第18話 : ブーツの奥の小宇宙
女騎士カレンは怪訝な顔で見上げる女騎士は口を開く。
「そんな顔をして、どうしたんだ」
「ちょっとその、あの、真理の探究をしてまして。手を貸して……いや、足を貸してほしくて」
「あ、あし? 私の……?」
「そ……そうです。ははっ、そのブーツの中に小宇宙が広がっていて」
カレンは仄かに顔を赤らめながら、羞恥心から太ももを閉じて脚をすぼめた。肉厚な太ももが鎧の隙間で押し潰され、見事な渓谷を作り出している。
「小宇宙なんて、本当なのか?」
「まぁ……い、いいから。紐を解くだけ、ね?」
「その真理とやらが、民のためになるなら……しかし……任務をした後なんだ、あまりいい状態では…」
次第に小さくなってゆく声。先ほどまでの凛とした強気さが薄れて、公務としての義務感と、乙女としての羞恥心の葛藤が、彼女の表情を濃く染めていく。彼女たち騎士団は、普段から民に「税金泥棒」「公務員マウント」と言われて叩かれている。だからこそ、「民の役に立てる真理の探究」と言われると無下には断れない。
ボランティア精神や『やりがい』を人質に、過重労働を強いられている教師や医療者の搾取構造がここにある。だが、今の俺には好都合だ。
「いや、だからこそ! そこには意義がある!」
自分の生活や目先の利益以外を冷笑する奴に鉄槌を、金勘定ばかりで成長を諦める大人達に報いを、資本主義はこのような投資のもとに成り立っているのだ。みろ、これが資本主義だ。完全なる変態の供述。だが、この世界の仕様は、「国家の経済的停滞を打破し、未来への投資を促す聖者のマニフェスト」へと超翻訳する。
「……未来への歩み…… 私の足が、この国の技術の礎になるというのなら……!」
カレンは意を決し、編み上げブーツの紐を解いた。衣擦れの心地よい音を立て、顕になってゆくのは、実用的な白い靴下に包まれた、引き締まっていながらも女性らしい柔らかなラインを残した足だった。
剣術の踏み込みで鍛え上げられたふくらはぎの曲線と、丸みを帯びた指先のギャップ、ロイヤルコントラストの完成である。女騎士の蒸れが織りなす銀河へ吸い込まれるように、脱ぎたてブーツの履き口に鼻を近づけ、その濃厚な国家の防衛費の結晶を深く吸い込んだ。熟成された革の匂いと、彼女の体温が混ざり合い、脳のシナプスが連鎖的に破裂する。
真理への没入は止まらず、脱がせたカレンのブーツを目の前に掲げ、筒の底を覗き込むようにして目を細めた。即席の『望遠鏡』である。かつてコペルニクスは太陽を中心に惑星が回っていると喝破し、ガリレオは手作りの望遠鏡で木星の衛星を捉え、ケプラーは天体の運行法則を数式へと落とし込んだ。愚かな自己中心的な天動説から、美しき地動説へのパラダイムシフトの歴史だ。
(……見える。見えるぞ……!)
体重と摩擦によって黒ずんだインソールの底に、彼女の五本の指が沈み込んだ『五つ星の星座』がくっきりと刻まれている。親指の付け根には、過酷な任務の証である小惑星すら観測できる。天動説に囚われ「部屋が蒸し暑い」と文句を垂れる愚民どもには、この星の瞬きである、インソールの汗染みの美しさは一生理解できまい。手が塞がっているのをいいことに、俺は彼女に指示を出した。
「観測のノイズを消すために、君の白い靴下足を、俺の鼻と口に全力で押し付けてくれないか!?」
「えっ!? こ、こうか……っ!?」
頬を染めたカレンが、言われるがままに俺の顔面に足を押し付けてくる。じわりと汗ばんだ靴下の感触が、顔面の皮膚を心地よく圧迫し、保湿されてゆく。呼吸をするたびに、女騎士のリアルな公務の重みが肺を満たしていく。
靴下越しに彼女の足指の付け根、そして土踏まずを、顔面と指先で丹念に揉みほぐしていった。国家の労働による浮腫み、疲労を溜め込んだ女騎士の足が一気に軽くなっていく。
「あっ……! 凄い……足の芯から、癒されて……」
女騎士は男の顔面に足を押し付けた体勢で、恍惚とした表情を浮かべている。これまで報われなかった彼女の激務が、変態的フットケアによって完全に肯定され、救済された瞬間だった。
完全に足の疲労が消え去り、すっきりとした顔でブーツを履き直した女騎士は、深々と頭を下げてギルドを去っていった。
「よし、マルタ。素晴らしい観測データが取れたぞ」
俺は懐から羊皮紙を取り出し、インクを浸した羽ペンを握った。
「とりあえず、明日の銭稼ぎのために、この『女騎士のブーツ内環境におけるコペルニクス的転回』を論文にまとめて、王都の学会で発表しよう」
俺は次の日の宿代を稼ぐため、大真面目に変態のレポートを書き始めるのだった。




