第42話 大人のお遊戯ってなんですか?
城の最上階でも一番奥にある、イェノムの執務室。歴代の王たちが使用してきた部屋には数々の記録が残っている。モノによっては極秘な魔法の研究なども含まれている。『人体より生成された魔素吸収』に関する研究文献もそこにはある。
サラドルはその研究に関する報告書を手に取り、目を通す。
「変換効率は『相手のことをどれだけ大切に思っているかで決まる』……これが条件ですかの?」
サラドルに問いに、窓の外を眺めているイェノムは笑みを浮かべた。
「大切に想う相手を殺せば力を得られる。なんとも、皮肉な禁忌だ」
「しかし、その条件を満たさなくても、変換効率を上げる魔装具は開発されたのでしょう?」
「ある程度の話だ。自分の想い人から魔素を吸収するのとでは、比較にならん」
イェノムは窓から離れ、椅子に座った。そして、机の上にある勇者の召喚魔法をまとめた、研究文献の紙を手に取った。
「父上が召喚魔法に王家の血を必要としなければ、こんな仰々しい準備は要らなかった」
「異界人と王家の血筋の融合……ある意味、アリッサ様やシエル様は四分の一、異界人の血を継いでいるのでしょう?」
「あやつらの母は、異界人とのハーフだからな」
そう。イェノムの嫁にして、前王妃は異界人の血を半分継いだハーフであり、その子供に当たるアリッサたちはクォーターにあたる。自身の父である前王の妻と恋に落ちた幻の勇者。その子供が前王妃にして、アリッサ達の母親である。
「そして、イェノム王。あなたは、異界人の魔素を吸収した唯一の人物じゃと」
「母上を連れて逃げた勇者を殺しただけだ。それに父上からも殺して魔素を吸収するように、言われていた」
「ホッホッホ。誰も知りますまい。あなたが異界人の勇者を凌駕する力を有しており、さらにその魔素を吸収し、誰も辿りつかなかった領域いるなど……そして、娘に同じことをさせようとしておる」
「力が必要なのだ。制御しきれない魔物たちに対する力が。王家の者ではない我を、養子として受け入れた父上のように、なりふり構わず。力をつけなければならない」
「そのために、異界人と娘のアリッサ様を一緒に行動させ、仲を深めさせた後に殺し、魔素を吸収する。なんとも残酷なことですな」
「失敗作である人工魔物の処理も終わった今、計画は最終段階だ。あとは詰めるだけ」
サラドルは本棚に並ぶ、膨大な研究報告書の中から、厳重に保管されていた一枚の紙を取り出す。
「人体を媒介にした魔物の生成……デスピアや黒騎士はその失敗作でしたな」
「幻の勇者の魂を分裂させたのが、失敗だったようだ。今度の勇者はちゃんと一つで試すつもりだ」
デスピアに黒騎士。彼らは、ある意味では幻の勇者のなれ果ての姿だった。魔物をコントロールできれば魔物の侵攻を恐れることは無い。そう思い、人工的に造ってみたが、制御は失敗。帝国や鬼火の森に住むドラゴンには、打撃は与えることは出来たが、その後は制御下を離れ、騎士団に多大なダメージを与えた。
「しかし、あのアリッサ様がすんなりと、勇者を殺すことに頷きますかの?」
「その時は……二人とも消えてもらう」
自分の血を半分継いだ娘だろうと容赦はしない。シエルを生んだその日に、殺した自分の義姉である王妃のように。障害になるのなら娘も殺す。決意を決めた王の瞳はどこまでの冷たかった。
半ば強引に連れだされたレイトは王都の城下町へと来ていた。魔物の侵攻中は街に出かけることは、あまり無かったので、露店が並ぶ場所を歩くのは新鮮に感じた。
「勇者様! これにしましょう!!」
右隣にいるリザがショートの髪を揺らし、露店に並ぶ魚を指差した。
「リザ。レイト様のリクエストを聞いてからにしなさい」
左隣に居るオーミアがロングの髪を耳にかける。その仕草は何処となく大人の色気がある。
「わたくしの顔に何かついておりますか?」
オーミアが優しい笑みで首をかしげる。見ていたことはお見通しのようだ。
「勇者様! オーミアさんの色気に騙されないでください! 一体、何人の人が泣かされてきたか」
「人を悪く言うのはやめなさい。レイト様の前で見苦しいわよ」
女性同士の戦いが始まった。表面上は二人とも笑っているが、腹の底で何を考えているか、想像もしたくない。巻き込まれない様に見守ることが最善に違いない。
(アリッサ、まだ怒ってるかな)
レイトが城を出て来る時には怒り心頭だった。きっと、自分が女性二人と、買い出しに出かけたせいだと思いたい。今、冷静になって振り返ると、アリッサが自分のことをどう思っているのか聞いたことが無い。
魔物侵攻を食い止め一か月が経っている、アリッサの元にはガノが言っていたように、婚約の話が様々な方面から来ているだろう。もし、すでに彼女が結婚する相手を選んでいたら?
彼女に会うために帰ってきた自分はなんと滑稽なのだろうか。しかし、一か月も姿を見せなければ、死んだと思われていても仕方がない。そのせいで彼女が別の男を見つけていたとしても、当然ながら文句を言う資格などないだろう。
(異界人と一国の姫だぞ。身分が違いすぎる)
それが現実だった。所詮、自分はこの国に呼ばれた異分子に過ぎない。魔物侵攻を食い止めるために呼ばれ、それを成した。ならば、存在する理由は何処にある?
この世界で自分はあまりに突出した力を持っている。危険だと判断する人もいるだろう。アリッサに会いたくて、勢いで王都に戻ってきたが、ドラゴンやミフアの言うように殺される可能性だって考えられる。
平和な世界に勇者は必要ないのだから。
「勇者様? どうされました?」
リザが目の前の露店で買った、魚を手に顔を覗き込んできた。
「いや、なんでもない」
レイトは彼女の視線から目をそらし、口元を手で隠した。視線の先にはこちらの気持ちを見透かたように笑みを浮かべる、オーミアの姿があった。20代半ばのオーミアからすれば、年下の男の考えなどお見通しのようだ。
「リザ。男には人には言えない悩みがあるものよ」
「それを聞くのが女の役目じゃないですかー」
リザが口をとがらせる。
「言うのは殿方の自由よ。女は話してくれた時に聞けばいいのよ」
二人がそれぞれの女性観で熱い議論を交わしているが、レイトは二人が騎士団と言うことで気になっていたことを思いだした。
「そういえば、隊長たちは無事だったのか? 騎士団は王都決戦で結構な被害を受けたんだろう?」
「5名ともご存命ですわ」
とりあえず安心する。後で顔でも出しておこう。
「でも、5番隊のネセリン隊長はもう復帰しないようです」
ある程度の被害は予想していたが、それでも小さくない衝撃がレイトに走った。
「重傷を負ったのか?」
「そうですわね」
オーミアが手を顎に当て、記憶を引っ張り出す。普通の仕草のハズなのに、彼女がすると何処となく大人の色気がある。
「命に別状はなく、時間はかかりますが、前の状態に戻ることは出来るそうです。しかし、予てから、魔術師の育成に力を注ぎたいと仰っていたので、それに集中するためかと」
リザが人差し指を立てて追加の説明をしてくれる。
「ガノ総隊長はもう許可を出していて、近いうちに始めての魔道学院が建てられるそうです」
「魔道学院ね。流石だなあの人」
最強魔術師の異名はダテじゃないようだ。
「それより!」
リザが右腕に抱きついてきた。胸を当てているつもりなのだろうが、柔らかい感触は皆無だ。
「ネセリン元隊長のことを気にするなんて、やっぱり胸の大きい人の方がいいんですか!? あの人、胸大きいですもんね!」
「知り合いの安否くらい気にするだろ。ルルもそうだけど、鬼火の森でお世話になったしな」
「鬼火の森での死闘……確か、デスピアと呼ばれる新種の魔物をレイト様が討伐した件ですわね」
「詳しそうだな……」
オーミアが再び笑みを浮かべる。
「それはもう、騎士団の女隊員の間では盛り上がりましたわ。アリッサ様が襲われる直前に華麗に登場し、魔物を討伐。その後、戻ったマルクの宿舎ではアリッサ様とベッドでお遊戯。あ、何処までヤッたかは言わないでください。妬けちゃいます」
「なんで全部知っているんだ!!? しかも、ちょっと誇張されとる!!」
デスピアを倒した話を知っているのは理解できる。しかし、その後のマルクでの一件はあまりに詳し過ぎる。ネセリンが人前でペラペラと話すとは考えづらい。噂か何かで聞いた話が少しずつ大きくなったに違いない。
だとしても。
(騎士団の情報網……恐るべし!!)
「勇者様。大人のお遊戯ってなんですか?」
リザが爆弾を投下してきた。この絶壁娘は自分に羞恥プレイでもやらせるつもりだろうか?
「リザって、いくつだっけ?」
「15歳です!」
元気のいい声だ。
「俺より、年下なのか」
「はい! 勇者様はアリッサ様と同い年でしたので、私の二つ上ですよね!」
「うん。そうだな。合ってるんだけど……」
「だけど?」
相手は年下の可愛らしい女の子だ。前の世界で言うならば純粋な妹が興味本位で、兄の部屋に入り、薄い本を見つけ「これ何、お兄ちゃん?」と言っている状況に似ている。彼女に現実を教えてはならない。レイトの良心がそう叫ぶ。
「いつか、リザが大きくなればその言葉の意味が分かるはずだ」
「胸が!?」
「年の方だ!」
リザとのやり取りを見ていたオーミアに「早く買い物を済ませないと、日が暮れますわよ?」と言われ、自分たちの本来の任務を思い出した。その後も、リザに大人のお遊戯とはなんだとしつこく聞かれたが、上手いこと交わしつつ露店の並ぶ城下町を歩いた。




