第八章① 昇華
第八章① 昇華
「はあ、なんて忌々しい日だ。」
今日は水曜日。心にもない言葉が口から飛び出す。毎週あると思っていたこの曜日は、日本の伝統という黄金の魔法によって全てが休日に変えられてしまったのだ。
「まだ5時か」
いつもより一時間半も早起きしてしまった。昨日はあまり眠れなかったが、朝になると体に元気が湧いてきて眠気も吹き飛んでしまったようだ。体中がポカポカしているような気がするが、頭から湯気が出ていたりしないだろうか?心配になる。
顔を洗いに洗面所へ向かう。誰も起きてはおらず、パジャマ姿の僕だけが鏡に映る。いつもなら口角の下がった不細工な顔が映し出されるが、今日は少し違った。今日の僕は、昨日までとは正反対に見える。どうやら鏡も故障をするらしい。
まだ母親が起きていないので、自分で朝食を準備する。月島が料理のできる男はモテると言っていた。しかしながら、月島の料理は不味い。まあ、あいつは料理ができなくてもモテるのだが。ありふれた家庭の朝食。望みを言うならばここに汁物が欲しい。僕は作り方を知らないので誰かに作ってもらわなくてはならないが。そんな相手が現れるのは何年後のことやら。
朝食を食べ、身だしなみを整えた。こういう時、僕の髪質は良いなと親に感謝する。そうして準備を終え、部屋に戻る。
「まだ時間があるな。」
現在時刻は六時。いつもならばまだ起きてすらいない時間だ。こういう隙間時間を埋める趣味を持っていて良かったと思う。
「詩織さんが忘れていてもすぐ説明できるように軽く読み直すか。」
いつもは起きていない時間だからこそ、いつもはしないことをしてみたくなる。一度、面白くないと決め付けた作品たちを読み返す。それでも、これらの評価は変わらないだろう。僕は決して恋愛が嫌いなわけではない。自身の恋愛観に則った恋愛が好きなのだ。そんなことを考えながらページをめくる。朝の静寂はなんと心地よいのだろうか。夜の静寂とは大違いである。
小鳥のさえずりが聞こえ、周りも朝の賑わいを見せる。まるで誰かを祝福するかのようなその騒がしさに耳を澄ました。朝の喧騒は心地よさと共に登校への登校時間が刻一刻と迫っていることを僕に伝える。しかし、今日は早くその時間になれば良いと思う。やはり早起きをすると思ってもいない言葉が頭に浮かぶようだ。
足が軽い。周りの景色がほんの少し鮮やかに感じた。目覚めの良い朝は、色彩を明確に捉えられるのだろう。気づけば僕は校門を過ぎ、教室にいた。
「おはよう文哉!元気か~?」
「ああ、おはよう渚。いつもよりはマシかな。」
「は?」
困惑する渚。何をそこまで驚くことがあるのか。僕も元気な日くらいある。なんせ人間なのだから。
「どうしたの、渚?」
「いやいやいや!あんなに頑固者だった文哉はどこに行った⁉渚って呼んでるし!」
僕がおかしくなったと他クラスで騒げる渚の精神性に畏敬の念を抱く。そこまで騒がれれば教室の喧騒は消え、静寂だけが姿を現す。いや、これを静寂と呼ぶにはいささか皆の視線がうるさい。この冷ややかな視線は全て持ち帰ってほしい。
そうして長く退屈な授業を終え、帰りのホームルームになった。担任の話は運よくも早く終わり、皆が学校終わりの余韻に浸っている中で、僕はそそくさとドーナツ屋に向かう。そこはもう、僕だけの聖域とは呼べそうにない。太陽が僕の了承も無しに占拠しているのだ。




