第74話 庭師は、余の形を切りに来る
白い人型が、森の外れに立っていた。
三体。
細長い手足。
顔のない磁器の仮面。
手には、銀色の剪定鋏。
人間ではない。
魔物でもない。
美しく整えられた、白磁庭園の実働個体。
庭師。
《警告。白磁庭園実働個体、接近》
「見れば分かる」
《推定危険度、Dランク上位からCランク下位相当》
「三体まとめて来るな!」
《来ています》
「分かっておる!」
余は白い部屋で叫んだ。
だが、叫んだだけではない。
すぐに監視面を分割する。
一面は入口。
一面は森灰の範囲。
一面は白磁花の処理跡。
一面はフィルエとの森糸通信。
⸻
接続先:フィルエ
状態:微弱接続
⸻
「フィルエ、聞こえるか」
『聞こえる。庭師、来たね』
「説明しろ」
『白磁庭園の手。根を植える個体じゃない。形を整える個体』
「形を整える?」
『迷宮の余分な部分を切る。罠、変質魔物、外来の森灰、成長しかけの歪み。白磁にとって汚いものを剪定する』
「つまり、余の武器を切りに来たのか」
『うん』
「腹立たしい」
『あと、気をつけて。庭師は見たものから切る』
「見たもの?」
『仕組みを理解されると、切られる。だから全部は見せないで』
余は即座に理解した。
白磁花は、死体に咲く。
白磁根は、外周に張る。
庭師は、迷宮の仕組みを見て切る。
つまり、こちらの罠や魔物を観察し、不要な枝として刈り取るのだ。
「管理音声」
《はい》
「森灰を見せすぎるな。苔灰ゴブリンは入口奥へ下げろ。追跡者はまだ出すな」
《了解》
「マネは音だけで攪乱。グズは前に出すが、森灰の芯には近づけるな」
《了解》
グズが入口で棍棒を構えた。
「ギィィ」
「グズ、いいか。白いのが来たら殴れ。だが、鋏には触るな」
「ギ?」
《理解率、低》
「鋏、痛い。触るな。棍棒で叩け」
「ギィ!」
《理解率、上昇》
「よし」
白い庭師たちは、同時に一歩踏み出した。
一体目は、入口正面へ。
二体目は、白磁花が咲いた死体跡へ。
三体目は、外周のぎりぎり外で止まった。
「一体は見張りか」
『違う。測ってる』
「何を」
『迷靄洞の形。たぶん、どこを切れば一番痛いか』
「なら、そいつが一番嫌だな」
『うん』
正面の庭師が、迷宮領域へ足を踏み入れた。
《侵入判定》
「噛めるか」
《可能。ただし対象表面に白磁防護あり。通常外周咬合では浅い損傷のみ》
「なら、浅く噛め」
《外周咬合、小規模発生》
地面が口を開いた。
庭師の足首を噛む。
だが、白い脚は割れない。
かつん、と硬い音。
庭師はゆっくり下を向いた。
そして、銀の鋏を開く。
ちょきん。
地面の口が、切られた。
《外周咬合、一部機能断裂》
「はあ!?」
『見せすぎ』
「今のでか!」
切られた湿灰が、白く乾いていく。
外周咬合の縁が、綺麗に整えられてしまった。
傷口が美しい。
だから気持ち悪い。
「管理音声、修復!」
《ソウル12消費で修復可能》
「やれ!」
《修復開始》
だが、庭師はその隙を見逃さない。
まっすぐ入口へ進む。
グズが棍棒を振った。
「ギィィ!」
棍棒が庭師の肩に当たる。
白磁の肩が、ぱきりと割れた。
いける。
そう思った瞬間、庭師の鋏が動いた。
ちょきん。
グズの棍棒の先が切られた。
「ギッ!?」
「下がれ、グズ!」
グズは下がらない。
馬鹿だから。
いや、門番長だから。
入口を守るために、下がらない。
庭師の鋏が、今度はグズの腕を狙う。
「苔灰!」
奥から苔灰ゴブリンが飛び出した。
一体だけ。
庭師の足にしがみつき、苔混じりの灰を白磁の膝へ擦りつける。
じゅう、と音がした。
白磁の膝に、黒い染みが浮かぶ。
《森灰、白磁防護を侵食》
「効く!」
『でも長く触ると切られる』
フィルエの言葉と同時に、庭師の鋏が苔灰の首を挟んだ。
ちょきん。
苔灰ゴブリンの頭が落ちる。
《苔灰ゴブリン一体、消滅》
「くそっ」
《損耗確認》
「だが、染みは残った」
庭師の膝に、森灰の黒緑の染みが残っている。
白磁の滑らかな表面が、そこだけ湿っている。
余はそれを見て笑った。
「管理音声」
《はい》
「染みた場所なら噛めるか」
《可能性あり》
「なら、膝だけ噛め」
《外周咬合、局所発生》
庭師の膝下で、湿灰が開いた。
白磁防護が弱まった一点だけを噛む。
ばきん。
白い脚が折れた。
庭師が初めて体勢を崩す。
「グズ!」
「ギィィィ!」
グズが折れた棍棒を両手で握り、庭師の仮面に叩きつけた。
一撃。
二撃。
三撃。
仮面にひびが入る。
庭師の鋏が、グズの脇腹を切った。
泥と灰が飛ぶ。
それでもグズは止まらない。
「押せ!」
「ギィィ!」
グズが庭師を入口横の森灰へ押し倒した。
そこは、フィルエの森水を混ぜたばかりの濃い灰場。
白磁の体が、じゅうじゅうと腐食する。
庭師の鋏が暴れる。
だが、苔灰の染みと森灰が絡み、動きが鈍る。
「今だ。灰噛みネズミ、鋏の蝶番を噛め」
《ソウル4消費》
二匹の灰噛みネズミが飛び出した。
一匹は鋏に切られた。
もう一匹が、銀の剪定鋏の蝶番へ噛みつく。
がり、と嫌な音。
鋏の動きが止まる。
「グズ、割れ!」
「ギィィィ!」
グズの棍棒が、庭師の仮面を砕いた。
中には顔がなかった。
空洞。
白い根だけが詰まっている。
グズはそこへ折れた棍棒を突っ込み、力任せにかき回した。
《白磁庭師一体、破壊》
《獲得ソウル相当値:64》
《取得:白磁仮面片、剪定鋏破片、庭師核根》
「一体!」
『すぐ次が来る』
「分かっておる!」
二体目の庭師は、死体跡にいた。
こいつは直接攻めてこない。
白磁花の処理跡に鋏を入れている。
ちょきん。
森灰が薄く削られる。
ちょきん。
白磁花の黒く腐った根が、綺麗な白へ戻される。
「修復しているのか」
『違う。白磁に都合のいい形に切り直してる』
腐らせたはずの花跡から、白い芽がまた出ようとした。
まずい。
このままでは、森灰で潰した意味がない。
「マネ」
「ギィ」
「白磁の蝶が砕ける音を出せ」
ぱきん。
マネが音を出す。
二体目の庭師は反応しない。
「駄目か」
『庭師は音に弱くない。形を見る』
「形か」
余は監視面を見た。
庭師は綺麗な形を作ろうとしている。
乱れた灰を整え、腐った根を切り、白磁花を復元する。
なら、もっと汚す。
「灰かぶりの残灰を全部混ぜろ。火油染みもだ。森灰も薄めて構わぬ」
《外周汚染が進みます》
「綺麗に切られるよりましだ」
《了解》
死体跡の湿灰が、ぐずりと崩れた。
灰。
油。
腐った白磁花。
森水。
血。
全部を混ぜる。
綺麗な庭にするには最悪の泥。
白磁の庭師が、初めて動きを止めた。
形が崩れすぎている。
どこを切れば整うのか、一瞬迷ったのだ。
「今だ」
余は外周咬合を開かない。
見せれば切られる。
代わりに、泥を沈ませる。
庭師の足元を、ゆっくり柔らかくする。
噛むのではない。
沈める。
庭師は足を抜こうとする。
銀の鋏が泥を切る。
だが、切っても切っても、泥は汚いまま戻る。
「苔灰ゴブリン、生成」
《ソウル15消費》
森灰の泥から、苔灰ゴブリンが一体這い出た。
生成した瞬間に、泥を全身にまとわせる。
白磁の庭師が鋏を向ける。
苔灰は避けない。
切られる。
肩から胸まで裂ける。
だが、その裂けた体の中から、森灰と火油染みの泥が庭師へぶちまけられた。
白磁の胸が黒く染まる。
「よし、汚れた」
庭師は自分の胸を見た。
そして、鋏で汚れを切り落とそうとする。
そこを待っていた。
「マネ、グズの声」
「ギィィィ!」
マネがグズの声を真似る。
二体目の庭師が、一瞬だけ入口側へ仮面を向ける。
その隙に、本物のグズが横から来た。
脇腹を切られたまま。
折れた棍棒を引きずったまま。
「ギィィィ!」
グズの体当たりで、庭師が泥の穴へ倒れる。
「押さえろ!」
苔灰ゴブリンが、崩れた体で庭師に覆いかぶさる。
白磁の鋏が動く。
苔灰の体が切られる。
だが、切るたびに汚泥が中へ入る。
庭師の白い根が黒ずむ。
《白磁庭師二体目、機能低下》
「追跡者はまだ出さぬ」
《はい》
「こいつはグズで割る」
グズが庭師の上に立った。
折れた棍棒では足りない。
だから、庭師自身の剪定鋏を掴む。
「ギィィ!」
白磁の手から鋏を引き剥がす。
刃でグズの掌が裂ける。
それでも奪う。
グズはその鋏を、庭師の胸へ逆に突き立てた。
ばきん。
庭師の胸の中で、白い核根が割れた。
《白磁庭師二体目、破壊》
《獲得ソウル相当値:61》
《取得:剪定鋏、汚染白磁核、白磁花再生根》
「二体!」
余は叫んだ。
だが、すぐに監視面を外へ向ける。
三体目。
外周の外で測っていた庭師が、動いた。
三体目は、今まで一歩も入っていなかった。
戦いを見ていた。
外周咬合を見た。
森灰を見た。
苔灰ゴブリンを見た。
グズの動きも、マネの音も、灰噛みネズミも見た。
「まずいな」
《はい》
『まずい』
「二人で言うな!」
三体目の庭師が、銀の鋏を開いた。
こちらに届かない距離。
なのに、嫌な音がした。
ちょきん。
白い部屋の監視面が、一瞬乱れた。
「何だ!?」
《観測線への剪定干渉》
「見ているだけで切ってくるのか!」
『測り終わったんだ。あなたの外周の形を切る気』
三体目は、外から迷靄洞の形を切り始めた。
直接の攻撃ではない。
迷宮の輪郭を整えるように、余の外周干渉を削っている。
森灰の端が白く乾く。
外周咬合の感覚が鈍る。
入口横の湿灰が、妙に平らになる。
美しくされる。
気持ち悪い。
「やめろ」
《干渉範囲低下》
「やめろと言っておる!」
余は白い部屋で、低く唸った。
怒りで焦りそうになる。
だが、ここで全部出せば切られる。
追跡者も、マネも、森灰も、見せたものは対策される。
なら、まだ見せていないものを使う。
「管理音声」
《はい》
「追跡者は、視線だけで標的にできるか」
《通常不可。対象が迷宮領域に接触する必要があります》
「なら、接触させる」
《方法は?》
「奴は余の外周を切っている」
《はい》
「つまり、鋏の刃は余に触れている」
《……接触判定、拡張解釈可能》
「できるな?」
《ソウル消費大。失敗時、追跡者の索敵核に剪定干渉が及ぶ危険》
「費用は」
《80》
「高い!」
『でも、今やらないと外周が薄くなる』
「分かっておる!」
現在ソウルは、戦果込みで増えている。
だが、ここで八十。
重い。
しかし三体目を逃がせば、白磁庭園に迷靄洞の形を持ち帰られる。
それはもっと高い。
「やる」
《追跡者、特殊起動》
《ソウル80消費》
湿灰の底で、鎧が鳴った。
がしゃん。
追跡者が起きる。
落武者のような影。
錆びた太刀。
青白い片目。
だが、今回は入口から出ない。
追跡者は、切られた外周の痛みを辿る。
白磁の鋏が迷宮に触れた、その線を追う。
《標的認識、失敗》
「くそっ!」
『待って。森糸を混ぜる』
「フィルエ?」
『外から線を縛る。あなたは中から追って』
「危険ではないのか」
『危険。でも仲間だから』
「その言い方はやめろ。断りづらい」
『断らなくていい』
森の外れで、フィルエが手を伸ばした。
木の根が、三体目の庭師の足元へ細く伸びる。
庭師はそれに気づき、鋏を向けた。
ちょきん。
森の根が切られる。
だが、切られた根から森水が滲んだ。
その水が、庭師の足に一滴だけ触れる。
《外部接触点、発生》
「追跡者!」
がしゃん。
今度は、鎧の音が白い庭師の背後で鳴った。
三体目の庭師が振り返る。
追跡者が、そこにいた。
完全に外へ出たわけではない。
切られた外周線と森糸の接点に、一瞬だけ現れた影。
だが、太刀は届く。
錆びた刃が、庭師の右腕を斬った。
銀の剪定鋏が落ちる。
《白磁庭師三体目、剪定機能低下》
「やれ!」
庭師は後退しようとした。
だが、フィルエの森水が足元に残っている。
外周咬合は届かない。
なら、灰噛みネズミを走らせる。
「灰噛みネズミ、五匹!」
《ソウル10消費》
ネズミたちが森灰の端から飛び出す。
外では長く持たない。
だが、今はフィルエの森水が道を作っている。
一匹。
二匹。
三匹が途中で白く乾いて崩れる。
四匹目が庭師の落とした鋏に噛みつく。
五匹目が庭師の足首に噛みつく。
庭師の仮面が、こちらを向いた。
顔はない。
だが、怒っている気がした。
「見ているな」
《はい》
「なら見せてやる」
余は、追跡者を真正面から出した。
がしゃん。
庭師の前に、落武者の影が立つ。
庭師は残った左手を鋏の形に開く。
指そのものが刃になる。
ちょきん。
追跡者の肩が切られた。
鎧片が飛ぶ。
だが、追跡者は止まらない。
こいつは痛みで止まる魔物ではない。
標的を追う。
ただそれだけの存在だ。
錆びた太刀が、庭師の仮面を割る。
中の白い根が露出する。
「グズ!」
入口から、グズが投げた。
折れた棍棒ではない。
二体目から奪った剪定鋏だ。
回転しながら飛んだ銀の鋏が、三体目の胸に刺さる。
庭師自身の刃が、庭師の核根を貫いた。
追跡者の太刀が、そこへ重なる。
ばきん。
三体目の白磁庭師が砕けた。
《白磁庭師三体目、破壊》
《獲得ソウル相当値:92》
《取得:観測剪定核、白磁測量片、銀の剪定指》
森の外れに、白い破片が散った。
その破片を、フィルエが森水で濡らす。
余は湿灰を伸ばし、届くものだけ回収する。
逃がさない。
白磁庭園に、こちらの形を持ち帰らせない。
戦闘が終わった後、入口はひどい有様だった。
外周咬合は切られている。
森灰は削られている。
苔灰ゴブリンは一体消滅、一体半壊。
グズは脇腹と掌を切られて、泥をぼたぼた落としている。
追跡者の肩にも、白い切断痕が残っていた。
「勝ったか」
《白磁庭師三体の破壊を確認》
「勝ったな」
《はい。ただし損耗大》
「言うな。分かっておる」
収支が浮かぶ。
⸻
【白磁庭師迎撃戦】
撃破:
白磁庭師三体
獲得:
+64
+61
+92
消費:
外周咬合修復:−12
灰噛みネズミ生成:−14
苔灰ゴブリン生成:−15
外周沈降・汚泥化:−18
追跡者特殊起動:−80
森灰維持:−16
損傷修復予備:−20
取得:
白磁仮面片
剪定鋏破片
剪定鋏
庭師核根
汚染白磁核
白磁花再生根
観測剪定核
白磁測量片
銀の剪定指
損耗:
苔灰ゴブリン一体消滅
苔灰ゴブリン一体半壊
泥門番長グズ損傷
追跡者肩部損傷
外周咬合一部断裂
現在ソウル:342
⸻
「増えている……が、修復で減るな」
《はい》
「グズの修復は」
《ソウル25推奨》
「やれ」
《ソウル25消費》
入口の湿灰がグズの脇腹へ集まる。
切られた掌も泥で塞がる。
グズはぼんやりと自分の手を見た。
「ギィ」
「よくやった、グズ」
「ギィィ!」
《士気上昇》
「調子に乗って入口で小便するなよ」
「ギ?」
《理解率、低》
「そこは変わらぬのだな」
余はため息をついた。
だが、悪くない。
グズは庭師を二体潰すのに貢献した。
門番長として十分働いた。
追跡者も、外周線を辿るという新しい使い方ができた。
フィルエの森糸も役に立った。
白磁庭園の実働個体も、殺した。
迷靄洞はまた強くなった。
『迷靄洞』
フィルエの声が届いた。
「無事か」
『少し疲れた』
「死んでいないならよい」
『心配の仕方が下手』
「資産管理だと言っておる」
『うん』
フィルエは森の外れで、白磁の破片を見下ろしていた。
『庭師を三体壊した。白磁庭園は怒る』
「怒ればよい」
『次は、たぶん正式に敵になる』
「最初から敵だ」
『うん。でも、今までは“礼儀”の形をしてた。次は違う』
「なら、こちらも礼儀など捨てる」
『あなた、最初からあまりなかった』
「失礼な仲間だな!」
フィルエは小さく笑った。
それから、真面目な声になる。
『観測剪定核、残して。壊しきらないで』
「なぜだ」
『それ、白磁庭園がどうやって迷宮の形を測るか分かるかもしれない』
「罠に使えるか」
『使えると思う』
「なら残す」
《観測剪定核を解析対象に設定》
その時だった。
ダンジョン新聞が震えた。
今までより強い。
号外ではない。
査定通知だった。
⸻
【ランク査定通知】
対象:迷靄洞
査定結果:
Cランク昇格、確定
評価理由:
・人間側封鎖線の崩壊
・白灯杭作戦への適応
・追跡者および外周咬合の複合運用
・魔物進化、変質魔物の運用
・外部協力者フィルエとの森客契約
・白磁庭園外来因子への対抗
・白磁庭師三体の撃破
分類更新:
観測点捕食型迷宮
外周干渉型
森灰変質系統保有
新規権限:
Cランク魔物枠解放
中級罠設計解放
限定外交欄解放
迷宮名登録申請可能
⸻
余は、しばらく黙った。
Cランク。
ついに。
弱小のEランクから始まり、Dになり、そしてC。
封鎖線を喰い破り、白磁の根を焼き、庭師を砕いた。
ようやく、迷宮として一段上へ上がった。
「……管理音声」
《はい》
「Cランクだな」
《はい》
「余の迷宮は、Cランクになったのだな」
《はい。おめでとうございます、ロード》
「ふん」
余は笑った。
大きく笑いたかったが、少しだけ抑えた。
配下の前では堂々としていたかったからだ。
もっとも、白い部屋には管理音声しかいない。
それでも、何となく。
「当然だ」
《はい》
「余ならば当然だ」
《はい》
『嬉しそう』
「聞こえていたのか!」
『森糸、まだ繋がってる』
「切れ!」
『切るね。おめでとう、迷靄洞』
フィルエの声が遠ざかる。
最後に、小さく聞こえた。
『Cランクのロード』
通信が切れた。
余はしばらく、その言葉を反芻した。
Cランクのロード。
悪くない。
非常に悪くない。
ダンジョン新聞の交流欄は、すぐに荒れた。
⸻
・“灰冠のロード”:Cランク到達、おめでとう。ここからが本当の迷宮だ
・“朽縄井戸”井守:おめでとぉ。Cになると変なのいっぱい来るよぉ
・“針骨回廊”:白磁庭師三体撃破を確認。危険度更新
・“玻璃宮の姫”:お祝い申し上げますわ。ですが白磁庭園との関係、最悪ですわね
・“名無しの小洞”:すごい! Cってどうやったらなれるの?
・“灰冠のロード”:死なないことだ
・“白磁庭園”:迷靄洞殿。庭師の件、たいへん残念ですわ
⸻
白磁庭園の一文だけ、妙に冷たかった。
丁寧な言葉。
だが、もう笑っていない。
次の通知が来た。
⸻
【白磁庭園より通達】
迷靄洞殿。
当庭園の使者および庭師への対応、しかと確認いたしました。
保護契約の提案は撤回いたします。
今後、貴洞を「未整備危険迷宮」として扱います。
白磁庭園は、周辺迷宮および関係ロードに対し、迷靄洞との取引注意を告知します。
⸻
「保護契約を撤回してくれるのか。助かる」
《同時に、外交的孤立を狙う通達です》
「分かっておる」
《白磁庭園との関係:敵対》
「ようやく本音が出たな」
余は新聞へ短く返した。
⸻
迷靄洞より白磁庭園へ。
次に庭師を寄越すなら、もっと硬いものにしろ。
三体では足りぬ。
⸻
《挑発送信、確認》
「しまった。少し言いすぎたか?」
《敵対はすでに確定しています》
「ならよい」
交流欄がさらに荒れた。
⸻
・“灰冠のロード”:ははははは
・“玻璃宮の姫”:貴方、外交というものをご存じですの!?
・“針骨回廊”:挑発傾向あり。記録
・“朽縄井戸”井守:白いの怒ったねぇ
・“名無しの小洞”:迷靄洞、怖い……
⸻
余は新聞を閉じた。
Cランクになった。
だが、敵も増えた。
白磁庭園。
王都へ報告したラウゼン。
人間側の上位調査隊。
そして、迷宮社会の視線。
弱いから狙われる段階は終わった。
これからは、伸びそうだから潰される。
余は白い部屋で、深く息をした。
「管理音声」
《はい》
「Cランク魔物枠を見せろ」
《表示します》
⸻
【Cランク魔物候補】
一、湿骨兵
死体骨と湿灰から生成される低位アンデッド兵。
隊列維持が可能。白灯には弱いが、通常兵より粘る。
二、霧喰い大蛾
迷霧内で魔力を吸う大型蛾。
魔術師対策に有効。火に弱い。
三、泥甲ゴブリン
ゴブリン上位種。泥鎧をまとい、門番・前衛に適性。
グズとの相性良好。
四、苔灰巣母
苔灰ゴブリン系統の繁殖核。
森灰が必要。フィルエの森水供給がある場合のみ安定。
五、影縫い罠師
小型の罠設置魔物。
戦闘力は低いが、通路改造と囮罠に長ける。
⸻
「おお……」
余は思わず身を乗り出した。
新しい魔物。
新しい罠。
新しい戦術。
Cランクとは、こういうことか。
「管理音声」
《はい》
「次は、どれを取るべきだと思う」
《白磁庭園対策なら苔灰巣母。人間側上位調査隊対策なら霧喰い大蛾。基礎防衛強化なら泥甲ゴブリン。長期運営なら影縫い罠師》
「全部欲しい」
《ソウルが足りません》
「知っておる!」
だが、焦らない。
今は選ぶ段階だ。
余はもう、最初のようにゴブリンを適当に十匹ずつ置くロードではない。
何を喰うか。
何を育てるか。
何を捨てるか。
選べるようになった。
そして、その選択が迷宮の形になる。
「まずは修復だ」
《推奨されます》
「次に、白磁対策」
《苔灰巣母ですか》
「いや」
余は少し考えた。
白磁はまた来る。
だが、人間側も来る。
白磁ばかり見て、人間に刺されるのは愚かだ。
なら、両方に効くものがいい。
「影縫い罠師」
《選択理由は?》
「庭師は見た罠を切る。なら、罠を作り替え続けるやつがいる」
《はい》
「人間側の調査隊にも、固定罠より可変罠が効く」
《合理的です》
「それに、罠師がいれば余の手が増える」
《では、影縫い罠師を解放しますか》
「解放」
《ソウル70消費》
湿灰の奥に、小さな影が生まれた。
ゴブリンより細い。
ネズミより大きい。
顔は布のような黒い皮で覆われ、背中に骨針と糸束を背負っている。
手は長く、指は針のように細い。
そいつは生まれると、すぐに壁の影へ張りついた。
⸻
【新規魔物登録】
影縫い罠師
特徴:
・小型罠の自動設置
・囮通路の作成補助
・影糸による足止め
・罠の位置変更
・知能:低から中
・戦闘力:低
⸻
「よし」
影縫い罠師は、ぺこりと頭を下げたような動きをした。
グズとは違う。
こいつは馬鹿ではない。
だが、戦う魔物ではない。
迷宮を作る魔物だ。
「お前の名は……」
《命名しますか》
「カゲヌイ」
《そのままです》
「分かりやすくてよい」
影縫い罠師カゲヌイは、壁の影に溶けた。
次の瞬間、入口近くの小石が一つ動く。
その下に、細い影糸が張られる。
「早い」
《罠設置開始》
「よし。白磁庭園め。次に来たら、切っても切っても罠が増える迷宮にしてやる」
余は笑った。
Cランクになった。
新しい仲間ができた。
新しい魔物も得た。
敵は増えた。
だが、それでいい。
迷宮は、喰われないために変わる。
変わり続けるものだけが、生き残る。
白い部屋の奥で、管理音声が告げた。
《ロード》
「何だ」
《迷宮名登録申請が可能です》
「迷宮名?」
《現在、外部呼称は迷靄洞です。正式登録名として確定するか、変更可能です》
余は少し黙った。
迷靄洞。
最初は、ただの洞窟だった。
弱く、暗く、何も知らず、ゴブリンが小便するだけの穴。
だが今は違う。
湿灰がある。
森灰がある。
追跡者がいる。
グズがいる。
マネがいる。
フィルエがいる。
カゲヌイがいる。
白磁庭園と敵対し、封鎖線を喰い破った迷宮。
「迷靄洞でよい」
《確定しますか》
「確定する」
《正式迷宮名:迷靄洞》
《登録完了》
その瞬間、白い部屋の監視面に、迷宮の輪郭が浮かんだ。
小さい。
まだ小さい。
だが、確かに形がある。
余の国の形だ。
余は静かに言った。
「ここからだ」
入口でグズが棍棒を鳴らす。
影でカゲヌイが糸を張る。
湿灰の底で追跡者が眠る。
森の向こうでは、フィルエとの細い糸が微かに灯っている。
そして、遠く。
白磁庭園の方角で、何かが静かに割れる音がした気がした。
次の敵は、必ず来る。
ならば、待とう。
罠を張り、魔物を育て、ソウルを蓄えながら。
「来い」
余は白い部屋で笑った。
「Cランク迷宮、迷靄洞が喰ってやる」




