第37話 王都決戦
日が昇ったばかりの朝、魔物の大群が王都の近くまで辿り着いた。王国騎士団はすでに迎撃の準備を完了している。王都に残る魔術師は、医療魔法の使用者を中心とした後方支援部隊。アリッサもここに含まれている。
王都のすぐ目の前に展開しているのは、王国の最強魔術師ネセリンを中心とした、遠距離部隊。そして、最も魔物に近い場所には残り4人の隊長格を中心とした近接格闘部隊を配置。王都でも最前線同様、魔法による大規模な攻撃、残りを近接部隊で殲滅の作戦は変わらない。
ただし、その規模は最前線と比較にならないほど大きい。大地は揺れ、空気は汚れ、匂いは血で満たされるだろう。それでもやり通さなければならない。それぞれの守るモノを守るために。
最も魔物と距離の近い近接格闘部隊は前後二つに分けられ、前衛の第一部隊のさらに先頭は、ガノとサラドルの騎士団が誇るツートップが堂々たる立ち姿を見せている。
「ガノ。勝算はどのくらいじゃ?」
サラドルは白い長く伸びた髭を遊んでいる。彼独特の癖だった。
「絶対に勝つさ」
「はぁ……貴様は昔から、負けることなど考えない性質じゃったな」
「今回は負けるの意味合いが違う。ただ、部下が死ぬだけじゃない。故郷が亡くなるかもしれない。俺たちは勝つしかない」
「フッ、貴様の言う通りじゃ」
「ま! 頼りにしてるぜ」
「早く引退したいもんじゃ」
「冗談はよしてくれ」
二人が談笑していると、黄色い光が遠くに見えた。斥候部隊からの魔術師の攻撃範囲に魔物が入った合図だ。ガノはポーチから魔法石と取り出すと。天に向かって投げた。それが合図となり、後方から魔法が放たれる。光の雨は、地表を爆発に巻き込んだ。
鳴り響く轟音と、魔物の断末魔。煙で魔物たちの姿は見えないが、地獄絵図になっていることだろう。次々と魔法が打ちこまれ、大地を焦がし、魔物を消し去る。大部分の魔物は消えただろうか。
しかし、煙の中から犬型の魔物や、多数のゴブリンが現れた。魔法の攻撃から運よく生き残った魔物たちだ。素早い動きでガノとサラドルに近づいてくる。二人はそれぞれの武器を抜いた。
「では、参ろうかの……」
「一匹も生かして返さん」
ガノの魔剣が放った炎が口火となり、近接格闘部隊が前に飛びだした。
その姿を見ていたのはすぐ後ろ、近接格闘部隊の第二部隊の先頭に立つ、フロリーとヌーイだった。自分たちは第一部隊が敵を逃した時に動く。
魔物の数は最前線で見た時よりも、増えているような気がする。自分たちの出番はすぐだとフロリーは確信する。背負った槍を手に取り集中力を高める。最前線の時と同様に横にはヌーイがいる。彼もすでに剣を抜いている。
ヌーイも自分もまだ本調子ではない。怪我から回復し、何とか動けるレベルと言った所だ。それでも魔装具扱える隊長は、普通の兵よりも遥かに強い。魔装具とはそうゆうものだ。
ただ、二人がここに立つ最も大きな理由は、隊長としても矜持だった。今回の侵攻は黒騎士が絡んだとはいえ、最前線を突破されたのは自分たちである。挙句は黒騎士に妨害され、あまり魔物の数を減らすことは出来なかった。
出鼻はくじかれている。それも自分たちのせいで。ならば、身体が動くのなら調子など関係ない。身体の節々が痛かろうと、戦場に出て、魔物を倒すことが隊長としても責任だからだ。
機動力のある犬型の魔物や、ゴブリンが第一部隊を突破した。第一部隊はキメラやオーガと言った、中型や大型の魔物の相手を始めていた。まだまだ、魔物たちは迫ってくる。今度は自分たちの手で生き残って見せる。
「じゃあ、行くかな」
「今度は油断するなよ」
「はいはい、心配性なんだから」
「貴様が楽観的すぎるのだ」
いつもと変わらない二人のやり取り。二人を先頭に部隊は魔物との交戦に入った。
そんな前線の部隊を見ていたネセリンは、少しの不安を抱く。
(ルル……大丈夫かな)
自分の右腕たる男は前線の部隊に居る。ルルが近くに居ない戦いは久しぶりだ。自分は生き残ることが出来るだろうか。いつも頼りにしていた彼はいない。そして、彼と生きて再会できるだろうか。
遠くには大地を埋め尽くすほどの魔物がまだ控えている。魔法で数を減らしているはずなのに、一向に減った気がしない。あの大群に飲み込まれたら、一瞬で勝負はつくような気がした。
気の弱いネセリンに最悪の結果が浮かぶ。首を横に振り、雑念を消し去る。集中力の乱れは魔力の乱れに直結する。何より、隊長格である自分がそんなことを考えていたら、他の兵の士気に影響しかねない。
自分以外の隊長もいて、ついつい頼りたくなる。ルルが近くに居ないことも、少なからず影響しているのだろう。しかし、周りの兵が頼るのは自分なのだ。最強魔術師と言われる自分なのだ。重荷に思っていたその名に負けない覚悟を今は決めよう。
この戦いに負ければ全ては消えるのだから。国も人も全てが。溜め終わった魔力で魔法を造ると、それを遠くに見える魔物の大群へと放った。絶対に勝つと心に決めて。
もう外では戦いが始まっている。王都の城壁近くで待機するアリッサは、外から聞こえる爆発音でそう確信した。大地の揺れは足元から伝わってくる。魔法が爆発したものなのか、魔物が大地を踏み歩く音なのか区別がつかない。
負ければ国は終わる。今までしてきたことは全てが無に帰る。勝ったとしても大勢の犠牲者が出るだろう。もしかすると、騎士団は壊滅的な被害を受けるかもしれない。それでも兵たちは、死ぬと分かっていても戦い続けるだろう。
彼らが守らなければならないモノが、すぐ後ろにあるのだから。
アリッサは空を見上げた。蒼い空は雲一つ無い、晴天だった。こんな日だと言うのに空の天気は良かった。これはいい事の前兆だろうか。それとも悪いことの前兆だろうか。分からない。結果は今までも、これからも何一つ分かりはしない。
(こんな時、あなたは何処で何をしているのですか?)
今は居ない最愛の少年を想う。王都が滅ぶかもしれない。そんな一大事に彼は何処かへと飛ばされてしまった。生死不明、おそらくは生きているとか、そんなレベルの話だ。彼のことも何一つ分かりはしない。今、思うと彼は前の世界での話をあまりしてくれなかった。
話したくないのか思い、いつからか聞くことは無くなった。自分に気を遣っていたのかどうか分からない。でも、彼は自分が抱える罪の意識を見抜いていたのかもしれない。
想いを打ち明け、その意識は薄れつつある。しかし、自分がしたことを忘れてはならない。彼の優しさに甘えて、罪を無かったことにすることなど、出来はしないのだから。
彼は『帰ってくる』と約束してくれた。今まで、彼は約束を破ったことは無い。今度も信じるしかない。そして、彼が帰って来た時に王都がそのままの姿であるように、今は自分のやるべき事をしよう。そう決めた。
「これで帰って来なかったら、一生、許しませんからね」
今は近くに居ない。遠くに居るはずの想い人へ向けた言葉は、空へと消えた。
人の手が加わっていない原始の森。巨大な木々に囲まれ、開けた場所に二つの黒が居た。彼らは握った剣で何度も混じり合い、そして離れてゆく。ストレニア王国が決死の戦いに挑む中。誰にも知られず、静かに、レイトは黒騎士と死闘を繰り広げていた。




