第64話 保護契約には首輪がある
白磁庭園からの封筒は、美しかった。
白い。
ただ白いだけではない。
磨かれた骨でも、石でも、紙でもない。
まるで薄い陶器の板を、封筒の形に折ったような白さ。
縁には金の線。
差出人の文字は、やけに優雅だった。
⸻
【“白磁庭園”より】
“新興迷宮・迷靄洞のロード様へ。
保護契約のご案内”
⸻
「……見るからに怪しい」
《はい》
「美しすぎる」
《はい》
「こういうのは、だいたい中身が腐っておる」
《可能性は高いです》
余は白い部屋から、投函処理室を見た。
黒い石台の上に、白磁の封筒が置かれている。
周囲には針返し床。
湿灰。
偽核室へ続く処理溝。
念のため、火影縫い大蜘蛛の糸も天井に張ってある。
マネは離す。
グズも入口。
ミルは奥。
ポフキノコだけ、胞子を薄く構えている。
「管理音声」
《はい》
「読むだけで契約になるとか、そういう最悪なやつではないだろうな」
《通常、読むだけでは契約成立しません》
「通常、か」
《はい》
「その言葉がもう嫌だ」
余はしばらく考えた。
開けないのが一番安全だ。
だが、開けなければ中身が分からない。
分からなければ、次の手が打てない。
白磁庭園がどういう牙を持っているのか。
何を欲しがっているのか。
どこに針を仕込むのか。
それを見ずに逃げるのは、弱い。
もちろん怖い。
めちゃくちゃ怖い。
だが、怖いからこそ見なければならない。
「開封」
《投函処理室内で開封します》
白磁の封筒が、音もなく開いた。
中から出てきたのは、やはり契約書だった。
美しい。
腹が立つほど美しい。
白い紙。
金の文字。
端には、小さな白い印。
花のようにも、首輪の留め具のようにも見える。
⸻
【保護契約書】
白磁庭園は、新興迷宮・迷靄洞の成長と安全を支援するものとする。
支援内容:
・Cランク移行審議に関する助言
・対査定官戦術資料の提供
・低位魔物進化補助
・人間側討伐隊情報の一部共有
・ロード社会における後見名義の付与
迷靄洞は、白磁庭園の保護下に入るものとする。
必要手続:
契約印への核光接触
⸻
「核光接触?」
《ロードまたはダンジョンコア由来の魔力を契約印に触れさせる行為です》
「つまり、触ったら終わりか」
《はい》
余はさらに読む。
金の文字は、最初は親切だった。
支援。
助言。
保護。
後見。
だが、下に行くほど文字が小さくなる。
とても小さい。
読ませる気がない。
嫌な予感しかしない。
「拡大しろ」
《はい》
白い部屋に、小さな条文が拡大表示される。
⸻
【細則】
保護下にある迷宮は、保護者の指導を拒否しない。
緊急時、保護者は被保護迷宮の構造権限を一時代行できる。
被保護迷宮が消滅危機にあると保護者が判断した場合、所有権保全のため中核権限を預かることができる。
預かり期間は、保護者が安全を確認するまでとする。
被保護迷宮の独自構造、魔物進化情報、外縁干渉情報は保護管理資産として共有される。
⸻
「首輪どころか、丸ごと奪う気ではないか!」
《はい》
「安全を確認するまで、って誰が確認するんだ」
《白磁庭園です》
「永遠に返す気ないやつだろ!」
《可能性が高いです》
余は白い部屋でうろうろした。
危ない。
危なすぎる。
これをうっかり触っていたら、迷靄洞は白磁庭園のものになっていたかもしれない。
攻略されずに消える。
いや、消えはしない。
だが、余ではなくなる。
それは死と同じだ。
むしろ攻略されて消えるより腹が立つ。
「余の迷宮を買おうとしたな」
《はい》
「買うどころか、保護の名で奪う気だ」
《はい》
余の中で、冷たいものが沈んだ。
人間は殺しに来る。
針骨回廊は探りに来る。
白磁庭園は笑顔で首輪を持ってくる。
なるほど。
ロード社会。
最悪だ。
だが、見えたなら喰える。
白磁の契約印は、まだ動かなかった。
ただ、白い紙の端で静かに光っている。
触れれば成立。
触れなければ何も起こらない。
そう見える。
だが、そんなわけがない。
「管理音声」
《はい》
「これ、放置したらどうなる」
《一定時間後、再勧誘文が自動送信される可能性があります》
「他には」
《契約印が、迷宮側の反応を観測している可能性があります》
「やはりな」
余は契約書を見た。
美しい紙。
金の文字。
白い印。
こいつは、ただの書類ではない。
余がどう反応するか。
どこで開封したか。
何を隔離しているか。
魔力の流れがどこへ逃げるか。
それを見ている。
「なら、見せる」
《偽情報ですか》
「そうだ」
余は偽核室を見た。
針骨回廊の所在針を騙した部屋。
臭い。
湿っている。
偽の核反応がある。
正直、白磁庭園の美しい契約書を置くには最悪の場所だ。
だから、ちょうどいい。
「契約書を偽核室へ」
《はい》
「ただし、印には触れるな」
《了解しました》
白磁の契約書が、偽核室の中央へ移される。
割れた偽核石の残骸。
ゴブリンの小便臭。
湿灰。
針骨片。
ポフキノコの胞子。
その中央に、美しい契約書。
場違いすぎて笑える。
「……似合わぬな」
《はい》
「だが、こういう奴は汚い場所を嫌いそうだ」
《感情は不明ですが、白磁庭園由来の契約印は清浄な魔力環境を好む可能性があります》
「よし。もっと汚せ」
《はい》
ポフキノコが胞子を増やす。
湿灰が契約書の周囲へ寄る。
ゴブリン二体に、偽核室の外で小便させる。
「ギィ?」
「そこだ。紙にはかけるな。周りだ」
「ギィ」
《……実行》
白磁の契約書の周囲が、ひどい匂いになった。
美しい金文字が、あまりにも哀れだ。
だが、余は笑わない。
笑って油断するほど、優しい罠ではない。
「偽核石を少し光らせろ」
《はい》
偽核石が、ぼんやり光る。
核光ではない。
核に似せた、薄い反応。
契約印が、わずかに震えた。
「食いついた」
《はい》
白い印から、細い陶器の糸のようなものが伸びた。
白く、細く、硬い。
それが偽核石へ向かう。
触れる。
そして、絡みついた。
《契約印、偽核反応へ接触》
「成立するか?」
《本物の核光ではないため、契約成立不可》
「だが、向こうにはどう見える」
《迷靄洞側が契約印へ反応したように見える可能性があります》
「よし」
余は、白い部屋で目を細めた。
白磁庭園は、おそらく待っている。
若いロードが、保護という甘い言葉に触れるのを。
だが、触れたのは偽核。
契約は成立しない。
しかし、向こうは“何かが触れた”と見る。
なら、次の手が来る。
契約成立を急ぐか。
追加の拘束を送るか。
あるいは、こちらが弱いと判断して踏み込んでくるか。
「来い」
余は呟いた。
「首輪を持って、もう少し近くへ来い」
契約印は、偽核石に絡みついたまま震えた。
次の瞬間、契約書の文字が変わる。
【白磁庭園より】
“ご反応ありがとうございます。
契約印との接触を確認しました。
核光接触が不安定なため、補助印を送付いたします。
ご安心ください。
補助印が迷宮中核への接続を安定させます”
⸻
「ご安心ください、じゃないわ!!」
《補助印の送付予兆あり》
「来るぞ」
契約書の端が開く。
白い花のような印が、もう一つ浮き上がった。
今度の印は、さっきより大きい。
首輪の留め具のような形。
中央に小さな穴。
そこから、白い糸が何本も垂れている。
《中核接続補助印と推定》
「本命か」
《はい》
「効果は」
《契約対象の中核を探し、接続を安定させる名目で権限糸を打ち込むものと推定》
「つまり乗っ取り針だな」
《はい》
補助印が浮いた。
偽核石へ向かう。
だが、さっきの契約印と違い、途中で止まった。
周囲を探っている。
偽核では足りないと気づきかけている。
「やはり本命は賢いか」
《はい》
白い糸が、偽核室の壁へ触れる。
湿灰床へ触れる。
処理溝へ触れる。
そして、投函処理室へ向かおうとした。
「止めろ」
《火影縫い大蜘蛛、起動》
天井から糸が落ちる。
白磁の糸と、火影の糸が絡む。
じゅ、と音がした。
火影糸が少し焼ける。
《火影糸、損耗》
「強いな」
《はい》
補助印は、火影糸を切ろうとする。
白い糸が硬くなり、陶器の刃のように震える。
火影縫い大蜘蛛だけでは止まらない。
「針返し床」
《はい》
床の針骨片が立つ。
白い糸が床へ触れた瞬間、針返しが絡む。
陶器の糸に、骨針が刺さる。
補助印が震えた。
白い光が強まる。
強引に抜けようとする。
「ポフキノコ、湿らせろ」
《胞子放出》
胞子が白い糸にまとわりつく。
白磁の糸は清浄な魔力を好む。
だが今、周囲は湿り、灰、胞子、小便臭、針骨片。
最悪の混合だ。
白い糸の動きが鈍る。
だが、まだ止まらない。
補助印は偽核室から抜け出ようとしている。
本物を探すために。
「マネ」
「ギィ」
「白磁の音を真似ろ」
「……?」
「きれいな音だ。さっきから鳴っているだろ」
補助印は、微かな音を出していた。
陶器を爪で撫でるような、きん、きん、という音。
マネが首を傾げる。
そして、口を開いた。
「きん」
似ていた。
意外なほど。
補助印の糸が止まる。
「もう一度」
「きん」
補助印が、マネの声へ反応した。
仲間の印と誤認したのか。
あるいは、契約の応答音と判断したのか。
白い糸が、マネの音の方へ伸びる。
その先は、偽核室の奥。
針骨回廊の所在針を沈めた処理溝だ。
「よし、来い」
白い糸が処理溝へ入る。
次の瞬間。
余は、針骨片を起動した。
《針返し床、処理溝内で集中起動》
骨針が一斉に立つ。
白い糸に絡む。
補助印が暴れる。
火影糸が上から縫う。
ポフ胞子が湿らせる。
偽核石が弱い光を放ち、補助印をまだそこが本命だと思わせる。
「グズ」
「ギィィ」
「門を越えた」
グズが偽核室の入口に立つ。
補助印の本体は、宙に浮いている。
生物ではない。
だが、偽核室から出ようとした。
つまり、門を越えようとした。
「潰せ」
泥門番の棍棒が振り下ろされた。
白い補助印が砕けた。
陶器の破片が散り、金の文字が火花のように消える。
《中核接続補助印、破砕》
《契約成立:失敗》
《取得:白磁印片》
《解析可能》
「……勝ったか?」
《第一次契約干渉は無力化しました》
「第一次って言うな!」
《第二次以降の干渉可能性があります》
「分かっておる!」
だが、ひとまず喰った。
いや、ソウルは入らない。
だが、首輪の牙を折った。
白磁の契約書は、破れた。
金の文字が乱れている。
それでも、まだ美しさを保とうとしているのが腹立たしい。
余は白磁印片を解析させた。
⸻
【素材解析】
白磁印片
用途候補:
・契約罠識別精度上昇
・偽契約反応の作成
・清浄魔力への耐性補助
・白磁系ロードへの返信偽装
即時開放可能:
偽契約印
効果:
契約成立には至らない微弱な応答を発生させ、相手に“契約寸前”と誤認させる。
ただし高度な契約型ロードには看破される可能性あり。
必要ソウル:40
⸻
「作る」
《ソウル40消費》
《現在ソウル:234》
偽核室の奥に、白い小さな印が生まれた。
本物ではない。
契約もできない。
だが、契約しようとしているような匂いを出せる。
「これで白磁庭園を釣る」
《はい》
「ただ返すだけでは足りぬ」
《どうしますか》
「牙同士を噛ませる」
灰冠は言った。
針骨。
ラウゼン。
赤泥蟻穴。
白磁庭園。
全部を一体ずつ相手にするな。
噛ませろ。
なら、まず白磁庭園と針骨回廊を噛ませる。
針骨回廊は、所在針を送り込んできた。
白磁庭園は、保護契約を送り込んできた。
どちらも未承認添付。
どちらも余の核を探ろうとした。
なら、それを混ぜる。
「白磁印片に、針骨片を刺せるか」
《可能です》
「刺せ」
《はい》
白い印片に、針骨片が刺さる。
白磁の清浄な魔力に、乾いた骨の探知針が混ざる。
とても相性が悪そうだ。
実際、白磁印片は嫌そうに震えた。
「これをどう見せる」
《交流欄で公開しますか》
「いや、今回は個別だ」
《誰に送りますか》
「白磁庭園」
《内容は》
余は少し考えた。
怒りすぎてはいけない。
怖がりすぎてもいけない。
若造らしく、少し分かっていないふりをする。
だが、針だけ見せる。
白磁庭園が、誰かに邪魔されたと思うように。
⸻
【“迷靄洞”より:白磁庭園宛】
“契約印が割れた。
中から骨の針が出た。
これは保護契約に必要なものか?”
添付:白磁印片に刺さった針骨片の写し
⸻
《送信しますか》
「送れ。ただし本物の破片は送るな。写しだけだ」
《送信》
少し間が空いた。
その間、余は白い部屋でじっと待った。
白磁庭園が怒るか。
笑うか。
沈黙するか。
どれでもいい。
重要なのは、白磁庭園の目が針骨回廊へ向くこと。
返事は、かなり早かった。
⸻
【“白磁庭園”より】
“迷靄洞のロード様。
それは当庭園の契約印に含まれない異物です。
何者かが契約便へ干渉した可能性があります。
当庭園は、貴洞を害する意図を持ちません。
安全確認のため、契約書一式を再送いたします”
⸻
「再送するな!!」
《第二契約便予兆》
「来る前に止める」
余は即座に交流欄へ書いた。
⸻
・“迷靄洞”:白磁庭園の保護契約印より骨針反応。針骨回廊の針に似る。契約便に異物混入の疑い
⸻
交流欄が凍った。
そして一気に燃えた。
⸻
・“針骨回廊”:虚偽だ。迷靄洞は当回廊を貶めようとしている
・“白磁庭園”:当庭園は契約便への第三者干渉を確認中です
・“朽縄井戸”井守:おやおや、白い庭に骨が刺さったか
・“玻璃宮の姫”:契約便に異物とは穏やかではありませんわね
・“灰冠のロード”:湿った若造、少し乱暴だが悪くない
⸻
針骨回廊が怒っている。
白磁庭園は、表面上は上品なままだ。
だが、契約便に異物混入という話は、かなりまずいはずだ。
保護契約を売りにするロードにとって、契約便の安全性は信用そのもの。
そこに針骨の針が刺さっていた。
真実かどうかではない。
疑われることが傷になる。
「噛んだか」
《はい》
「まだ浅いな」
《はい》
「だが、互いに歯は向いた」
その直後、針骨回廊から個別投函が来た。
骨色の封筒。
今度は開けない。
投函処理室にも入れない。
外から確認するだけ。
⸻
【“針骨回廊”より】
“迷靄洞。
訂正しろ。
さもなくば、貴洞の外周誘導路の欠陥を公開する”
⸻
「脅してきたな」
《はい》
「欠陥?」
《針骨回廊が正確に把握している可能性は低いです》
「なら、はったりか」
《その可能性があります》
余は笑った。
少しだけ。
怖くないわけではない。
針骨回廊が何を知っているか分からない。
だが、焦って訂正すれば、それこそ認めることになる。
「返信」
⸻
【“迷靄洞”より】
“公開すればよい。
その代わり、余も所在針の湿りへの弱さを詳しく書く”
⸻
返事はすぐに来なかった。
勝ったわけではない。
だが、止まった。
次に、白磁庭園から投函が来る。
⸻
【“白磁庭園”より】
“迷靄洞のロード様。
誤解と混乱を避けるため、再契約便は一時保留いたします。
当庭園は、貴洞の安全を願っております。
今後とも、冷静な対話を望みます”
⸻
「逃げたな」
《一時後退と推定》
「よし」
白磁庭園は契約書を再送しなかった。
針骨回廊も黙った。
灰冠の言った通りだ。
牙同士を噛ませる。
直接勝たなくてもいい。
相手の牙を、別の相手に向ければいい。
ただし、こちらも目立った。
さらに目立った。
それは間違いない。
夜。
ダンジョン新聞が号外のように震えた。
⸻
【ロード社会欄】
・迷靄洞、白磁庭園の保護契約を保留
・契約印に骨針混入疑惑
・白磁庭園、契約便の安全確認を理由に再送を延期
・針骨回廊、関与を否定
・新興迷宮に対する未承認添付問題、交流欄で議論拡大
⸻
交流欄には、いろいろなロードが出てきた。
知らない名前も多い。
沼鏡。
鉄蔦城。
腐れ灯台。
名なしの苔階段。
乾き墓穴。
玻璃宮の姫。
朽縄井戸。
灰冠。
世界には、本当に多くのダンジョンがある。
そして全員、ろくでもない。
⸻
・“沼鏡”:白磁の契約は昔から甘すぎる
・“鉄蔦城”:未熟な迷宮ほど保護契約に飛びつく。飛びつかなかったのは意外だ
・“腐れ灯台”:針骨、また針を刺したのか
・“針骨回廊”:虚偽だと言っている
・“白磁庭園”:当庭園は常に誠実です
・“灰冠のロード”:誠実な首輪ほど、よく磨かれている
⸻
「灰冠、言い方が嫌味だな」
《はい》
「だが助かった」
《はい》
「礼は言わぬがな」
《はい》
その灰冠から、個別投函が来た。
⸻
【“灰冠のロード”より】
“白磁を退かせ、針骨を黙らせた。
ひとまず合格だ。
対価をもらう。
君が得た白磁印片の解析結果、その一部を寄越せ。
完全なものではなくていい。
契約罠識別に関する部分だけでいい。
代わりに、次にラウゼンが何をするか教える”
⸻
「来たな」
《取引要求です》
「白磁印片の解析を渡すのは危険か」
《完全解析を渡すのは危険です。一部であれば許容可能。ただし相手が復元する可能性はあります》
「灰冠を信用するか?」
《判断不能》
「だろうな」
だが、情報は欲しい。
ラウゼンが次に何をするか。
それは命に関わる。
白磁庭園と針骨回廊を退けても、人間側は止まらない。
むしろ、Cランク移行審議で次の手が来る。
「渡すのは、契約罠識別の“表面特徴”だけだ」
《はい》
「中核接続補助印の構造は渡さない」
《了解しました》
返信を作る。
⸻
【“迷靄洞”より】
“白磁印片の解析、一部を渡す。
契約罠識別の表面特徴のみ。
中核接続構造は渡さぬ。
それで足りるなら、ラウゼンの次手を言え”
添付:白磁印片解析・表面特徴のみ
⸻
《送信》
灰冠の返事は短かった。
⸻
【“灰冠のロード”より】
“足りる。
ラウゼンの次手は討伐ではない。
封鎖でもない。
査定でもない。
彼は、君の迷宮を攻略する者を選ぶ。
次に来るのは、ラウゼン本人ではなく、
君を攻略するために選ばれた冒険者だ。
特徴を覚えろ。
一人は、仲間を助けない斥候。
一人は、罠を踏んでから考える盾役。
一人は、魔物を素材ではなく行動で見る魔術師。
そして最後に、
迷宮内で一度死にかけたことのある剣士が来る”
⸻
余は、その最後の一文で止まった。
「迷宮内で一度死にかけたことのある剣士……?」
《該当候補:第初期侵入者三人組の剣士。生還または救出記録がある可能性》
「最初の、あいつか」
剣士。
魔術師。
斥候。
最初に迷靄洞へ入ってきた三人組。
余が初めて、死ぬほど慌てながら撃退した相手。
あの時の剣士が、まだ生きている。
そして、ラウゼンが選ぶ。
迷靄洞を知る者として。
「……面白い」
《危険です》
「分かっておる」
怖い。
かなり怖い。
だが、胸の奥が熱い。
最初の余は、あの三人に怯えて叫んでいた。
ゴブリンも馬鹿で、配置も雑で、地形もろくに使えていなかった。
今は違う。
入口にはグズがいる。
偽核室がある。
外周誘導路がある。
針返し床がある。
投函処理室がある。
ミル、マネ、ポフキノコ、火影縫い大蜘蛛。
そして余自身も、少しはロードになった。
「来るなら来い」
余は白い部屋で、低く言った。
「今度は、最初のようには逃がさぬ」
雨はまだ降っている。
湿灰床が雨を吸う。
外周誘導路が森の足跡を待つ。
グズが門に立つ。
新聞は静かに閉じる。
ロード社会の首輪を砕いた夜。
次に来るのは、人間の攻略者。
ラウゼンが選んだ、迷靄洞を殺すための冒険者たちだ。




