第2話:コンプラの消えた世界で、キモオタは聖者になる
「え?……マ、マジで言ってる?」
脳内コンプライアンス委員会が緊急アラートを鳴らす。だが、目の前の村娘は、まるで宝くじの当選者を見るような目で俺を見つめている。
「はい! 私の足なんかでよければ、いくらでも愛でてください! ああ、神様……まさかこんな辺境の村に『御足の審美眼』様が現れるなんて……っ!」
レッグ・マイスター。何だその頭の悪そうな、しかし俺にとってはノーベル平和賞より価値のある肩書きは。彼女は嬉々として、年季の入ったショートブーツの紐を解き始めた。
(おいおいおい、夢のくせに解像度が高すぎるだろ。革の擦れる音とか、妙に生々しいぞ)
現実世界(令和の日本)は地獄だった。ちょっと女の子の足元を見ただけで「視覚的ハラスメント」だの「キモい」だの、SNSで一発開示請求の対象になるクソみたいな監視社会。
ルッキズムを否定するくせに、結局はイケメンの犯罪には優しくて、俺みたいなルックスの社会的弱者がただ息をして、たまに御御足を鑑賞するだけで前科者予備軍扱いされる。
多様性を認めろって言ったのはお前らだろ。俺の足フェチという多様性はどこに守られてるんだよ。そんな、歪んだ現代の社会問題(笑)に対する怒りがフツフツと湧き上がる。だが、この夢の中は違った。
「お、お待たせしました……っ!」
地面に置かれたブーツ。現れたのは、真っ白で、少し汗ばんだ、それでいて信じられないほど形の整った生足だった。
「おおおおおおおおお……っ!!」
俺は叫んだ。心の中で。現実と同じく、叫ぶ勇気はない。いや、あまりの神聖さに声すら出ない。五体投地の勢いでその足元へスライディングする。
村娘の足指を広げ、土踏まずをしつこいほどに揉みほぐすたび、村娘の可愛らしい声が森に響く。もちろん変態的探求心はこれだけでは収まらない。
足フェチの領域において、切っても切り離せない重要な要素、それが「匂い」だ。脱ぎたてのショートブーツ。そして厚手の靴下。先ほどまで歩き回っていた彼女の足が、どれほどの至高の蒸れを溜め込んでいるか。考えただけで背筋がゾクゾクする。
「あの、ちょっ(笑)……ちょっとだけ、失礼するよ」
「えっ……あっ、何を——」
俺は両手で彼女の足を包み込むと、そのまま顔を近づけた。鼻先が、蒸れた足裏へ、汗ばんだ足指の付け根に触れるか触れないかの距離まで迫る。
(くぅぅ……っ!! きたきたきた!!)
ふわりと鼻腔をくすぐったのは、柔らかな少女の体臭と、革靴特有の香り、そして微かに混ざり合う、甘い香り。不快感など微塵もない。むしろ最高のご褒美だ。呼吸を深くし、肺を通して村娘の足臭を摂取する。
(うっひょーーーっ! たまらん! 蒸れてやがる! 最高のコンディションだ!!)
「あ、あの、救世主様……? その、そんなに顔を近づけられると、恥ずかしいです……。畑仕事の後だから、少し臭いかも……」
「馬鹿野郎!!!!!」
俺はガバッと起き上がった。少女がびくりと肩を揺らす。
「いいか!? これは『単なる女の子の足の匂い』じゃない! それはな、今を懸命に生きて、代謝を繰り返した果てに生まれた『生命の香水』なんだよ!無菌室で育ったプラスチック人形じゃねえんだ! 足の独特な匂いと、微かな汗の酸味、それが靴の中で絶妙に熟成されたこのアロマを『臭い』の一言で片付ける奴は、今すぐSNSのクソみたいな炎上論争に巻き込まれてアカウント消滅しろ!!」
一息にまくし立てた。息が荒い。我ながら夢の中まで早口で、キモオタ特有のクソ長構文を展開している自分が最高に哀れで愛おしい。
少女は呆然としていた。
(あ、やべ。さすがに夢の住人も引いたか。コンプラ違反で夢強制終了か?)
しかし、彼女の目から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。
「これほどまでに…私たちの労働を全肯定してくれるなんて……! やっぱり本物の救世主さま……!」
「……は?」
救世主?聖者? 俺が?週に3日は風呂に入らず、部屋で2次元の足裏画像をスクロールしてるだけの、社会の底辺で粗大ゴミ人間が、聖者?
その時視界の端に、日本の格安スマホの画面でも見たことのない「システムログ」のような半透明の文字が浮かび上がった。
【固有スキル:『全肯定・足ケア』が発動しました】
【対象の『魔力』が回復し、身体能力が上昇します】
【警告:これは夢ではありません。あなたの現在の社会的ステータスは『無職』から『救世主(変態)』に更新されました】
文字が網膜に突き刺さる。ちょっと待て。夢じゃない?てことは、今初対面の女の子に向かって、足の匂いを「生命の香水」とか力説したってことか?
「……よし、存在ごと消えよう」
現実だと理解した瞬間、日々背中を丸めて歩いていた感覚が蘇った。




