第15話:フォークダンスのトラウマと低賃金獣人労働者
役所から解放され、夕暮れの街を適当に歩いていると、前方から一人の修道女が小走りで駆け寄ってきた。豊かな黒髪を振り乱し、必死に眼前へ滑り込むと、俺の両手を力強く握りしめてきた。
「あなたが……あなたが、噂の救世主さまですか!?」
「え、あぁ…ぷ、そう……いかにも」
口では偉そうに応じたものの、脳内はパニックを起こしていた。女の子に自発的に手を握られたことなんて、小学生の時のフォークダンス以来だ。あのお互いにとって地獄以外の何物でもなかった時間を思い出す。
男の手になんて1ミリも触れたくない女の子たちの、完全に引き攣った笑顔。できるだけ接触面積を減らそうと、指先だけで申し訳程度に触れてくるあの屈辱。それに比べて、この修道女の握力は本物だ。引きこもりオタクよりも握力が強い。生身のぬくもりが限界オタクの精神を直撃する。
「すぐに教会の療養所まで来てください! 」
「あ、ちょっちょっ、待って」
ろくに運動もしていないのに無理やり手を引かれ、何度も転びそうになりながら、修道女の白くて細い足首からふくらはぎを目視でなぞり、そのホーリーメイデンラインの着地点である足先を吟味しながら、後ろを必死についていった。到着したのは、王都の隅にそびえ立つ荘厳な教会、その真裏にある小汚くて古い療養所だった。
聖女が勢いよく扉を開けると、そこには言葉を失うような地獄絵図が広がっていた。
「なんだこれ……」
「うっ……ひどい匂い……」
後ろからついてきたマルタが、思わず鼻を覆う。室内には、腰の曲がった老人たちが長蛇の列をなして倒れ込んでいた。ある者は象のように腫れ上がる煤けた足を抱え、ある者は関節が変形した足をダニまみれのベッドの上で震わせている。そして何より異常だったのは、その老人たちの足を揉んでいるスタッフの姿だ。
犬耳や猫耳のついた異国の「獣人男性」たちがおり、片言のたどたどしく不器用な言葉で、患者と意思疎通を図りながら必死に足をマッサージしている。
「国からの魔力の供給が滞ってしまい、この有様なんです。私にはもうどうにもできなくて……。民は毎日、必死に働いて重い魔力(税金)を納めているはずなのに……」
修道女が泣き崩れる。現代の徴税クソシステム、異世界でも絶賛健在か。御加護報酬や調合報酬をケチって、低賃金で据え置いているのが元凶だろ。だから働き手が減って人が離れていくのに、それを「深刻な人手不足(笑)」という便利な一言で片付け、挙句の果てには、他国から連れてきた獣人労働者を実質的な奴隷として買い叩いて現場にブチ込む。やってることが19世紀の植民地時代のプランテーションと完全に同じなんだよ。
コンプラを謳う現代のグローバル社会の裏側は、いつだって発展途上国からの中抜き搾取で成り立ってんだろ。当然、この「医療福祉の闇への怒り」も、世界の狂った仕様によって「国家の医療利権の構造的欠陥と、外国人労働者への人道的搾取を鋭く告発する、聖者の啓示」へとダイレクトに翻訳される。
「 獣人たちの不当な労働環境にまで目を向けられるとは……! なんと慈悲深く、そして現実的な救世主様……っ!」
修道女は俺を救いの神として拝み倒した。
「救世主さま、どうか、彼らの足を……この療養所の暗黒を、あなたのお力で救ってください!」
「え、えっ?そっち?え?ちょ笑」
目の前に広がる、国家の怠慢が招いた自業自得のパンデミック。黒髪さらツヤ修道女の足なら喜んで舐め上げるが、目の前にあるのはカサカサの老人の足と、汗だくの獣人男性の足だけだ。当然断る勇気もなく、他国の社会福祉の赤字補填のために、タダ働きする奴隷役を引き受けてしまう。




