第38話 二つの黒
レイトは身体中から送られる信号に、そう長くは戦えないと自覚していた。手足が鉛をつけたように重い。肩で息をするほど、呼吸が乱れている。魔力を使い続けているせいか、頭も割れるように痛い。
ガノが使った転移魔法に巻き込まれた黒騎士と、気がつけば人気の無い、巨大な木々に囲まれた森に飛ばされていた。逃げられるような相手では無い。それを相手が放つ魔力で察した。
黒騎士の持つ、蒼白い光を放つ大剣には、どれくらいの魔力が込められているのだろう。あの大剣を受け止めるために、アグナの刀身は常に黒く染まっている。そして、動体視力の強化、身体能力向上のための魔力も流し続けている。
少しでもどれかを緩めたら、一瞬で勝負が決まってしまう。そう思わるほど黒騎士の動きは、洗礼されており、スキが無い。まさに最強の魔物と呼ばれるに相応しい強さだ。
「キツイこと要求しやがって」
レイトは剣を正面に構える。負けるわけにはいかない。なにより、死ぬわけにはいかない。アリッサとの約束を守るために、何としても帰らなければならない。
黒騎士が動いた。レイトの距離を詰めるためにグッと足に力を込めている。動体視力を強化していなければ、到底見切ることのできない速さで向かってくる。相手の大剣は常に蒼白く輝いており、魔力を流し続けていることが分かる。
身体も魔力で強化しているとしたら、この魔物はどれほどの魔力を持っているのだろうか。それとも、ボロが出ないうちに勝負を着けたいと思っているのか……正直、どっちでもいい。どの道、自分は長く戦えない。スキを見つけて、渾身の黒の波動を当てて勝つ。それしか、生き残る道は無い。
黒騎士が振り下ろした大剣を、アグナで受ける。ずっしりとした重さが手に伝わる。次に黒騎士は、レイトの腹辺りを狙って水平に剣を振るう。バックステップで距離を開けて剣を交わす。しかし、それを読んでいたのか黒騎士は突きに出た。
レイトはバックステップしたばかりで、すぐに方向を変えることは不可能だ。半身になって交わすことも間に合わない。レイトは自分の目の前に魔法障壁を造り出す。
ミフアらに最初に襲われた時、魔装具の攻撃が障壁を突破しやすいことは立証済みだ。特に剣先などの狭い面積による攻撃は相性が悪い。黒騎士クラスの突きなど、今までの障壁では突破されてしまう。そこで、レイトは魔法障壁の面積を拳一個分くらいまで小さくし、厚さを増やした。
黒い波動と同じで、扱える体積はそのままに形だけを変える。すでに魔力の操作に慣れたレイトには、簡単な操作だった。人に纏わすなど複雑な形では無いかぎり、問題はない。
厚さの増した障壁は、黒騎士の突きを見事に防いだ。そして、レイトはすぐさま反撃に転ずる。アグナに纏わせた魔力を振り下ろすと同時に開放し、斬撃を魔力で巨大化し飛ばす。最前線で黒騎士を吹き飛ばし技と同じものだ。
一度、みられた技の対策は早い。黒騎士もレイトと同じようにバックステップで距離を開ける。剣の斬撃から逃れても、引いた黒騎士を追いかけるように黒い斬撃が飛んでゆく。それを大剣で一刀両断し、攻撃を完全に封殺する。そして、切り裂かれた黒い波動は黒騎士の目の前で広がり、視界を遮る。
レイトの攻撃は完全に攻略された。しかし、ここまでは想定内。これで倒せたらこの魔物は『最強の魔物』とは呼ばれていないのだから。だが、黒騎士の視界は一瞬だけ奪った。
「黒の断罪」
極大魔法石を取り込み、身体を強化したキメラを切り裂いた黒の断罪を発動させる。レイトの目の前に創り出された瓜二つの黒い影。黒い影から黒騎士の足元までに、一本の黒い線が引かれ、その上を黒い影が走る。
広がった黒い波動の中から、突如現れた黒い影に、黒騎士の反応が遅れた。横に飛んで避けようとするが、逃がすわけにはいかない。振り上げた剣と連動して、黒い影も剣を振り上げる。その剣は黒騎士の腕を捉え、大剣を握っていない方の腕を切り落とした。
「これで……!!」
レイトは剣を逆手に持つと、地面に突き刺し魔力を流した。
「黒の処刑!」
黒騎士の足元から黒い無数の槍が飛び出してくる。相手は空中へと逃げて難を逃れる。しかし、空中では見動きはとれない。
「いただき!!」
今、込めることのできる渾身の魔力をアグナに込める。剣が少しだけ振動しているような気がするが、今はそんなことどうだっていい。それを素早く、そして力強く、黒騎士に向かって振り切る。
「黒の斬撃!!!」
剣先から放たれた黒い斬撃は最強の魔物を飲み込んだ。跡形も無く消滅した。そう確信した。しかし、黒騎士は原型を保っていた。ただし、握っていた大剣が無くなっていた。
(まさか、大剣を身代わりにしたってのか!!?)
事実は分からない。だが、攻撃が当たったのに、黒騎士が健在であることは、受け入れなければならない。相手がバランスを崩しながら着地する。こっちは武器を持っており、相手は丸腰だ。
レイトは迷わず、近づいて直接斬ることを決意する。魔法が当たっても何かしら魔法で無効にされるのなら、直接バラバラにすれば問題は無い。もしかすると、大剣を身代わりに無効化した可能性もあるが、今はそんなことを考えている余裕は無い。
千載一遇のチャンスが転がり込んできたのだから……
レイトが足に力を込めて、距離を詰めようとした時だった。悪寒が身体を走り回った。今、踏み込むとマズイ気がする。ただ、そんなカンが働いた。本能的に身の危険を感じたレイトは、もう近付くことは諦めていた。
黒騎士は地面に着地すると、残った腕を上へと向けた。すると、片手剣ほどの大きさをした、魔力で創られた蒼色の半透な外見を持つ剣が7本出現した。近づいていたら、あの魔力でできた剣で斬られていたのか。
レイトは自分のカンに感謝し、剣を再び構える。相手は片手だ。もうひと押しで勝てるはずである。魔法を乱発したせいで頭が割れるほど痛む。それでも、やらなければ。
魔力で創られた7本の剣は黒騎士の周りを飛んでいる。同時に動かすことが出来るとしたら厄介だ。今の自分の状態では全て防ぐことは難しいかもしれない。そう考え、レイトは自分から前に出た。黒騎士が残った腕でまずは二本操作し、こちらに投げつけて来る。
それを魔力を流したアグナで斬ると、魔力の剣は消滅した、吸収されたのほうが正しいかもしれないが、とにかく、二本の無力化に成功した。もう、相手は魔装具を持っていない。このまま押し切れる。
レイトは黒騎士へと正面から近づいて行く、接近を嫌って、勝負を焦ったのか。黒騎士は残りの五本を同時に投げつけて来た。三本をまず切り裂き、残りの二本は一度、魔法障壁で弾いたあとに剣で斬りつける。
これで、相手の武器は全て潰した、あとは決めるだけだ。そう思い、黒騎士に目をやるといつの間にか目の前にいた。レイトはこの時、始めて勝負を焦ったのは自分だと悟った。相手の魔力剣を潰すことに意識を取られ、黒騎士の接近を許した。
魔法を囮に相手の視界を制限、誘導することで、自分の次の攻撃への意識を外す。まさしく、先ほどレイトが黒騎士に使った手段と同じだった。そして、黒騎士の残り一本での腕には、魔力で創った剣が握られていた。
(しまっ……)
こっちは剣を振り切った後で、回避も防御も間に合わない。魔法障壁も展開したばかりですぐには使えない。防ぐ手段がもうない。黒騎士の剣はレイトの身体を、右の肩から左下へと切り裂いた。
血が噴き出し、足に力が抜ける。もう、身体を支えていられない、膝から崩れ落ちる。しかし、止めと言わんばかりに、黒騎士はレイトの腹に剣を突き刺した。蒼色の魔力できた剣が、レイトの背中から飛び出した。
「が……ぁ……」
もう、声は出ない。斬られた部分の痛みも感じない。先ほどまで感じていた、頭が割れるほどの頭痛も無くなった。きっと、痛みの許容量が限界を超え、身体が神経を遮断していしまったのだろう。
黒騎士が魔力で出来た剣を抜いた。レイトの動きが続きから再生され、膝から前のめりで倒れた。身体から溢れ出た血が池のように広がっている。まだ、微かに温かさを感じるが、それも次第に消えるだろう。しかし、まだ意識はある。
勝利を確信したのか黒騎士は踵を返した。そして、その瞬間、足元がふらついたのをレイトは見逃さなかった。相手も限界だったのだ。顔に黒い仮面をつけていたため、気付かなかった。今、相手は油断している。
レイトは残った魔力を絞り出し、掌から地面へと送る。
「黒……の……暗殺……」
黒騎士の足元か一本の細い筋が、土を破り出て来た。その筋は黒騎士の額の真ん中を正確に貫いた。普段、警戒心を抱いた黒騎士には当たらないはずだ。しかし、勝利を確信したこと、魔力の使い過ぎで摩耗していたことで警戒心が下がった。
頭部を貫かれた黒騎士は、糸の切れた人形のように倒れた。
(これで……相討ちか……)
倒せた、そう言えばそうかもしれないが、レイトの命もそう長くない。最後の力を振り絞り、身体を反転させる。木々の間から見える空は皮肉なほど、蒼く綺麗だった。最愛の人の大好きな瞳のように。
このまま自分は死ぬ。そう思うと、怖くて逃げたくなるが、身体の感覚、温もりが次第に遠ざかってゆく。レイトは蒼い空に向かって右手を伸ばす。自身の血で赤く染まったその手を。ケロフが死んだ時も同じように赤かった。今思うと、彼も死ぬ時こんな気分だったのだろうか。
そう思うと、死ぬ時、誰かが近くにいるのはありがたい。それに自分は魔物侵攻の原因を止め、黒騎士も倒した。ケロフの家族が生きていれば、彼との約束は守ったっと言ってもいいと思う。ただ、死んでアリッサを悲しませる約束は守れなかった。
彼女が悲しんでくれるかは、分からないが、悲しんでくれると信じたい。彼女との約束も守れなかった。元の世界に帰るわけもなし、この世界で幸せに生きるわけもなく。自分はここで、誰にも知られずに死ぬ。
異世界に来て、いいことがあるとは限らない。それは分かっている。ラノベの小説に出て来る勇者のように、異世界の方が前の世界よりいいなど、100人中、100人など本当はあり得ない。そして、自分は死ぬエンディングだった。
しかし、皆に必要とされ、好きな人に出会った。そう思うと、この世界に来たことも悪くなかったような気がする。でも、やはり死にたくない。そして、もう一度、彼女に会いたかった。
「ごめんなぁ……アリッサぁ………」
その言葉は誰にも届かない。そして、視界が黒く染まり、勇者の右腕は力なく地面に落ちた。




