第34話 二人っきりの抵抗
作戦は決まった。それが作戦と呼べるのかは分からない。しかし、現状ではそれがベストだとフロリーとヌーイは信じていた。自分たち二人を残し、部隊を王都まで後退させる。そして、部隊の撤退及び、迎撃が整うまでの時間を稼ぐ。
トラウィス砦から少し離れた場所で、二人は魔物の大群を待っていた。幾度となく繰り返された魔物の進行により、草木の枯れ果てた荒れた大地。生物が生きることを放棄したこの場所ならば存分に戦うことができる。
そして、突破されてもある程度の時間を稼ぐために、砦には土属性の魔法で造った壁を張り巡らせた。魔物たちからすれば自分たちの侵攻を邪魔する壁である。
どれくらい魔物たちを遅らせることができるだろうか。セイケラン要塞での戦闘からすでに三日が経過している。魔物たちは、撤退時に作った土属性の壁に予想以上に手こずったようだ。あとは伝令がガノに全てを伝えたと信じるしかない。彼なら、必要な対策を速やかに立ててくれるだろう。
フロリーは息を深く吐く。予想では今日中に魔物たちは砦に到着する。自分にとって最後の戦いになるかもしれないと思うと、肩に力も入る。横に居るヌーイはあくびをして、どこかリラックスしているように見える。余裕なのか油断なのか、戦闘が始まれば心強い彼も、今はただの若者にすぎないのだろうか。
「眠そうだな」
「いやー、作戦伝えてから、ファンの子達に捕まっちゃって……おかげで寝不足になったよ」
何があったのか聞くにもならなかった。この男が女性を部屋に招き入れ、寝不足になるようなことなど大体は察しがつく。出撃前だというのに、この男はいつもと変わらない。いや、最後の夜になるかもしれないからこそ、いつもと変わらないよう意識しているのかもしれない。
「お楽しみで何よりだ」
「まぁね。それよりさ、もし生きて帰ってこれたら、フロリーさんは何するの?」
「愚問だ。いつもと変わらない。王国に忠を尽くすだけだ」
「相変わらず真面目だねー、他に楽しみなことないの? 例えば男とか」
「貴様には関係のない話だ」
「つれないなー、もっと、楽しもうよ」
「今は自分の役割を全うすることで頭が精一杯だ」
「死ぬことに?」
「結果的にはそうなるだろう。怖いか?」
「いや、僕たちは生き残るさ。ただのカンだけど」
ヌーイは屈託ない笑顔だ。
「カンか……」
彼につられて笑みがこぼれる。根拠もないそのカンに今は頼ろう。二人の視界に魔物の大軍が映った。あと数時間もすればここに来る。きっと、黒騎士もあの中にいるはずだ。倒せなくとも手傷を負わすくらいは奮闘したい。
フロリーは背負っている槍を手にとった。ヌーイもすでに剣を抜いている。たった、二人による抵抗作戦。いくら隊長格が二人いても殲滅は不可能だ。それに今回の目的は時間を稼ぐこと。守りに徹し、魔物たちの数をゆっくり、確実に、減らしてゆくことだ。
フロリーは槍に魔力を流した。槍全体が水で覆われ、形状が細く、鋭くなってゆく。魔術師はいないが、遠距離から攻撃する方法はある。フロリーは魔物の大群に向かって槍を振るった。巨大な水の塊はまるで大砲のように、唸りを上げて、魔物たちに直撃した。
「さすがー」
ヌーイが口笛を吹いた。続いて、第2射、第3射と同じ攻撃で魔物の数を確実に減らしてゆく。しかし、魔物との距離は確実に詰まってゆく。そのうちに乱戦に巻き込まれる。ただ、減らせるうちに減らしておこうと、フロリーが放った第7射目は青い光に相殺された。
「来たな。黒騎士!」
「相変わらずえげつない魔法だね」
魔物たちの間から、全身黒の人型魔物がゆっくりと歩いて出てくる。強者として余裕か、こちらを見下しているのか。黒い仮面をつけた奴の真意は測りそこねるが、現状において最も危険で、最大の障害であることに変わりはない。
ヌーイが双剣に魔力を流し、戦闘態勢に入った。
「さて、行くよ!」
ヌーイが目にも留まらぬ速さで、魔物たちに突っ込んでゆく。手に届く範囲の魔物は全て叩き切る勢いで、次々に魔物を切り刻んでゆく。フロリーも黒騎士に防がれる遠距離攻撃はやめて、魔物たちに突っ込んでゆく。
オーガとの距離が詰まる。相手の右からのパンチを身体を屈めて避け、首に向かって槍を突き出す。鋭利な水を纏った槍は簡単にオーガの喉を貫いた。オーガが倒れるのを待たずして、ゴブリンが周りを囲むが、水を鞭のように形状変化させると、身体を一回転させ、ゴブリンの首を吹き飛ばす。数にいて7体。一瞬の勝負だった。
ここでフロリーは少しだけ違和感に気が付く。魔物たちが自分たちを無視して、進撃を続けている点だ。向かってくる魔物もいるが、いつもに比べると圧倒的に少ない。まるで魔物たちがある『目的』を持って、動いているように見えた。
そんなことを悠長に考えていると、目の前に黒騎士が現れた。手に持った大剣で、突きを繰り出してくる。身体を半身にして回避する。その間に魔物たちが突破してゆくが、今は黒騎士をなんとかしなければならない。
「この!」
今度はフロリーが反撃に転ずる。首に狙いを定めて突きを繰り出す。黒騎士は首を横にして避ける。槍が黒騎士の首の横を通過する。今更、攻撃を避けられた程度で驚きはしない。問題は、ここからどうやって当てるかだ。
フロリーは穂の部分に纏わせた水の形を変え、錨の形をした両サイドに刃がついた、形状変化をさせる。槍を引き戻すときに、両サイドの刃を首に当てるためだ。
(当たる!)
フロリーは素早く槍を引き戻そうと、腕を引くが、黒騎士がその腕を左手で掴み、目論見を阻止した。ガッチリと掴まれた腕はピクリとも動かない。黒騎士が右手に持った大剣を振り上げる。逃げなければならない。しかし、腕を掴まれ、動くこともできない。
「フロリーさん!!」
ヌーイがまるで矢のような速さで、黒騎士の左側面から切りにかかった。左からの攻撃は防げないと判断したのか、黒騎士はフロリーをヌーイに投げつけた。二人はもみくちゃに地面に転がる。黒騎士はまだ、立ち上がっていない二人に近づき、それぞれの胸ぐらを片手ずつで掴むと、力いっぱい放り投げた。
宙に放り出された二人はなんとか、体勢を立て直し着地した。ただし、魔物の大群からは大分外れた脇へと来てしまった。このままでは魔物の進撃を邪魔できない。早急に戻らなければならない。しかし、黒騎士が地面に着地して、二人の眼前に現れた。
大剣を手に持ち、まるで『ここは通さない』と言いたげな雰囲気だ。まるで進撃する魔物たちを守る騎士のように。
「ここは通しませんって? 随分と余裕だね。黒騎士とやらは」
「だが、はいそうですかと引き下がるわけにはいかないぞ」
「分かってるよ!」
ヌーイが黒騎士に突っ込んでゆく。フロリーもあとに続いて、黒騎士との距離を詰める。たった、二人で最強も魔物に挑む。地形を変えるほどの戦いは数時間続いた。
「はぁ……はぁ……ここまでか……」
フロリーは槍を杖にしてかろうじて、立っているような状態だった。ヌーイはすでに横で倒れて動かない。疲労で動きが鈍くなったところを切られた。生きているかどうか、確認のために近づく体力も残されていない。
朝に始まった最後の抵抗作戦だが、今はすっかり日が落ち辺りは暗くなっている。月明かりで戦うには視界がかなり限定される状態だ。魔物たちの大群はとっくにこのエリアを通過し、今頃砦の壁で立ち往生しているだろう。
そして、目の前の黒騎士は実に堂々とした立ち振る舞いだ。こちらの攻撃も何度か当たったのに、本当に効いたのか疑いたくなるほどに。結局、この魔物にストレニア王国は勝てないのだろうか。最初に被害を受けた15年前よりも、確実に進歩はしている。それでも、隊長格二人で挑んでも全くもって歯が立たない。
(強すぎる……)
フロリーの心が折れた。黒騎士はその瞬間を狙っていたのか、一瞬でフロリーに近づき腹に一発、右拳をねじ込んだ。足が地面から浮き、数m後方に吹き飛ばされる。背中から落ちて、空を眺めて地面に寝転がる。全身から発せられる痛みから、もう起き上がる力は残されていないことを理解する。
(あとはトドメを刺されるだけか……)
フロリーが目を閉じようとした時だった。腰につけたポーチの中から、緑色の光が発せられている。かろうじて動く右手でポーチをあさり、光を放つ魔法石を取り出した。それは王都から出るときに、ネセリンが新しい魔法の触媒になると言っていた魔法石だった。
彼女の話によると、空間を移動し、物体を瞬時に送り込むための座標だとか。魔法の難しい話は分からないが、ガノに言って、お守りがわりに持ってきた。彼女が言うようなことが実現できれば、それは夢のような魔法だ。
移動する時間も距離も関係なくなる。それを実現させようとする、ネセリンの発想がすでに規格外なのは言うまでもなかった。そんな魔法の触媒となる魔法石が光を放っている。しかし、すでにフロリーにそれを考察する体力はない。
耳には黒騎士が一歩ずつ近づいてくる音が聞こえる。このままでは死ぬだけだ。よく分からない魔法など危険でしかない。いつもなら、頼ることなど考えもしない。ただ、今はそれにすら頼りたくなるほど、心身共に披露しきっていた。
「ネセリン……お前に……賭けようじゃないか……」
彼女は言っていた『使うときは投げるだけでいいんです。門を開くだけのスペースが周囲にあれば大丈夫です』と。何を言っているのかサッパリだ。だが、何をすればいいかだけ分かる。フロリーは仰向け他のまま、空に向かって、今できる精一杯の力で魔法石を投げた。
石は緑色の光を放ち、円形に広がる。そして、その円の中から出てきたのは紅蓮の炎と黒い槍。その二つは黒騎士に襲いかかった。黒騎士は黒い槍をなんとか大剣で防いだが、炎が周りを囲み、これ以上近づくことができない。
フロリーはどちらの攻撃も知っている。見たのは初めてだが、黒い槍はおそらくあの少年のものだろう。そして、黒騎士の周りを囲む炎は、憧れたいたあの人のモノだ。幾度となく自分たちを守ってくれたあの人の炎だ。
円の中から二人の人影が出てくる。黒髪の少年と、銀髪の男。刀身を黒と赤に染めた剣を持つ二人。本来なら二人は遠く離れた場所にいるはずだ。それが何故、目の前にいるのか、恐らくはネセリンの魔法が成功したのだろう。しかし、重要なのは二人がいるという事実だけだ。
「よう。フロリー。大丈夫か?」
懐かしい声だ。憧れであり騎士団最強の男の声はどこか安心する。
「こいつが黒騎士か」
久しく聞く少年の声。始め会った時とは比べ物にならないほど、精悍な顔つきになっている。一人の戦士として経験を積んだからだろう。全身の痛みが意識を遠ざける。今から目の前で戦闘が起こるのに、目を閉じるわけにはいかない。しかし、意識はフロリーの手を離れていった。
そして、希望として舞い降りた、レイトとガノは最強の魔物と対峙する。全てを終わらせるために。




