第5話:ストレートネックのいない街で、なおも男は下を向く
「つきました! 救世主様、見てください、あそこが商業都市グランセルです!」
マルタはテーマパークに来た子供のように目を輝かせている。巨大な石壁の向こうに広がる、そびえ立つ尖塔と賑やかな市場。商業都市と響きはいいが、蓋を開ければどうせ、地方から吸い上げた富を一部の既得権益層が貪り、下層民を低賃金で酷使する「ブラック労働者の監獄」に決まっている。
資本主義の行き着く先など異世界も同じだ。だが認めざるを得ない。夕日に照らされた異世界の街並みは美しかった。そして何より、歩いている人間たちが違った。現代日本の駅前のように、スマホの画面に魂を吸い取られ、首を30度下に向けてゾンビのように徘徊する「ストレートネッカー」が一人もいない。皆しっかりと前を向いて、自分の足で、自分の人生を歩いている。
(チッ……まぶしいね。健全な社会ってやつかよ)
前を向いて歩く群衆の中で、俺は急に居心地が悪くなった。そりゃそうだ。俺だって現代日本にいた頃は、毎夜パソコンの前で全裸になり、ネットの海に『俺のすべて』を晒しては「美少女の足裏最高www」とか掲示板に書き込んでいた、精神的かつ肉体的な露出狂なのだ。
そんなド底辺のネット廃人が、光り輝く健全な市民さまと目を合わせられるはずがない。コンプラ以前に人類としての格が違いすぎる。
(やはり、下を向いて歩こう)
卑屈なキモオタには下を向くのがお似合いだ。うつむいて歩いていれば、他人のまぶしい視線に怯えることもないし、道端の石に躓いて転ぶこともない。リスクヘッジ完璧。そう思考を切り替えて、俺が視線を地面に落とした瞬間だった。
(……待てよ?)
視界に飛び込んできたのは、石畳を踏みしめる、多種多様な「足」の洪水だった。前を向いて歩く都会の異世界女たちの、洗練されたタイトなハイヒール。すれ違う女戦士の、筋肉質で引き締まったふくらはぎと無骨な編み上げブーツ。露店の手伝いをしている少女の、少し汚れた、だが健康的な足指。
ストレートネッカーだらけの日本なら、全員が下を向いているから、下を向いて観察している俺は、「ただの不審者」として即通報だった。だがここはみんなが前を向いている世界。つまり俺がどれだけ下を向いて、狂ったように足元を凝視していても、
「誰とも目が合わないから、誰にも気づかれない」
「……なんだここ、天国か?」
下を向いて歩く陰キャオタクにとって、ここは完全なる「合法・足覗き」のブルーオーシャンだったのだ。




