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第87話 届いた骨は、勝手に歩く

骨は、箱で届かなかった。


 包みにも入っていなかった。


 白い部屋の床に置かれたダンジョン新聞が、がさり、と勝手に折れた。


 紙面の端が骨の形に曲がり、文字が黒く沈み、そこから一本の白い指骨が落ちた。


「……おい」


《骨鳴墓窟からの配送物を確認》


 指骨が、床の上でからん、と鳴る。


 その音が、白い部屋ではなく、迷靄洞の第一層に響いた。


 直後。


 白灰庭区画の中央に、湿灰が盛り上がった。


 骨が生える。


 一本。


 二本。


 三本。


 肋骨。


 背骨。


 腕骨。


 脚骨。


 それらが、土から掘り出されたように組み上がっていく。


 人間の骨ではない。


 ゴブリンでもない。


 狼でも、熊でも、騎士でもない。


 複数の骨を無理やり組み合わせた、長身の骸骨兵だった。


 背中に、細い骨の弦が何本も張られている。


 歩くたび、その骨弦が鳴る。


 からん。


 こきん。


 ぎぃん。


 不快な音だった。


《骨鳴墓窟より、試し骨が到着しました》


「到着というより、侵入だろうが」


《試験形式の配送物です》


「つまり喧嘩だな」


《概ね》


 骸骨兵が、白灰庭区画の中央で首を鳴らした。


 空洞の眼窩が、ゆっくりこちらを見る。


 そして、胸骨の奥から声が響いた。


『新参Bランク迷宮、迷靄洞』


「喋る骨か」


『骨の使い方、見せてみよ』


「偉そうな骨だな」


『死体を立たせるだけなら、子供の泥遊びと同じ。骨は鳴らし、組み替え、響かせ、兵にするもの』


 骸骨兵の背中の骨弦が、ぎん、と鳴った。


 その瞬間、白灰庭区画の床に落ちていた骨片が跳ねた。


 先ほど殺した人間偵察隊の骨。


 斥候の指骨。


 盾持ちの折れた肋骨。


 白灯術者の頭蓋片。


 それらが、勝手に動こうとした。


「余の素材に勝手に命令するな」


《外部骨鳴波を確認》


《死体素材への干渉発生》


「止めろ」


《通常制御では一部遅延》


 遅延。


 つまり、骨鳴墓窟の技術は、こちらの死体制御に割り込める。


 なるほど。


 確かに、死体運用では向こうが上だ。


 だからどうした。


「カゲヌイ」


 白灰庭区画の境目で、カゲヌイが白縫い針を構える。


「骨の影を縫うな。音の震えでできる輪郭を縫え」


《音輪郭の捕捉は未登録です》


「登録前にやるのが迷靄洞だ」


 骨弦が鳴る。


 白灰庭区画の床に細かい波紋が走る。


 水ではない。


 湿灰が音に震えている。


 その震えの境目に、カゲヌイが針を刺した。


 弾かれた。


 もう一度。


 今度は白灰床に針が入る。


《音輪郭への接触、微弱成功》


『ほう』


 骸骨兵が笑ったように顎を鳴らす。


『新参にしては、反応が早い』


「余の迷宮で偉そうに採点するな」


 骸骨兵が一歩進む。


 床の骨片が、それに合わせて浮く。


 小さな骨が集まり、三体の小骨兵になった。


 斥候の骨。


 盾持ちの骨。


 術者の骨。


 殺したばかりの侵入者の残骸を、勝手に兵にされた。


 腹立たしい。


 だが、使える情報でもある。


「骨は、音で束ねるのか」


《骨鳴波による仮接続と推定》


「なら、音を乱せば崩れる」


 余は即座に命じた。


「マネ。骨が割れる音ではない。骨が“間違って鳴る音”を出せ」


「ギ?」


「分からぬか。下手な楽器の音だ」


「ギィ」


 マネが息を吸った。


 そして、ひどい音を出した。


 ぎゃりん。


 がごん。


 こきゃきゃきゃきゃ。


 何かが折れ、擦れ、噛み合わず、無理やり鳴らされる音。


 骨鳴墓窟の骸骨兵が響かせる整った骨音とは違う。


 迷靄洞らしい、不揃いで汚い音。


 小骨兵の動きが乱れた。


《骨鳴接続、乱れ》


「よし」


『音真似か。雑だが、不快だ』


「褒め言葉だな」


『褒めてはいない』


「余は褒め言葉として受け取る」


 小骨兵が三体、こちらへ走る。


 速い。


 骨だけだから軽い。


 だが、関節の繋ぎが甘い。


 マネの不協和音で、足並みがずれている。


「グズ」


 白灰庭区画の入口に立っていた泥砕門将グズが、巨大な打撃具を担いだ。


「骨は盾より柔い。砕け」


「ギィ!」


 グズが踏み込む。


 一撃で、小骨兵の一体が砕けた。


 斥候の骨で作られた個体だ。


 頭蓋が割れ、腕骨が飛ぶ。


 だが、砕けた骨片が空中で鳴った。


 からん。


 こきん。


 ばらばらになった骨が、再び集まろうとする。


《骨再接続》


「面倒だな」


『骨は折れてからが本番だ』


「なら、折れた後を喰えばいい」


 余は灰灯喰い蟲を見た。


「蟲、光ではなく骨の隙間に残った白い魔力を吸え」


《灰灯喰い蟲、対象変更》


 灰灯喰い蟲が、砕けた骨片へ群がった。


 骨片の隙間に残る白っぽい魔力を吸う。


 再接続しようとしていた骨の動きが鈍る。


《骨再接続、低下》


「赤錆噛み」


 床下から赤錆噛みネズミが飛び出す。


 骨は錆びない。


 だが、接続に使われている魔力の節は噛める。


 きち。


 きちちち。


 骨片同士を繋ぐ細い魔力筋が噛み切られた。


 小骨兵一体、完全崩壊。


《侵入骨一体、破壊》


『ふむ。骨そのものではなく、接続を噛むか』


「余のネズミは賢い」


《賢さには個体差があります》


「今は褒めておけ」


 残り二体の小骨兵が左右に分かれた。


 一体はグズへ。


 一体はカゲヌイへ。


 カゲヌイ狙い。


 やはり、敵はそこを見てくる。


「大蜘蛛」


 影縫い大蜘蛛が天井から白影糸を落とす。


 骨には肉がない。


 普通の糸では絡めても抜ける。


 だが白影糸は、骨が白灰床に落とす輪郭へ絡める。


 骨の隙間。


 関節の線。


 白い骨と灰の床の境目。


 そこへ糸が入る。


 小骨兵の脚が絡まった。


 カゲヌイが、その脚の輪郭を縫う。


《白骨輪郭拘束、成功》


 小骨兵が倒れる。


 グズが横から踏み潰した。


 ばきん。


 残り一体は、盾持ちの骨でできている。


 腕骨を盾のように重ね、グズの打撃具を受けた。


 砕けない。


『それは盾を使って死んだ者の骨だ。癖は残る』


「死んでも盾か。律儀だな」


 グズが二撃目を入れる。


 骨盾がひび割れる。


 三撃目。


 まだ耐える。


 骸骨兵の骨弦が鳴る。


 盾骨が補強される。


「マネ、盾が折れる音」


「ギィ!」


 ばきん。


 びしびし。


 がしゃん。


 白磁の時と違い、今度は骨が割れる音。


 盾骨の動きが一瞬乱れる。


「グズ、門砕き」


「ギィィィ!」


 グズの打撃具が振り下ろされる。


 骨盾ごと、小骨兵の胴が砕けた。


 灰灯喰い蟲が魔力を吸い、赤錆噛みネズミが接続を噛む。


 再接続は起きない。


《侵入骨三体、破壊》


 骸骨兵は、拍手のように指骨を鳴らした。


『悪くない』


「まだ上からか」


『だが、骨の本命は数ではない』


 骸骨兵の背中の骨弦が、一斉に鳴った。


 音が低くなる。


 白灰庭区画の床が震えた。


 砕いた小骨兵の骨片が、再び浮く。


 今度は三体に戻らない。


 すべての骨片が、骸骨兵自身の体に吸い寄せられる。


 腕が太くなる。


 脚が伸びる。


 背骨が二重になる。


 肋骨が盾のように重なる。


 骸骨兵は、自分の体を強化した。


《試し骨、第二形態へ移行》


「やはり戦闘個体ではないか」


《はい》


「配送とは何だったのだ」


《名目です》


「骨鳴墓窟、性格が悪いな」


 骸骨兵が、骨の槍を作った。


 先端は鋭い。


 だが、それ以上に厄介なのは音だ。


 槍を振るたび、骨弦が鳴る。


 その音が迷宮の死体素材に干渉する。


 アンデッドゴブリンの一部が、勝手に立ち上がろうとした。


「動くな」


《制御干渉、発生》


「余の死体だ」


 余は白い部屋から、アンデッドゴブリンへ直接命令を流した。


「余の命令以外で立つな。立つなら、余のために立て」


 湿灰の中で、アンデッドゴブリンが震える。


 骨鳴墓窟の音と、余の命令がぶつかる。


 勝つのは、どちらか。


《支配権競合》


『死体は、上手い方に従う』


「違う」


 余は低く言った。


「余の迷宮内の死体は、余に従う」


 白灰床が湿った音を立てた。


 カゲヌイが白縫い針を、アンデッドゴブリンの足元に刺す。


 白と灰の輪郭ではない。


 骨鳴波と迷宮支配の境目。


 そこを縫う。


《支配輪郭、固定》


 アンデッドゴブリンの震えが止まった。


 骨鳴墓窟の音が切れる。


 余の命令だけが残る。


《アンデッドゴブリン、支配権維持》


『ほう』


「感心している暇があるのか」


 グズが正面から突っ込んだ。


 骸骨兵の骨槍が伸びる。


 速い。


 グズの肩を狙う。


 だが、白影糸が槍の軌道に絡む。


 カゲヌイが音の輪郭を縫う。


 槍の軌道が半歩ずれる。


 グズの打撃具が、骸骨兵の肋骨盾へ叩き込まれた。


 轟音。


 骨が何本も砕ける。


 だが、骸骨兵は崩れない。


 砕けた骨を即座に組み替え、別の位置へ移す。


《骨再配置》


「砕くだけでは駄目か」


『骨は形を変える。折れた骨ほど、使い道が増える』


「なら、形を変える前に固定する」


 余はカゲヌイへ命じた。


「砕けた瞬間の輪郭を縫え」


 グズがもう一撃叩き込む。


 骨が砕ける。


 その破片が動き出す前に、カゲヌイの白縫い針が走る。


 白灰床に散った骨片の輪郭を縫い止める。


 影縫い大蜘蛛が白影糸で上から押さえる。


 灰灯喰い蟲が魔力を吸う。


 赤錆噛みネズミが接続筋を噛む。


 砕けた骨が、戻らない。


《骨再配置、阻害》


『……なるほど。骨を殺すのではなく、使い道を殺すか』


「お前が教えたのだろう。骨は形を変えると」


 余は笑った。


「なら、変わる前に泥へ縫い付ける」


 骸骨兵が初めて後退した。


 だが、グズが逃がさない。


「ギィィ!」


 門砕き。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 骸骨兵の肋骨盾が砕ける。


 背中の骨弦が露出する。


「マネ、今度は正しい音だ」


「ギ?」


「そいつが鳴らしていた音を真似ろ」


 マネが、骸骨兵の骨弦音を真似た。


 からん。


 こきん。


 ぎぃん。


 完全ではない。


 少しずれている。


 だが、それでいい。


 似ているが違う音が、骸骨兵の骨弦に重なる。


 共鳴が狂う。


《骨鳴波、干渉》


 骸骨兵の背中の骨弦が震え、一本切れた。


『それは、骨鳴墓窟の音だ。雑に真似るな』


「余のマネに礼儀を求めるな」


 大蜘蛛が白影糸を背中の骨弦に絡める。


 カゲヌイが糸の輪郭を縫う。


 グズが正面から打撃具を振り上げる。


「砕け」


 グズの一撃が、骸骨兵の胸骨を割った。


 中に、小さな音叉のような骨核が見えた。


《骨鳴核を確認》


「それが試し骨の中核か」


『見せたのではない。見られたか』


「同じだ」


 赤錆噛みネズミが、床下を走る。


 灰灯喰い蟲が核周囲の魔力を吸う。


 カゲヌイが核の輪郭を縫う。


 影縫い大蜘蛛が糸で胸を開かせる。


 そしてグズが、最後の一撃を入れた。


 ばきん。


 骨鳴核が砕けた。


 骸骨兵の全身から、音が消える。


 支えを失った骨が、ばらばらと白灰床に崩れ落ちた。


《試し骨、撃破》


《骨鳴墓窟の試験個体を破壊しました》


《獲得ソウル:80》


《特殊素材を獲得》


・骨鳴核片

・響き骨

・組み替え骨節

・試し骨の残骸

・外部骨鳴波記録


 白灰庭区画に静寂が戻った。


 グズが鼻を鳴らす。


 カゲヌイは白縫い針を抜く。


 大蜘蛛は骨片に糸を巻きつける。


 マネはまだ、からん、こきん、と真似をしている。


「もういい、マネ。少し腹が立つ」


「ギ」


 新聞が震えた。



【骨鳴墓窟より】


試し骨の破壊を確認。


新参Bランクとしては、想定以上。


死体運用は未熟。


しかし、骨の接続を殺す発想は評価に値する。


取引継続を許可する。



「許可する、だと?」


《骨鳴墓窟側の表現です》


「やはり腹が立つ」


 続きの文が浮かぶ。



【追加提案】


迷靄洞が希望する場合、下位骨兵運用法を提供可能。


代価:

白灰庭区画で発生した白骨片、および灰灯喰い蟲の抜け殻。


推奨交換対象:

湿骨兵生成式



 余は目を細めた。


「湿骨兵」


《Bランク新規魔物候補の一つです》


「今の試し骨で、生成条件が軽くなったか」


《はい》


 表示が開く。



【新規魔物取得候補】


湿骨兵


通常必要ソウル:90

骨鳴核片使用時:必要ソウル45


特徴:

・湿灰に浸した骨で作る兵

・アンデッドゴブリンより命令理解度が高い

・隊列維持可能

・破損しても骨片として再利用可能

・白灰庭区画、湿灰区画と相性良好



「取る」


《即決ですか》


「今の戦いで骨兵の必要性は分かった。アンデッドゴブリンだけでは、支配を奪われかねん。余の命令を通しやすい骨兵がいる」


《ソウル45を消費します》


「やれ」


 白灰庭区画の床に、砕けた試し骨の一部が沈む。


 湿灰が骨を包む。


 白磁片が関節に入り、赤錆噛みネズミが噛み切った魔力筋を、今度はこちらの形で繋ぎ直す。


 やがて、三体の骨兵が立ち上がった。


 骸骨兵ほど背は高くない。


 だが、湿灰をまとい、骨の隙間に泥が詰まっている。


 白く乾いた墓の骨ではない。


 湿った迷宮の骨。


《湿骨兵、生成成功》


 三体の湿骨兵は、余の命令を待つように片膝をついた。


 アンデッドゴブリンより静かだ。


 ゴブリンより馬鹿ではなさそうだ。


 それだけで価値がある。


「立て」


 三体が立つ。


「並べ」


 三体が並ぶ。


「槍を構えろ」


 三体が、骨と湿灰で作られた短槍を構える。


「……おお」


《命令理解度、良好》


「素晴らしい。小便もしない」


《骨なので》


「重要だ」


 グズが湿骨兵を見て、なぜか対抗するように胸を張った。


「お前の部下にするわけではないぞ、グズ」


「ギ?」


「いや、少しは預けるか」


 グズは門将。


 湿骨兵は隊列を組める。


 入口の守備に組み込めば、かなり安定する。


 ゴブリンの数で押し、グズが割り、湿骨兵が押さえ、カゲヌイが縫い、大蜘蛛が吊る。


 悪くない。


 いや、かなり良い。


「骨鳴墓窟に返書だ」


《内容は?》


「試し骨は受け取った。骨の鳴らし方は不快だったが、湿骨兵生成式は有用だった。追跡者の情報は今後も渡さぬ。必要なら、次はもっと丈夫な骨を送れ。余が折ってやる」


《整えます》


「整えすぎるな。少しは煽れ」


《了解》


 新聞に返書が浮かび、黒く沈んで消えた。


 これで、骨鳴墓窟との接触は終わりではない。


 むしろ始まりだ。


 だが、それでいい。


 Bランク迷宮とは、敵も取引相手も増える場所。


 喧嘩腰の相手からでも、使えるものは奪う。


 学ぶ。


 喰う。


 そして迷靄洞の形へ変える。


 白い部屋の監視面に、湿骨兵三体が映る。


 その背後に、白灰庭区画。


 天井に影縫い大蜘蛛。


 床下に赤錆噛みネズミ。


 入口に泥砕門将グズ。


 境目にカゲヌイ。


 闇の奥に、追跡者。


 余は静かに笑った。


「よし」


《次の迎撃準備ですか》


「いや」


 余は新聞の人間側断片情報を見た。


 白光有効。


 奥の魔物負傷多数。


 早期攻略推奨。


 その嘘混じりの情報は、すでに人間側へ流れている。


「次は、こちらから餌場を整える」


《本隊を誘引しますか》


「そうだ」


 余は白灰庭区画の奥へ視線を向けた。


「せっかくBランクになったのだ。祝いにふさわしいソウルを稼ぐ」


 湿骨兵が、静かに槍を揃える。


 骨が鳴る。


 だが、その音はもう、骨鳴墓窟のものではない。


 迷靄洞の音だった。

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