」
まさしくWin-Winだった。
もはやアカドは、ケパル自治領の長ではない。
それでも彼は、自らが治めた国が、滅びないことを願っていた。
『自らが愛したすべてを失おうとも、皆が背を向け、見向きもしなくなろうとも、国に尽くす最後の一人』
それが、アカドという人間だった。
俺は、同じことができるだろうか。
自らに問うてみたが、それらしい答えは出てこなかった。
いつか、彼からその理由を知ることになるだろう。
だが、今ではない。
俺は笑みを浮かべ、アカドに手を差し出した。
「よろしくお願いします。商団総支配人どの」
「こちらこそ」
取引成立だった。
アカドと事業の構想を練るため、あれこれと話していると、誰かが歩み寄ってきた。
「レイン様にご挨拶を。ミトラと申します」
「ジェリーです!」
二人は、これまで見てきた者たちとは違う、統一された装束だった。
肩には肩章をつけ、背には外套をまとっていた。
「この者たちは、ギルドの所属だ」
ギルド。
ギルドには様々な連合があるが、装いから見るに、どうやら彼らは探索者ギルドのようだった。
「はい。ジェリーも私も、探索者ギルドの所属です」
「へへ……」
ジェリーが照れくさいのか、頭をかいた。
彼女は、さきほど指示された事項を思い出し、アカドに問い返した。
「では、私はレイン様と一緒に公国へ向かえばいいんですか?」
「そうだ。お前の考えはどうだ」
悪くない申し出だった。
どうあれ、戻ったあとにアカドと密かに連絡を取る必要もあったし。
南部の事情に通じたジェリーがいれば、事を進めるうえでも、ずっと楽になるかもしれなかった。
「発つ前に、これを持っていけ」
アカドが差し出したのは、ありふれた見た目の革鞄だった。
それなのに、なぜか記憶の中に、たびたび登場するデザインだった。
「察しがいいな。亜空間を備えた、ホフォード商会の品だ」
ジェリーが、羨ましそうに俺を見た。
俺は、彼の贈り物がこれだけで終わりではないと察していた。
鞄を開けるふりをしながら、指先で中を探ってみると、思いのほか多くの物が入っていた。
「ふふ……わしの誠意を疑うか? しばらく動くのに困らぬ程度の金と品を入れておいた。心配するな」
アカドは、ここに残ることにした。
正常に売りさばける新たな場所も得たので、生産に専念するためだ。
最後に――公国へ発つ間際、俺は彼から自治領の銅貨の純度の比率を聞き出し、多くの贈り物を抱えて帰路についた。




