第31話 極大魔法石
レイトたちは開けた場所に出た。ゴーレムたちを相手にしていた時と同じような場所だ。しかし、その中央には先ほどとは明らかに違う点がある。
レイトの横に居るアリッサが一歩前へ出た。
「あれは極大魔法石!! あんな大きさ初めて見た……」
この部屋の中央には人ひとり分くらいの大きさをし、蒼白く輝く石があった。魔力に鈍感なレイトですら、その石から発せられる異常な魔力は感知できた。あれが、今回の進行の原因となった、魔力供給量増大の根本的な理由だろう。早急に破壊する必要がある。
4人は石に近づく。
「アリッサ。これって、普通に破壊しても大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思います……ただ、これほど大きものとなると、硬度もかなり高いと思います。それに、この魔法石は過剰な魔力を帯びているので、魔法に対する耐性も相当かと」
「お嬢! キレイな石ですぜ!!」
「バカ、それを今から壊すんだよ」
騒いでいるロスブルクには申し訳ないが、石は直ちに破壊する。レイトはアグナの宝剣に魔力を流し、刀身を黒く染める。振りかぶり、石に向かって振り下ろそうとした時だった。
――グルル
それは殺気。レイトは直感的に身の危険を感じた。ミフアとロスブルクも感じたのか、すでに回避行動に移っている。レイトもアリッサを抱えて、後方に飛んだ。そして、さっきまで4人がいた場所に紫色の光が通過した。
(何かいる)
その光が何者かによる攻撃であることは明白だった。そして、敵が4人の前に現れる。その敵は、獅子の頭部と4本足の身体、背中にヤギの顔を背負い、尻尾には蛇の顔がある。人間を丸呑みにしてしまうほどの迫力と大きさ。
ミフアが弓と矢を構え戦闘態勢になる。
「キメラかい」
4人の前に現れたのは合成獣だった。獰猛な性格にそれぞれの顔は独自に動く、厄介な相手だ。レイトは対峙するのは初めてで、アリッサやミフアも話しか聞いたことがない。キメラは魔物領の固有種だからだ。
「レイト。どうするんだい? こいつと、一戦交えるのかい?」
「いや、俺たちの目的はあくまでも、あいつの後ろにある魔法石だ。スキを見て石を破壊後、即時撤退だ」
「で、でも兄貴! あいつが向こうについて来たらどうするんです!? ゴーレム集団にキメラなんて、命がいくつあっても足りやせん!!」
「足を破壊すればいいのでは? それなら、移動は出来ません」
4人は思考を巡らせる。ゆっくりと戦えるほどの時間もない。即座に石を破壊する必要がある。しかし、キメラは突如、4人に背を向けると、石に向かって獅子の口を大きく開けた。
キメラが何をするのか、魔術師のカンで、直感的に理解したアリッサが動いた。
「やつは魔法石を食べる気です!!」
アリッサが雷槍を発動させ、キメラに向かって攻撃した。キメラは尻尾の部分にいる、蛇の頭が同じ魔法を発動させ、それを相殺する。
「魔法を使えるとはね! ロス! あいつを止めるぞ!!」
「へ、へい! 兄貴!!」
レイトとロスブルクが剣を持って、キメラに近づく。ミフアが矢を放つが、羊が風属性の魔法を発動させ、矢を失速させた。もし、このままキメラが魔法石を取り込めば、戦う必要が出てくる。ゴーレムの一団と戦うガノたちのことを考えると、そんな時間はない。
(今すぐ止めるんだ!!)
ロスが大剣をヤギの顔がある背中に突き刺す。ヤギは一瞬、苦しそうな悲鳴を上げるが、尻尾の蛇がロスを吹き飛ばした。
「ぐあぁあ!」
地面を転がりながら、吹き飛んだロスが心配だが、今はキメラを止めなければならない。レイトは獅子の頭に剣を突き刺そうと、狙いを定めた。
しかし、剣先はまるで鋼鉄でも突き刺したように弾かれた。
「レイトさん! 飛んでください!!」
レイトは後ろへと飛んだ。そして、アリッサがキメラに爆裂魔法を打ち込む。爆音と爆風がキメラを中心に轟、鳴り響き。舞い上がった埃が次第に晴れてゆく。
レイトは剣を構えた。
「生きてるな」
爆心地には身体が黒く染まったキメラが生きていた。レイトの剣が弾かれたとき、すでにこいつは捕食を完了していたのかもしれない。魔法石を体内に取り込むことで、身体のあらゆる機能を向上させる。まるで、ドーピングだ。
「アリッサ。ロスの様子を診てくれ」
「分かりました」
アリッサが部屋の端で倒れるロスブルクの元へ駆け出した。その瞬間を狙っていたのか、キメラがジャンプし、アリッサとロスブルクの方へ。
「くそ!!」
レイトは足に魔力を溜めて最高速で移動し、キメラとアリッサたちの間に割って入る。確実にキメラを止めるために、右手を前にして、魔法障壁を最大の大きさで発動させた。キメラの獅子の頭部と障壁が激突し、バチバチと音が鳴る。
(お、重いっ)
右手にキメラの重さを感じる。それはキメラの攻撃の威力を物語っている。足が石段で作られた床にめり込む。
「ミフアぁ!!!」
レイトの叫びと同時にミフアが風属性の魔力を纏った双剣で、キメラの背後から切りにかかる。キメラは見えていたのか、背中のヤギの目から紫色の光線を放つ。ミフアは光線を身体を横にスライドさせ避ける。キメラはそれを読んでいたのか、蛇の尻尾がミフアの回避先で待ち構えていた。
「しまった!!」
ミフアは身体を蛇の尻尾で拘束された。手も抑えらており自力での脱出は無理に見える。蛇の尻尾に力が入り、ミフアの身体を締め付けた。
「ああああああ!!!!」
ボキボキと骨が砕ける音とミフアの悲鳴。あまりの痛みに気を失ったミフアをキメラは放り投げた。彼女は糸の切れた人形のように、床を転がり、動かない。レイトの脳裏に最悪の事態が思い浮かぶ。助けに行こうにも、キメラの体当たりを防ぐだけで精一杯だ。
「うん……?」
ロスブルクの声がした。彼の意識が元に戻ったようだ。
「アリッサ! ロスとそこから離れろ!!」
レイトの声に反応したロスブルクを連れて、アリッサは一旦その場から離れる。レイトは魔法障壁を解除し、アグナの宝剣の刀身を黒く染める。カウンターの要領でキメラに攻撃するためだ。しかし、それよりも早く、キメラ前方の右足がレイトを捉えた。
「がぁ!!!」
吹き飛ばされたレイトは壁にめり込む。石造りの壁が砕け、全身を強打した。
「レイトさん!!」
アリッサの声にレイトは反応しない。意識を失っているのか、それとも最悪の事態か。
(早く治療しないと!)
アリッサは半ばパニックに陥っていた。近くにいたロスブルクが、横たわるミフアに近づいていることが気づかないほどに。
「お……嬢……?」
ロスブルクはミフアの身体を起こした。彼女の小さな口の端からは血筋が流れ、両腕は折れているのか、力なく横たわっている。
「お嬢、目を開けてくだせぇ……いつもみたいに、汚い言葉を言ってくださいよ……ねぇ!!」
ロスブルクの言葉に彼女は反応を示さない。常に命の危険がある傭兵の仕事だ。いつ死ぬか分からない。だからこそ、ロスブルクは彼女を守ると決めていた。幼少期より、一緒に育ち、苦楽を共にした最愛の人。彼女のために戦い、彼女のために死ぬ。
彼女よりも先に死んでみせる。それが自分の覚悟だった。なのに、彼女は自分が気を失っている間に横たわっていた。己の無力を呪いたくなる。そして、殺意はあの魔物へと向けられる。
「クソ魔物……ぶっ殺してやる!!!」
ロスブルクは大剣を握る手に力を込める。キメラは狙いをロスブルクに定めたのか、一直線に向かってくる。
「ロスさん! 冷静になってください!!」
「うるせぇ!! お嬢をやられて、黙ってられるかぁぁああ!!!」
アリッサの言葉も今や何の意味も持たない。キメラはゴミを払うかのように、右足を払った。そして、ロスブルクは壁に叩きつけられ、握った大剣は床に落ちた。一瞬の出来事だった。気がついたときにはロスブルクはそこに居なかった。
(うそ……みんな……やられた……?)
アリッサは絶望する。今、この部屋で立っているのはキメラと自分だけ。そのキメラは自分に狙いを定めたのか、獅子の顔がこちらに向けられている。自分の希望であったレイトも簡単にやられてしまった。
そもそも人間が魔物に勝つなど無理な話だったのだろうか。レイト来てから、勝ち続け、遂にはこの侵攻を終わらせる希望まで出てきた。それで感覚が麻痺していたようだ。魔物領の魔物に勝てるのであれば、レイトを呼ぶ必要などなかった。
思い出してしまった。自分たちは捕食される側なのだ。圧倒的な物量と個々の力の差。共存せずに争えば、負けるのは自分たちなのだ。
絶望するアリッサにキメラが近づいてくる。今から自分はこの魔物に捕食されるのだろうか。もうどうだっていい、レイトを失い。勝てる可能性は無いに等しい。渾身の爆裂魔法も、この魔物の前には無駄に終わった。
(もういいや……何もかも……)
絶望が心を支配するのは早い。アリッサがすべてを投げ捨てたとき、石段の床を突き破り、黒い槍が出てきた。自分を守るように出てきた槍はキメラを貫いた。
「このクソキメラ……やっと一発入ったな」
あの人の声だ。生きていた。あの人は生きていた。頭から血を流し、今にも倒れそうなくらいおぼつかない足取りで、剣を握り立っていた。
「レイトさん!!!」
「アリッサ……ロスとミフアの治療よろしく」
レイトは魔法を発動させ、周りには4本の黒い槍が現れた。
「とりあえず、アリッサから離れろよ!!」
レイトの放った槍を受けたキメラは、吹き飛び壁に激突した。頃合を見計らってアリッサはミフアに近づき、魔法でロスブルクの近くまで移動させた。
「よかった。二人共息がある」
まだ、二人は生きている。しかし、重症であることに変わりはない。アリッサは本気の医療魔法を発動させると、レイトとキメラの戦いを見守った。
(レイトさん……)
レイトの視界が歪む。血を流しすぎたのか、頭から出た血が目に入ったのか。しかし、今はそんなことはどうでもいい。目の前にいる魔物を殺すことが先決だった。
すでに、二つの攻撃を受けたキメラは、傷ついた身体でレイトと対峙する。アリッサの爆裂魔法も全く効果がなかったわけでは無さそうだ。キメラの動きは確実に鈍っている。決めるのなら、一気に決める。
「黒の手」
レイトの周りに巨人のような太く黒い腕が二本現れる。相手は全身に魔力を滾らせているのか、黒い波動による攻撃を受けても、身体のどこにも欠損が見られない。だからこそ、出来ることがある。
レイトは黒い二つの手でキメラを掴んだ。そして、宙へと持ち上げる。普通なら黒の手が触れた瞬間にその場所は跡形もなく、消えるはずである。しかし、デスピアの魔法障壁ほどではないが、このキメラも何らかの手段で魔力で身体を守っている。だからこそ、普通に持ち上げ、拘束することができる。
「さて……これで終わりだ。黒の断罪」
レイトの目の前に、黒い人型の人形が現れる。顔も黒く塗りつぶされており、その背格好はレイトにそっくりだ。そして、レイトが居合の形で剣を腰に据えると、黒い人形も剣を腰に据えた。
そして、黒い人形の足元から、キメラの顔の前までに一本の黒い道が引かれる。黒い人形はその道を走り、キメラに近づいてゆく。そして、レイトが剣を振り上げると、人形も剣を振り上げた。黒の一撃はキメラの身体を真っ二つに。そして、取り込んだ魔法石も破壊された。
「やった……やったぞ……!!!」
遂に魔物侵攻の原因となる核を破壊した。湧き上がる歓喜。嬉しさを抑えきれないレイトの視界がさらにひどく歪んでゆく。
(やべ、血を流しすぎたってやつかな?)
レイトは意識を失い、その場に倒れた。




