第8話:仕立て屋の欺瞞と真のサステナブル
アリアから巻き上げた(※至高の技術への対価です)金貨で、宿屋のそれなりにいい部屋にマルタと一泊し、翌朝。財布には、かつてないほどの余裕があった。
(多少の金も稼いだことだし、ここまで健気に着いてきてくれたマルタに、新しいブーツでも買ってあげるか)
もちろん、下心は大いにある。下心しかない。新品を買い与える代わりに、マルタが今まで履いていたあの『至高のショートブーツ』を合法的に貰い受けるのだ。それがいい、そうしよう。我ながら完璧なウイン・ウインの取引だ。
そうと決まれば行動は早い。俺たちはグランセルでも一際きらびやかな、衣服店が集まるエリアへと向かった。だが、お目当ての店の門をくぐろうとした瞬間、すました顔の店員に手を差し出されて進路を阻まれた。
「申し訳ございません。当店は紹介のない『一見さん』はお断りとなっております」
「……は?」
出たよ、それだよ。現実世界(令和の日本)でもたまにある、会員制とかいうクソみたいなシステム。本当に辟易とする。お高くとまってんじゃねえぞ。あんたらが売ってるその何十万もするような服や靴の『品位』はな、途上国の低賃金労働者を奴隷のように酷使した上に成り立ってるハリボテだろ。その利益ちゃんと現場に還元してんのか?
だいたい、最近のファッション業界はどいつもこいつも「サステナブル」とか「環境配慮」を謳っておきながら、裏ではシーズンが終われば大量の売れ残り衣類を焼却処分して、環境破壊の限りを尽くしてるじゃねえか。
おまけに「今年のトレンド(笑)」とかいう謎の権威をでっち上げて、昨日まで誰も見向きもしなかった服に、今日から価値があると大衆に信じ込ませて財布から金を毟り取る。やってることが完全にスピリチュアル詐欺のそれなんだよ。ビジネスというのは詐欺のことか?……まあ、美少女の足を拝むためなら平気で嘘をつく、足フェチの俺が言えた義理ではないのだが。
そんな、アパレル業界の闇に対する怒りが早口で炸裂したが、この世界のシステムを通すと「衣服の本質と労働者の人権を憂う、気高き聖者の提言」に翻訳される。
「ハッ……! なんという深いお言葉……! 服飾の真理を突くお方に、一見さんなどと……! どうか中へお入りください!」
店員は青ざめて涙を流し、最敬礼で俺たちをVIPルームへと招き入れた。チョロすぎる。店内に入ると、マルタは目を白黒させながらも、一生懸命に新しいブーツを選び始めた。
「これ、可愛いかも……でも、お仕事しやすいのがいいかな……」
などと健気なことを呟いている。可愛い奴め。
「救世主様、これがいいです……!」
もちろん、一括で買ってあげた。金ならある。デリヘルマネー万歳。そして宿に戻った俺の手には、マルタが今まで履き潰してきた、年季の入った茶色のショートブーツがあった。
マルタが新しいブーツの履き心地を確かめている隙に、俺はベッドの陰で、そのお古のブーツを両手で恭しく掲げた。革は柔らかく馴染み、彼女の足の形に変形している。顔を埋め、思い切りその内側の匂いを嗅いだ。
(……すぅぅぅぅうううううっ!!)
脳に電撃が走る。限界集落の土の匂い、マルタが歩んできた旅路の汗、そして彼女自身の香りが、年季の入った革の匂いと完全に融合し、奇跡の熟成を遂げていた。これだ、これだよ。一度作ったものを、ボロボロになるまで愛着を持って使い込み、その歴史ごと次の世代が受け継いで消費する。
「……これこそが、本当の『サステナブル』なのでは……!?」
トレンドに流されず、一つの素材を極限まで愛で尽くす俺の精神こそ、地球環境を救う最先端のエコシステムだと確信し、俺は異世界の空に向かって深く感動するのだった。




