第14話:お役所のスタンプラリーと黒タイツ
「身分証の発行ですね。では、まずは2階の『魔力測定窓口』で申請書にスタンプを貰ってください」
「あ、はい」
役所の1階。愛想の欠片もない受付嬢にそう言われ、大人しく従った。ネット弁慶の陰キャは、リアルな窓口では驚くほど従順なのだ。しかしそこからが地獄のスタンプラリーの始まりだった。2階に行けば
「あー、これ先に3階の『犯罪歴照会係』を通してもらわないとダメですね」
と言われ、3階に行けば
「次は地下の『国籍確認課』で魔法石の登録を……」
「……あの、まだ終わりませんか?」
隣で歩くマルタの足にも、明らかな疲労の色が見え始めている。工程を一つ終わるたびに、役人どもは
「確認作業をいたしますので、あちらの硬くて汚いベンチでお待ちください」
などとテンプレ文章を口から吐き、10分で済む書類を30分かけてじっくり熟成させている。工程を重ねるごとに、俺のイラつきは頂点に達していた。ようやく1階の「総合カウンター」へ戻され、書類を提出する。受付嬢が書類をペラペラとめくり、平然と言い放った。
「はい、お疲れ様でした。これで『仮登録』が完了しましたので、本登録のカードは3週間後にまた取りに来てください」
「か、か… 仮登録?」
「はい。本登録まで書類の審査がありますので。四畳半のカビた部屋(ご自宅)で待機してください」
「おい、こっちは救世主として王様に直々に頼まれてここに並んでんだよ。5回も階段を上り下りさせて、スタンプをこれでもかと集めさせて、挙句の果てに『仮登録(笑)』かよ。3週間後にまたこのスタンプラリーをやれってか?前例踏襲と自己保身の書類仕事を重ねて、仕事してる感を演出し、国民の貴重な時間を中抜きしてるだけの時間泥棒なんだよ! 全員まとめて民営化してハローワークの窓口に並ばせてやろうか!!」
しかし、この魂の叫びも、世界のクソ仕様によって「無駄な官僚機構を排し、真の効率化と民への奉仕を訴える、聖者の愛の鞭」へと翻訳される。
「そうです…その通りです! 私たち、マニュアル通りに人をタライ回しにして、楽をしていました……! 聖者様、どうか、どうかその慈愛で、私の疲れた足をケアしてください……っ!」
受付嬢がカウンターで涙ぐんでいる。現金なものだ。俺はニヤリと笑うと、「特別だぞ」とカウンターの下に滑り込む。受付嬢がデスクの奥で、黒いハイヒールを脱ぎ捨てる。現れたのは、都会の公務員らしい、艶やかな「黒タイツ」に包まれた足先だった。俺は躊躇なく床に膝をつき、その足首を両手でホールドした。まずは足フェチの聖儀、匂いチェックだ。タイツの繊維に鼻先を限界まで押し付け、深呼吸するように吸い込む。
(……ッハァァァアアアアン!!!!)
脳のシナプスが焼き切れる。一日中、換気の悪い役所のカウンターに座りっぱなしだったことで、タイツ生地の中で極限まで蒸らされた、濃厚な「お役所の香り」だ。事務机の木の匂いと、コピー用紙のインクの匂い、そして彼女自身の少し脂っぽい汗が、タイツとヒールの中で絶妙な発酵を遂げ、究極の密閉空間の芸術を織りなす。
「あ、あの……聖者様、そんなに嗅がれると……っ」
「黙ってろ。ここからが本番だ」
俺の固有スキル『全肯定・足ケア』を発動する。タイツ越しに、彼女の足裏を加圧し、滲み出る足汗という名の聖水を摂取する。一日のお役所仕事で滞った血行は、俺の魔力で一気に解きほぐされていく。
「ああっ……! 温かい……! 血液が、流れるぅ……っ!」
仕上げに、タイツの生地が一番張っている、親指と人差し指の「指の間」を指圧し、念入りに揉みほぐす。受付嬢はカウンターに突っ伏したまま、声を殺して恍惚の表情で身を震わせていた。
結局、すべての登録が完了して役所を出る頃には、空はすっかり夕方に染まっていた。
「はぁ、本当に疲れたな、マルタ」
手に入った「本登録(即日発行された)」のカードを見つめながら、深い溜息をついた。最初からやれば5分で終わる仕事を、キレられた途端に「特例です!」とか言って一瞬で終わらせやがって。まるで現実世界のクソ業者だ。実家のエアコンの修理とか、ネット回線の工事を頼んだ時、「最短で来週になりますね〜(汗)」「今繁忙期なんで来月になります(汗汗)」とか言って、待てど暮らせど納期に合わせる気がないくせに、こっちが「じゃあ別の業者に頼むから違約金なしで解約させろ」ってブチギレた瞬間、「明日行けます!」って手のひら返して来やがったからな。
「まったく、どいつもこいつも人の足元を見やがって」
そう毒づきながら、俺は隣を歩くマルタの、夕日に照らされた健康的な生足を舐めるように眺めた。都会のシステムはクソだが、キレるだけで役所のお姉さんの黒タイツを堪能できるこの世界は、キモオタにとっての約束の地であった。




