第45話 動きだす運命
アリッサへの王位継承の準備は着実に進んでいた。各方面への顔出しも終わり、後はイェノムが宣言すれば全てが完了する。そして、黒の勇者と一国の姫と言うビッグカップルの誕生を密かに期待する者もおり、最近の城内の話題はもっぱらアリッサと黒の勇者に関する事ばかりだ。
アリッサの妹にして、第2王女であるシエルは王位を継ぐ姉を誇らしく思う反面、その隣にいる黒の勇者に複雑な感情を抱いていた。シエルはレイトのことが嫌いだ。一国の姫である姉に馴れ馴れしい態度。何より、彼が姉と一緒にいるせいで、姉との時間が少ない。
「どっか行けばいいのに……」
シエルは城の外にある裏庭で、魔法に関する本を読みながら呟いた。お昼時の時間は、太陽に温かい陽が差し込み、心地がいい。お気に入りこの場所は人の出入りも少なく、集中して何かするには絶好の場所だった。
「よう! 泣き虫シエル!」
心地のいい空間は男の声で壊された。自分を『泣き虫』と呼ぶのは一人しか居ない。本を閉じて振り返ると、黒髪のあの男が居た。男はこちらへと近づいてくる。以前、この男に「日に当たるなら何処がいい?」と聞かれ、この場所を教えたのは失敗だと最近になって後悔した。
「泣き虫じゃないもん!」
「この前、中庭で新しい魔法失敗して泣いてたろ?」
レイトが頭に手を置き、髪をくしゃくしゃにする。この男は何時の間に見ていたのか。
「やめてよ!」
「うりうり♪」
やめる気配はなし。王族であるシエルにこうしてイタズラをしてくる者は少ない。そして、構ってくれる人が少ないのもまた事実である。姉のアリッサはともかく、父であるイェノムは忙しいし、アリッサにしか関心がないように見える。
優秀な姉と不出来な妹、どちらを次期王座として優先するかと考えれば当然と言えば当然だった。しかし、レイトは王族である自分に普通に接してくる。顔を見る度に何かとちょっかいをかけて来る。いつもムキになって反撃するが、それすら楽しんでいるようだ。
レイトのことは嫌いだ。でも、対等な目線で接してくれるのは嫌いでは無かった。シエルは両手でレイトの手を払いのけ、本を開き、続きに目を通す。
「また、魔法の勉強してんのか?」
「そうだけど? 特殊な魔法が使えるアンタや、天才の姉さんには分からないでしょうね」
思わず毒を吐いてみた。
「いやいや。努力は大切だぞ」
「あんたは何時も身体動かしてるもんね」
気がつくと目の前の男は何時も、騎士団の訓練場で身体を動かしていた。任務から王都に戻ってきた時も、手には何時も新しいマメが出来ており、剣を振っていることは容易に想像できた。城で噂される黒の勇者の逸話。
たった一人で何匹の魔物を相手にして、颯爽と人々を救う。そんな華やかな勇者像から、かけ離れた地味な姿。でも、それを人前では決して見せようとはしない。
「人を脳筋みたいに言うんじゃねぇ」
レイトは口をとがらせる。
「男のあんたがしても可愛くない」
「手厳しいね」
レイトは笑みを浮かべた。シエルは本を閉じて、立ち上がる。そう言えば、今日は親友であるセイナが来ていることを思い出したからだ。こんな場所で黒の勇者を相手にしている場合ではない。城から訓練場がある騎士団の寮へと向かう。
レイトは何故か、後をついてくる。彼も訓練場に用事があるのかだろうか。それよりも二人で歩いていたら仲がいいと思われてしまう。シエルにとってその方が心外だ。
「ついて来ないで」
「俺も訓練場に用があるんだよ。ガノに呼ばれていてさ」
「総隊長の呼び出しを無視して、あたしの相手してたの? 暇なのね」
「忘れたんだ。それに勇者が忙しいなんて、ロクな事ない」
「そうかもね。それにあんたに勇者は似合わない」
レイトは肩をすくめた。
「手厳しいね」
「人の見えない所で努力して、色んなものを背負っているのに、泣き言を口にしない。あんたは人間らし過ぎる」
世間は勇者のことを超人とでも思っている。しかし、彼本来の姿を知っているシエルにとって、それは本来の彼では無い。傷つきながらも前へ進む。彼もまた、一人の人間にすぎない。王族と呼ばれ、周りから羨望の眼差しに見られることを重荷に感じながらも、努力を重ねる自分と同じように。
この世に特別な人など居ない。
「シエルが俺のことをそこまで、見ているとは意外だな」
「別に……あんたが分かりやすいだけ」
「そりゃどうも」
騎士団の訓練場に着いた。中央で総隊長であるガノが愛娘のセイナに剣を教えている。セイナの姿を見つけたレイトは「げっ」と声を出した。ガノの思惑を理解したようだ。
「よう、レイト。娘がどうしてもお前と戦いたいって言ってな。まぁ、よろしく頼むわ」
「黒の勇者! 今日は負けないぞ!!」
ガノが少し申し訳なさそうに頭を下げる横で、セイナが訓練用の木刀をレイトへと向けた。きっと、セイナの要望に押し切られ、断ることが出来なかったのだろう。娘のセイナにこの人はとことん甘い。
「はぁ……ガノの頼みなら仕方ない。セイナ、ほどほどにしてくれよ。疲れるのは嫌だ」
「人のこと見下して……さっき、メイド長が教えてくれたぞ! 夜な夜なアリッサ様に変な声を出さして、遊んでいると!! そんな不届きな貴様に、今日こそ、正義の鉄槌を下す!!」
「そのメイド長とは話しあう必要があるな」
レイトがぼそっと呟いた。変な声と言うのが何をさしているのか分からないが、姉をおもちゃにしていると言うことだけは分かった。レイトとセイナは向き合うと模擬戦を始めた。シエルが訓練場の端に腰を降ろし、その模擬戦を眺めていると隣にアリッサが座った。
「どっちが勝ちそう?」
アリッサが長く伸びた髪を耳にかけ、聞いてきた。
「五分五分。今日はセイナが勝つと嬉しい」
「もし、勝ったら将来有望ね」
アリッサはニコニコして、模擬戦を眺めている。今、レイトは模擬戦で動けない。久しぶりに姉に魔法を、教えてもらうことが出来る思ったシエルは思いきって、聞いてみた。
「姉さま」
「なぁに?」
「医療魔法教えて」
「いいわよ」
アリッサは優しい笑みを浮かべ承諾してくれた。邪魔にならない訓練場の端に二人で移動する。まずはアリッサが魔法を発動させた。両手の間で魔力を集中させ、蒼い色の空間を出現させる。
「手を入れてみて」
アリッサに促され右手をその空間に入れてみる。魔力が身体に入ってくるのが分かる。
「相手の身体の流れに、自分の魔力を馴染ませるイメージで流すの。基本が出来れば色々と応用が出来るわ」
「分かった」
アリッサの言われた通り魔力を流してみるが、中々発動する事が出来ない。出来たと思ってもすぐに消えてしまう。魔力の制御が非常に難しい。
「焦らないで。シエルならきっと出来るわ」
アリッサが柔らかい声で諭す。
「……勇者も呼べるようになる?」
それは興味本位で聞いた。本当にしようとは思わない。しかし、姉であるアリッサに憧れるシエルにとって、召喚魔法は発動しなければならない壁と思っていた。
シエルの言葉を聞いたアリッサは膝を曲げ、シエルと同じ目線の高さになる。
「シエル。召喚魔法を使うと言うことは、その人の向こうの世界での、生活を奪うと言うこと。それは理解している?」
「分かってる。でも、あいつは後悔していないって言ってた」
「レイトさんはね。でも、普通の人はそんなこと耐えられない。召喚魔法は本来ならば、使ってはいけないもなの」
アリッサがセイナと模擬戦を続けるレイトを見た。姉は今も召喚魔法を行ったことに、少なからず罪の意識を感じている。
(あいつのことを好きなるから)
あいつのことを好きならなければ、そんなに苦しまずに済むのにと思った。それでも、姉であるアリッサは自分の目標だから。いつしか、召喚魔法を使って勇者を呼びたいと思っている。しかし、姉であるアリッサは反対のようだ。
「それに、シエルが大きくなる頃には、勇者に頼ることもないと思うわ」
「どうして?」
「皆が協力するからよ。きっと、世界は今よりも良くなる。良くして見せる」
それは次の王としての言葉か、一人の人間の覚悟なのか。シエルには分からない。姉が王位を継ぐことに文句は無い。しかし、召喚魔法を禁じられ、姉を超えることを許されなければ、これから自分は何処に向かって歩けばいいのか分からない。
(勇者を呼ばなくても、姉さまを超える方法か……何があるのだろう)
シエルはぼんやりとそんなことを考えながら、医療魔法の訓練に打ち込んだ。基本は大体マスター出来た。後は実際に使ってみるだけだった。丁度、レイトとセイナの模擬戦が終わったようだ。セイナが悔しそうな顔をしている。また、レイトが勝ったようだ。
シエルはレイトに近づく。
「怪我、治してあげる」
「お前、医療魔法使えたっけ?」
「今覚えた。実験台になって」
「え?」
本当に治るか保証がないのに、セイナで試すわけにはいかない。それにすでに彼女は姉である、アリッサの治療を受けている。ほとんど擦り傷だけと言っても、試すにはレイトが丁度良かった。
「ん! 早く」
シエルは医療魔法を発動させ、レイトに腕を出すように促す。彼は観念したのか、しぶしぶ腕を出した。擦り傷のついた場所に医療魔法を当てて、治療を試みる。怪我次第に塞がり、綺麗に消えていった。
「おぉ! ちゃんと治ってる! 凄いじゃねぇか!」
「ま、まぁ、これくらい当然」
褒められるのは慣れない。どういった反応したらいいのか分からず。ぎこちなくなった。
「ありがとうな。シエル」
レイトは頭に手を乗せ、髪をくしゃくしゃにしてきた。
「だから、髪を乱すな!!」
「うりうり♪」
この男はやめる気配がない。
レイトとシエルのやり取りを見ていたアリッサは肩を叩かれた。振り返ると、ガノが真面目な顔で立っていた。
「イェノム王がお呼びです」
「分かりました」
父であるイェノムからの直接の呼び出し。きっと、王位継承のための『最後の課題』が言い渡されるのだろう。王位継承時にはこの『最後の課題』を前王に言い渡され、クリア出来た者だけが王位を継ぐことが出来る。イェノムには近々言い渡すと言われていた。
城に戻り、最上階にあるイェノムの執務室まで長い階段を上る。ドアをノックし中へと入る。自分の親とはいえ、この部屋に入るのは毎回緊張する。
「失礼します」
中に入るとイェノムが窓の外を眺めていた。彼は本来ならば作業するために机に腰を降ろすと、金色の瞳でこちらを射抜いた。自身の父とはいえ、その鋭さに思わず冷たい汗が背中を流れる。
「アリッサ。これから王位継承にあたり最後の課題を言い渡す」
「はい。なんなりと」
イェノムはその言葉に満足したのか、口端をつり上げた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「黒の勇者を殺し、その魔素を吸収しろ」
それは衝撃の課題だった。




