詩子クロニクル4 苦悩する天使
蟻宮吉野が天使なら、わたしはゴミムシ。鳥島詩子に、そう評された天使は、思い悩んでいた。
「バカなの?」
「ひどっ!」
蟻宮吉野は、浴びせられた一言に地味にショックを受けていた。
蟻宮は、いつものカフェ「ミストラル」ではなく、ダンススクール〝Charis〟に併設されたカフェスペースにいた。
〝Charis〟は、往年のトップアイドル、神座えるるが、引退後に築き上げた我城の中にあった。名古屋にある商業ビルの一角から始まったファッションブランド〝FREESiA〟は、瞬く間に大人気となり、みるみるうちに業績を拡大し、ビル全体を占領するに至った。えるるは、アイドル時代からの夢だった、アイドル育成事業を始め、芸能事務所〝FREESiA〟を設立すると共に、ダンスと歌を教えるフリースクール〝Charis〟も立ち上げた。
Vチューバーアイドルユニット〝FREESiA〟への復帰を決意した蟻宮は、週に2回、〝Charis〟に通い、ダンスと歌の練習に励んでいた。その帰りに、とある目的で、このカフェスペースに立ち寄ったのだ。
蟻宮の向かい側には、長身の、美女というよりはイケメンといった風情の若い女性がいた。
「あかりは、わたしに優しくない。もっと優しくして」
蟻宮は、不満そうに、ぷくっと頬を膨らませた。
「は? 優しく? 無理に決まってんだろ」
真行寺あかりは、Vチューバーアイドルユニット〝FREESiA〟のダンス担当だ。〝FREESiA〟の中では、周防すももに次ぐ年齢の23歳だが、グループの最古参で、ダンスの才能を見込まれ、高校卒業と同時に、神座えるるが立ち上げた芸能事務所に入り、他2名とダンスユニットを結成して活動してきた。〝FREESiA〟のリーダーは、最年長のすももが務めているが、自他ともに認める〝FREESiA〟の頼れるお姉さんだった。ただし、男気があり過ぎて、優しくはない。
「優しくしてほしいんだったら、すももに頼めよ。俺には無理だ」
あかりが、さくっと言った。
「だって、すももちゃん、すぐ怒るんだもん」
そう言う蟻宮を、あかりは生温かい目で見た。どう見てもすももは、蟻宮に甘々だ。
「それに、FF14やってるの、〝FREESiA〟のメンバーでは、あかりだけだし」
「FF14の問題じゃねえと思うけどな」
あかりは、男気たっぷりに後髪をがしがしと掻いた。
「いいか、ありり」
「はい」
「まんまなキャラ名使うんじゃねえ」
蟻宮の使うキャラクター名は、〝Allie Yoshino〟だ。
「それは、そうだけど―――」
「あと、配信で使ってる見た目と同じだろ。使うんだったらルガディンを使え。俺はルガディンだ」
「そ、それは、横暴だよ!」
ルガディンというのは、FF14に登場する種族の一つで、プレイヤーが自分のキャラクターとして選択できる。筋骨たくましい外見をしていて―――一言で言えばゴリマッチョだ。
「まあ、そこまでは、いいとして―――」
「いいんだ!」
「有名人の名を語る奴は大勢いるからな。そこらへんを、うろうろしていても、なりすましとしか思われん」
キャラクター名は自由に設定できるため、よく知られている有名人の名前は、すでに使用済みなことが多い。MMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)あるあるだ。とある有名VチューバーがFF14を始めて、キャラ名に自分の名前を使おうとしたら、「その名前は使用済みです」と表示されて使えず、怒り狂ったという実話もある。
「決め手は声だな。ありりの声は、ボイスチェンジャーでは作れないんだよ」
「そうなの?」
VC(音声チャット)の普及と共に、ボイスチェンジャーも普及した。FF14にもVCが実装されており、ボイスチェンジャーもプラグインとして、多数のメーカーから提供されていた。
「ああ。ありりを知ってる奴が聞いたら、一発で本物とバレる。実際、バレてるじゃねえか」
「うぅぅぅ―――」
「そんな天下のVチューバー様が、ど素人のチャンネルに降臨したら、大騒ぎになるにきまってんだろ。だから、言ったんだ。バカなの?ってな」
一言も言い返せない。
「わたしは、ただ―――」
蟻宮も、あかりの前では、甘えたがりモードになるだけで、反省していないわけではない。自分の軽率な行動で、〝あかねみこ〟の配信を壊してしまった。それは事実だ。
「一緒に遊びたかっただけで、正体を明かすつもりなんかなかった」
蟻宮の言葉は真実なのだろう。しかし、あかりは優しくなかった。
「誰が信じるんだよ。バレバレじゃねえか。有名Vチューバーが、気まぐれに素人に手を出して、配信を引っ掻き回した。配信者だって、視聴者だって、そう思うにきまってるさね」
蟻宮は、下を向いで黙ったままだった。泣きそうなのを、ぐっと堪えているように見えた。
「それで、どうするんだ」
少したって、あかりが投げかけた問いに、蟻宮はぱっと顔を上げた。
「どうしよう?どうしたらいい?」
困惑を絵に描いたような貌だ。
「かーっ!これだからコミュ障の奴はよ」
蟻宮は、基本、ファンには塩対応だ。しかし、〝FREESiA〟のメンバーは知っている。蟻宮はお高くとまっているわけではなく、度重なる人間不信から、人との対話を避け、結果としてコミュ障になってしまっていることを。
これまでは、それが蟻宮の「持ち味」だと思って放置してきた。何も愛想がよくて、おしゃべり上手な奴がアイドルとして成功するわけじゃない。コアなファンは、蟻宮に踏みつけられたくて信者になっているわけではなく、コミュ障の蟻宮が、それでも一生懸命に人と関わろうとする姿を応援したくて親衛隊になったのだ。それは、蟻宮の欠点ではなく、一つの才能とも言えた。
「ゴリ押しだ」
「は?」
「ありり、そいつと、もう一度会って話をしろ」
「何言ってんの?」
「ありりが、そいつと仲良くしているところを見れば、ありりの信者だって納得するだろ。あんな喧嘩別れみたいなやり取りするから、炎上してんだろが。仲良いところ見せつけたら一発よ」
「え?えっ?え―――!」
プチパニック状態の蟻宮をよそ眼に、あかりは、蟻宮に向かって男気たっぷりにぐっと親指を立てた。
「大丈夫だ!俺も一緒にいってやるから安心しろ」
「どこが大丈夫なの? 不安しかない」
そうは言っても、あかりの言にも一理あると、蟻宮は思った。あかりは大雑把に見えて、蟻宮よりも、ずっとコミュニケーションは上手だし、それで、〝FREESiA〟メンバーからも頼りにされているのだ。
このまま、〝あかねみこ〟から離れただけでは、不仲説は尾鰭を付けて、元気よく泳ぎ出してしまう。蟻宮が〝あかねみこ〟と仲睦まじく遊ぶところを配信で見せつければ、悪い噂は払拭されるに違いない。結果として、多くの人が〝あかねみこ〟を認知し、以前の慎ましい配信は望めないだろう、しかし、最初の配信をなかったことにできない以上、もはや、それは、諦めるしかない。
問題は、〝あかねみこ〟さんが、わたしの誘いに応じてくれるかどうかよね。
最初に遭ったあの日、友達になれるかもと思った。
何者でもない、ただの人からすれば、芸能人や配信者は人気者で、誰しも喜んでグループに入れてくれたり、友達になりたがったりすると思うかもしれない。現実は、そんなことはなく、トラブルを恐れてかFC(フリーカンパニー:他のゲームで言うところのギルドや同盟)は、まず、入れてもらえない。フレンド登録をしても、街で出会った時に、エモート(キャラに動作をさせる機能)で挨拶してくれる程度で、積極的に話しかけてくることはない。
中には、積極的に接触してこようとする人もいたが、自分の名前を売るために利用したいだけだったり、最悪、いかがわしいことが目的だったりした。結果として、それは、蟻宮の人間不信を、ゲームの中でさえ深めただけだった。
ただ、一緒に遊びたいだけ。それが、こんなに難しいことだなんて。
蟻宮は、心に溜まった毒を、苦笑いに変えて、ちょっとだけ吐き出した。
今夜、〝あかねみこ〟に、モグメール(FF14内でのみ使えるメール機能。相手がフレンドでないと使えない)を送ってみよう。
蟻宮は、初対面の日に〝あかねみこ〟とフレンド登録を交換していた自分を、今更ながらに褒め讃えた。
決意を固めた様子の蟻宮を見て、自称「優しくない」あかりは、ふっと、やさしい笑みを浮かべたのだった。
詩子クロニクル、3回で終わりますと、最初に書こうと思ったんだけど、今となっては、書かなくてよかったと思う。なんか悪い予感がしたんだよね。次回は5話目。次回で終われるかな?




