#1 空き家
私は平凡な女子高生だ。ただ平凡な日々を、平凡な友人と会話をしながら、クラスメートの男子に恋をしながら、過ごしていく。ありきたりな日々。
ある日、私は友人と帰るために校門前で待っていた。その友人は帰宅部で本来、放課後に用事がないのだが、なぜか彼女は「ちょっと放課後用事があるから」とどこかへ行ってしまった。恐らく入っている委員会の活動が放課後にあるからか、もしくは先生に放課後呼ばれてしまったか、だと思う。
その他考えられる事とすれば……いけないことをつい考えてしまい、咄嗟に私はかぶりを振る。頭から湯気が出そうなぐらい頬が熱くなるのを感じ、掌を使って火照った自分の顔に冷たい風を仰ぐ。だけど風が齡からか、ちっとも涼しくならなかった。
「お待たせー」
と友人の声が聞こえてきたので、私は友人に顔を向けた。なんと、彼女の隣には背丈の高い男の人が居るのではないか!
突然の出来事に驚いた私は視線を友人から逸らす。また友人に視線を向けるが、どうやら私の幻覚ではないらしい。頬を何度か叩いても、幻覚でも、夢でもないらしい。
しかも友人の隣にいるのは──私の意中の男子だった。
これが失恋かぁ、と初めて味わう感覚に落ち込むが、気を遣わせてはいけない、と思って、私はコホンと咳払いをして「遅かったね、あれ、彼氏?」とわざとらしい口調で訊ねた。友人は隠していそうで隠していない笑みを浮かべながら、頷いた。
「……まじか」
「うん?」
心の声が私の口の隙間から漏れてしまい、激しく首を横に振った。今の声は聞こえなかっただろうか。もしも友人ではなく隣の彼氏に聞かれてしまったら──。
拙い拙い。閑話休題だ。
私は友人と、その友人の彼氏とともに並んで歩く。平凡で、何も変わることのない街中だ、と思いながらぼんやりと歩く。隣の友人から「あ、ちょっと待って」と言われ、私と友人の彼氏が歩くのを止める。
「あそこ、あのお店あったっけ?」
友人が指差した場所は街中のメインストリートから外れたところにある古い店だった。その店に近づいて見ると、外に出ている看板や建物に使われている木材が所々傷がついている。正面の窓ガラスの隅には蜘蛛の巣が張られており、空き家のようだった。
私は扉の前に立つ。空き家になる前までは骨董屋のようだった、と扉に書かれている文字を読んで、何となく理解する。
「入れるのかな?」と男。
いやいや、入れる訳ないでしょ。こういうところは鍵がかかったままで、誰にも入られることなく時代と共に廃れていって、いつか取り壊される。どうせ開いてない。うん、開いてない。
けれど、開いてるのかな。もし開いていて、中に誰かがまだいたら──その誰かが空き家に閉じ込められていて、餓死寸前だったとしたら──。
待って、私は一体何を想像しているんだ?
平凡に考えてそれはない。空き家になるってことは、前に住んでいた住人がどこかの施設に預けられているか、遺品整理で住居がそのままになり空き家になっているんだ。うん、平凡に考えて閉じ込められていることなんて、ない。ないない。
「誰か居るのかなー?」
友人が窓を通して中の様子を観察し出す。私より背丈が低いからか、彼女の足元を見れば時々背伸びをしながら見ていることに気付く。何だか可愛らしい様子。
いやそうじゃなくて! 私たちのこの行動って不審者じゃないの⁉ まるで空き巣が金目になりそうなものがないか、中を物色している様子でしか考えられないんですけど⁉ まるでじゃないけど! たとえだ、たとえ!
──って、なんで自分の言葉に自分で反応してるんだ?
自問自答を繰り返すと、いつの間にか友人がドアノブに手を掛けていた。刹那、空き家の前に重く響き渡る音が聞こえ、私は思わず少し後ずさりした。どうやら扉の鍵はかかっていないようだった。
友人と彼女の彼氏は中に入ろうとしていく。やばい、このままじゃ私一人きりで待つことになる。としたら、この二人は一体空き家の中で何をしようとする? 考えてはいけないことを考えてしまい、胸の内で「阻止しよう」と決心し、中に入ることにした。
家の中は照明がなく薄暗かった。床はコンクリートでできて土足で入れるようになっており、周囲を見渡せば棚が並んでいた。その棚にはもういつの時代か分からない骨董品が置かれており、売れ残っているものがそのまま放置されているのだろうか、と思っていた。
「ねえねえ、ここって骨董屋なの?」
と友人が話せば、「らしいね、看板にも書かれていたし」と男の声が聞こえてきた。
私は友人とその彼氏から少し離れた位置にいる。そこから「多分これ、少し前まで開いてたお店じゃない?」と声を出した。
「え、なんで分かるの?」
友人の疑問口調が聞こえてきた。私は目前の机に置いてあるレジを見、無造作に放置された大量の領収書に視線を移す。長い間時間が経過しているためか、カビが生えていた。
カビに触れぬよう気をつけながら取っていくと、隣から「レシート?」と友人の声が聞こえた。私の視界の隅に彼女の頭頂部が映し出された。
「ほら、ここ。2023年って」
「ほんとだ。3年前?」
「3年前か……何があったっけ」
「3年前ってまだ私たちが受験生だった頃じゃない? 高校受験の」
「あー、確かに」
と頷いたのは友人の彼氏だった。いつの間にか居るのか、と思って男性の姿をチラリと見たとき、友人の尻に触れていることから何も見なかったことにした。うん、付き合ったばかりで尻を触るなよ。しかも平然と、人が居るところで。
それからというものの、私たちは骨董屋だった空き家を出て再びメインストリートに戻った。腕時計を見ればすっかり午後四時を回っていたが、今は夏の季節だから日の光が青空を照らしていた。私はその日の元を歩きつつ、先程の場所で一つ気になるところを脳内で考えることにした。
空き家の隅でポツンと佇む扉。その扉だけ時代錯誤的な感覚に陥った上、まだ寂れてもいないようなものだった。時代錯誤、というより、世界錯誤、と言った方が正しいと思うのだが、今にも開きそうな、人が出てきそうな雰囲気を纏っていたことは確かだった。
……また入る?
いいや、これ以上もう不法侵入を繰り返したくない。けれど、あの空き家には何か隠されている気がして胸がざわめく。どうすればこの胸のざわめきを止められるのだろうか。あの空き家に入ってまた調べれば良いのか。それとも何も見なかったことにして、忘れた振りをすれば良いのか。
もし後者の行為を取ったとき、また胸のざわめきがふとした瞬間に訪れるかもしれない。そうなった場合、今回の時よりも更に強くなって胸のざわめきが抑えきれなくなる可能性がある。
だったら──今、調べた方が良いのか。
腹をくくるしかないのか? と思い、私は「あのさ」と立ち止まった。友人と横に居る男はきょとんと私の事を見つめていた。すぅー、と息を吸った後、気持ちを落ち着かせて口を開く。
「さっきのところ、どうしても気になるから先に行ってて」




