詩子クロニクル1 幻の宝石を求めて
とある配信者の物語、第1話。詩子の前に、ある日、一人の女の子が現れ―――
「じゃあ、これで、今日の配信を終わるね。みんな、今日も見てくれてありがとう。来週も20:00からライブ配信やるから見に来てね。またね~」
笑顔で手を振る先の画面には、詩子と全く同じ動きで手を振るアバターの姿があった。少年漫画に出てくるような、ツンツンした黄色の髪の下で、やんちゃそうな顔が満面の笑みを浮かべていた。
自分とは正反対の子だな。
詩子は苦笑してOBS(OBS Studio:無料で提供されている配信アプリ。世界中の技術者が善意で開発した)を終了させた。大きめのヘッドホンを外してハンガーに架け、大きく息を吐いた。「最高同時視聴者数15人」と表示されたウィンドウをちらりと見た。今日は、これでも多い方だ。いつもなら10人前後、いや、下手すると2~3人だったこともあった。
鳥島詩子は、27歳の会社員。22歳で私立大学経済学部を卒業した後、物流会社の経理事務に就職。5年目になる。正社員で土日祝日は休日、9:00~18:00勤務で残業なし。大学卒業後3年以内の離職率が3割を超えるご時世だが、平凡だが安定した勤務環境のおかげで、何とか続けることができていた。大学がある神奈川県で就職したため、ワンルームマンションでの一人暮らしも自動的に継続となり、こちらは、もうすぐ10年目になる。
卒業後、3年ぐらいは、大学時代の友達と遊びに行くこともあったが、一人、また、一人と、結婚したり転職したりで遠方へと転居していき、自然消滅。会うこともなくなった。
変わり映えのしない毎日の中、自分だけが世界から取り残されているような気がした。それは、恐怖に近い感覚だった。詩子は、得体の知れない何かに追い立てられるように動画配信を始めた。
動画は子どもの時から見ていた。ささやかな経済力と自分だけの空間を手に入れた今なら、自分も画面の向こうの人になれるのではないか。一念発起して、防音室を買い、四苦八苦して組み立てた。その中に、買ったばかりのPC、マイク、カメラを取り付けて一息つくと、「やってしまった」という後悔がこみ上げてきた。
今さら止めるわけにもいかず、眉をへの字にしながら、PCを立ち上げ、OBSをインストールし、スマホ片手に一つずつ設定していった。配信できるようになるまで3日かかった。
どうせ、誰も見ないだろうと、自嘲しつつ配信開始のボタンを押した。視聴者は0人。詩子はほっとしつつ、考えていた自己紹介を適当にしゃべり始めた。
「ふえぇぇ!」
突然、視聴数が1になり、詩子は思わず声をあげた。
「こ、こんばんは。あかねみこと言います。今日から配信始めました。よろしくお願いします!」
何とか気持ちを立て直して挨拶した。反応はない。
まあ、そんなもんだよな、とほっとしつつ、詩子は少し、落ち着きを取り戻した。
「それじゃあ、今日の話題を話しますね。八景島シーパラダイスで、今日から花火が始まりました。この花火、わたしの部屋からも見えるんですけど―――ふええぇっ!」
視聴者数が5になっていた。
「あ、えと、こんばんは。あかねみこと言います。今日から配信始めました。よろしくお願いします!」
詩子は再びパニックになりつつ、何とか挨拶をした。
>>こんばんは
「こっ、こんばんはっ!」
うわー!うわー!と声にならない悲鳴を上げつつ、詩子は初めて文字の刻まれたチャット欄を見た。
>>自宅の位置ばれるんで、部屋から見えるとか言わない方がいいですよ
「ひい――――!すびばせん!」
詩子は、実写で配信しているのだから、がっつり顔を見られている。場所の当たりを付けられて、自宅周辺をうろつかれたら、一発で見つかってしまう。
その後も、身バレに気を付けなら、用意した話題を話し終わり、何とか配信を終えることができた。
「ぶはぁ!」
詩子は防音室から外に出ると、フロアーに大の字に寝転がった。汗だくなのは、クーラーをつけ忘れただけが原因ではないだろう。心臓のバクバクが、まだ収まらない。何を話したかは、ほとんど覚えていなかった。やったぞ!やってやったぞ!という高揚感で胸がいっぱいだった。
そんな夜から、もうすぐ3年だ。
配信を始めて1か月もすると、話題も尽きてしまい、その後は、手探り状態、紆余曲折が続いた。ゲーム実況をしているときに、採掘で出てきた宝石の話をしたら、受けて登録者数が伸びた。その後は、宝石が出てくるゲーム実況をしながら、宝石について語る動画配信をするようになった。ゲームキャラとリアルの自分の姿がかけ離れていて違和感を感じた。素顔さらして配信するリスクを負う意味もなかったので、AIを使ってアバターを作成し、バーチャルユーチューバーになった。
宝石といってもダイヤモンドやサファイアのような、有名で高価なものではない。アクセサリーショップで買えるような数百円から数千円の、宝石と呼べるギリギリの石ばかりだ。もの珍しさからか、一時は伸びた視聴者数は、半年もすると落ち着き、今の10人前後で横ばいになった。
それでも詩子は配信を止めなかった。配信を始めた時の、あの、体験したことのない高揚感が忘れられなかった。熱は、まだ胸の内側に残っていた。例え少なくても、見に来てくれる人がいることが素直にうれしかった。好きな宝石をネタにおしゃべりするのは楽しかった。
平日にちょこちょこ台本を書き、配信予告のサムネを貼り、土曜日に配信して、日曜日にアーカイブを編集して動画リストに登録する。その繰り返しだった。夢中で配信し、気が付けば、もう3年も経っていた、というのが正直な感想だ。
登録者数だけは1,000人を超えたので収益化はできた。でも、視聴者数が伸びないので、収入は微々たるものだ。年間20万円を超えないので確定申告が必要ないのはありがたい。
同じような宝石系と呼ばれる配信者の中には、高価なブランド品を紹介したり、外国の鉱山を取材したりして詩子の1万倍ぐらいの視聴数を稼いでいる人もいる。詩子には、そんな時間も資金もなく、その結果として、視聴者数も伸びず―――という悪循環から抜け出せなかった。
まあ、一生、抜け出すことはないんだけどね。
詩子は自嘲した。
令和時代に1位だったLINEと3位だったX(旧Twitter)は、新参者の統合型SNSプラットフォーム〝フラクタル・ネットワーク(通称FN)〟にシェアを奪われ、ランキング下位へと転落した。これは、FNが持つ柔軟で強固なセキュリティ、利用者の感情を刺激するUIのデザイン性、文字チャットからリアルタイム動画通信までの幅広い汎用性に太刀打ちできなかったのだ。
一方で、令和時代に2位だったYouTubeは、現在も2位の座を死守し続けていた。個人間の連絡をメインとするFNと、動画共有サイトであるYouTubeは、役割が違うとはいえ、仕様変更のたびにトラブルとクレームの洗礼を浴びながらも、競合他社の機能を取り入れ(悪意を持って語るならパクり)、常に若返りを繰り返してきた。検索サイト1位をキープし続ける絶対王者Googleとタッグを組み、世界中にデータセンターを保有していることも強みだった。
YouTubeで配信を行い、収入を得るプロフェッショナルであるユーチューバーは、長い黎明期において、多くの有名人を輩出し、芸能人のようになった。先人たちの熱狂的なまでの活発な活動により、多くの視聴者を獲得していった。その結果、長らく日本でマスコミの支配的地位にあったテレビ局は電波放送の視聴者を失い、次々と主軸を動画のストリーム配信へ移行した。資本力、高価な機材、豊富な人材、映像技術は、電波時代と変わらずトップレベルで、主にコストの高い動画を提供することで存在意義を保った。
配信者の方はどうだったのかというと、参入ハードルの低さから、有象無象の新規参入者が乱立し、運と実力頼みの仁義なき戦国時代へと突入した。
誰でも芸能人になれるのは魅力だが、配信者として食っていけるかというと現実は厳しい。主な収入は企業からの広告料だが、広告単価×視聴数で収入が変動する上に、限られたリソースを無数の配信者で分け合っている状態なので、専業では生活できない程度の収入しか得られないことがほとんどだった。
そのため、ほとんどの配信者は、会社に就職しながらも副業として動画配信を行う、兼業ユーチューバーだ。しかし、動画制作に使える時間が限られているので、毎日配信なんてできるはずもない。週末に自宅からゲーム動画や歌ってみた動画を配信するのが限界だった。
「寝る前に、FFやっておくか」
FFというのは、ファイナルファンタジー14というMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)だ。詩子は、ゲーム配信のためにFF14を遊び始めた。FF14には650種類以上もの石材がある。採掘して研磨し、金属材と組み合わせてアクセなどに加工、すると3D画像として見ることができる。詩子は、アクセにするまでの一連の流れをゲーム実況し、ミネラルショーで買った動画を撮らせてもらったりした実物と見比べながら、宝石の特徴や産地について語る配信をしていた。そのためには、キャラのレベルを上げたり、メインストーリーを進めてエリアを開放したりする必要があり、時間のある時に、こうしてコツコツと遊んでいるのだ。
Allie Yoshino >>あの
tellでメッセージが飛んできた。採掘をしていた詩子は、驚いて飛び上がった。もっとも、採掘中のキャラは動けないので、飛び上がったのは詩子自身だ。tellというのは、一対一でやり取りできる文字チャットで、特定の相手に話しかけるときにしか使わない。基本、ソロでプレイしている詩子には、ほとんど縁のない機能だった。
なんかやらかしたか!?
わざわざtellを使うなんて、どうしても指摘やクレームを想像してしまう。
採掘を終えて振り返ると、アウラという種族のキャラがいた。真っ白な肌に輝くような金髪。詩子はヴィエラという兎の獣人族を使っていて、かなりの長身だ。アウラは、元々、繊細で可愛らしい種族だが、キャラクリに凝っているのか、飛び抜けて可愛い少女の姿に見えた。とはいえ、中身は、ただのおっさんだったりするのが、このゲームの怖いところだ。
Akane Miko>>どうかしましたか?
詩子は、ビビりながらもtellでメッセージを返した。
Allie Yoshino >>オニキスってここじゃないんですか?
ん?
Allie Yoshino >>マップが光ってる方に来たら、ここだったんですけど、タングステンしかなくて
ああ、なるほど。
タングステンもオニキスも、ここ、テンペストで採掘できるが、どちらも未知素材という特別な石材で、決まった時間に、決まった場所でしか採掘することはできないのだ。
うーん。どうやって説明しようか。このままtellでやり取りしてもいいが、ややこしい話になってくると、正直、文字入力がめんどくさい。
Akane Miko >>説明がややこしいので、音声チャットを使ってもいいですか?
詩子がtellを入力すると、すぐにピコンと音がして、「Allie Yoshino さんから音声チャットが申請されました」というバルーン(ゲーム内に表示される吹き出し状のメッセージ)が表示された。
FF14には音声チャット機能が搭載されていて、特に高難易度の戦闘系コンテンツでは、音声チャットが欠かせない。最近では、日常的にヘッドセット(ヘッドホンとマイクが一体になった通話用ツール)を着用してゲームをする人も多くなった。とはいえ、声で身バレするのを忌避する人も多く、音声チャットはデリケートな課題だ。詩子からしても、ダメ元で投げた提案に、これほどあっさり乗ってくるのは意外だった。
詩子が「はい」を選択すると、
「こんばんは~」
耳元から高めの澄んだ声が流れこんできた。目の前のアバターが直接話しているように錯覚するほど、見た目と違和感のない少女の声だった。
「こんばんは」
詩子も挨拶を返した。
「オニキスなんだけど」
「はい」
「タングステンと同じ未知素材なんだけど、タングステンはET22:00、オニキスはET0:00なのよ」
「あちゃー。時間、間違えたのか」
ETは「エオルゼアタイム」のことで、ゲーム内での時間だ。
「場所も違うよ。あと5分ぐらいで湧くから、移動した方がいいですよ」
「実は、一回り前にも来たんだけど、見つける前に消えちゃって―――」
未知素材は湧かないと場所が地図に表示されない。場所はネットで検索すればわかるが、ここ、テンペストは海底谷で、切り立った崖や谷が連続する上に、暗くて視界が悪いという、やっかいな地形となっていた。そして、未知素材は湧いてから約6分で消えてしまう。
「じゃあ、採掘場所まで案内するよ」
「―――いいんですか?」
「ついでに、わたしもオニキス採掘すればいいわけだし、お安い御用よ」
「ありがとうございます!お願いします!」
詩子が先導し、二人は海底谷の上を飛んで目的の台地へ降り立った。
「ここで待ってれば湧くから」
「ありがとうございます」
慣れている詩子が最短距離で飛んできたので、まだ、3分ほど時間があった。手持無沙汰のまま、黙って待つのはつらい。詩子は思い切って話しかけてみることにした。
「アリーさん―――でいいのかな?」
「はい」
「アリーさんは配信者なの?」
「まあ―――いちおう―――。どうしてわかったんですか」
「音声がクリアだから、いい機材使ってるなって思って」
「そうなんですか?自分ではわからなくて」
「私も配信者なのよ。あんまり売れてないんだけどね」
詩子は「あはは」と笑ったが、アリーはどう返していいのか、困っているようだった。しばしの沈黙。
「あ、湧いたよ」
「ほんとだ」
折よく至近距離でオニキスが湧き、二人は黙々と採掘した。
「オニキス取れました。助かりました」
「よかった」
「アカネさんは、採掘、詳しいんですね」
アリーは、詩子のキャラに表示された名前を読んで言った。
「〝みこ〟でいいよ。採掘で配信やってるぐらいだから。戦闘は苦手なんで、メインストーリー最後のボスが残ってるんだけど超えられないのよね」
攻略は8人必要で、基本、ソロで進めている詩子は、ゲーム内でメンバーを募集して挑む必要があり、戦闘への苦手意識から、それを躊躇していたのだ。
「よかったら、今日のお礼に、お手伝いさせてもらえませんか?」
「え?」
「わたし、採掘は、あまりやったことないんだけど、戦闘は得意なので。もちろん、みこさんが、嫌でなければって話ですけど」
「いいの?」
「はい」
「じゃあ―――お願いしようかな」
「わかりました!」
「いつも、そういうのは、配信でやってるんだけど、配信してもいいかな?名前は出さないので」
「そうすると、残りの6人集めないと。わたしのチャンネルで集まるかな?」
FF14は過去に起きた様々な事件のせいで、配信者への風当たりがきつく、「絶対に配信には出ない」という人が一定数いる。配信するのであれば、事前に配信があることを知らせ、同意してくれるメンバーを集めないと炎上しかねない。人気の配信者でも、人集めに苦労するぐらいなのだ。ましてや、同時視聴者10人前後のソロ活プレイヤーとなれば、メンバー集めは悩みの種だ。それもあって、メインストーリー最後のボス戦が、ずっと残ったままになっていた。
「わたしの方でメンバー集めておきましょうか?」
アリーが心配そうに言った。
「いやいや。私の配信なんだから、私が集めるよ。攻略は、来週の土曜日でいいかな?1週間もあれば、人が集まると思うので」
「いいですよ。土曜日なら時間はあります」
「よし、じゃあ、決まりね! さっきも言ったけど、私、あまり売れてないからさ。今日の、この動画も使ってメンバー集めしていいかな?」
「大丈夫です」
「じゃあ、パーティ募集だけ、ちゃちゃっと立てちゃうね」
詩子は、PCを操作してパーティ募集を作り、FF14の公式ブログである「The Lodestone」に公開した。少しして、「Allie Yoshino さんから参加申請がありました」というメッセージが表示され、詩子が承認すると、目の前のキャラと同じ顔のアイコンがパーティに加わった。
「これでよし」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ!来週、よろしくね」
「はい!よろしくお願いします!」
アウラの女の子は手を振って、どこかへ移動して消えて行った。
「げ!もう、こんな時間」
時計は0時を回っていた。詩子はキャラをログアウトさせると、PCをシャットダウンして眠りについた。
「何書こっかな?」
そんな何も決まっていない状況から書き始め、1話で終わらなくなってしまいましたw
「何も決まってないのに、よく書き出せるね」
と思うかもしれませんが、まあ、そんなもんですw
なかなか、お話が滑り出さないので、YouTubeの歴史について調べていたら、一人の配信者が脳裏に誕生しました。そこからは、筆が止まらず、気が付けば6,000字。こいつは、ヤバいと思い、話を小分けにすることに。だって、読むほうも大変でしょ?
ごめんなさいねえ。この時点で、何話になるか、想像もできませんw できるだけ早めに続きを書いていこうと思っているので、ちょこちょこ、読みに来てくださいませ。




