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黒の波動を携えて  作者: 達
第4章 襲い来る災厄
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第43話 それがあなたの幸せとしても

 日が沈んでも王都の人々は眠らない。それは王都の奥にある城も同じだった。黒の勇者レイトの帰還とアリッサの王位即位による、祝いの場が開かれるからである。宴会専用の大広間が解放され、貴族や騎士団の一部の面々が訪れていた。


 当然ながら、レイトも出席している。リザやオーミアとは城下町への買い出しから帰ってきてから、後で顔を出すと約束して別れた。ガノに先に城の方へ出席してくれと言われれば、仕方ないと思った。


 興味はないが貴族の人たちへの顔だしも兼ねているようだ。こちらの世界に来てから戦いばかりだったせいで、黒の勇者の顔を見たことない貴族たちが圧倒的多数だった。レイトはこのような、大規模の立食式のパーティは初めて参加する。


 中央では正装した貴族や騎士団の男と、綺麗なドレスに着飾った女たちが、会場に流れる音に合わせて社交ダンスのように踊っている。ダンスの経験が無いレイトにはどういった風に踊っているのか分からない。


 そもそも得体の知れない異界人を誘う変わりモノが居る訳も無く、参加することは出来ない。部屋の壁に背中を預け、参加しているはずのパーティを外から眺めるだけだった。


「見ているだけでよろしいのですか?」


 声の主は元五番隊の副隊長であるルルだった。ネセリンの引退により五番隊は解隊され、騎士団は全部で四部隊編成となった。ルルも当然、二番隊へと編入され任務に当たっている。


「踊れないし、踊る気も起らない」


「本来ならばあなたは主役ですよ。貴族の娘でも誘えば組んでくれるかもしれませんよ?」


「どーだか」


 思わず肩をすくめる。


 戦場で一緒に命を賭けた騎士団の面々ならいざ知らず。自分と言葉を交わしたことの無い、貴族の人から見たら、『魔物を殺せる化け物』と言った所だろう。興味と恐怖でこちらをチラチラ見て来る彼らの視線で、そう確信していた。


「そう言うルルは踊らないのか?」


「ネセリンに踊らない様に言われておりますので」


 今度はルルが肩をすくめた。


(そう言えば、ネセリンと付き合ってるんだっけ)


 リザたちからネセリンのことを聞くと、何故かルルと付き合っていることを教えてくれた。ルルはすでに魔道学院が出来たら、騎士団を退くことが決定している。ネセリンを支えるためだそうだ。


「ネセリンは来てないのか?」


「騎士団を引退し、今はただの魔術師にすぎません。それに、人見知りのあの人にとって、大人数でのパーティは天敵ですから。参加できなくて喜んでいるでしょう」


 ルルが近くのメイドらしき人から木のコップを二つ受け取り、渡してくれた。中はブドウの匂いのするジュースだった。


「俺も参加しなくてよかったかもなぁ」


「ガノ総隊長の顔を立てる意味もあります。それにまだ、アリッサ様のお姿をご覧になってないでしょう。退席は早すぎるかと」


 ルルが笑みを浮かべ、コップを前に出した。乾杯しろ言うことだろう。レイトは軽くコップ同士を合わせ、ジュースを少しだけ口に入れた。ほのかな甘みと果物特有の酸味が口に広がる。味はぶどうジュースの炭酸割りと言った所か。


 そう、アリッサはまだこの会場に姿を見せていない。今回のパーティ、本当の主役は彼女である。きっと、着飾った貴族の女たちのように、彼女もドレスを着ているだろう。それを見たいと思うが、この空間はレイトにとって些か心地よくないものだ。アリッサの姿か、退席か。二つの間でレイトはどうするか考えていた。


(ホント、身分が違いすぎる)


 再びコップに口を近づけた時だった、大広間に小さな歓声が起こった。周りを見ると人々の視線は奥にある、階段へと向けられている。レイトも視線を向けると、そこには純白のドレスに身を包んだアリッサの姿があった。


 ドレスと同じ、白い靴で階段の一段一段をゆっくりと降りて行く。会場の視線が1人の女性に集中し、釘付けにする。右肩から垂らした蒼い髪、両肩が露出した形のドレスのせいか大人の雰囲気が会場を支配する。


(蒼い女神……)


 飲み込んだつばの音が周りに聞こえると思うくらい、会場は静かだ。奏でていた音楽もいつの間にか止まり、演奏者たちもアリッサに夢中である。誰も動くことの出来ない、圧倒的な存在感。レイトは改めて確信する。彼女は王女様で自分とは身分が違うのだと。


 アリッサが会場へと降りた。そして、スカートの端を両手でつまみ、一礼した。全員が動くことを思い出したように、拍手が降り注ぐ。そして、音楽が再び鳴り始める。踊りを中断して者は続きを踊る。


 アリッサの周りはあっと言う間に人だかりが出来た。少しでも自分の顔を覚えてもらおうと、必死な貴族たちが我先にとしゃべっている。アリッサはそれらに笑顔で一つ一つ丁寧に対応していた。自分以外の男と笑顔で話す彼女を始めて見た。


 レイトはコップに口をつけると中身をグッと一気に飲み干した。空いたコップをルルに預け、出口へと足を向けた。


「もう、よろしいのですか?」


「騎士団の方にも呼ばれていてな。それに、俺があそこに行ってもアリッサの邪魔になる」


「そうですか。あなたがそう決めたのなら仕方ありません」


「ネセリンさんによろしく言っといてくれ」


「分かりました」


 レイトは早足で出口へと向かう。ただ、この場から早く離れたかった。


「勇者様」


 背中越しにルルの声がした。足を止めるが、振り返らない。今振り返ると、アリッサが目に入るから。


「なに?」


「あなたの幸せは誰とあるのですか? 何処にあるのですか?」


「……質問の意味が良く分からないな」


 レイトは大広間を後にした。会場を出て、城からも出る。先ほどまで、人が多い大広間にいたせいか、外の空気が一段と冷たく感じた。今頃、アリッサは自分の知らない人たちと話しているのだろう。そんなことを考えていると、騎士団の寮についた。


 外でキャンプファイヤーのような、暖を中心に騎士団の面々は食事をしたり、踊ったり酒を飲んだりしている。その姿は本当に心の底から楽しんでいるように見える。そして、レイトの姿に気がついた団員の1人が声を上げた。


「勇者様が来てくれたぞーーー!!」


 あっと言う間に囲まれ、暖の場所まで連れて行かれる。


「勇者様! ご飯はもう食べられました!?」


 リザが焼いた肉と魚を乗せた、木製の皿を持って現れた。


「いや、まだだ。頂くよ」


 リザから皿を受け取り、肉を口に運んだ。新鮮な肉を使ったのか、塩の味はせず、香ばしいタレの味がする。きっと、今日の為に美味しい肉を揃えてくれたのだろう。


「おいしいな」


「皆で選んだんですよ! おかわりもあるのでたくさん食べて下さいね!!」


 リザが目を輝かせ、笑顔を見せる。その後も、出される料理をひたすら口に運ぶ。その間、今まで話したことの無い騎士団の面々と言葉を交わす。中には鬼火の森で一緒に戦った者や、魔物領で命を救われたと言う者も居た。その時の思い出話などに花を咲かせると、レイトの腹は限界まで膨れ上がっていた。


「喰い過ぎた……」


 一通りの話を終え、レイトは寮の壁にもたれて座り込み、少し遠目から騎士団の宴会を眺めながら、腹を休ませていた。一呼吸する度に、腹が膨れて苦しい。本当に食べ過ぎたと後悔しても今さら遅かった。


「レイト様。お隣、よろしくて?」


 顔を上げると、鎧を外し、薄いTシャツとホットパンツに身を包んだオーミアの姿があった。Tシャツの張りつめた山に目を奪われそうになるが、グッと堪える。見れば、彼女はすぐに気がつくはずだ。


「いいよ」


「失礼します」


 彼女が体操座りで隣に座った。フワッと髪が風で舞い上がると同時に、いい匂いが鼻に飛び込んだ。アリッサとは違う、別の女性の香りだった。


「お楽しみになられました?」


「おかげ様で」


「それはよかったですわ」


 彼女は口に手を当て、上品に笑った。


(何、話せばいいんだろう)


 レイトは隣に居るオーミアを見た。アリッサに負けず劣らずの美人だと改めて思う。大人の女性らしい、ふくよかな身体つきで誘惑されれば、男なら断ることは出来ないと思うほどに。


 そんな彼女と何を話せばいいか分からない。騎士団の面々とは、聞かれたことに答えるのがほとんどだった。振り返ってみると、アリッサとはあまり会話に困ったことが無いように思える。最初は例外として。


「わたくしの顔に何かついていますか?」


「いや。何でもない」


 レイトは慌てて、視線を前に戻した。騎士団の面々が楽しそうに食事をしている。そんなことを考えていると、左の肩に重さを感じた。オーミアの頭がさっきよりも顔の近くにある。彼女が肩に頭を預けたようだ。さきほど感じた香りがさらに強くなる。


「何も言わないのですね」


「言う理由が無い」


「姫様に怒られるのではなくて?」


「かもな」


「好きでも無い子に期待させるなんて、罪な男ですわね」


「そんな大層なもんじゃない」


 オーミアが肩から頭を離し、指を絡めてきた。彼女を見ると、紫色の潤んだ瞳で見つめて来る。あの人の蒼い瞳に負けないくらい綺麗だと思った。次第に顔の距離が近くなる。目を閉じ、吐息がかかるほど近づき、レイトはふと思う。


(俺は何やってるんだ)


 アリッサと会うために王都に戻ってきたくせに、今こうして別の女性と雰囲気でキスしようとしている。確かに、その場の流れでしてしまえば、楽かもしれない。しかし、それは違うような気がした。


「レイト様?」


 何時までもレイトとの距離が埋まらない事に、疑問を感じたオーミアが目を開けた。レイトは彼女と距離を開けて立ち上がった。騎士団の宴会はまだ続いているが、一部では片付けが始まっている。


 時刻は大分、遅くなっている。城の方はすでにお開きとなったのか、音がしなくなった。普段ならば、寝ている時間のはずだ。


「ごめん、オーミア。俺、帰らないと」


「そう言うと思いました。でも、わたくしは諦めませんわ。寂しくなったらいつでも御出になってくださいな」


「ありがとう」


 一瞬でも彼女の優しさに甘えようとした。アリッサと自分の関係から目をそらすために。それは同時にアリッサのために、戻ってきた自分を否定することになる。レイトはオーミアに「おやすみ」と告げると城へと戻った。


 今日は警備が休みなのか、誰も居ない廊下を歩く。もう本来ならば皆が寝静まる時間だ。アリッサも寝ているだろう。パーティで色々と疲れているなら尚更だ。話すのは明日でもいいと思い、自分の部屋へと直行する。


 王都帰還後、始めて入る自分の部屋。ガノには全てそのままにしていると言われた。いつもの道を歩き、ドアの見える長い廊下へと出る。いつもと変わらないはずの景色に少しだけ、変化が加えられていた。


(あれは……)


 ドアの前に誰かが居る。その人は体操座りで膝に顔を伏せている。寝ているとしたら、風邪をひくかもしれない。高価な絨毯が敷かれているせいで、音が響かない廊下を慎重に歩く。ドアの前に座る彼女に近づくと、向こうから声を発した。


「遅かったですね」


 顔は相変わらず伏せたままだ。


「こんな所に居たら風邪ひくぞ。アリッサ」


「引いたらレイトさんのせいです」


「じゃあ、どいてくれないと困るな」


 彼女は顔を上げた。赤くなった鼻が可愛らしい。


「部屋に運んでください」


「おいおい。そっちの部屋までどれくらいあると思ってるんだ?」


「レイトさんの部屋にですっ」


 アリッサは手を差し出した。レイトはため息を一つすると、彼女の手を握り、そのまま御姫様抱っこの形で持ち上げた。何とか、部屋の扉を開け中へと入る。


「アリッサ。降りてくれると嬉しんだけど?」


「身体が冷えてるので、ちゃんとベッドまで運んでくださいっ」


「仰せのままに」


 レイトはベッドの上に彼女を優しく降ろした。


「ご満足ですか。アリッサ姫」


「少しだけ」


「厳しい採点だな」


 レイトは彼女の隣に腰を下ろした。人二人分の重さを支えるベッドが少しだけ沈んだ。


「どうして、途中で退席したのですか?」


「見えてたのか」


「はい。ずっと見ていました」


 彼女の蒼い瞳が真っすぐに向けられる。誤魔化しても意味が無さそうだと悟った。


「アリッサが他の男と話してるのが、見たくないから出て行った。失望した?」


「いえ。全然」


 アリッサは笑みを浮かべた。


「私は、レイトさんの身体から他の女性の匂いがしても失望はしませんよ」


「お前の鼻は猟犬かよ」


「でも、正直、妬いちゃいます。たとえ小さい子でもそれが女性ならば、近づいて欲しくない。私だけも見ていて欲しい。醜くて我儘な女と思いますよね? レイトさんを勝手な都合で呼んでおいて、独占したいと思うのですから」


 レイトはアリッサを優しく抱きよせた。彼女は胸の顔を埋め、動こうとしない。


「ありがとう。こんな俺を欲してくれて」


「……ホント、寂しかったんですよ……」


「分かってる。もう何処にもいかない。アリッサだけを見る」


 身分の違いだとか関係ない。彼女の為に生きて、彼女と共に歩く。ルルの問いに今なら答えられる。『俺の幸せはアリッサと共にある』と。


「今日はずっと一緒に居て下さい」


 アリッサが腕の隙間から、顔を出した。


「もちろん。いくらでも付き合うよ」


 レイトは改めて、彼女の小さな体を抱きしめた。強く、強く。


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