蟻宮、社長と対峙する
独特過ぎる営業システムで、カフェ・ミストラルは、今日も元気に営業中。そこへやって来たのは―――
カフェ・ミストラルは、地元なら誰でも知っている地方銀行と、この地域限定で圧倒的なシェアを誇る家電量販店が、手を取り合って初めて世に送り出したコラボ飲食店である。
―――というと聞こえはいいが、その実態は、その場しのぎで作っちゃったやらかし案件。責任を押しつけ合うお荷物。言うなれば、ババ抜きのババ。経営については完全なる放置プレイ。
店長、芦原夏純が独裁政権が支配する王国だった。
「蟻宮さん、コーヒー!」
常連の男性客から注文が入った。
「ルルさん、コーヒー一つ追加で」
蟻宮の声に「はーい」と店の奥から返事が返ってきた。
カフェ・ミストラルには、カフェ・オレとか、エスプレッソのような小洒落たメニューは存在しなかった。コーヒーといえば、専属バリスタ(コーヒーを淹れる専門職人)、鈴白瑠璃子―――通称ルルが、その日の気分で淹れる「バリスタの気まぐれスパイスコーヒー」一択なのだった。
読者の中に、カフェ経営者がいれば「そんなんで、やっていけるわけないやろ」とツッコミを入れるところだろうが、この店がぶっ飛んでいるのは、何もコーヒーだけに限らない。カレー職人がいるときは、カレーしか出ないし、ラーメン職人がいるときは、ラーメンしか出ないという突き抜けっぷりだ。
カフェと言うからにはコーヒーだけは死守したいところだが、その肝心のコーヒーでさえ、ルルが店にいる、よく晴れた日の午後にしか提供されないのだ。
しかし、ルルは、その1杯のコーヒーに全ての時間を捧げている。噂によれば、自宅は、世界中から集めた、ありとあらゆるスパイスで埋まっているとか。スパイスに合わせて選んだ生豆を焙煎し、お湯の温度と淹れる時間を、その日の気温や湿度に合わせて変え、カップに注いだコーヒーが、客の唇に運ばれるまでの時間を完璧に計算して出している。つまり、この店では、どう考えても商業ベースに乗るわけないコーヒーが、さらっと出てくるのだ。
この圧倒的クオリティーを前にすれば、店が客の好みに合わせる必要はなく、店の提供する飲食に合わせて好みの客が集まってくるという構図の出来上がりだ。
なぜ、このような尖った店になったのか。全ての原因は独裁者、芦原夏純の独断と偏見の結果である。
ただの店員に過ぎなかった芦原は、ある日突然店長になった。
芦原は、前任の店長が定年退職した瞬間に、自動的に店長になった。まるでソシャゲのマスター引退で自動的にマスターになっちゃいました、みたいな展開だが、現実は非情である。芦原が気付いた時には、天井に据え付けられた全方位AIカメラ―――裏の店長と呼ばれるユグドラシル・システム(通称:ドラちゃん)が全ての権限移譲を滞りなく済ませた後だった。
芦原は、ドラちゃんに抗議したが、後の祭りだった。ドラちゃんの生みの親である浦野教授にも掛け合ったが、
「無理じゃよ。ドラちゃん、もう、わしの言うことなぞ聞かんもんね。それより、コーヒーまだ?」
と、相手にもされなかった。
芦原にしてみれば、元々、やる気もなければ野望もない。その結果―――
「はい!採用ね。アルバイト?ないよ。うちは全員が店長になれる資格をもつ正社員だから」
などと言い、
「店長になってもらうなら、やっぱ美少女よね。男はだめ!美少女しか勝たん!」
と若干の?性癖を混入しつつ、芦原は、次々と個性的な店員を雇い入れていった。いつか店長を替わってもらうために。なぜ男がだめなのかは、ここで書いている時間がないので割愛する。
独裁者、芦原といえど、店の収支は無視できない。店舗経営というものは、赤字が負債の限界を超えた時、あっさり倒産してしまう。従って、好き勝手に経営方針を変えられるわけでもなく、好き放題に人員を増やせるわけもなかった。ただ、その方法が独特だった。
ユグドラシル・システムは、月末になると、その月の店の収支と客の傾向を分析し、芦原に様々な提案を行った。すなわち、
「来月の来店客が12人増えたら、店員を1人増やすことができます。次の店員はイーネオヤ(トルコの伝統的な手芸)職人がいいと思います」
といった具合だ。
芦原の当面の目標は店長を引退して、ただの店員に戻ることだった。自分が店員に戻った時に、働きやすい職場でないと困るわけだ。
普通、経営者は、いかに効率よく人を働かせて利益を出すかを優先するものだ。儲けが出なければ店は潰れる。しっかり利益を出してこそ、従業員の生活も守れるのだから、利益を優先するのは当然のことだ。
しかし、芦原は違った。一介の店員に戻った時、いかに楽に楽しく働けるか。それが、芦原の判断基準の全てだった。
「フレックスタイム制(一週間の労働時間は決まっているが、出勤と退勤の時間を社員が自由に決められる制度)ってあるじゃん。あれ、うちでもできないかな?」
「いいですね芦原様。いっそのこと、全員、時給制の正社員にしてはどうでしょう」
「時給制って―――パートタイマー
のこと?」
「芦原様、いい質問です。2026年10月1日に法律が改正され、〝同一労働同一賃金〟ルールが制定されました。これにより、正社員とパートタイマーの差は、ほとんどなくなりました。正社員には、雇用期限がなく、福利厚生があるという差があります」
「じゃあ、全員、非正規雇用の方が儲かるんじゃないの?」
「芦原様、いい質問です。でも、考えてみてください。芦原様が店員なら、正規雇用よりも非正規雇用の方がいいと思いますか?思いませんよね?」
「それはそう!」
「他の店員も同じです。正社員として雇用を安定させた方が、被雇用者の生活が安定します。ライバルよりも有利な雇用条件で人材を集め、長期に働いてもらいましょう。私のシミュレーションでは、その方がトータルコストが安くなります」
「さすがドラちゃん!それで利益は出るの?」
「大丈夫ですよ芦原様。店員がいないときは、客も来ないシステムにすればいいのです。私のシミュレーションでは、稼働率はこれ、収支はこれです」
「でも、来店した時、店が開いていないと、長期的には客が離れていかないかな」
「大丈夫ですよ芦原様。こんなこともあろうかと、お客様にアンケートを仕込んでおきました。その結果をシミュレーションに組み込むと、こんな感じで―――」
「―――なるほど。やるじゃん、ドラちゃん。うふふふふふ」
「何をおっしゃいます、芦原様こそ。うふふふふふ」
芦原とドラちゃんの黄金コンビは、瞬く間に、カフェ・ミストラルを独特過ぎる店に変えてしまった。事情を知らない店員からすれば、人知を超えた人外魔境の経営理念が店を稼働させているようにしか見えず、芦原が店長を変わってほしいとお願いしようものなら、
「ムリですぅぅ!」
と泣きながら固辞されるという事態を生んでいた。
こう見えても?芦原は、某有名国立大学を首席で卒業した、頭脳明晰な人物である。しかし、その優秀な頭脳をもってしても、自分の行動のせいで、誰も店長を変わってくれないという事態を生んでいるとは、想像もしなかったのである(笑)
話を戻そう。
蟻宮は、テーブル一つを占領し、右手でタブレットPCを操作しながら、何やら機械をいじっていた。
カフェ・ミストラルでは、店員が立って客を待つことはしない。「ご注文はお決まりですか」と笑顔でテーブルに注文を取りに行くこともしない。「ありがとうございました」も言わない。お辞儀さえない。
独裁者、芦原は傲然と言い放つ。「そういうサービス欲しいなら、うちに来なけりゃいいのよ。何なら知り合いのメイドカフェ紹介するわよ」と。
「できた」
蟻宮が組み立てていたのは、基盤がむき出しになっているが、どうやらPCのようだ。蟻宮が電源ボタンを押すと、液晶モニターに英数字が映り、すごい速さでスクロールし始めた。
「佐藤さん、動いたよ」
「おおっ!」
ややぽっちゃりした男性が、読んでいた漫画を放り出して、駆け寄ってきた。
「ほら」
「ほんまや。動作しとる。ありちゃん、どうやったん?」
蟻宮は持っていたタブレットを佐藤に突き出した。
「このサイトに書いてあった通りにやっただけ」
「このサイトって―――全然、読めんのやけど……」
「普通の英語だよ?」
「いや、そんな不思議そうな顔されても。普通の英語は、普通、読めんのやで」
「ありちゃん、帰国子女だからね。ていうか、日本語の方が不自由なんとちゃう?」
ルルがトレイにコーヒーカップを乗せて出てきた。
「ルルさん、ありがと。わたしが持って行くね」
蟻宮はトレイを受け取ると、注文した男性客のところへ持って行き、「はい、どうぞ」とそっけなく声をかけて、コーヒーカップをテーブルに置いた。
蟻宮は、日本語が不自由というより、基本、塩対応なのだ。愛想良くすることはない。
天井に設置された全方位AIカメラ、ユグドラシル・システムは、常時店員の動きを記録して、その働きに応じたポイントを自動加算する。「コーヒーを運ぶ 1回 123pt」といった具合だ。貯まったポイントは1pt=1円に換算されて、月末に基本給(法令が定める最低賃金)と併せて店員の銀行口座へ振り込まれる。
ユグドラシル・システムは、客の注文を一括管理して、客のスマホアプリに支払い請求を送信する。退店時に、客が注文内容を確認して承認ボタンを押せば決済される仕組みだ。
普通は愛想よくした方が指名が増え、その分、個人の収入が増える。しかし、蟻宮の場合、店の独特なシステムとは違う事情で注文が絶えなかった。
蟻宮は、Vチューバーアイドルユニット、FREESiAの元メンバーで、「氷花」「氷姫」の異名をもち、よりコアなファンは「塩対応の妖精」と呼ぶ。つまり、蟻宮に塩対応されて喜ぶ人は意外と多い。その現象は、ここ、カフェ・ミストラルでも起きていた。わざわざ「蟻宮さん」などと指名してくる客は、塩対応を求めている変態なのだ。
事実、蟻宮が「はい、どうぞ」とそっけなくコーヒーを置いたその瞬間も、男は歓喜で身を震わせていた。しかし、それを蟻宮に悟られてはならない。塩対応を望んでいても、けっして、嫌われたいわけではないのだ。
もし、男が歓喜を丸出しにして、
「ぐへへへへ、ありりん、もっと言って」
とでも言おうものなら、
「キモッ」
と、蟻宮は汚物を見るような目で男を突き刺し、以後の注文は一切拒否するだろう。
なにしろ、この店では、店員に拒否権が認められている。男が、本心を口に出した瞬間全て終わる。それがわかっている男は、黙ってコーヒーカップを手に取り、スパイスの香りを楽しみながら、一口だけコーヒーを啜った。蟻宮の残り香を口いっぱいに吸い込むがごとく。水面下の激しい葛藤。それすらも全力で味わう。それが、この店で蟻宮に注文をする流儀だった。
「ありちゃん、PCが何で動かなかったか、簡単に説明してくれん?」
佐藤が蟻宮にお願いした。蟻宮は佐藤の横に座り、基板を指さしながら説明を始めた。
「このAsrockのマザーボード、SONICとのコラボデザインですよね。これ、第14世代CPU対応って書いてあるけど、マザーボードのRev.によっては、BIOSを更新する必要があるんです。BIOSを更新するには第13世代CPUを乗せる必要があるから……」
蟻宮のよどみない説明を聞いて、佐藤は、ふんふんとうなずいた。
「蟻宮さん、助かるわあ」
いつの間にか店長が蟻宮の後ろに立ち、腕組みしながら、うんうんとうなずいていた。
「蟻宮さんが来るまで、PCの組み立て関係は私の担当だったからさ」
カフェ・ミストラルでは、自作PCの組み立てのお手伝いもしている。基本は、客が隣の家電量販店で部品を買ってきて、カフェのテーブルで組み立てるのだが、その際、モニターやキーボードなどの周辺機器を無償で貸し出している。
PCを自作した人はわかると思うが、実際には、予定通りには行かないことが多い。説明書通りに配線したのに動かない、説明書にはない謎の端子がある、配線コードやコネクタといった部品が付属していると思ったらなかったなんてことは日常茶飯事で、その度に、自宅からショップまで走ることになる。このカフェで組み立てをすれば、そのわずらわしさがない。同じ建物の中を、数十m歩けば買い出しできるのだ。
蟻宮は、理系大学の現役大学生である。それだけでなく、小学生の時から趣味でAIのプログラミングをしていて、その趣味のためにPCの組み立てもしていた。あらゆるトラブルを乗り越えてきた経験から、PCが動かなかった時、その原因や解決策が瞬時にわかるという特技を身に着けていた。
「蟻宮さん、その調子で、もう一つ、わたしの仕事、代わってみない?店長って仕事なんだけど」
「や、それ、無理」
「あ―――も―――」
店長はテーブルに突っ伏した。
「店長、仕事の邪魔なんでどいてもらえますか?」
蟻宮に冷たくあしらわれた店長は、すごすごと店の奥に戻っていった。
「ありちゃん、助かったわ~。それで、料金やけど―――」
「お店にあった第13世代CPUを一時的に乗せ替えてBIOS更新しただけ。お金はかかってないんで、タダでいいですよ」
「ほんとに!? 助かるわ~。じゃあ、ありちゃんに、サービス料多めに入れとくわ」
佐藤はスマホを操作した。
ピロロンという音が鳴り、「蟻宮さんに、さっちんさんから4,000Pt贈られました。ありがとうございます」というAI音声が流れた。
「佐藤さん、多すぎ」
「いいから、いいから。部品交換やったら4,000円じゃ効かないからさ。それよりも、また、何かあったら頼むで」
「―――わかりました」
蟻宮は、微妙に目をそらし、ぼそっと付け足した。
「ありがと」
佐藤は、蟻宮の無愛想極まりないお礼を聞いて、ほわんとした表情になった。危ない薬でもやっているのかと思うほど、とろけた表情だった。
「いいなあ、ありありがお礼言うなんて。さっちん、帰りは事故に気をつけろよ」
コーヒーを飲んでいた男が、心底うらやましそうにつぶやいた。
「ばか」
蟻宮のつららのような声が飛んだ。
コーヒー男は、つららが心臓に突き刺さったように、左胸を押さえて身もだえた。
「ばか」
蟻宮の2連射がトドメを刺した。
「失礼します」
明るい色のスーツに身を固めた若い女性が店に入ってきた。もっとも、カフェ・ミストラルは、通路にテーブルを並べただけの店なので、どこからが店なのかはわからないが。
「げ、社長」
「げ?」
「空耳です」
蟻宮は、すっと表情を消して答えた。
「アントちゃん、相変わらずね」
「―――社長だけですよ、わたしのこと、その名前で呼ぶの」
「アントちゃんが、初配信で、いきなり実名言うからでしょ!」
社長と呼ばれた女性が語気を強めた。
突然現れた、この女性こそ、蟻宮が所属していたVチューバーアイドルグループ〝FREESiA〟の事務所の社長、神座えるる、その人だった。
「そうなんか?」
佐藤が、近くにいた別の客に尋ねた。
「あ、俺、アーカイブ持ってるんで映しますね」
いつぞやの蟻宮に「何で辞めたんですか?」と尋ねた大学生が、スマホを操作した。
店のモニターに映像が映った。
金髪セミロングの可愛い女の子のアバターが口を開いた。
「は、初めまして、蟻宮吉野です!……あ」
映像は暗転し、数秒後に「本日の配信は終了です―――7秒―――」という文字が表示された。
「ただの放送事故やんけ」
「これ?切り抜き?」
「いや、フルサイズ」
「すげー」
「7秒で炎上だもんなぁ。もはや伝説級やで」
「200万回再生だって」
「未だに〝FREESiA〟で、この動画の視聴回数抜いたやつ、いないもんなあ」
「小賀さんっ!今すぐ!その動画消して!」
蟻宮が顔を真っ赤にして叫び、大学生が、
「はいぃぃぃぃ!」
と悲鳴を上げて、慌ててスマホを操作した。
「無駄やて。〝蟻宮〟で検索したらトップにリンク出てくるし」
「し―――!」
小賀が余計なことを口走った佐藤を必死で制した。
あははははは!と社長―――えるるが涙を流して笑い転げた。
「サイコー!アントちゃんにしかできない瞬間芸だわ」
「芸じゃないです」
蟻宮が即座にツッこんだ。
「社長が一番笑っちゃダメな人でしょ」
先日、来店したすももが、えるるの後ろから、額に手を当てながら現れた。
「すももちゃん?」
「ありり、ごめん!」
すももが、蟻宮に向かって手を合わせた。
「社長に、ありりに会ったって話をしたら、どうしても会いに行くって聞かなくてさ」
「―――でしょうね」
蟻宮は、まだ笑いが止まらないえるるを無表情に見て、全てを諦めたようなため息をついた。
「いいわあ、アントちゃんのそのドライアイスみたいな冷めた目。ぞくぞくするわあ」
「―――社長、用件はなんです?他のお客様の迷惑になるんで」
「他のお客様の迷惑なんてせりふ、ありありから初めて聞いたぜ」
「小林さんは黙ってて」
余計な一言をつぶやいたコーヒー男を、蟻宮が尖った視線で黙らせた。
「ええとね、アントちゃん、うちに戻ってきて」
えるるは笑いを収め、真剣な表情で蟻宮に迫った。
蟻宮は、困ったような顔でえるるを見た。
「でも、わたしは、規約上重大な違反があったため解雇された身ですが」
淀みなく言った。
「それ、アントちゃんが、勝手に自分のブログに書いたやつでしょ!」
えるるが思わず大声を揚げた。
「社長、落ち着いて」
すももが止めに入った。
「社長だと話が進まないから、わたしが話すわ」
「すももちゃん?」
「ありり、あのね」
すももは、まだ、何か言いたげな社長の前に割って入った。
「今度、パワーソニックっていうイベントがあるんだけど」
「パワソニって、野外ライブの?」
「うん。そこにフリージアが招待されたの」
「すごいじゃん、おめでとう」
蟻宮は他人事のように笑顔で言った。
すももは笑わなかった。
「ありりがいないと、センターがいないんだよ」
「え?でも……」
蟻宮に反射的に言葉を返しそうになったが、すももが泣きそうな表情になったので、「すももが歌えばいいじゃん」というせりふを呑み込んだ。すももは、蟻宮がフリージアに入るまではセンターを務めていた。それで、何かと蟻宮に突っかかるぐらい、対抗意識に燃えていたのだ。
「あたしじゃ、だめだった。ありりがいなくなってから、他のメンバーの視聴数もがくっと減っちゃって。元々、フリージアって、よくて1万再生ぐらいの弱小ユニットだったじゃない?きっかけは、アレだったけど、ありりのおかげで、たくさんの人に見てもらえるようになった。ありりがいなくなって、それがよくわかったよ」
「で、でも、わたしより、歌うまい人なんて、いっぱいいるよ。わたし、ちゃんとトレーニングしたこともなくて―――って何で、すももが泣くのよ!?」
蟻宮は慌ててハンカチを取り出し、すももに差し出した。
「ご、ごめん、でも、わたしは、ありりと歌いたいんだ」
すももは、蟻宮のハンカチを受け取ったが、そのまま、ぽろぽろと涙を流し続けた。
「はーい、ちょっとごめんねー」
店長が割って入った。
「困るなあ、勝手に話を進めてもらっちゃ。蟻宮さんは、うちの店員で、行く行くは、わたしに代わって店長になってもらう予定なんだから」
「や、それ、無理」
蟻宮の即答に、店長の口元が引きつった。
「と、とにかく、私の目の前で引き抜きとは、いい度胸ね」
「お店は続けてもらってけっこうですよ」
えるるが、さらっと言った。
「え?そうなの?」
「―――店長、いきなり押し負けないでください」
蟻宮は、ジトっとした目で店長を見た。
「え?いや、でも、ほら、わたしが反対する理由、なくなっちゃったし」
は――――っと、蟻宮は長いため息を吐き出した。
「わかりました。あんなことをやらかしたわたしを迎えに来てくれたんだから、その心意気に免じて戻りましょう」
「―――なんか、アントちゃんが悪かったみたいな展開なんだけど、やらかしたのって、そもそもアントちゃんじゃなくて、アントちゃんのパパよね」
社長が、納得いかないような表情で、もごもご言った。
蟻宮は、それには答えず、社長の目を見てきっぱり言った。
「そういうことで、社長、パパの説得はお願いしますね」
社長の目が泳いだ。すがるような目を向けられたすももは、秒で目をそらした。
周りの客も、何事もなかったかのように、定位置へと戻っていく。
「わかりました。頑張ります」
誰も助けてくれないことを悟り、えるるは暗い声で答え、その場は収まったのだった。
―――収まったよね?
こちらも、原作からのリメイクです。これを書いてる時に知ったんだけど、こういう、短いエピソードを書きたいところから書いていって、後でつなぎ合わせて一つの話にするやり方を「オムニバス形式」って言うんだって。そうかー。わたしが、好き勝手に書いていたやり方は、「オムニバス形式」って言うのかー。また、一つ、賢くなった、あやなでした。




