第33話 災厄は突然に
レイトらが魔物領に到着する少し前に遡る。
魔物領の東地区にある、王国の最前線。防衛の要であるセイケラン要塞に、今日も魔物の大群が押し寄せてきた。現在、最前線にいるのは三、四番隊である。三番隊の隊長であるヌーイと同じく、四番隊の隊長であるフロリーはいつもと同じように迎撃の準備を完了し、迎え撃つ体勢を整えていた。
部隊の先頭には二人の隊長が仁王立ちしている。後方の魔術師たちの攻撃で、先制攻撃を与えた後、速やかに攻撃をするためだ。ヌーイは愛用の双剣を手に持ち、まだ遠くに見える魔物たちを見て、首をかしげる。
「なんか、今日は数が多いね」
最近は襲撃してくる魔物の規模も小さくなり、魔物の大侵攻が終わるのではないかと、噂されていた。規模が小さくなる前から最前線に居たヌーイにも、今回の規模は多いように思える。
ヌーイの横に居るフロリーが愛用の槍を手に取る。眉間にしわを寄せる彼女の顔は、普段よりも一層と厳しい。これから起こる戦いの過酷さを暗示しているのか。
「ヌーイ。念の為に隊に後退できる準備をさせておけ」
「フロリーさんは心配性だなー。まぁ、でも備えは一応しておくよ」
二人は近くに居た伝令役隊員に最悪、後退の可能性もあると伝える。言伝を受け取った隊員は、後衛の魔術師部隊に伝えるために走っていった。最近はそう言った備えはしていなかった。
しかし、少し前ならばそれは日常的に行われていた。いつ突破されるのか、いつ死ぬのか分からない。魔物領に最も近いということは、死に最も近いということと同義だった。
魔物の大軍が魔術師の攻撃射程圏内に入る。ヌーイが合図となる魔法石を空に上げる。眩しいほどの光が石から発せられる。それは攻撃と回戦の合図。魔術師たちの総攻撃が魔物たちに打ち込まれる。爆発と爆音で魔物たちの身体がバラバラに吹き飛ぶ。
強力な魔物や運良く当たらなかった魔物はまだ生きている。そして、その後ろから魔物が続々と押し寄せてくる。ヌーイとフロリーを先頭に近接戦闘部隊が、生き残った魔物たちにトドメを刺してゆく。さらに押し寄せる後方の魔物たちには魔術師らによる第二波、第三波が叩き込まれる。
かなりの数の魔物だが、なんとかなるかもしれない。生き残った魔物の群れに飛び込んだヌーイとフロリーはそう思った。魔術師たちの攻撃により、援軍として押し寄せる魔物たちの数も減っている。被害は少なくないだろうが、撤退するほどでもない。今回も勝てるはずだと。
しかし、その予想は裏切られる。災厄は突然にやってくる。人の予期していないタイミングで、それは気まぐれに現れる。
魔術師たちの何度目か分からない攻撃が、ヌーイらの頭上を通過してゆく。多数の光が魔物に降り注ぎ身体を消し去る……はずだった。魔法による攻撃は蒼い謎の光にぶつかり、相殺され、何百人規模の魔法は一瞬で消された。
それは魔物たちの間で剣を振るう、ヌーイにも確認できた。
「なんだ?」
ヌーイは後方から流れてくる魔物に目をやる。ゴブリンやサイクロプス、オーガや犬型の魔物に混じり、一匹だけ異質な魔物がいる。いや、一人と表現するのが正解なのか。黒い仮面をつけた、全身を真っ黒に染めた人の形をした魔物。手には刀身が蒼白い光を発する大剣を持っている。
もしもあの大剣で先ほどの魔法を相殺したと言うのなら、それは魔装具ということだ。魔力を帯びた魔装具を持つ魔物など、聞いたこともない。魔法を使う魔物は鬼火の森にて、五番隊が確認済みだ。どちらにせよ、この魔物は魔法が使える。魔術師部隊の魔法を打ち消せるほどの魔法が。
(こいつは危険だ!)
長く最前線に留まり、戦ってきたヌーイのカンがそう告げる。双剣の魔装具に最大規模の魔力を流す。右手の剣には雷、左手の剣には風を纏い、黒い人型魔物へ側面からと近づく。騎士団の中でも最速と言われるヌーイの移動速度。視界に彼の姿を捉えた時にはすでに、相手は切られている。
そうやって、ヌーイはこの過酷な最前線を生き残って来た。だから、今回も躊躇なく黒い人型の魔物へと踏み込んだ。側面から首を狙い、右手の剣を地面と水平に振る。しかし、それを嘲笑うかのように、人型の魔物はいとも簡単に大剣で防いだ。
ヌーイの双剣は魔装具ということもあり、普通の双剣よりも切れ味は格段に上だ。魔力を流し、属性を纏えばその切れ味はさらに向上する。その向上した状態の双剣をこの魔物の大剣は防ぎ、刃こぼれ一つ起こさない。
この魔物が持つ大剣は魔装具に間違いない。魔装具を持つ魔物など聞いたこともないが、目の前でそれは起こっている。攻撃が防がれたヌーイはすぐさま次の攻撃に移る。左手の剣で斬りかかるが、それも簡単に防がれる。ならば、次と左右で波状攻撃をかける。身体も動かしながら、流れるような連続攻撃をこの魔物はすべて防ぐ。
人型魔物がバックステップでヌーイとの距離を開けた。何かするつもりだと、警戒するが、頭上を通過しようとしている、魔術師部隊の攻撃を見て察しがついた。この魔物は再び、魔術師たちの攻撃を防ごうとしている。
「させるか!」
ヌーイが右手の剣で斬りかかる。人型魔物はそれを左手で鷲掴みにしてみせた。驚くヌーイに右の腹に衝撃が走る。魔物の左足の蹴りをくらったようだ。身体が吹き飛び、地面を何度も転がる。
なんとか、勢いを殺し顔を上げると、魔物もつ大剣が、蒼白い強い光を放っている。それを魔物が天に向かって振ると剣先から放たれた斬撃が次第に大きくなり、蒼白い光の塊となって飛んでゆく。ぶつかりあった二つの光る塊は互いに消えてしまった。
「なんだこの化物」
それはヌーイの素直な感想だった。何をしても攻撃があたる気配がしない。かと言って、魔法を撃ち落とすこの魔物を放置するわけにもいかない。早急にこの魔物を何とかしなければ後方から押し寄せる魔物に押しつぶされてしまう。
「ヌーイ! 伏せろ!」
凛々しい声の主はフロリーだ。ヌーイが身体を屈めると、巨大な水の槍が、頭のすぐ上を通過する。毛先が少しだけ濡れてしまった。巨大な質量を持つ槍に当たれば、この魔物も無事ではない。しかし、人型の魔物は水の槍を簡単に一刀両断してみせた。
「大丈夫か?」
フロリーがヌーイの側に駆け寄る。ヌーイは立ち上がり、双剣を構える。
「なんとかね。でも、この魔物はなんだ……」
「まさかとは思うが、これが噂の黒騎士かもしれんな」
槍を握るフロリーの手に力が入る。
「王国騎士団を、壊滅寸前に追い込んだ化物か。通りで強いわけだ」
ヌーイが笑みを浮かべる。こいつを倒せば、自分が一番強いことが証明できると思ったのだろう。ヌーイの考えは正しい。しかし、大局的に見ればフロリーの考えは別だった。
後方からは魔物の大群が押し寄せている。黒騎士がいる間は、魔術師たちの魔法がその大群には通らないとする。そうなれば、自分を含めた今この場所にいる近接部隊は全滅。そして、魔物突破、接近を許した魔術師部隊も全滅し、最前線は突破及び崩壊を喫す。
それだけは何としても避けなければいけない。戦力は少しでも維持すべきであり、突破されたことを王都、そしてガノへ伝えなければならない。それが最前線で戦う者の責任である。
「ヌーイ。後退の合図を出せ。一度、体制を立て直すぞ」
「……はぁ、わかったよ」
不満そうだが、ヌーイはフロリーの厳格な声に状況を理解したのだろう。まだ、若く独断専行も多いが、彼も一部隊を預かる隊長なのだ。何をすべきかぐらいは分かる。
ヌーイが腰にしたポーチから魔石を取り出し上へ投げる。目がくらむほどの赤い光は後退の合図。黒騎士に牽制しつつ、二人は後退を始めた部隊の殿をつとめる。魔物たちとの距離が空くと、魔術師部隊が発動した巨大な土属性の壁が、ヌーイたちと魔物たちとの間に割って入る。長くは持たないだろうが、時間を稼ぐことはできる。ヌーイとフロリーは部隊を引き連れてセイケラン要塞を後にした。
最前線より馬で一日ほどの場所にある、トラウィス砦。三、四番隊は最前線より王都に近いこの砦まで後退していた。まだ、魔物たちの姿は見えない。しかし、来るのは時間の問題だ。早急に対策を考えなければならない。幸い、フロリーが早めに後退を判断したため、部隊の被害は少ない。かと言って黒騎士を倒せるかといえば、難しいところだった。
一日かけて部隊をトラウィス砦に移動させ、兵に出来るだけの休みを与え、すぐにフロリーとヌーイは対策を話し合った。
「どうするのフロリーさん。ここで黒騎士を迎え撃つ?」
「黒騎士の足止めは必要だろう。ここを突破されるわけにはいかない」
「でも、あの規模だよ。もたついていたらこっちが全滅、王国強襲で終わりってやつだ」
「それは分かっている。問題なのは魔物たちが王都へ直進していることだ」
移動の途中で魔物の監視で別れた斥候部隊からの報告によると、魔物たちはひとつの塊となり王都の直線上にある、このトラウィス砦に向かってきている。目的はその更に後方にある王都だとすれば、魔物たちはまるで何か引き寄せられるかのように王都を目指している。
魔物が散らないとなれば、黒騎士を相手しながら魔物の殲滅は不可能だ。物量では圧倒的に向こうが上なのだ。各方面に散ってくれれば、ある程度の戦線を維持することが出来たかもしれない。全滅か、撤退か、選択肢は二つに一つだった。
「ガノ総隊長に伝令は走らせたんでしょ? なら、僕たちの役目は迎撃の準備が整うまで、少しでも魔物たちの足を止めることだ」
北のラムザから魔物領へと入る、ガノの元へすでに伝令を走らせた。最前線は突破された、部隊は後退していると。そして、黒騎士が現れたと。
ヌーイの言っていることは正しい。ガノが魔物領から帰ってきているか、まだ入っていなければ、必要な対策は立ててくれるだろう。王都にはサラドルもいる。王都決戦も有りえる話だ。問題はそれまでの時間をどうするか。そして、どうやって時間を稼ぐのか。
「部隊で残るか、あたしたち二人で残るか」
黒騎士を倒せなければどのみち全滅だ。ならば、少しでも被害を減らし、ガノが立てる対策の戦力とするべきか。長く、時間を稼ぐために全滅覚悟で率いる部隊全員で残るのか。
「僕たちは隊長だ。死ぬと分かっている場所に部下は送れない……でしょ?」
「分かっているな。あたしたちは部下の命を預かっている。残るのは我々だけだ」
「フロリーさんと二人っきりかぁ~、楽しみたいけど残念だ」
「あたしは貴様と二人など願い下げだ」
「嫌われたもんで」
ヌーイは肩をすくめた。まだ若い彼にも隊長としての自覚はあるらしい。入隊当初から彼を知るフロリーは目の前の若者成長を見て、少しだけ懐かしい気持ちになった。
騎士団に入った頃は傲慢で人の話など聞きやしない。魔装具の双剣が使えると分かり隊長になると、その傲慢さに拍車が掛かり、隊長会議を遅れたり部下に必要以上の罰を与えたり、自分の部下である女団員に手を出すのは相変わらずだが、いっときに比べるとマシになった。
そんな彼も魔物の大侵攻が始まると、多くの部下を失った。目の間で死んだ仲間たちを思うと今も眠れない日があるそうだ。フロリーに泣いて「隊長をやめたい」と訴えた時は、顔面に拳をねじ込んだ。その後、夜通しで隊長の心構えを教えたこともある。
『貴様には力がある。その力は部下を、仲間を、守るために。そして、この国の人を守るためにある。そして、隊長は隊員の命を預かる者だ。部下が死ぬのが嫌なら力をつけろ』
自分もまだ隊長になる前、騎士団に入ってまもなく勃発した戦争の折、当時はまだ、一人の隊長に過ぎなかったガノに聞いたことがある。部下を背中にたった一人で時には剣に、時には盾となるあの男に。彼は笑顔で答えてくれた。
『もう仲間は失いたくない。俺の尊敬する人は俺を庇って死んだ。だから、お前らは俺が守ってやる。だから、お前が隊長になった時、部下を無駄死にさせる隊長だけにはなるなよ』
当時の彼は魔物領からの数少ない生き残りだった。他の生存者は魔物領での出来事が完全なトラウマとなり、再び武器を手に取ることは出来なかった。彼も心に傷を抱えていたはずだった、それでも彼は先頭に立ち、仲間を鼓舞し続けた。
さして、年の変わらないのにその背中に憧れた。彼が総隊長となり自分が隊長になり、部下を預かるようになってからも、それは変わらない。そして、自分よりも年が下のヌーイやネセリンも立派な隊長として育ってくれた。
本来ならばヌーイはここで死ぬような男ではない。これからは彼が騎士団を背負っていかなければならない。しかし、隊長となったヌーイにそんな心遣いは不必要だった。今、この時代において最も危険な最前線で、仲間を背負い先頭に立ち続けた男は、部下と共に後退しろと言っても聞かないだろう。
危険だから部下と一緒に逃げる隊長ならば、彼はとっくに死んでいる。ここはそうゆう場所だ。
「フロリーさん。分かっていると思うけど僕は退却しなからね」
「そんなことは承知だ。貴様があたしの言うことを聞かない、やんちゃ坊主だと言うことはな」
「坊主ってひどくない!?」
「貴様など、まだまだ子供だ」
まるで、出来の悪い子供を持った気分だ。フロリーはふとそう思った。




