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今日踏み出すのは、幸せへの一歩  作者: 高瀬海之


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第二話











 王都に小さな家を借りたから宿舎を出てしばらく一緒に暮らしてほしいと祖母から手紙をもらったとき、違和感に首を傾げた。

 何でもベリンダの好きにしていい。好きに生きてくれと言った祖母が、そんなことを願うなんて……。

 嫌な予感がして、急いで休暇をもらい記された住所へ駆けつけると、そこには既にベッドの住人になった祖母がいた。

 何も気付かなかったことに泣いて許しを請うベリンダに、祖母はベリンダを連れ帰ったときにはもう病魔に冒されていて長くないと宣告されていたこと。それでも予定よりもずっと長く生きられたのは、ベリンダのおかげだと笑った。


『もうお迎えが近いのは判ってるのよ、だから最後は可愛いお前と過ごしたい』


 泣いて頷くことしか出来なかった。

 それからたった三週間で、祖母は雲の上の世界へ旅立った。

 誰よりも大切な肉親を喪った悲しみはベリンダを深く暗い淵へ突き落とした。

 食事も満足に喉を通らず、ただ気力だけで葬儀を乗り切ったころには、身も心もボロボロになっていた。

 心配する使用人や友人の励ましと、天国の祖母に心配をかけまいとする気持ちを振り絞って、やっと日常へ戻ろうと顔を上げたベリンダを更なる深みへ突き落としたのは、……やはり家族だった。

 祖母の葬式で再会した両親は、すぐさまベリンダに家に戻り嫁ぐよう命じた。


『三十間近になっても嫁いでいない姉がいるのは、あの子のためにならない。殿下の婚約者も正式に決まったのだ、もう文官の真似事などやめて嫁ぎなさい』


 確かに四捨五入したら三十になる年を迎えたが、それを三十間近とは随分極端な言いよう。もう娘の年も正確に判らなくなったのかと笑いかけて、慌てて唇を引き結ぶ。

 そんなことより、もっと気になることを言われた。

 コーネリアスの婚約が決まったことと仕事を辞め嫁ぐことに何の関係がある?

 理解出来ずに小首を傾げると、目の前の男は殊更大きなため息をつく。その隣に座っていた母親が、諭すように言った。


『知らないふりはおやめなさい。王宮官吏の試験に貴女程度が簡単に合格できるわけないでしょう。お義母様が幼なじみだった王太后様に口利きを願い出て、第三王子殿下の婚約者候補と理由をつけて、無理矢理ねじ込んだのです。

 ……ですが、結局殿下は格下の子爵家の娘を選んで、貴女は負けた。侯爵家の恥よ、まったく。この上、出来もしない仕事を続けるなんて恥の上塗りはおやめなさい』


 母の口から次々飛び出したのは酷い暴言。言葉が繰り出されるたび、いくつもの鈍器で何度も何度も殴られたようなショックがあって、ベリンダの顔から血の気が引く。

 けれど何よりも彼女の尊厳を傷つけたのは、最後の科白。

 理解出来ない単語を聞いたまま繰り返した。


『出来もしない、仕事……?』

『無自覚だったのか? 本当に始末に負えんな。お前仕事が出来ずにあちこちに迷惑をかけて、たらい回しにされてきたんだろう? ……まあそのおかげで、しかたなくでも殿下の執務室で下っ端として働くことが出来たというのに、結局機会を無駄にして……』


 その後も両親は何か言っていたが、ベリンダの耳には何も入ってこなかった。


 確かに数ヶ月前、コーネリアスは子爵家の娘と婚約を結んだ。

 王子の結婚相手としては随分低い家格の娘だが、元々コーネリアスと彼女は学院の同級生。更に、彼女には公爵夫人となるべく勉強していた過去がある。

 臣籍降下して新たな公爵家を興すことになった王子にこれほど相応しい相手はいないということで、すぐに婚約が整った。

 ベリンダは、何の疑問も抱かず、純粋に彼らを祝福した。

 しかも婚約に際してコーネリアスからは、降下しても変わらず全員を側近として召し抱えるつもりだからと言われ、同じく将来公爵になるレオナルド以外は、二つ返事で承諾した。

 レオナルドだけは、同じ爵位になるのにまだ私を顎でこき使う気ですか、と嫌な顔をしたが、ベリンダはこの婚約が自分の人生に影を落とすものでないことにただ安堵していた。

 たとえコーネリアスが王子でなくなっても、彼に仕えるのが同じならばこの先も何も変わらない。今まで通り過ごしていけると、思っていたのに……。


 自分が彼の婚約者候補だったなんて、誓ってベリンダは何も知らなかった。

 祖母がそんな思惑で自分を王宮に送り出したなんて聞いていない。


 そもそも試験に合格できたのも実力ではなく、家の力?

 コーネリアスもすべてを知っていて、ずっと婚約者に相応しいかどうか品定めをしていた?

 ずっと私は誰かの手のひらの上で踊らされていただけ?

 そして私は、また、負けたの?



 くしゃりと何かがベリンダの胸の中で潰れて歪む。



 ああ、やはり何かをそうとしたとて、結局誰かの都合で全部奪われる。

 やはり何をすことにも意味がない。ただ言われるがまま、望まれるままに、振る舞うこと以外してはいけない。




 私は意思など、持つべきではない。




 告げられた事実は、祖母という最大の庇護を喪って激しく傷ついていたベリンダの精神を再び、あの頃蹲っていた地底へたたき落とすに充分な内容だった。


 失意のまま引き籠もったベリンダに、後日父がよこした縁談は異国の商会頭の妻の座だった。

 貴族相手ではないのは、侯爵家の娘ではなく、王宮官吏という経歴を押しての縁談だから。

 それを祖母が生前、ベリンダが受け入れたらと言う但し付きで父に言付けてあったというから笑える。祖母なりに婚約者争いに負けた後の孫娘の心配はしてくれていたのか?


 だったら、最初から教えてくれたらよかったのに。家の力で捻じ込んだのだから、それに相応しい働きをするよう言ってくれていたら……。


 出仕自体を拒んで、居心地は悪くとも領地に籠もって、納得できなくとも侯爵家の娘として嫁いで、身の丈に合った人生を送る努力をしたのに。


 分不相応にも、また何か為そうなどという期待、もう二度と抱かなかったのにっ。


 己の愚かさに泣いて泣いて泣き尽くして……。

 やがてベリンダは真実を受け入れるために泣き腫らした目を王宮のある方へ向けた。










読んで頂きありがとうございました。

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