第36話 決戦前夜
王都に到着したガノがまずしたことは、フロリーとヌーイの治療だった。アリッサほどじゃないにせよ、医療魔法の使い手は王都にも居る。頼み込もうと騎士団の寮の表に出ると、ネセリンが居た。
「ガノ総隊長!! 大丈夫ですか!!?」
彼女は驚いているが、ガノの方が驚きだ。ラムザから王都までは一日では移動できない。しかし、彼女は目の前にいる。頭が混乱しているが、彼女がいるのならアリッサもいるはずである。ネセリンに頼み、アリッサを呼んでもらう。
寮にある医務室のベッドにフロリーとヌーイを寝かせ、アリッサに治療してもらう。かなりの重症だが、何とか一命は取り留められるようだ。2人を心配して、先に後退した三、四番隊の隊員らが、様子を見に来ようとしたが、「大丈夫だ。心配するな」とだけ伝えて、アリッサが治療に専念するため断った。
会議室でネセリンから詳しい話を聞くと、ラムザでガノたちが魔法で飛んでから数日が経過している。ネセリンに向こうでの事情を話すと、黒騎士が乱入しせいで魔法が乱れ、レイトとはぐれてしまった。そして、その乱れをまだ制御できない門は、数日ズレてガノたちを王都へと飛ばした。やはり、まだ実験段階の魔法とあって完璧とはいかないようだ。
「ならば、レイトと黒騎士はどこにいった?」
「無事だとは思います。総隊長らが無事だったように。問題は黒騎士とレイトくんが、同じ場所に飛んだ可能性があることです」
「最悪だな……」
ガノは左手で頭を掻いた。黒騎士と別々の場所に飛ばされているならまだいい。しかし、同じ場所で一体一となると、戦うしか道がない。レイトが生き残れるか、心配で仕方がない。ただ、今はこっちも緊急事態だ。
「魔物は何処まで来ている?」
「すでに近くの街が魔物に飲み込まれました。避難は事前に完了していたそうなので、人の被害は少ないそうですが、もう明後日には王都に届くかと。今はサラドル隊長を中心に防衛の準備を進めています」
「分かった」
サラドルに任せておけば、そう時間はかからずに準備は終わるはずだ。あとはフロリーとヌーイが何処まで回復するか。一日で戦える状態に戻るのはきわどいが彼らなしでは、厳しいこともまた事実である。
傭兵のベルソスたちはラムザの街に残ってもらった。王都を強襲している魔物たちと同じように、いつラムザに矛先が向くか分からないからだ。魔物領の時のように傭兵たちの増援は期待できない。そして、王都には騎士団の全隊が集結している。戦力は最初から最大値だ。あとはこれをどう使うかのみ。
「ガノ総隊長。レイトくんは大丈夫ですかね……」
「あいつなら大丈夫だ。絶対に帰ってくる」
アリッサにレイトとはぐれたことを伝えると、一瞬だけ、表情が曇ったが、フロリーとヌーイを見てすぐさまやるべき事を理解したのか。凛とした表情で治療を始めた。
(高貴な人だ)
不安なはずだ。自分の愛する人が行方不明で、もしかすると最強の魔物と一緒に居るかも知れない。だが、そんな不安な気持ちを顔には一切だそうとしない。王族である自分が動揺するわけにはいかない。そう思ってのことだろう。
思えば彼女を幼少期から見てきたが、弱音や泣いている所などあまり記憶にない。魔物の侵攻が始まってからは尚更だ。悲しみも憂いも全てを胸にしまい。彼女は人々を癒し続けた。そして、ある日、異界人召喚の業を一人で背負おうと決心した。
今でも忘れない。ガノが珍しく夜まで残り、私室で仕事をしていると、ドアがノックされた。こんな時間に誰だと思い問うと、深刻な表情をしたアリッサが入ってきた。そして、異界人を切り札として召喚するつもりだと打ち明けた。
ガノに頼みたいのは、もしその異界人が自分を殺したとき、その後のことだった。異界人が快く力を貸してくれるとは限らない。もしかすると、力を持っていないかもしれない。挙句は、王国を恨み復讐するかもしれない。
自分たちで呼んでおいて、反逆すれば殺す。理不尽だろう、名前も顔も知らない一人の人間の生活も全て奪い、自由を奪い、最悪の場合は命も奪う。一部の貴族などは『異界人風情が協力するのは当然』と言う輩もいる。個人の考え方を責めるつもりはない。これは自分の良心の問題なのだから。
ガノには、まだ若い彼女の決意を無下にするような度胸は備わっていない。彼女の頼みを承諾し、その日を待った。そして、召喚された少年は自分たちに力を貸すと約束した。最初は半信半疑だった。力をつけた後に裏切るのではないかと。
アリッサはそんなことはもう微塵も考えていないようで、楽しそうに話していた。ただ、胸に引っかかるモノがあったのか、2人の間には何となく距離があった。そして、始めての戦場で、とうとう開花した勇者としての力は予想以上だった。
全てを破壊する黒い波動。そんなモノがこっちに向けられたらと思うと、恐ろしかった。しかし、そんな心配は杞憂に終わった。鬼火の森での死闘を聞いてそう確信した。彼は本気で我々を助けようとしているのだと。
王都へ戻ってくると2人の距離は以前よりも縮まっていた。ベッドの上で抱きついていたのは、誘導尋問のすえ、ネセリンが暴露した。何があったのか詳細は分からないが、アリッサも彼の前なら、素の自分に戻ることが出来るようだ。
一国の姫と言ってもまだ17歳の少女だ。時には年相応らしくして欲しいと、ひっそりと願っていたガノの願いは、密かに達成された。この戦いが無事に終われば、アリッサは王の座を継ぐだろう。
そして、結婚の話も当然出てくる。平民出身のガノとしは貴族はあまり好きになれない。もちろん、中には素晴らしい人格と品を持った人もいる。ただ、現実は皆が皆、そうではない。むしろ、タチの悪い人の方が多い。
そんな人たちがアリッサのパートナーにと手を挙げる。決めるのはアリッサだが、国の頭を決めるのだ、色々と複雑な事情が絡みかねない。それをレイトが一蹴してくると、こっそり期待している。もちろん、騎士団として出来ることはするつもりだ。
(まぁ、それもこの戦いで王都が無事ならの話だが)
準備は滞りなく進み、その日の夜には全ての準備が整った。警戒に数名の兵が交代で任に就いている以外は、各員自由に過ごしている。そうするつもりは無いが、負ければ王都は壊滅である。家族と過ごすのも最後の夜となってしまう。
しかし、ガノは寮にある総隊長の私室で一人になっていた。妻とは大きな戦いの前には会わない。付き合った時からそうだった。一種のゲン担ぎのようなものだ。愛娘のセイナも彼女といるはすだ。一目みたいと言う気持ちもあったが、妻と居る方がいつも通り生活できるだろう。
そんなことを考えていると、ノックする音が聞こえた。こんな時間に誰かと思っていると、返事をする前にドアがゆっくり開いた。
「ガノ総隊長。娘さんが来ています」
部屋に入ってきたアリッサの陰から、娘のセイナが顔を出した。
「この場所が分からず迷っていたので……あと、奥様には伝えて出てきたそうです」
「そうですか。わざわざ、申し訳ない」
「そんな。眠れなくて散歩していて、偶然見つけただけですから」
一礼し部屋を出ようとした彼女を呼び止めた。
「レイトのことは心配ですか?」
「もちろん。でも、あの人はきっと帰ってくると信じています。あの人は勇者ですから」
「そうですね。あいつが帰って来たときに、王都が無くなっていては話になりません。明日は全力を尽くしましょう」
「はい。頑張りましょうね。あ、そうだ」
彼女は何かを思い出したのか、こちらを振り向き、笑顔で。
「あなたが総隊長でよかったです。色々と感謝しています。お休みなさい」
ドアがパタンと閉まり、部屋には娘と2人っきりとなった。深いため息を思わず出してしまう。王族が騎士団の総隊長に、礼を言う必要など何処にもないのに。
「お父さん?」
来客用のソファーに座ったセイナが見つめて来る。ガノも向かう形でソファーに座った。こうして、娘とゆっくり向かい合うのは久しぶりだ。
「お母さんは知っているんだな?」
「うん」
「ならいい。今日は遅いから泊まっていけ。その代わり、明日の朝には帰るんだぞ」
「分かってる。それより、レイトと言うのは黒の勇者のこと?」
「そうだ。お前に勝った黒の勇者のことだ」
「あいつは……嫌い」
セイナはそっぽを向いていしまった。どうやら、あの負けを認めていないようだ。負けず嫌いで、正々堂々にこだわる娘には納得いかならしい。
「だけど、あいつが居ないと俺はここには居ないぞ」
「お父さんよりもあいつは強いの?」
「単純な能力は上だろうな。だけど、あいつに人は斬れない」
「どうして?」
「あいつは勇者だ。人を殺すために剣を握っているわけじゃない」
「それはお父さんも一緒だ!」
「いいかセイナ。騎士団に居るってことは、戦争になればいち早く敵と戦うことになる。相手も人間だ。お前のような娘を持っている奴だっている。そいつらを殺さなきゃならん。今はその相手が、偶然にも魔物ってだけだ」
「それは分かる……でも、姫様たちに馴れ馴れしい態度を取るあいつを、お父さんがそこまで言う意味が分からない!」
ガノは大きな声で笑った。まだ、幼い娘には理解し難いようだ。まぁいい、徐々に理解して欲しいと、親としてそう思う。そして、騎士団に入るかどうかも自分の手で決めてくれれば。
「何がそんなにおかしいの!?」
「セイナ。お前にもいつか分かる日が来る。何が大切なのか。俺たちはなんのために命を賭け、手を血で汚しているかをな」
ガノはセイナの頭に手を置くと、優しく撫でた。未来を造る後の世代のために、自分たちは必死になって戦っている。そこに王族だとか、貴族だとか、総隊長だとか関係は無い。自分たちに何が出来るのかを考え、規則や仕来たりを超えた先で協力し合う。
いつか娘も分かってくれるだろうか……厳密には協力しきれなかった。だから、異界人召喚という、手を使った。娘の世代にはもうそんなことが無いように願うばかりだ。魔物の侵攻も、勇者の召喚も。
夜が明けるまで語り合う親子の姿は何処か微笑ましい。しかし、日が昇れば父は戦場へ行かなければならない。フロリーとヌーイも無事に意識が戻った。騎士団の全部隊の先頭には5人の隊長が立つ。ストレニア王国、始まって以来の大きな戦いが、静かに、始まろうとしていた。




