第6話:酒場の女と接待の闇
「救世主さま。これからどうしましょうか。やはり、この街でも救いを求める女性の足を、たくさん愛でて行くのですか!?」
マルタは両手を胸の前で組み、目をきらきらと輝かせている。純粋無垢な信頼の眼差し。だがそのまぶしさが、俺の薄汚いオタクの魂をガリガリと削っていく。
「たりめぇよ。そのために生まれてきたんだ俺は。美少女の足のない世界なんて、水のない水族館みたいなもんだろ」
口では大口を叩いてみるものの、一歩街の雑踏に踏み出した瞬間、「限界キモオタ・コミュ障センサー」がけたたましくアラートを鳴らした。周りは洗練された都会の人間だらけ。先ほどまで「下を向いていれば天国」と調子に乗っていたが、いざリアルな人間の距離感になると、急に現代日本の陰湿な記憶が蘇ってくる。
あ、やべ。声の掛け方が分からん。現実世界で最後にまともに喋った女って、コンビニの店員(外国人)だけだぞ。戸惑う俺の前に、いかにも高級そうな、高いヒールをカツカツと鳴らす酒場の女が通りかかった。足首のラインは確かに一級品だ。俺は勇気を振り絞り、吃音全開で声をかけた。
「あ、あ、あのー……」
女はピタッと足を止め、俺をゴミを見るような目で見下ろした。
「なに? これから仕事なんだけど。てかだれ? 何その格好(笑)」
(笑)が見えた。今、確実に女の喋り方の語尾に(笑)が見えた。現実世界の記憶が、一瞬で俺の脳内をジャックする。その冷たい目、その見下したような態度。あそこは地獄だった。ちょっと勇気を出して話しかけただけのオタクを不審者扱いし、SNSに「今日変な奴に絡まれたウケる」と写真付きで晒して、フォロワーからの『キモいですねーw』というクソリプで承認欲求を満たす女どもの生態そのものだ。
そして俺は、彼女の「これから仕事」という言葉と、その派手な服装を見逃さなかった。時計を見る。もう夕暮れ時だぞ、この時間から出勤とか、どうせ風俗か水商売だろ。怒りが音を立てて沸騰する。最近のSNSはどうかしている。YouTubeやインスタで「キャバ嬢の1日!」とか「夜職のリアル!」とか言って、ただおっさんから金を巻き上げてるだけの女をインフルエンサー扱いして、お高くとまりやがって。何がキャバレーだ。何が高級クラブだ。
こちとら現代日本にいた頃は、毎日毎日、ハゲ散らかしたクソ上司の機嫌を取り、一円の残業代も出ない「接待」という名の精神的拷問に付き合わされてたんだぞ。お前らは酒飲んでチヤホヤされて大金稼いでるかもしれないが、俺たちは社会の歯車として、一円にもならないストレスで胃に穴を開けてたんだよ。そんな、夜職の格差とサラリーマンの悲哀に対する怒りが、キモオタ特有の早口ロジックとなって、口からノンストップで射出された。
「おいそこ、勘違いインフルエンサー気取りの夜職女!お前らが夜の街で『私の指名売上(笑)』とか競い合ってる裏でな、こっちはクソ上司の『ゴルフの自慢話』を3時間笑顔で聞き続けるという、精神的ブラック労働を強いられてたんだよ!それをちょっと話しかけられただけでコンプラ違反みたいな目で見てんじゃねえ!その無理して高いヒール履いて、見栄だけでパンパンにむくんだふくらはぎ、俺のスキルで労働の現実ごと叩き直してやろうか!?」
一息にまくし立てた。ぜぇ、ぜぇ、と息が荒い。マルタは「また聖者様の高尚な説法が始まった……!」と、さらに目を輝かせて拝んでいる。言われた女は完全にフリーズしていた。




