第32話 いつも傍に居てくれた君へ
目を覚ましたレイトの視界に、最初に飛び込んできたのは夕暮れの空だった。首を横にすると、自分と同じようにロスブルクとミフアが寝ていた。二人は身体中に包帯が巻かれていたが、息をしている。二人が生きていることに安堵し、深い息を吐いた。
ここは突入した遺跡の外のようだ。身体を起こし、辺りを見渡すと隊が野営の準備を始めている。念のためと持ってきておいたセットが役に立ちそうだ。
レイトがそんなことを考えていると、意識が戻ったことに気がついたガノが隣に座った。
「よう。気分はどうだ?」
「悪くない。アリッサは?」
彼女の姿がさっきから見えない。また、兵の治療でもしているのだろうか。
「アリッサ様なら、あのテントで寝ている」
ガノが白いテントを指さした。そして、事の顛末を教えてくれた。
ガノたちと戦闘していたゴーレムは突然、動きが鈍くなり。隊の総攻撃の末に破壊された。動けるものを連れて、奥へと突入すると、アリッサを含め4人とも倒れていた。アリッサ以外は傷を負った際に意識が飛び、彼女は魔法の酷使で意識を失った。
ロスブルクとミフアが命を取り留めたのは奇跡に近いらしく、続きの治療したアルセレナが驚いたほど。その辺は、さすが天才魔術師だった。
「侵攻は止まったのかな?」
「さぁな。暫くしないと、分からん」
確かにキメラごと極大魔法石を破壊したはずだ。ガノたちが戦っていたゴーレムの動きが鈍ったことからも、少なからず影響は出ている。原因は止まった、これで戦いは小さくなるはずである。
「レイト……今だから言っておく」
ガノが重い口調で切り出した。
「実は、異界人が王国に反逆した場合、殺す役目は俺だった」
「まぁ、なんとなく想像はできる」
アリッサが以前言っていた、『ガノに頼んでいた』はこういったケースも想定に入っているのだろう。
「今となっては、どうでもいい役目だ。お前は俺たちに力を貸してくれたわけだしな」
ガノが空を見上げる。その姿を見て、レイトは考えてしまう。本当に自分は力になれたのだろうか、希望になれたのだろうか。今回の戦闘も多数の犠牲者が出た。野営の準備をしている兵の数は、来る時よりも明らかに少ない。ゴーレムにやられただけではない、外で待機していた組にも犠牲者がいるようだ。
結果的には原因の排除に成功した。しかし、いつも犠牲者が出てしまう。仲間はいつも居なくなってゆく。今回だって、アリッサが自身への負担を顧みず、魔法を行使しなければ、ロスブルクとミフアは死んでいたかもしれない。
戦いに赴くたびに、犠牲者を出す勇者。レイトの知っている彼らは全てを救ってみせる。眩しい位に、光り輝く彼らから自分は程遠い。得たのは救う力ではなく、破壊の力。まるで魔王だ。これで、英雄呼ばわりされていると思うと少し笑ってしまう。
自分はこんなにも小さいのに。
「役にはたった? いつも犠牲者を出してばかりで、勇者らしいことなんて何もしていないけど」
「アホか。てめぇは十分やってるよ。生まれも育ちも違う世界の人間のために、俺たちのワガママを一人で背負って戦う。だから、礼を言いたい。この世界に生きる一人の人間として、ありがとう。俺たちに力を貸してくれて」
「急に改まってなんだよ」
照れくさくて顔がにやけてしまう。自分はただ出来ることを全力でやってきただけだ。自然に生きていれば決して交わることのなかった、人たちを少しでも助けたくて。この世界に来て、初めて自分の存在を認めてくれる人たちと一緒にいたくて。
早いような、長いような、この世界に来て今までの事を振り返って気がついた。
(俺はきっと、みんなのことが好きなんだろうな)
だから、戦ったこともなのに、ここまで戦い抜いてこれた。そして、それを一番近くで支えてくれていた人に、伝えなくちゃいけないことがある。
「なーに、気にするな。それに、お前には、もう一つ大きい仕事をしてもらわないといけないしな」
ガノはケツについた土を払い、立ち上がった。
「大きい仕事?」
「ああ。この侵攻が終われば、アリッサ様の次期王位継承は間違いない。英雄であるお前を召喚したのは彼女だしな。そうなると、次は当然、婿をどうするか……」
「アリッサは結婚するのか?」
「すぐじゃないぞ。しかし、話が来ることは間違いないだろうな。貴族も狙っているだろうし、一筋縄じゃいかないだろう。そこで、お前の登場だ」
「は?」
「ま! 詳しいことは王都へ無事に帰ったからだ。アリッサ様の様子、見に行ってやれよ」
「分かってる」
ガノは手をヒラヒラと振り、野営の準備に戻った。レイトは覚束無い足元に気をつけて、立ちがる。どうやら、まだ血が足りていないようだ。キメラ相手に黒い波動を乱発したせいで、魔力が足りていのか頭も重い。フラフラしながら、アリッサが寝ているというテントにたどり着いた。
ゆっくり中に入ると、布の上にアリッサは仰向けに寝ていた。近くにはアルセレナが立っていた。
「勇者さん。体はもう大丈夫?」
「ボチボチです」
「フフ。女神さまのこと心配?」
「もちろん。皆を治したあとは、いつもしんどそうにしてますし」
「そうね。今も熱が出ているわ。魔力の使いすぎの反動と、魔素の濃い場所に居た影響みたい。私の魔法じゃ効果が薄くて……あなたが側にいればきっと、よくなるわ」
「精神論ですか」
「思い込みは大事よ。じゃあ、私はご飯もらってくるから。今日は女神さまの側に居てあげてね」
アルセレナはテントから出て行ってしまった。レイトはアリッサの側に腰を下ろした。彼女の寝顔は熱が出ているせいか、苦しそうだ。額からは汗が出ており、息は荒い。自分に人を治す力はない。苦しんでいる人が目の前にいるのに、何もできない。
そんな自分の無力さに少しだけ腹が立った。
「レイト……さん……?」
アリッサを起こしてしまった。彼女は目を細く開けレイトを探し当てた。
「もう……大丈夫なんですか……?」
か細い声だ。
「お陰まで。あまり無理しないほうがいい。寝てなよ」
アリッサの額を軽くなでる。
「寝たら……どこかへ行ってしまいますか……?」
アリッサの蒼い瞳には不安が浮かんでいる。怖い夢でも見ていたのだろうか。
「行かないよ。今日はそばにいる」
安心させるため、できる限りの優しい声で。
「ホント……?」
「ホントだよ。だから、安心して」
「だったら……手……握ってください……」
「りょーかい」
レイトはアリッサの手をギュッと握った。それで安心したのか、アリッサは再び眠りについた。呼吸もさっきより安定したように見える。アルセレナの言っていた、精神論もバカにできないなと思っていた、レイトの瞼が重くなる。
身体が回復していないせいか、睡眠を欲しているようだ。アルセレナが帰ってきて寝ていては、彼女が食べ物を取りに行った意味が無くなってしまう。なんとか、目を開けようと努力するが、瞼は重くなる一方だ。レイトは意識を手放した。
魔物領での野営は、驚く程静かだった。次の日の明朝。まだ、意識の戻らないロスブルクとミフア。そして、回復しきっていないアリッサを馬車に乗せて、部隊はラムザを目指して帰還した。
行きに比べると帰りは魔物が大人くなったのか。スムーズに帰還することができた。日が高くなったお昼どきに無事にラムザに帰還。魔物領から帰ったということもあり、街では手荒歓迎を受けた。
王国騎士団はアリッサの体調が戻らないということもあり、ラムザでの停泊を決定した。そして、帰還日の夜は各員に自由時間が与えられた。しかし、レイトはアリッサの看病で宿に残り、ずっと彼女の側にいた。
騎士団が宿泊している宿には誰もない。みんな、宴会をしに街へと出かけてしまった。ミフアとロスブルクは意識を無事に取り戻し、今は元気に宴会に参加している。治ったその日に騒ぐとは、傭兵というものは元気だ。
アリッサの眠るベッドのそばにある、椅子に座り。レイトがそんなことを思っていると、アリッサが目を覚ました。
「気分はどうだ?」
「レイトさん!!」
彼女はレイトを見つけるとすぐさま抱きついた。椅子ごと倒れそうになったが、グッとこらえる。身体はまだ本調子ではないので結構きつい。
「レイトさん! レイトさん! ホントにレイトさんですよね!!?」
「本物だから。離してくれる?」
「どこにも行かないですか……?」
抱きついたままの彼女の声が少し震えている。泣いているのだろうか。
「行かないよ。いきなり、どうしたんだ?」
「夢を見たんです」
「へー、どんな夢?」
「レイトさんと二度と会えなくなる夢です……」
「そいつはまた、リアルな夢だな」
「だって、レイトさん。小さい子が見たいからって、元の世界に帰るとか言うんですよ!!? 酷くないですか!!?」
「夢の内容の方がよっぽど酷いわ!!!」
とりあえず、アリッサの拘束からを解除し、彼女の額に手を当てる。
「熱も下がったみたいだな」
「そんなことより、ホントに何処にも行かないですよね? あ、でも……レイトさんが元の世界に帰るというのなら……私は全力で応援します……」
アリッサがシュンと肩を落とす。確かに役目を終えた勇者は元の世界に帰るか、そのまま残るかのどちらかだ。詳しい内容まで明記されたケースは限りなく少ないが、レイトの場合は後者に決めていた。
「帰らないよ。この世界に残る」
「ど、どうしてですか……? だって、もう魔物の侵攻がなくなれば、レイトさんが居なくても私たちで対処できます。今回のように死ぬような思いすることだってないんですよ?」
「なんだよ。アリッサは俺に帰って欲しいのか?」
「そんなわけありません!!!!」
アリッサが叫んだ。その大きさはレイトが聞いたこともない大きさだ。
「そんなわけありません……ずっと……ずっと、一緒にいたいですよ!!」
「なら、俺は残るから、オッケーだな」
「どうしてですか……? どうしてそこまで、この世界のために尽くすんですか? もう、レイトさんが苦しい思いをする必要はないんですよ?」
「そんな大層なことのためじゃない。もっと、単純だ」
レイトは笑顔で答え、アリッサの頭に手を置いた。そう、自分がここまでがんばれた理由も残る理由も、すべて単純な理由だ。
「たん……じゅん……?」
「おう。好きな子がいるのに、元の世界に帰れないだろ? まぁ、元から帰るつもりはないんだけど……」
「え……?」
アリッサの蒼い瞳が大きく見開かれる。彼女もレイトの発言には面食らったようだ。
「俺さ……アリッサのこと好きだよ。ずっと、居たいって思う」
「ホントですか……?」
「ホントだ。嘘じゃない」
耳まで赤くしたアリッサは顔を伏せてしまった。そして、上目遣いでチラッっとレイトの方を見る。彼女の青い瞳はやはり綺麗だ。
「ずるいです」
「正攻法だろ?」
心地のいい沈黙が部屋に流れる。
「……こんな私のことを好きでいてくれるんですか?」
「もちろん。アリッサじゃなきゃダメだ」
二人の距離が縮まってゆく。この日、二人は初めてお互いの唇を重ねた。
「若いっていいねー」
身震いする寒空の下、ガノは一人でつぶやいた。レイトの様子を見ようと宿に戻るとアリッサの大声が聞こえた。盗み聞きは趣味ではなかったが、思わず聞き入ってしまった。これは後で、団員への話の種にしよう。宿の入口に座り、息を吐いた。
これで、魔物侵攻が終わるとは言い切れない。しかし、終わるかもしれないと希望が湧くだけで安堵する。長い戦いに終止符が打たれたのだ、安堵するのは当然といえば当然だった。
「さて、ベルソスでも誘って飲むか」
ガノがそう決意をして立ち上がった時だった、馬に乗った一人の団員が血相を変えて、目の前に現れた。自分の隊の隊員ではない。五番隊でもなさそうだ。しかし、その若い男の兵の顔はまるでこの世の終わりかのような顔をしている。
「ガノ総隊長!! 至急、お伝えしたいことがございます!!!」
その声の乱れから、ただことではないと察する。
「どうした?」
「最前線が……最前線の守りが突破されました!!!」




