第8話 湯けむりと温もり
ゆっくりと、大きな湯船に足から浸かっていき、羽が湯についてしまわないように、うつ伏せの格好になる。
「んんん~~~~……はぁ……」
はぁ……落ち着く……。
汗を流してさっぱり出来たし……お風呂、イイよねぇ……。
羽を湯船に浸けないように気をつけないといけないのは面倒だけど。
「それにしても、おっきな浴室……というか、浴場?」
お屋敷の浴室はかなりの広さで、すこし小さめの公衆浴場ぐらいあった。
湯船もそれに合わせてかなりの大きさだ。
更には浴室を照らす魔道具。
この広さでちょっと薄暗い程度で済む灯りだなんて、すごいお金のかけ様だなぁ……。
相変わらず、装飾の類は最低限って感じだけど。
「失礼しますね、ラヴィエスさん」
「え?うぃ、ウィステリアさん!?」
完全に緩んでいたところにウィステリアさんが入ってきて、僕は思わず立ち上がってしまう。
「リラックスされてるところ、お邪魔してごめんなさい。少し、お話しをしたくて……よろしいでしょうか?」
「は、はい……」
何だろう?あ……もしかして、さっきの事でお説教とかかな……?いや、流石にそんなことはないか……ないよね?
「ふふっそんなに緊張しなくてもいいですよ。ほんとにお話しをしたいだけですから。そうですね……良ければ洗いっこしませんか?」
「えと…その……」
洗いっこって……流石にちょっと恐れ多いというか……。
「ダメ…ですか…?」
「う…い、いえ、その……えと、わ…わかりました……」
「よかった!では、こちらへどうぞどうぞ!」
上目遣いのお願いに折れて、そのまま勢いで押し切られてしまった。
穏やかそうに見えて、ウィステリアさんも結構押しが強いや。
「それじゃ、失礼します…」
「はい、いらっしゃいませ♪」
促されるまま、ウィステリアさんに背を向けて用意された椅子に座る。
これまでとは違う緊張で、心臓がバクバクとうるさく鳴っている気がした。
「それでは……羽にはあまり触らないよう、腰の辺りを洗いますね」
「よ、よろしくお願いします……!」
翼の付け根の下から腰辺りを海綿で優しくコシコシっと擦られる僕。
ちょっと、頭が真っ白になってきたや……。
「……アルギラさんの事、幻滅しないであげてくださいね」
「え?」
突然、ウィステリアさんはアルギラさんのことを話し出した。
「いつもは、あんなに暴走する人じゃないんですよ?きっとラヴィエスさんが来られて、嬉しくて少しタガが緩んでしまったんだと思います」
「そう、なんですか?」
記憶の隅に追いやっていたアルギラさんの意外な一面を思い出す。
……そんな一言で言い表すには、ちょっと衝撃がスゴすぎたけど……。
「ええ。それに、もしかしたらアルギラさん自身が言っていたように、騎士ではないありのままの自分を貴女に見せて、緊張をほぐそうとされたのかも……」
「……なるほど!アレはアルギラさんなりに僕の緊張を解す為の演技だったわけですね!」
そう考えれば……いやまぁ、それでもかなり刺激が強すぎるかな……。
「ええ…はい……そうですよ……きっと、おそらく…………半分くらいは……」
ウィステリアさん?あの……段々と声が小さくなってますよ……?
「さ、おわりましたよ。綺麗な肌ですね……健康的で、あたたかい色で……ちょっと羨ましいです」
「そ、そうですか?僕は…お姉ちゃん達みたいに白い肌じゃないし、アルギラさんほど深くもなくて……」
まるで、未熟な自分みたいに半端だなって……。
「わたしは好きですよ。ラヴィエスさんだけの優しいあたたかさがあって」
「あ、ありがとうございます……えへへ…」
真っ直ぐ好きだって言ってもらえて、嬉しくて、なんだかむず痒いや……。
「次は僕が洗いますね。海綿、お借りします」
「はい、ではお願いしますね」
そう言って海綿を受け取り、今度は僕がウィステリアさんの背中へ回る。
ウィステリアさんの綺麗な白い肌の背中……そして、真ん中から左の肩にかけて大きく四本の傷跡が走っているのが嫌でも目を引いてしまう。
よく見ると、それ以外にも小さな傷跡がいくつもあり、上気した肌に赤く浮かんでいた。
思わず、ゴクリと唾を飲み込んでしまう。
……さっき、やっちゃったところだし…余計な事は言わないように……でも……
「……ふふ、気になりますよね。こんなに大きな傷跡ですから」
「え?あ、その……はい……ごめんなさい」
ウィステリアさんの言葉に、すこし躊躇いながらも肯定してしまう僕。
「謝らなくて大丈夫ですよ。……そうですね、コレはわたしの──誇り…それと……」
「それと……?」
肩の傷跡に指先を触れさせたウィステリアさんは、振り返って人差し指を立てながら、
「秘密です。ふふ……」
そう言って、悪戯っぽくウィンクした。
──なんてあざとい……これはガゼルさんもイチコロだったに違いない。




