第29話 魔物領へ
騎士団がラムザに到着してから一週間後の魔物領突入日の朝。レイトは肌寒さの残る、ラムザの街を歩いていた。薄く霧のかかった街は、露店を出す人々の準備で少しずつ活気を取り戻そうとしている。
「あー、寒」
外套で身を包んでいても、肌に突き刺さる寒さは少ししかマシにならない。レイトは街の外、自分が今日向かう魔物領へと繋がる門までやってきた。ベルソスは騎士団への協力を快諾してくれた。自警団との連合部隊は精鋭のみの部隊となる。
ただ、ラムザの街を完全に留守にすることはできず、騎士団・自警団の二つから選抜された100弱の精鋭のみ魔物領へと入る。それでも、はたして何人が帰ってこられるか、魔物領へ足を踏み入れたことのないレイトには見当がつかない。
「あれは……」
門の近くで大槌を背負う、坊主頭の大男を見つけた。自警団のトップであるベルソスだ。彼に近づき話しかけると、あまり寝られてないのか目の下にはクマがあった。
「おい、クマできてるぞ」
「そうゆうおめぇもビビって、散歩してんだろ」
「口の減らないジジイだな」
「貴様の生意気な口も相変わらずだな」
いつものベルソスだ。彼は魔物領に入ったことがある。あの地域の危険を身を持ってい知っている。そんな彼に質問をぶつけたのは興味本位だった。
「どれくらいが帰ってこられるかな?」
「八割ってとこだろうな。運が良かったら」
「運が悪かったら?」
「ほぼ全滅だ。黒騎士にでも会えばな」
「黒騎士?」
「そう黒騎士だ。確認されている魔物の中で最強と言われている魔物だ」
ベルソスは話してくれた。その昔、今からほんの15年前。王国と帝国は戦争を起こした。原因は最古のエルフの里の結界を帝国が奪おうとし、里と同盟関係にあった王国がそれに武力を持って鎮圧したことによる武力衝突が原因だ。帝国は里の結界を上手く解除させ、中へと潜入し籠城、それに対し、ガノが力尽くで、結界を突破、里内部にいた帝国を殲滅した。
それにより、両者は本格的な武力衝突に発展し、戦争となったが、長くは続かなかった。理由は両者とも戦争をするだけの蓄えを持っていなかったからである。実は帝国が最古のエルフの里の結界を狙ったのは、魔物領遠征が失敗したからだ。
黒騎士と呼ばれるたった一体の魔物に甚大な被害を受けた帝国は、なんとか優位性を示すために最古のエルフの里の結界に目をつけた。戦争が始まり、本当は帝国騎士団は被害を受けていて戦えませんなど、王国に知られれば一気に攻められるかもしれない。平民から兵を募るなど何とか、やり繰りをして凌いでいたものの、王国に攻めきられるのは時間の問題に思えた。
それは王国が万全ならの話である。帝国の魔物領遠征後、失敗の噂を聞いた王国も魔物領へと騎士団を派遣した。当時、まだ新米騎士だったガノもそれに帯同していた。『第八次魔物領遠征』、当時そう銘打たれたその遠征以後、王国は魔物領の調査を行っていない。
理由はその遠征で帰ってきた兵士が10人と満たなかったからである。騎士団の中でも各隊から主力が集められ200名体勢で向かったにも関わらず、帰ってきたのはホンの一部だった。『騎士団の主力の壊滅』、過去7度の遠征では被害が出れど、短期の遠征でそこまで被害が出ることはなかった。今回は少し深く進んだにも関わらず、甚大な被害が出た。
帰ってきたものは口を揃えてこう言った。『黒い騎士にやられた』。災厄の象徴である『黒騎士』、魔物領に住んでいること以外、全てが謎に包まれている。戦争が始まり、主力を失った騎士団の力は半減したと言っても過言ではないほど、落ち込んでいた。
しかし、魔物領から生き残り組であり、後に『爆炎のガノ』と呼ばれる青年の活躍。『剣聖のサラドル』と当時からその名を広めていた中堅兵の活躍もあり、なんとか戦線を維持していた。帝国に力が落ち込んでいることを悟られてはいけない。弱みを見せれば一気に畳み掛けられると誰もが思っていた。
結果、戦争の長期化を恐れた両国の首脳は停戦協定を結んだ。戦力が尖った状態で戦争をして、さらに減らせば魔物領から溢れる魔物に対処出来なくなるかもしれないからだ。魔物の侵攻はいつ起きても不思議ではない。それに対する戦力は一定数、常に確保しておかなければならない。国が滅んでしまっては元も子もなかった。
「随分と王国の内情に詳しいんだな」
「こうゆう商売なんだ。噂や情報はいくらでも入ってくる。ガノに確認したら、事実を教えてくれたよ」
確かにあの人はポロっとトンでもないことを言いそうだ。でなければ、レイトに国宝であるアグナを使わせるという発想は出てこない。
「そんなトラウマ抱えたガノが、『黒の勇者』を連れて魔物領に入れば大丈夫ってんだ。興味わくだろ?」
「それであんな決闘まがいのことをしたのか」
「久しぶりに血が踊ったぜ。なんなら、準備運動で今からしてもいいぜ?」
「勘弁してくれ。あんな戦い何度もしていたらそのうち死ぬよ」
あくまで模擬戦だ。人間に対して黒の波動を使いたくない。あれは破壊の力だ。相手を傷つけるために力をつけたのではない、守るためにつけたのだ。
「俺がか? それともオメェがか?」
「どっちかが……だよ。あと、娘のミフア、どうにかしてくれよ」
世継ぎをもらうという血迷った発言以後、ミフアのスキンシップは日を追うごとに過激さを増している。会えば抱きついてくるのは当たり前、朝起きると身体の上に跨っていた時はさすがに背筋が寒くなった。ロリフィに似たアタックの仕方だが、ミフアはスタイルがいいだけに理性のヒットポイントが心配である。
「クック……俺は貴様が娘とくっついてくれれば、後継に困らなくて助かるんだが?」
(ダメだ……こいつは娘と同じで残念な思考回路をしている)
娘の彼氏に厳しいのが父であると思っていたレイトには、ベルソスの態度は予想外だった。最初はいつか止めてくれるだろうとミフアの特攻を無視していたが、彼は何も言わない。むしろ娘を応援しているように見える。
(まったく、どいつもこいつも……)
こっちは魔物領に入る日が近づくにつれて胃が痛くなり、夜も眠れなくなる。ケロフが死んだ時のようにまた誰かが目の前で死ぬかもしれない。そう思うだけで、気が重くなる。今日だって、眠れずに部屋に居たら重圧に耐え切れずに飛び出してきた。
「若いのに色々と背負い込んで大変だな、貴様は」
「……別に。魔物を倒すしかできないんだし、それでみんなが俺を必要としてくれるのなら、いくらでも背負い込んでやる」
自分は与えられた。勇者という役割を、それを成すため力を。
「意気込みは買うが……男なら、大切な女くらい幸せにしてやれよ」
「娘のこと?」
「さぁな? それが貴様にとって誰なのかは貴様決めることだ」
ベルソスは街の方へと歩き出した。朝日が遠くの山から顔を出す。そろそろ皆が置き始める頃だろう。
「死ぬんじゃねぇぞ。若いの」
鬼人と呼ばれる男の背中は一人の人間となんら代わりはなかった。
日が昇った朝、自警団と王国騎士団の精鋭部隊は魔物領へと出発した。目的地となる、遺跡へは半日ほどでつく予定だ。速やかに任務を実行し、魔物領から離脱するために移動は馬に頼る事になる。
今回の部隊を率いるガノの方針は一団となって動き、出来るだけ魔物との戦闘は極力避けて進むとのこと。今回の目的は魔物領の調査でも、そこに住む魔物と戦闘をすることでもない。目的地にある魔物大侵攻の原因を取り除き、出来るだけ被害を少なくして帰還する。それが最大の目的だった。
「アリッサ。大丈夫か?」
「はい。レイトさんがいると安心します」
今回、レイトとアリッサは二人で一頭の馬に乗っている。レイトが前でアリッサが後ろの形だ。彼女はレイトの腰に手を巻きつけ、背中には愛用の長杖を背負っている。2人がいるのは部隊の真ん中より、やや後方。部隊で一番、安全な場所である。
レイトは最も魔物との遭遇率の高い、外の位置を希望したが。ガノにアリッサを守るように言われて今の場所で納得した。アリッサは貴重な回復役であり、彼女を失うことは部隊の生存率に直結する。
もう一人の医療魔法の使い手である、アルセレナも隣でミフアと二人乗りで並走している。顔を知っている人たちだ。絶対に死なせたくないとレイトは思っていた。
部隊が魔物領に近づくにつれて、雰囲気が変わってゆく。重苦しい雰囲気が身体にまとわりつき、肩にのしかかる。これが魔物領の雰囲気。
先頭を走るガノの合図で全隊が一旦停止する。背の低い草の生える丘の上から、目の前に広がる平原を見渡す。人の手が介入していない、生まれたままの姿で広がる平原。霧がかかり、魔物がいるのかどうか視認できない。
「これより魔物領へ入る。全員、生きることだけを考えろ」
ガノの声が重く、ゆったりと響く。緊張のある声は気を引き締める。
「全隊進め!!」
合図と共にレイトたちは魔物領へと突入した。




