#2 出会い
来た道を戻り、再び空き家の中へ入っていく。辺りは日が落ち、路地が橙色に染まっていくのを一瞥しながら、私は中を歩いていく。私が気になったところは部屋の隅。違和感を覚えた、あの扉に向かって真っ直ぐと立った。
この先に何があるんだろうか。
唾を飲み込み、漂う緊張感を吐く息で誤魔化す。この扉を開けた時、この先に何が待ち受けているのか。平凡にこの空き家の先にあるリビングらしき光景が広がっているのか。もしくは、ただ扉だけがあるだけなのか。はたまた、どこか違う世界へ繋がる扉なのか。
ドアノブを捻る。開く。
広がっていたのは、私がこれまで生きていた平凡なる時代の風景ではなく、中世のような、ファンタジーの世界観から切り取られた奇妙な光景が広がっていた。中に入れば、天井からツタのような緑の植物が絡まり合っており、その絡み合いの隙間から光が漏れ出ている。
恐らく、照明か何かの光が天井のツタを照らしているのだろう、と思いながら、私は正面のモニターに近づく。よく手入れされていた石畳から視線を上げ、モニターを不思議に思いながら見ていると、後ろから聞き覚えのない男の声が聞こえた。誰だろう、そう思って振り返ると、青い瞳を爛々と煌めかせた背丈の高い男が立っていた。
手足が長く、顔貌も整っており、まるで男性アイドルのような姿だなと思っていると、その男性からいきなり距離を狭められ、咄嗟に身構えてしまう。刹那、彼は私を見て口角を上げ、「待ってたよ、千聖」と私の頬に触れようとしてくる。
「な、なんですかっ!」
身構えた構図で私は彼の掌を叩く。名も知り得ない人に気安く触れないで欲しいよ、と唇を尖らせながら不満げに感じる。この男、一体何者? 瞳が青いし、蒼白な肌を持ってるし。しかも顔立ちが良いって、まるで異世界からきた感じの人じゃない。
男から暫く見つめられていると、また知らぬ声が聞こえてくる。今度は複数人だ。一体誰が来るのだ、今度はどういう人物が来る? 次は私に何をしてこようとしてくる?
警戒心を露わにしながらやってくる人達を一瞥すると、どうやら先程の男と同様に異世界からやってきた感じの人たちであった。男と女。男の方は皺が細かく刻まれているから年老いているのだろう、もしかして責任者? それで隣の女は若そう。さっきの青い瞳の男と大体年齢が近そうだけど、何だか感情が分からない。
「やあやあ、待っていたよ、千聖くん」
と、年老いた男がこちらに近づいてくる。私は咄嗟に距離をとって身構えて警戒していると、目前の男性は「はっはっはっ」と軽快な笑いを見せた。どうして笑う? あとなぜこの人も私の名前を知ってるんだ?
「ああ、ごめんごめん。警戒しちゃうよね。俺はベラ。このワールドパトロール隊のリーダーだ、よろしく」
差し伸べてくる手は皺が広がっていた。この人はいくつなんだろう。耳は尖っているし、よくファンタジーで出てくるようなエルフのような見た目をしている。ということは、この人は何千年前から生きている人物なのか?
怪訝に思いながら、私はリーダーと名乗った男の手を握った。力強いものだったが、同時に優しさを与えてくるような感触が伝わってくる。
ほんとにこの人たち、何者だ? ワールドパトロール隊、ってさっき言っていたけれど、どういう人達なんだ?
「あっ、あの」
「んっ、なんだ?」
リーダーと名乗る男が傾げた。私はワールドパトロール隊とは何か、この部屋は一体何なのか、そしてあなたたちは一体どこからやってきたのか。色々な疑問を彼に一緒くたにぶつけた。彼は戸惑うことなく、私の疑問に向き合って答えてくれた。
「俺の名はベラ。〈ワールドパトロール隊〉のリーダーで、エルフだ。俺の他に、サラ、シャルロット、アレン、そしてメーラーと五人で構成されている組織。主に違法世界旅行者を取り締まるためにここでパトロールをしている」
「ぱ、パトロール? 違法世界旅行者?」
「ああ。通常の場合、俺とサラはこの部屋で違法世界旅行者に関するデータベースを検索している。千聖の隣にいるアレンという男は、外に出て違法世界旅行者が居ないかパトロールをしている役割を担っている。そして……ああ、来た来た」
と言って、ベラは遅れて入ってきた男の人に声を掛けた。シャルロットという男だろうか、背丈が私より低いが、顔貌からして年老いた人物に見える。恐らく異世界からやってきたドワーフという存在なのだろう。
「おっ、この子が噂の千聖ちゃんか?」
いきなり“ちゃん”付けか。どうにかしてこのドワーフをセクシュアルハラスメントで訴えられないかな、と軽蔑する思いで一瞥していると、私の視線に気がついたシャルロットらしき男はキザっぽくウインクをしてきた。
────────本気でセクハラで訴えようかな。
嫌な気分になりながらも、シャルロットの自己紹介を受け、何かを手渡される。腕に付けるものだと伝えられたが、果してどのように使うのだろう、と見当がつかなかった。異世界らしさがある道具だなと感じていたが。
「そのリングを使えば簡単にこちらへ来ることができる。出入りが自由になるし、緊急性のある任務があるときはすぐに連絡がいくような仕組みになっている」
と言い、シャルロットは私の腕につけられているリングに触れる。彼が軽く触れただけで、リングの上に小さなモニターが出現した。どうやら私が思っている異世界とは異なり、SFのような雰囲気も混じっているようだった。
「へえ、そうなんですね」
と私は一言述べた後、リング上のモニターに出ていた退散というボタンを押す。すると目の前の景色がすぐに変化し、空き家に入る前に見ていた路地の光景が映し出された。どうやらあの変な部屋から路地に戻ってきたらしい。
私はすぐさまリングを外し、その場に捨てる。
なんなのあの人達。まるで私を知っているようだったし、名前も勝手に“ちゃん”付け。なれなれしいにも程があるって言うの。何か変な仕事──ワールドパトロール隊とか名乗っていたけど、きっと薬物依存の集団に違いない。うん、絶対そうに違いない。
先程見た光景を忘れるかのように、私は大股で空き家の前から立ち去った。




