第30話 不吉な予感
「全隊! 真ん中に固まれ!!」
ガノの合図で全隊が中央に固まる。そして、ガノの魔剣から発した炎が部隊を囲む。今、現在部隊は魔物に囲まれている。魔物領に入って途中までは、遠距離から魔術師たちが魔法で攻撃し、速やかに離脱することで戦闘を避けられていた。
しかし、目的の遺跡がある森に入った途端に、魔物の数が激増した。まるで何かを守っているかのように、部隊の進行を邪魔しようとしている。手はず通りに魔術師部隊が魔法で先制攻撃をしたものの、魔物の第二波が押し寄せてきた。
次の魔法が使用可能になるまで、少し時間がかかる。その時間を稼ぐために、ガノは炎の壁で魔物と部隊との距離を開けた。
「ベルソス! 力を貸せ!」
「俺に命令するな!」
ガノとベルソス、二人が炎上する壁の外に出る。時間を稼ぐ気なのだろう。ガノの手に持つ剣の刀身が炎を身に纏う。ひと振りすれば炎が魔物を襲い、身体を燃やす。ベルソスは地面の形を自在に変えて、魔物たちを押しつぶす。
王国と帝国の頂点に立つ、二人の戦闘を同時に見る機会など普通はない。犬型の魔物や、サイクロプスなど大型の魔物を相手に引け取らない、彼らの戦いに誰もが目を奪われていた。
「ガノ総隊長! ベルソスさん! 避けてください!!」
魔術師部隊の隊長を任されたネセリンが、二人に魔法攻撃の意志を伝える。二人は部隊の傍まで引くと、ガノは炎の壁を解除した。魔術師たちが放った魔法が魔物たちを襲い、大多数の魔物が飲み込まれた、しかし、部隊に近づいていた魔物はそのまま、部隊へと直進してくる。
「よし! 全隊、戦闘開始!! 魔法で漏れた敵を倒し、この場の安全を確保しろ!!」
ガノの合図で近距離を主にする者たちが馬を降りる。遠距離を得意とする者と魔術師を中心に、円陣型に防御を展開する。近づいてきた魔物を近距離部隊が迎撃し、まだ距離のある魔物には矢か、魔法が打ち込まれる。
レイトはアリッサの護衛があるため、部隊の中央の位置から、黒い波動で魔物を狙撃していた。味方を巻き込んでしまう魔法と違い、レイトの魔法はピンポイントでの狙撃が可能である。
ゴブリンに襲われそうな剣士がいれば、ゴブリンの頭を正確に打ち抜き。頭上を飛ぶハーピーが居れば撃ち落とし、遠くからサイクロプスが近づけば、目を貫いた。
戦闘が終わる頃には周りは魔物の死体で埋め尽くされていた。最後の魔物にトドメを刺し、一帯の魔物を殲滅し終えた。アリッサとアルセレナが慌ただしく怪我人の治療を開始する。
「怪我人の手当が完了し次第、ここを離れるぞ。目的はもうすぐだ」
ガノの指示で各自が行動を始める。今のところ、被害はごく僅かと言っていい。順調に来ている。しかし、ガノにはどうも腑に落ちない。それは横にいるベルソスも同じのようだ。
「ガノ。気づいているか?」
「ああ。魔物の数が少なすぎる」
自分が魔物領に入ったときは、こんな順調に進むことは不可能だった。足を止めればすぐさま、周りを囲まれ、倒しても、倒しても、魔物は血の匂いを嗅ぎつけて集まってくる。
(何故だ? 最近の侵攻が少なかったのは、魔物領に居るからではなかったのか?)
最近、魔物たちの活動が落ち着いているとは、魔物領から出てくる魔物が少ないと言うことだ。最前線でもそれは確認されている。街一つを簡単に飲み込む魔物の数は、最近では報告がない。
では、魔物の侵攻が止まったと聞かれれば、それは違うと断言できる。数は少ないといえど、魔物は魔物領から溢れている。凶暴化した状態でだ。ならば、魔物領には凶暴化した魔物たちが控えているはずだった。
しかし、その数すら凶暴化していない時より少ない。魔物領の外にも中にも魔物はいない。ならば、何処に居るのか……ガノは頭を悩ませる。そして、考えたくもない可能性がひとつ浮かび上がる。
(まさか、俺たちの突入と同時に魔物が外に移動した?)
考えられる話だ。魔物領の中で力を蓄えた魔物たちが、一斉に外に移動した。そのタイミングと突入のタイミングが偶然にも一致した。もしそうならば、急がなければならない。今の王国は二人の隊長格と勇者が不在だ。最前線も三・四番隊だけでは対処しきれないだろう。戦力を分散している所に、相手の大戦力をぶつけられるのは戦争において最も困ることだ。
「ガノ総隊長。怪我人の治療が完了しました」
ネセリンが報告に来た。
「よし。このまま、遺跡へと突入するぞ!」
ガノは馬にまたがり、部隊の先頭を走る。皆を牽引し任務を成功させるためだ。祈るような気持ちで、ガノは馬を走らせる。思いすごしであってくれと、魔物領の外は今、魔物侵攻になどあっていないと。
(どちらにせよ。急ぐ必要があるな)
馬を走らせること、数時間。部隊は森にある遺跡へと到着した。今は放棄された城のようだ。所々に崩落の跡がある。後ろに居るアリッサが腰に回した手にキュッと力を入れた。
「こんなに魔素が濃い場所があるなんて」
魔術師である彼女にはそう感じるようだ。もし、本当にそうなら原因となる『何かが』この場所にあるのかもしれない。ガノは部隊を突入組と待機組の二つに分けた。レイトとアリッサは突入組にとなり、馬から降りて遺跡の入口へと向かう。
入口となる扉の前に立つ。突入のタイミングはガノに一任されている。レイトはすでにアグナの宝剣を抜いている。不意打ちにも対応できるようにだ。そんなレイトを見た、ガノが耳元に顔を近づけた。
「レイト。もし、中で何かあったときはアリッサ様を連れて、お前だけでも脱出しろ。絶対にお前と姫は生きて帰るんだ」
周りには聞こえない小さな声だった。レイトが返事をするよりも早く、ガノは離れていった。
(そんなこと、なるもんか。絶対に)
アグナを握る手に力が入る。アリッサはもちろん死なせない。そして、ここにいる人たちを見捨てて、逃げるということもしない。生きて帰る、今はただそれだけだった。
「よし、行くぞ」
ガノの合図で扉を開ける。見捨てられた城とあって、中は荒んだ状態で放置されていた。レンガが敷き詰められた床を歩くたびに、カツンと音が鳴る。その音が周りの壁と反響して内部に響く。
先頭を行くベルソスが何かに気がついたように、辺りを見渡す。
「どうやら、地下の方が魔素の濃度が高いようだな。どこかに地下に繋がる道はないか?」
同じように先頭を行くガノが指示を出す。
「二人一組で辺りを探せ。魔物と遭遇した場合、絶対に無理はしないこと」
レイトはアリッサと二人で辺りを捜索する。心なしか彼女の顔色は優れないように見える。
「アリッサ? 大丈夫か?」
「はい。ちょっと魔力酔いしているだけです……慣れれば治ると思います」
魔力酔いは、身体に高い魔力を宿す人間が、魔素の濃度が高い場所に行くと起こる現象だ。アリッサが言うには、胃の中で何かが暴れているような感覚らしい。レイトにはわからない感覚だが、目の前の彼女は額に汗をかき、苦しそうだった。
「地下につながる道を見つけました!!」
部隊の一人が声を出した。探索していた各自がその場所に集まる。ガノとベルソスを先頭に地下へと繋がる階段を降りる。着いたのは広大な円形の部屋で、天井は見上げても僅かに見えるくらい高い。部屋の奥にはさらにここから奥へと繋がる道が見える。地下に何故、このような広い空間があるのかを今は考えている場合ではない。
奥の道へ行こうと歩き出した時だった。真ん中に居た部隊の一人が地面に飲み込まれた。その場所のレンガの隙間から赤い液がにじみ出てきた。
「総員! 戦闘態勢!!」
ガノの合図で各自が武器を構える。どこから敵が来るか分からない状況は、圧倒的に不利と言えた。すでに先手は取られている。
石段できた地面が生き物ように隆起し、徐々に人型の形になる。石の怪物の数は全部で三体。それぞれの大きさは10mはあろうかという巨大な姿だ。
「ゴーレムとはな……」
「厄介なやつが出てきたな」
ガノとベルソスの顔に緊張がはしる。ゴーレムの硬度はとても厄介だ。打撃系、斬撃系の物理攻撃や、魔法攻撃もあまり効果が見られない。唯一の弱点であるコアを見つけ出し、攻撃する以外に倒す手段はない。
対ゴーレムの基本では、相手が2体以上いる場合は逃げるのが鉄則だ。本来ならば一体に火力を集中させ、撃破する。それが今回は3体である。普通ならば即時撤退だが、引くわけにはいかない。この先にある『原因』を取り除かなければ帰ることはできない。
ガノは決断をした。
「レイト! アリッサ様を連れて奥へ向かえ!! お前が原因となるモノを排除しろ!!」
原因となるモノが何かは分からない。しかし、レイトの魔法ならばなんでも破壊できると思ったからだ。
本来ならばこの場にレイトを残し、すべてを破壊する黒い波動を使ってもらうのが、最も早く終わる戦い方だ。しかし、それで負傷されると奥に行った時に、手詰まりになる可能性だってある。ならば、レイトと回復役としてアリッサを行かせば、任務の成功率は高くなる。
「こんな状況で行けるわけないだろ!! この魔物を倒してからだ!!」
ゴーレムたちとの戦闘が始まった。石段でできた身体を振るえば、地面が簡単に歪む。人がくらえば原型は留めてはいないだろう。
「これは命令だ!! こいつらを倒すことが今回の目的じゃない!! 奥にある原因を取り除くことだ!!」
ガノが刀身に炎を纏わせ、ゴーレムへと向けるがゴーレムは何事もなかったように立っている。レイトも魔法を発動させ攻撃するが、ゴーレムの身体をなしている石段を消し飛ばしても、すぐに再生する。コアを飛ばさなければ意味がないようだ。
(このままじゃ、消耗するだけか)
自分が速やかに原因を排除すれば撤退することができる。信じるしかない、ガノたちが無事でいてくれることを。
「アリッサ! 奥に行くぞ!!」
「はい!」
レイトとアリッサは奥へとつながる道へと走り出した。
「ミフア! ロス! お前たちもついて行け!!」
ベルソスの指示でミフアとロスブルクもあとに続く。4人は細い道をひたすら走った。後ろからは爆発音や悲鳴が聞こえる。ガノとベルソスと言えど、3体同時は長くは戦えないだろう。レイトは歯を食いしばり、ただ前だけを見て、疾走した。




