第9話:紙ストローと中抜き偽善ビジネス
マルタが今まで履き潰してきた『サステナブルな香水(お古のブーツ)』は、いつでも吸えるようにジップロック的な魔法袋に入れて厳重に保管した。これで俺の精神のセーフティネットは完成だ。宿を出て歩いていると、マルタが広場の角を指差して声を弾ませた。
「救世主さま、カフェがありますよ!」
きらきらと目を輝かせるマルタ。なんでも珍しそうにしやがって、この田舎娘が。これが生まれた環境の格差というものなのか。東京の女子高生がスタバの新作で大騒ぎしている横で、地方の若者はマックすらなくイオンに集まるしかない、あの残酷な機会損失の縮図がここにある。
まあいい、くだらない格差社会への憂いは置いておいて、まずは喉を潤してやろう。そう思って入店したのだが、そこは最悪の空間だった。メニューを開いた瞬間、俺の脳内肉食獣が咆哮を上げる。
「……なんだこれ、ただの草じゃねえか」
肉も魚も一切使わない、今流行りの『ヴィーガンカフェ』。ふざけるな、俺は草食動物じゃないぞ。性格と恋愛傾向に関しては絶望的なまでに草食系だけれども、胃袋まで草食にした覚えはないんだよ。マルタはよく分からん「大豆肉」を挟んだパンと、緑色のドロドロしたスムージーを頼んだので、注文が面倒な俺も同じものにした。
味は絶望的に微妙。というか、何を食べているのか分からず、脳が認識を拒否している。肉の偽物をわざわざ加工して、手間暇かけて肉モドキを作る。その無駄なプロセスのせいで、普通のハンバーガーの3倍近い値段がする。阿漕な商売だぜ、本当に。なのにマルタは
「なんかヘルシーで体に良さそうです!」
と、都会のオーガニックな雰囲気に綺麗に騙されている。極め付けはこれだ。スムージーに刺さった、この茶色い管。
(おい……これ、紙ストローじゃねえか!)
水分を吸って10分でフニャフニャになり、口の中に段ボールの風味が広がる、人類史上最悪の発明品。しかも見ろよ。ストローは紙のくせに、容器の「蓋」はプラスチック製じゃねえか。本末転倒、ここに極まれり。プラスチックのウミガメを救う前に、俺のQOLが死にかけてる。
「ねえ、救世主様。やっぱり、家畜さんたちを食べるのはかわいそうなのでしょうか……?」
マルタが、大豆肉を頬張りながら素朴な疑問を口にする。現代の動物愛護団体(笑)に毒されかけたマルタに、俺は冷徹な科学的ファクトを突きつけた。
「いいかマルタ。古代のホモ・サピエンスはな、肉食を試みたことで脳を巨大化させ、知性を獲得したんだよ。肉を食わないと、人間は馬鹿になっちゃうぞ」
「えー……」
マルタはよく分かってなさそうだが、とりあえず大豆肉を完食した。そして、お会計の時だ。レジの横に置かれた、世界平和を謳う安っぽい箱を指差して、店員がうさん臭い営業スマイルを向けてきた。
「ありがとうございました。よろしければ、生まれた環境のせいで苦しんでいる、辺境の恵まれない子供たちへ募金をお願いします」
「え、え?」
店員は勝手に感極まったのか、目元を潤ませる。
「生まれた環境で人生が決められてしまうなんて、そんなのかわいそうです。ぐすっ」
生まれた環境でかわいそう?いや、俺だってきついんだよ! 現代日本じゃ物価高だし、報酬は低いし、実家じゃ老人の介護までさせられて、社会の底辺を這いずり回ってたんだぞ!それに対して、国もお前らみたいな意識高い系市民も、何も救いの手を差し伸べなかっただろうが!
だいたいこういう綺麗な言葉を並べた募金なんてな、結局は中間の支援団体が「人件費」だの「事務費」だの名目で大半を中抜きして、現地の子供たちには数パーセントしか届かないビジネスシステムなんだよ!いったい誰の喉が潤ってんだ! 途上国の子供じゃなくて、中抜きしてる組織の幹部の外車代になってんだろが。
もちろん、この魂の叫びも、世界の仕様によって「世界の構造的貧困と、人道支援の搾取構造を憂う、聖者の魂の神託」へと翻訳される。
「募金の闇をそこまで見抜いていらっしゃるなんて……! 私たちの偽善をお許しください!」
号泣し始める店員。俺は鼻を鳴らし、受け取ったお釣りの小銭(どうせ味がしない草への対価だ、手元に残したくもない)を、その募金箱へジャラジャラと勢いよくぶち込んだ。泣き叫ぶ店員を置いて店を出た。やっぱり都会はクソだ。次はもっと、マトモな肉が食える店を探す。




