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第93話 封迷箱は、偽りの腹を縛る

 封迷箱。


 迷宮の外縁魔力を一時的に封じ、入口周辺の歪みを固定する道具。


 管理音声の説明を聞いた瞬間、余は少しだけ黙った。


 外から縛る。


 外から測るだけではない。


 外から、迷宮の動きを止める。


 なるほど。


 人間は、よく考える。


 剣を持って突っ込んできた者たちは死んだ。


 白灯を持って焼きに来た者たちも死んだ。


 なら次は、迷宮そのものを縛る。


 実に嫌らしい。


 そして、実に迷宮向きの餌だ。


《ロード》


「なんだ」


《封迷箱が本物の外縁脈に接続された場合、第一層外縁部の霧制御、白灰流動、浅層偽装に支障が出ます》


「つまり、痛いのだな」


《はい》


「なら、本物に触らせなければよい」


 監視面の向こうで、人間たちが森を進んでいる。


 さきほどの測量隊と合流した封迷箱運搬隊。


 人数は合わせて十人。


 負傷した若い測量士もいる。


 足を引きずっているが、目は死んでいない。


 むしろ、さっきより鋭い。


 厄介だ。


「またあいつか」


『あの子、気づくよ』


 フィルエの声が契約糸から届く。


 迷靄洞と契約した森から来たもの。


 今は外縁の木々の間に意識を散らし、人間側の動きを読んでいる。


「気づく前に黙らせるか?」


『外で殺すと封迷隊が警戒する』


「分かっておる」


『でも、放っておくと偽脈を見抜く』


「それも分かっておる」


 余は監視面を睨む。


 白い箱は、六人がかりで運ばれていた。


 棺ほどの大きさ。


 四隅に短い白杭。


 側面に幾何学模様。


 蓋には、白い封蝋のような紋章がある。


 あれを地面に据え、杭を打ち込み、迷宮脈に接続するのだろう。


 接続先が本物なら、まずい。


 だが。


「接続先が偽物なら?」


《封迷箱は偽脈を迷宮外縁として誤認する可能性があります》


「よし」


《ただし、封迷箱が偽脈を解析し、偽装を見破る可能性もあります》


「よくない」


 いつものことだ。


 人間の道具は、馬鹿ではない。


 こちらの嘘を完全に信じてくれるとは限らない。


 なら、嘘を一つにしない。


 偽脈の中に、ほんの少し本物を混ぜる。


 本物のように見える嘘ではなく、嘘に本物を含ませる。


 食べられる毒餌だ。


「フィルエ」


『なに?』


「北側の偽脈に、森の自然魔力を少し混ぜられるか」


『できる。でも混ぜすぎると、本当に外縁が北へ伸びる』


「少しでいい」


『どれくらい?』


「人間の道具が“本物っぽい”と思う程度」


『雑』


「余は感覚で言っている」


《危険です》


「うるさい。管理音声、数値を出せ」


《浅層偽脈への本物魔力混入率、三パーセント以内を推奨》


「では三パーセントだ」


『了解。三パーセントだけ森を貸す』


 契約糸が静かに震えた。


 森の根。


 湿った土。


 倒木の下を流れる微かな魔力。


 それが、余の作った偽脈へ薄く混ざる。


 白灰、白灯器の欠片、骨粉。


 そこに森の自然魔力。


 偽物だ。


 だが、完全な偽物ではない。


 封迷箱が喰いつくには、十分な餌になる。


人間たちは、北側の倒木帯に到着した。


 白い杭が一本、まだ地面に刺さっている。


 余が残した釣り針だ。


 隊長格の男が周囲を見回す。


「ここだ。第二杭の反応が最も強かった」


 封迷箱を運んでいた女が、蓋の紋章を撫でた。


 年は読みにくい。


 白い外套。


 短く切った銀髪。


 冒険者というより技師だ。


 目つきが冷たい。


「確かに反応はある。だが浅いな」


 若い測量士が、すぐに言った。


「だから言ったんです。これは偽装の可能性があります。迷宮が、こちらに測らせたいものを置いている」


「迷宮が?」


 封迷技師の女が、少しだけ笑った。


「Bランクに上がったばかりの迷宮が、封迷箱を逆算して偽脈を作ると?」


「その迷宮は、白磁庭園を喰ったんです。本隊十二名も帰っていません」


「恐怖で評価を上げるな。道具は恐怖を読まない」


「でも迷宮は道具を騙します」


 いいぞ。


 揉めろ。


 人間同士で疑え。


 しかし、封迷技師は冷静だった。


「なら試す」


 彼女は封迷箱の側面から短い白杭を一本抜いた。


 それを地面へ突き立てる。


「第一封針」


 白杭から細い光が地面へ入る。


 偽脈に触れた。


 ぴり、と白い部屋の床が震える。


《浅層偽脈に封迷接触》


「痛いか?」


《偽脈側に拘束反応。本体への影響は軽微》


「よし」


 封迷技師は目を細めた。


「反応あり。迷宮性の灰、白光残滓、骨性魔力、さらに森の魔力が混ざっている」


 若い測量士が息を呑む。


「森の魔力……?」


「自然侵食型か。報告にあった“森側協力者”とも一致する」


 余は少しだけ顔をしかめた。


 そこまで読むか。


『ごめん。混ぜたせいで、僕の気配も少し出た』


「いや、よい」


『いいの?』


「よい。奴らが“森側協力者”に意識を向けるなら、本脈から目が逸れる」


 封迷技師は第二、第三の白杭を地面へ打った。


「封迷箱を据える。北側外縁を仮封鎖する」


「待ってください!」


 若い測量士が前へ出る。


「まだ早いです。反応が都合よすぎる。迷宮性があるのに、深度が浅い。まるで、封じさせるために置かれたみたいです」


「だから仮封鎖だ」


「仮でも危険です。もしこれが囮なら、封迷箱の記録が汚染されます」


「君は先ほど負傷した。判断に恐怖が混じっている」


「恐怖ではありません、観測です!」


 封迷技師は、冷たく言った。


「観測者なら、観測結果を見ろ。ここには反応がある」


 若い測量士は歯を食いしばった。


 よい。


 人間は、正しい者ほど孤立することがある。


 余はそれを見るのが、わりと好きになってきた。


《性格の変化が見られます》


「成長と言え」


《成長の方向性に疑義》


「黙れ」


封迷箱が地面に置かれた。


 蓋の紋章が白く光る。


 四隅の杭が伸びる。


 箱の下から、白い線が地面へ走った。


 偽脈を掴む。


 縛る。


 固定する。


 その瞬間、北側の森の一角から、霧がすっと消えた。


 白灰這いの仮穴も、ぴたりと動きが鈍る。


《外縁仮穴、封鎖圧を受けています》


「偽脈だけだな?」


《現時点では本脈への影響なし》


「だが、仮穴の白灰這いは危険か」


《三体中一体、行動不能》


「回収できるか」


《封迷圧下では困難》


 ちっ。


 餌に使ったとはいえ、白灰這いも素材だ。


 無駄に失うのは惜しい。


 封迷技師が箱の蓋を開いた。


 中には、白い空洞があった。


 物を入れる箱ではない。


 魔力を吸い込む箱。


 偽脈の白灰が、細い煙のように箱の中へ吸われていく。


「外縁固定、開始」


「北側反応、沈静化」


「霧、消えています」


「効果ありだ」


 人間たちが安堵する。


 若い測量士だけが、顔を青くしている。


「違う……消え方が綺麗すぎる……」


 その通りだ。


 本物ではないからな。


「管理音声」


《はい》


「偽脈に、もう少し情報を流せ」


《どのような情報を?》


「白灰這いの気配。灰灯喰い蟲の残滓。湿骨兵の骨粉。あと、追跡者の恐怖痕を少し」


《封迷箱内に迷宮情報を吸わせることになります》


「そうだ」


《危険では?》


「危険だ。だが向こうは、吸ったものを信じる」


 封迷箱は、迷宮を縛る道具だ。


 なら、迷宮の情報を読む機能もあるはず。


 そこへこちらが選んだ情報だけを食わせる。


 相手の胃袋に、こちらで献立を決めた毒を入れる。


「やれ」


《浅層偽脈へ情報片を注入》


 偽脈が震えた。


 封迷箱がそれを吸う。


 白い箱の内側に、灰色の影が浮かぶ。


 白灰這い。


 蟲。


 骨。


 落武者。


 ただし、すべて断片だ。


 第二層の本当の構造は入れない。


 コアへの脈も入れない。


 グズの配置も、カゲヌイの針路も、影縫い大蜘蛛の巣も入れない。


 見せるのは、見せたい恐怖だけ。


 封迷技師が箱の中を覗き込んだ。


「魔物反応が出た。小型灰獣、蟲、骨兵、追跡型。やはり北側に外縁巣がある」


 若い測量士が叫んだ。


「違います! それ、見せられてます!」


「根拠は」


「……分かりません。でも、迷宮がこちらの欲しい情報だけを出している」


「勘か」


「はい」


 封迷技師は冷たく言った。


「勘は報告書に載せられない」


 余は思わず笑った。


「実によい」


『ロード、あの子かわいそうだよ』


「敵だぞ」


『うん。でも正しい』


「正しい敵は、より危険だ」


 余は監視面を見下ろす。


 若い測量士。


 あれは、生かして帰すと次に面倒になる。


 だが今殺せば、疑いが強くなる。


 なら。


「壊すのではない。汚す」


《対象は?》


「あの測量士の記録板」


 彼の手には、記録板がある。


 紙ではなく、薄い石板に白線で記録する道具だ。


 さきほどから彼は、封迷技師の判断とは別に、自分の観測を書き込んでいる。


 あれを持ち帰られると困る。


「マネ」


「ギ?」


「声を出せ。今度は、あの測量士の声だ」


「ギィ」


「言葉は短くてよい。“北側反応、確定”」


 マネが喉を震わせた。


 森の奥から、若い測量士そっくりの声が漏れる。


「北側反応、確定」


 人間たちが振り向く。


 若い測量士本人も、目を見開いた。


「今の、僕じゃない!」


 封迷技師の目が細くなる。


「偽声か」


「だから言ったでしょう! ここは――」


 その瞬間、影縫い大蜘蛛の糸が、仮穴の奥から伸びた。


 外へ出たのではない。


 根の隙間、土の下、封迷箱が押さえ込んでいない細い影を通しただけだ。


 糸は記録板の端に触れる。


 カゲヌイの針が、迷宮内側からその糸に魔力を乗せる。


《影縫い補助、記録板に接触》


「文字を消すな」


《では?》


「余計な一行を足せ」


 記録板に、細い白線が刻まれた。


 若い測量士は気づかない。


 混乱の最中、手元を見ていない。


 そこに、こう刻まれる。



北側反応、確定。

偽装疑いはあるが、封迷効果あり。

追加封鎖を推奨。



「よし」


『悪い』


「褒めるな」


『褒めてない』


 若い測量士は、自分の記録板を見て凍りついた。


「違う……僕は、こんなこと書いてない」


 封迷技師が記録板を見る。


 隊長格の男も見る。


 全員が、その一行を見る。


「君の筆跡だな」


「違います!」


「記録板は君が持っていた」


「書かされたんです!」


「誰に」


 若い測量士は、言葉を詰まらせた。


 誰に。


 迷宮に。


 だが、それを言えば正気を疑われる。


 封迷技師は静かに言った。


「負傷による混乱だ。彼を後方へ下げろ」


「待ってください! この記録は汚染されています! 封迷箱も、たぶん――」


「下げろ」


 二人が若い測量士を押さえる。


 彼は暴れない。


 ただ、悔しそうに記録板を見ている。


 余は少しだけ感心した。


 恐怖しても、混乱しても、なお観測を捨てない。


 こういう人間は、本当に面倒だ。


「管理音声」


《はい》


「あいつの名前を記録しておけ」


《現在、個体名不明》


「では、“若い測量士”で登録」


《危険観測個体として登録します》


「次に来たら、優先して喰う」


《了解》


封迷箱の設置は続いた。


 北側の偽脈は縛られた。


 霧は消え、白灰の流れは止まった。


 人間たちは勝ったと思っている。


 だが、余は本脈を動かしていない。


 第一層の入口正面も、白灰庭区画も、第二層未整備空洞も、無事だ。


 失ったのは、仮穴の白灰這い一体。


 残り二体は動ける。


「封迷箱の周囲に、何か罠を仕込めるか」


《封迷圧により魔力罠は困難》


「魔力を使わない罠は?」


《根穴崩落、湿灰滑り、偽音誘導は可能》


「なら、帰り道に仕込め」


『殺す?』


「一人だけ」


 フィルエが黙る。


「全員ではない。封迷箱を持ち帰らせたい」


『持ち帰らせるの?』


「箱には、こちらが食わせた偽情報が入っている。帰ってもらわねば困る」


『じゃあ、誰を殺すの?』


 余は監視面を見た。


 封迷箱の補助員。


 白杭を打っていた男。


 記録も持っていない。


 封迷箱本体にも触れていない。


 護衛でもない。


 死んでも作戦記録には大きく影響しない。


 だが、死ねば“北側は危険”という印象が強くなる。


「あの杭打ち」


《対象登録》


「白灰這い二体を根穴へ。マネは獣声。フィルエ、帰路の枝を一本だけ落とせるか」


『できる。でも殺すほどじゃない』


「殺すのは白灰這いだ。枝は視線を逸らせばいい」


『分かった』


 人間たちは封迷箱を閉じた。


 箱の側面に白い線が浮かんでいる。


 偽情報をたっぷり吸った証だ。


「封鎖成功。箱を持ち帰る」


「北側に追加杭を打つべきでは?」


「今日はここまでだ。負傷者もいる」


「了解」


 彼らは撤収を始める。


 若い測量士は、後方で黙っている。


 その顔はまだ納得していない。


 杭打ちの男が、最後に残した白杭を引き抜こうとした。


 その時。


 森の奥で、獣が唸った。


 マネの声だ。


 男が振り向く。


 上から枝が落ちる。


 フィルエが落とした枝だ。


「うわっ!」


 男は一歩下がった。


 その足元に、根穴。


 浅い。


 だが湿灰が塗られている。


 足が滑る。


 男の体が倒れ、片腕が穴へ入る。


 穴の中で、白灰這いが待っていた。


「ぎゃっ!」


 牙が腕に入る。


 もう一匹が首筋に噛みつく。


「何かいる! 引き上げろ!」


 護衛が駆け寄る。


 だが、白灰這いはすぐに離れた。


 魔物が外へ飛び出すことはしない。


 穴の中で噛み、灰を入れ、引く。


 男は引き上げられた。


 生きている。


 だが、首筋の傷から湿灰が血に混じっている。


「毒か?」


「解毒薬を!」


「違う、灰だ! 傷が塞がらない!」


 封迷技師が短く命じる。


「止血して運べ。ここで処置はしない」


「でも、このままだと」


「戻る。箱の記録が優先だ」


 杭打ちの男は呻く。


 顔色が灰色に変わっていく。


 死ぬ。


 だが、すぐには死なない。


 森を出るまで持つか。


 町まで持つか。


 そこまでは知らない。


 ただ、死ぬなら迷宮の影響を恐れながら死ぬ。


 その恐怖は報告になる。


《対象、致命傷》


《ソウル獲得は対象死亡時》


「持ち帰られてから死ぬと、ソウルは入るか?」


《迷宮影響圏外で死亡した場合、回収率は低下します》


「惜しいな」


『ロード』


「なんだ」


『わざと半端にした?』


「当然だ」


『ひどいね』


「敵だ」


 余は監視面の中で撤収する人間たちを見送った。


 封迷箱は持ち帰られる。


 中には偽情報。


 記録板にも偽記録。


 北側反応は確定扱い。


 若い測量士の異論は、負傷による混乱として処理されるだろう。


 そして杭打ちの男は、灰に噛まれて死にかけている。


 人間側は、こう判断するはずだ。


 北側外縁は危険。


 封迷箱は効果あり。


 追加封鎖を進めるべき。


「よし」


《よろしいのですか》


「次は、もっと大きな縄を持ってくる」


《封鎖が強化されます》


「その縄を、第二層へ繋ぐ」


 封迷箱は危険だ。


 だが、危険なものほど使える。


 人間が迷宮を縛るために縄をかけるなら、その縄の先を余の腹へ繋ぎ替えればいい。


 縛ったつもりで、引き寄せられる。


 封じたつもりで、入ってくる。


 それが次の形だ。


白い部屋へ、ダンジョン新聞が落ちた。


 まだ新しい号ではない。


 だが、端の黒蜜文字が震えている。



【黒蜜蟲窟より】


返答を読んだ。


白光を吸った灰でよい。


ただし、こちらも全ては渡さぬ。


まずは基本だけだ。


一、蟲の巣は戦場の後ろではなく、戦場の下に置け。

二、死骸を捨てるな。死骸は次の腹だ。

三、女王なき群れには、核餌を置け。

四、焼かれる前提で分巣を作れ。


詳細を望むなら、灰を送れ。


追伸。


封迷箱に蟲を近づけるな。

白い封鎖は、蟲の腹を腐らせる。



「……見ているな、こいつ」


《黒蜜蟲窟は情報収集能力が高いと推定》


「腹立たしいが、有用だ」


 蟲の巣は戦場の下。


 死骸は次の腹。


 女王なき群れには核餌。


 焼かれる前提で分巣。


「灰灯喰い蟲の分巣を第二層の床下に作る」


《封迷箱対策は?》


「封鎖圧が届かない深さに置く。あと、偽の虫巣を浅い場所に作れ」


《また偽装ですか》


「本物を守るには、偽物が要る」


 余は新聞の黒蜜文字に返した。



【迷靄洞より、黒蜜蟲窟へ】


基本は受け取った。


白光を吸った灰を送る。


ただし、こちらも全ては渡さぬ。


蟲の腹を腐らせる白い封鎖について、次は詳しく聞かせろ。


代価は、白灯器片混じりの灰だ。



《送信》


 これで、蟲の運用が進む。


 第二層は、ますます腹になる。


 外では人間が封じに来る。


 内では蟲が増え、骨が並び、糸が張り、音が歪む。


 良い。


 非常に良い。


『ロード』


 フィルエの声がまた届いた。


「今度は何だ」


『封迷隊、戻っていく。でも若い測量士だけ、何度も振り返ってる』


「まだ疑っているか」


『うん。たぶん、また来る』


「なら、次こそ喰う」


『……少しだけ惜しくない?』


「惜しい?」


『あの子、迷宮を見る目がある』


「だから危険なのだ」


『契約者にできるかも』


 余は沈黙した。


 人間を、契約者に。


 冗談ではない。


 フィルエとは違う。


 あれは人間側の測量士だ。


 迷宮を測り、報告し、封じる者たちの一員。


「今はない」


『今は、ね』


「勝手に含みを持たせるな」


『分かった』


 まったく分かっていない声だった。


 だが、フィルエの言葉は頭に残った。


 迷宮を見る目がある者。


 危険な者。


 殺すべき者。


 あるいは、利用できる者。


 余は少しだけ考え、すぐに振り払った。


 今は第二層だ。


 今は封迷箱だ。


 今は、次の縄をどう喰うかだ。


「管理音声」


《はい》


「第二層に、封鎖されたふりをする区画を作る」


《詳細を》


「白い杭を打たせる。封迷箱を効かせる。人間が“安全になった”と思って進む。そこだけ魔力罠を止める」


《その場合、防衛力が低下します》


「魔力罠はな」


《物理罠、糸罠、骨兵、白灰這い、灰刃追跡者は使用可能》


「そうだ」


 封迷箱は、迷宮の魔力を封じる。


 なら、魔力に頼らない殺し方を増やす。


 骨。


 糸。


 落石。


 湿灰。


 音。


 死体。


 そして、追跡者。


「封じられても殺せる迷宮にする」


《第二層設計方針を更新》


 白い部屋の床に、第二層の構造図が浮かぶ。


 まだ粗い。


 だが、形が見えてきた。


 上層から落とす穴。


 白灰這いの巣。


 湿骨兵の横穴。


 音が遅れる通路。


 封鎖済みに見える安全路。


 その奥に、灰刃追跡者の巡回路。


 そして最深部へ続く、本物ではない道。


 侵入者は封じたと思う。


 安全だと思う。


 進めると思う。


 その先に、帰路断ちが待つ。


「よし」


 余は呟いた。


「第二層の名を決めた」


《登録しますか》


「まだ仮だ」


《名称は?》


 余は監視面の中の白い箱を思い出した。


 人間が持ち帰る、偽情報を詰めた封迷箱。


 そして、こちらが作る、封じられても殺す階層。


「仮称――封じられた餌場」


《第二層仮称:封じられた餌場》


「次に来る人間には、封じたことを後悔させる」


 白い部屋に、静かな震動が広がる。


 迷靄洞が、また形を変え始めた。

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