第95話 三つの箱は、腹の中で鳴る
封迷箱が三つ来た。
白い箱。
迷宮を縛るための箱。
前回は一つだった。
今回は三つ。
人間どもは、余の迷靄洞を縄で囲い、杭で縫い、箱で押さえ込むつもりらしい。
「……多いな」
《はい》
「多いぞ」
《はい》
「一つでも嫌だったのに、三つは多いだろうが」
《敵も学習しています》
「余だけが学習する世界であれ」
《不可能です》
「知っている!」
白い部屋の監視面には、外縁の森が映っていた。
フィルエの契約糸越しの映像だから、迷宮内ほど鮮明ではない。
だが、人間たちの輪郭は見える。
白い外套の封迷技師。
長い白杭を背負った聖杭技師。
護衛が六人。
測量士が三人。
運搬役が四人。
そして、前にもいた若い測量士。
奴だけが、他の者たちより一歩遅れて歩いていた。
怯えているのではない。
見ている。
森を。
土を。
白杭の周囲を。
迷宮が見せたがっているものと、見せたがっていないものを。
「やはり面倒だな、あいつ」
『ロード』
フィルエの声が契約糸を震わせた。
『若い測量士、北だけじゃなくて入口正面も見てる』
「なぜだ」
『前回の記録を疑ってる。たぶん、北側反応が強すぎると思ってる』
「余が丁寧に強くしてやったのに」
『だから疑われてる』
「人間は面倒だな」
《繊細な偽装が必要です》
「分かっておる」
余は監視面を切り替えた。
第二層《偽封餌場》。
床下には、灰灯喰い蟲の分巣が三つ。
戻り水が細く逆流し、それぞれの腹を湿らせている。
壁裏には赤錆噛み。
白杭の予想設置点近くで、じっと金具の匂いを覚えている。
横穴には湿骨兵。
天井には影縫い大蜘蛛の糸。
その縁に、カゲヌイの針。
白灰這いは外縁仮穴に二体。
灰刃追跡者は奥で沈黙している。
まだ出さない。
こいつは最後だ。
「管理音声」
《はい》
「方針を決める」
《どうぞ》
「三つの箱を、全部壊そうとするな」
《理由は》
「全部壊せば、人間は封迷箱そのものを疑う。次はもっと厄介な道具を持ってくる」
《では?》
「一つは効いたと思わせる。一つは壊す。一つは、こちらが中身を汚す」
《役割分担を登録します》
「北側の箱は効かせろ。偽脈を封じさせる」
《了解》
「東側の箱は、赤錆噛みに留め具を噛ませて歪ませる」
《了解》
「入口正面に置かれたら、一番危険だ。そこは戻り水で反応を流せ。必要なら白灰這いを犠牲にしろ」
《了解》
言ってから、少しだけ息を止めた。
犠牲にする。
前なら、そこに妙な動揺があった。
今は違う。
惜しいとは思う。
損耗は嫌だ。
だが必要なら切る。
迷宮が生きるために。
ロードが消えないために。
「来るぞ」
人間たちは、まず北側に封迷箱を置いた。
前回と同じ場所。
余が食わせ続けている偽脈の上だ。
封迷技師が箱の蓋に手を置く。
「第一箱、設置」
四隅の白杭が伸び、地面へ刺さる。
白い線が土の中へ走った。
《北側偽脈に封迷接触》
「痛みは」
《偽脈側に拘束反応。本脈影響なし》
「よし」
封迷技師が頷く。
「反応安定。北側外縁、やはり濃い」
若い測量士が小さく言った。
「濃すぎる」
封迷技師が視線だけ向ける。
「何か」
「いえ」
若い測量士は引いた。
だが、黙っただけだ。
納得していない。
聖杭技師はしゃがみ、白杭を一本抜いた。
長い。
細い。
まるで骨で作った針のような杭だ。
彼はそれを地面に突き立てると、指先で軽く叩いた。
「北は、餌だな」
余は固まった。
「……今、何と言った」
《聖杭技師が北側反応を囮と判断した可能性があります》
「可能性ではなく、言っただろうが!」
聖杭技師は笑わない。
ただ、杭を見ている。
「濃すぎる。だが無視はできん。迷宮はここに“封じさせたい何か”を置いている。第一箱は維持だ」
封迷技師が眉を寄せた。
「囮だと?」
「囮でも、迷宮性があるなら縛る価値はある」
「本命は?」
聖杭技師はゆっくり顔を上げた。
入口正面を見る。
「正面だ」
「まずい」
《入口正面への警戒が強まっています》
「戻り水を回せ」
《実行中》
「もっとだ」
《流量を増やすと本物水脈として検知される可能性》
「今は隠す方が先だ!」
《戻り水、外縁仮穴へ増量》
第二層床下の戻り水が動いた。
奥へ流れたはずの灰水が戻る。
血の匂い。
蟲の殻。
赤錆の金属臭。
白灯器片の粉。
それらを薄く含んだ水が、外縁仮穴を伝って入口正面の土へ滲む。
本脈の匂いを洗い流す。
偽脈の匂いを戻す。
だが、聖杭技師は白杭を二本目に持ち替えた。
「第二箱、正面へ」
来た。
白い箱が運ばれる。
入口正面。
迷靄洞の喉元。
そこに置かれる。
余は叫びそうになった。
だが、叫ばない。
配下の前では叫ばない。
余はロードだ。
余は、ロードなのだ。
「白灰這い」
《はい》
「二体とも正面仮穴へ。戻り水に混ざって本脈の匂いを舐めろ」
《白灰這い二体、外縁仮穴へ移動》
『ロード、それやると白灰這い、たぶん戻れない』
フィルエの声が硬い。
「分かっている」
『本当に?』
「分かっている!」
白灰這いが、仮穴の中を這った。
ぬるりとした白灰色の小型魔物。
湿った灰と肉のような体。
二体は戻り水に腹を浸し、入口正面の土へ向かう。
白杭の線が、地面へ降りた。
第二箱の封鎖線。
本脈を探す白い舌。
それが、戻り水に触れた。
《第二箱、入口正面に接続》
《本脈検知圧、上昇》
「白灰這い、行け」
二体の白灰這いが、戻り水の中で体を裂いた。
自らの湿灰を、水に混ぜる。
白灰庭区画の匂い。
北側偽脈と同じ灰。
白灯器片を含んだ、嘘の濃さ。
その匂いが入口正面へ戻る。
白杭の線が揺れた。
真っ直ぐ本脈へ伸びかけた線が、わずかに北へ曲がる。
《本脈検知、逸脱》
《白灰這い一体、消滅》
ソウルは戻らない。
素材も戻らない。
だが、白い線は逸れた。
「もう一体は?」
《封迷圧下。損耗中》
「耐えろ」
封迷技師が第二箱の反応を見て言った。
「正面にも反応あり。ただし北側へ流れている」
聖杭技師が目を細める。
「戻る水か?」
余の背筋が冷たくなった。
「こいつ、戻り水を読むのか」
『名前までは知らない。でも、逆流に気づいてる』
「厄介すぎるだろう!」
聖杭技師は白杭を指で弾いた。
「水気が反応を戻している。だが水脈そのものは浅い。迷宮が隠しているというより、濡れた痕跡で線を乱している」
若い測量士が、初めて強く言った。
「なら、第二箱を外すべきです。そこは読まされています」
「外さない」
聖杭技師は即答した。
「読まされている場所ほど、迷宮は何かを隠す。第二箱は維持。第三箱を東へ」
「東?」
「北と正面が迷宮の見せ札なら、東に逃げ道がある」
封迷箱が三つ目の場所へ運ばれる。
東側。
赤錆噛みを潜ませた予想地点の一つ。
「よし」
《赤錆噛み、待機中》
「まだ噛むな」
《了解》
第三箱が置かれた。
四隅の白杭が地面に刺さる。
白い線が東側の土に走った。
そこには浅い偽脈しかない。
だが、封迷箱三つの配置が問題だった。
北。
正面。
東。
三点で囲まれると、外縁の動きが鈍る。
《外縁霧制御、低下》
《戻り水流量、制限》
《浅層偽脈、圧迫》
「まずいか」
《長時間維持された場合、第一層入口周辺の変形速度が低下します》
「つまり、縄が締まっている」
《はい》
なら、東の箱を歪ませる。
「赤錆噛み」
《はい》
「第三箱の留め具を噛め。四つ全部ではない。一つだけだ」
《一つだけですか》
「全部噛めば壊れる。一つだけなら狂う」
《了解》
壁裏の細穴から、赤錆噛みが走る。
小さなネズミ型の魔物。
赤錆色の毛。
異様に発達した前歯。
音は小さい。
だが、金具に近づくと、かり、かり、と歯が鳴る。
第三箱の底。
白い留め具の裏側。
そこに赤錆噛みが一匹、二匹、三匹と取りついた。
噛む。
ぎり。
ぎりぎり。
白い金具に、赤い錆が浮く。
《第三箱、右後方留め具に食害》
「まだだ。ゆっくりやれ」
第三箱の白い線が少しだけ揺れた。
封迷技師が気づく。
「第三箱、反応に揺れ」
聖杭技師が箱を見る。
「土が柔らかいか」
「固定します」
運搬役の一人が、箱のそばに膝をついた。
まずい。
見つかる。
「マネ」
「ギ」
「音を出せ。東の茂み。白灰這いの潰れる音だ」
「ギィ」
マネが喉を震わせた。
東の茂みから、ぬちゃり、と嫌な音がした。
人間たちがそちらを見る。
「魔物か!」
護衛の一人が剣を抜き、茂みへ向かう。
その隙に、赤錆噛みはさらに噛む。
ぎり。
ぎり。
白い留め具の根元が赤く腐る。
《第三箱、封鎖線に偏差》
「よし。戻れ」
《赤錆噛み二体、帰還》
《一体、封迷圧で行動不能》
「回収は?」
《困難》
「捨てろ」
短く言った。
赤錆噛み一体。
ソウルは少ない。
だが、惜しい。
惜しいが、必要だ。
行動不能になった赤錆噛みは、第三箱の裏で震えていた。
そこへ封迷圧が白く降り、赤錆色の体がぼろりと崩れた。
《赤錆噛み一体、消滅》
「覚えておけ。次はもっと上手く噛ませる」
《記録します》
第三箱の反応が、わずかに狂った。
東側を封じるはずの線が、少しだけ北へ引っ張られる。
つまり、人間側から見れば、東にも北の濃い反応が混じって見える。
北が本命に見える。
こちらの意図通りだ。
だが、聖杭技師はまた眉を寄せた。
「箱が狂ったな」
封迷技師が言う。
「土のせいでは?」
「いや。金具だ」
早い。
「まずい、見られる」
聖杭技師が第三箱へ近づく。
その前に、若い測量士が叫んだ。
「触らないでください!」
全員が止まった。
若い測量士は顔を青くしている。
「迷宮は、触らせようとしているかもしれません。箱を確認する動作まで読まれていたら、次に狙うのは技師です」
聖杭技師が若い測量士を見る。
「面白い」
「面白くありません」
「いや、正しい。箱には触らん。第三箱は歪んだまま使う」
「それはそれで危険です!」
「歪みも記録になる」
余は歯噛みした。
若い測量士。
邪魔だ。
だが今、奴の言葉は、結果的に赤錆噛みを見つけられるのを防いだ。
敵なのに。
邪魔なのに。
利用できてしまう。
「本当に面倒だな、あいつ」
『だから言ったでしょ。見る目があるって』
「黙れ、フィルエ」
『はいはい』
三つの封迷箱が起動した。
北は効いたふり。
正面は戻り水で逸らした。
東は赤錆噛みで歪ませた。
だが、封鎖の圧は本物だった。
第一層外縁の霧が薄くなる。
入口周辺の白灰が動きにくくなる。
外からの変形が鈍る。
《外縁機能、二十二パーセント低下》
「想定内か」
《短時間なら想定内。長時間は危険》
「なら、長居させるな」
余は第二層の床下を見た。
灰灯喰い蟲の分巣。
まだ小さい。
だが、今は幼蟲を戦わせるつもりはない。
使うのは、腹の匂いだ。
「灰灯喰い蟲の死骸を戻り水に混ぜろ」
《封迷箱周辺へ流しますか》
「流すな。匂いだけ戻せ」
《了解》
戻り水が、床下で小さく逆流する。
蟲の死骸の匂い。
白光を食った腹の匂い。
それが外縁仮穴を通じて、北と東の間へ薄く滲む。
封迷箱の白い線が、蟲の匂いに反応した。
封迷技師が顔を上げる。
「蟲反応」
「場所は」
「北東。床下に近い」
聖杭技師が頷く。
「迷宮は床下に巣を作っているな」
正解だ。
だが、場所は違う。
そこは偽の匂いだ。
実際の蟲分巣は、さらに深い。
人間が掘れない位置。
そして、そこへ向かうには第二層へ入るしかない。
「よし、誘導しろ」
《偽蟲反応を維持》
護衛の一人が言う。
「踏み込んで焼きますか」
来た。
封迷技師が少し迷った。
だが聖杭技師が首を振る。
「今日は焼かん。位置だけ取る」
「しかし、蟲が増えると――」
「焦って入れば死ぬ。ここはそういう迷宮だ」
余は思わず舌打ちした。
「賢い奴ばかり連れてくるな」
《敵も人材を選んでいます》
「やめろ」
だが全員が冷静だったわけではない。
護衛の一人。
先ほどマネの音に反応して茂みへ向かった男が、戻ってくる途中で足を止めた。
彼は地面を見ていた。
赤錆噛みが噛み落とした、小さな白金具の粉。
それが土の上に落ちている。
「何だ、これ」
「触るな!」
若い測量士が叫ぶ。
だが遅い。
男は指で粉を擦った。
赤錆の粉が、手袋の縫い目に入る。
「うわっ」
手袋の金具が、ぽろりと外れた。
同時に、地面の下から白灰這いの残った一体が飛び出した。
さっき正面で損耗していた個体。
戻れないなら、最後に使う。
白灰這いは男の足首に噛みついた。
「ぎゃあっ!」
「引け!」
護衛が剣を振る。
白灰這いは斬られた。
体が潰れ、白灰が飛び散る。
《白灰這い二体目、死亡》
だが足首には湿灰が入った。
戻り水も混じっている。
男は引き倒された。
そこへ、地面の細穴から赤錆噛みが一匹飛び出した。
狙いは肉ではない。
足具の留め金。
ぎり、と噛む。
足具が外れる。
男の片足が固定を失う。
立てない。
「下がれ! 下がれ!」
封迷技師が叫ぶ。
護衛二人が男を引きずる。
だがその瞬間、戻り水が足元へ薄く滲んだ。
血が、奥へ流れず、男の体の下へ戻る。
足を滑らせる。
護衛の一人が体勢を崩した。
その首筋に、影縫い大蜘蛛の細糸が触れる。
外へ出したのではない。
根の影を伝わせた、一本だけの糸。
カゲヌイの針が、迷宮内側からその影を縫う。
《影縫い、短時間成立》
「今だ」
湿骨兵は外へ出られない。
灰刃追跡者もまだ出さない。
だが、外縁仮穴に仕込んだ落石は使える。
「落とせ」
根の下の石が外れた。
小さい。
だが、体勢を崩した護衛の後頭部には十分だった。
ごつ、と鈍い音。
護衛が倒れた。
動かない。
《対象一名、死亡》
《ソウル獲得:十八》
「よし」
余は息を吐いた。
殺せた。
外縁で一人。
しかも封迷隊の前で。
恐怖を残し、箱も残す。
いい。
だが、人間側の反応は早かった。
聖杭技師が白杭を地面へ叩きつけた。
「全員、箱から離れろ! 足元を見るな、線を見るな! 迷宮が視線を使っている!」
「負傷者回収!」
「箱は?」
「第一、第二は維持! 第三は歪みごと記録して撤収!」
撤収。
早い。
もう少し削りたい。
だが、無理に追えば本命を見せる。
「追うな」
《よろしいのですか》
「よくない。だが追うな」
男の死体は置いていかれなかった。
人間たちは死体を回収しようとする。
それも織り込み済みだ。
「赤錆噛み、死体の鎧留めを噛め。回収中に壊せ」
《了解》
壁裏から二匹が走る。
倒れた護衛の鎧留めへ。
ぎり、ぎり。
死体を担ごうとした人間の手元で、鎧の金具が外れた。
「くそっ、装備が崩れる!」
「置いていけ!」
「死体を置くな!」
揉める。
その間にも封迷箱の白い線は維持されている。
長引けば危険。
だが、人間は死体を捨てるか、持ち帰るかで迷う。
余は笑った。
「人間は死体が重いな」
『ロード』
フィルエの声が少し低い。
「分かっている。言いすぎた」
『いや、そうじゃなくて』
「何だ」
『若い測量士が、死体じゃなくて地面を見てる』
監視面を拡大する。
若い測量士は、倒れた護衛ではなく、その下の濡れた土を見ていた。
戻り水。
血が奥へ流れず、戻った跡。
彼は小さく呟いた。
「……水が、戻ってる」
余は黙った。
聞こえたはずがない。
だが、唇の動きだけで分かった。
戻り水に気づいた。
完全ではない。
仕組みまでは分かっていない。
だが、気づいた。
「次は、あいつをどうにかする」
《危険観測個体の優先度を上方修正》
「殺すか、折るか、使うかだ」
『契約は?』
「今その話をするな」
人間たちは、死体を半ば引きずるようにして撤収を始めた。
第三箱は歪んだまま記録を残す。
第一箱は効いたと思わせる。
第二箱は戻り水に乱された反応を持ち帰る。
こちらの損害は、白灰這い二体、赤錆噛み一体。
得たソウルは十八。
情報は、十分に撒いた。
ただし、戻り水を見られた。
聖杭技師には、北が餌だと読まれた。
若い測量士には、水の戻りを見られた。
勝った。
だが、楽勝ではない。
それが良い。
迷宮は、楽に強くなるものではない。
《外縁封鎖圧、低下。人間部隊、撤収中》
「箱は?」
《第三箱に赤錆噛みによる留め具劣化。第一、第二箱は記録を保持》
「持ち帰らせろ」
《偽情報も含まれています》
「ならよい」
余は白い部屋の床を見た。
第二層《偽封餌場》の構成図が、ゆっくり更新されている。
戻り水床下流。
蟲分巣。
赤錆噛み走路。
影縫い境界糸。
白灰這い仮穴。
封迷箱誘導路。
そして、新しい警告。
⸻
危険観測個体:若い測量士
注意:戻り水の異常に気づいた可能性あり
危険技術者:聖杭技師
注意:北側偽脈を囮と判断
⸻
「面白くなってきたな」
《危険度は上昇しています》
「分かっておる」
《では、なぜ笑うのですか》
余は監視面の向こう、撤収する人間たちを見た。
彼らは一人死に、一人負傷し、三つの箱に汚れた記録を詰めて帰っていく。
次は、もっと深く来る。
もっと疑って来る。
もっと賢く来る。
だからこそ、こちらも腹を増やす。
「余がまだ消えていないからだ」
白い部屋が、少しだけ静かになった。
「そして次は、中へ入ってくる」
床下で、灰灯幼蟲が核餌を食った。
壁裏で、赤錆噛みが白い金具片を噛んだ。
戻り水が、血の匂いを奥へ行かせず、ゆっくりと迷宮の腹へ戻した。
「来い」
余は呟いた。
「今度は、第二層で喰ってやる」




