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第60話 偽核は甘く匂う

 余は、餌を置く側になることにした。


 ただし、置くのは肉ではない。


 ソウルでもない。


 宝でもない。


 もっと人間が欲しがるもの。


 もっと査定官が見たがるもの。


「管理音声」


《はい》


「偽核室を作る」


《必要ソウル:120》


「……高い」


《はい》


「高すぎる」


《はい》


「だが作る」


《ソウル120消費》


《現在ソウル:193》


 白い部屋の表示が沈む。


 余の中から、ごっそりと何かが抜けていく感覚があった。


 痛い。


 非常に痛い。


 だが、必要だ。


 ラウゼンは余を見に来る。


 迷靄洞の本当に大事な場所を探しに来る。


 ならば、その前に見せるものを作る。


 本物に見える偽物。


 守りたがっているように見える部屋。


 壊されたら困るように見える餌。


 偽核室。


作った場所は、浅層の奥ではない。


 むしろ、少し頑張れば見つかる程度の横穴にした。


 入口から近すぎず、遠すぎず。


 湿灰床を抜け、曲がり道を二つ越えた先。


 壁のひび割れの奥に、小さな白い部屋を作る。


 白い、といっても本物の白い部屋ではない。


 余がいる場所ではない。


 ただ、壁を白っぽい湿石で覆っただけの偽物だ。


 中央には、丸い石。


 そこに、盗んだ記録板の欠片と、白布の切れ端と、測量杭の粉を混ぜた。


 ぼんやり光る。


 弱い。


 だが、核っぽい。


「……思ったより、それっぽいな」


《はい》


「本物に見えるか?」


《低位冒険者であれば誤認の可能性があります》


「査定官は?」


《即座に本物と断定する可能性は低いです》


「だろうな」


 ラウゼンは、これを見て本物だとは思わない。


 だが、それでいい。


 偽物かもしれない。


 でも、調べる価値はある。


 そう思わせればいい。


 ラウゼン本人ではなく、その手足を動かせればいい。


「守りもつける」


《どの魔物を配置しますか》


「通常ゴブリン二体」


《はい》


「ただし、弱く見せろ」


《弱いです》


「事実を言うな」


《失礼しました》


 偽核室の前に、通常ゴブリンを二体置いた。


 棍棒を持たせる。


 立たせる。


 いかにも、重要な場所を守っているように。


 ただし本当の主力は置かない。


 ミルも置かない。


 グズも置かない。


 火影縫い大蜘蛛も近づけすぎない。


 守っているように見せる。


 だが、本当に守らない。


 それが偽札だ。


「あと、匂いを足す」


《匂いですか》


「ゴブリンの小便を使え」


《……はい》


「何だ、その間は」


《いえ》


 初期の頃、余はゴブリンがそのへんで小便するのを見て、かなり嫌な気分になった。


 汚い。


 馬鹿。


 最悪。


 そう思った。


 だが、今は違う。


 汚いものも使い道がある。


 ゴブリンの小便は、獣臭く、湿った洞窟臭と混ざると、人間の鼻を鈍らせる。


 ポフキノコの胞子と混ぜれば、血や核の匂いをごまかせる。


 さらに、少しだけ偽核石に染み込ませると、妙に生き物臭い。


 嫌な甘さが出る。


「核っぽいかは知らぬ」


《核は通常、小便の匂いはしません》


「うるさい。人間が知らなければよい」


 これでいい。


 見た目は重要そう。


 匂いは異常。


 守りは薄い。


 だが、守っているように見える。


 査定官なら疑う。


 疑うから、調べる。


 調べるから、手を伸ばす。


 その手を喰う。


ラウゼンは、翌日に来た。


 予想より早い。


 今度は、前回より人数が少ない。


 だが、質が違った。


 盾持ち二人。


 記録官一人。


 札師一人。


 荷物持ち一人。


 そしてラウゼン。


 兵の数は減っている。


 代わりに、道具が増えている。


 白い灯り。


 細い針のついた札。


 巻き取り式の命綱。


 小さな鏡。


 そして、黒い石板。


「管理音声」


《はい》


「あの白い灯りは」


《影消し灯と推定。影を薄くし、影干渉を受けにくくする道具です》


「やはり対策してきたか」


《はい》


 火影縫い大蜘蛛への対策。


 影を消す白い灯り。


 ラウゼンは昨日の一度で、もう影を潰しに来た。


「嫌な人間だ」


《はい》


 ラウゼンは、入口の前で足を止めた。


 そして言った。


「今日は、入る」


 余の中で、空気が少し冷えた。


 来た。


 ついに、人間が見に来る。


 ただ殺すためではなく。


 調べるために。


「ただし、深くは入らない」


 ラウゼンは続けた。


「迷宮は、見せたいものを見せる。今日は、その見せたいものを確認する」


 余は白い部屋で唇を歪めた。


「いいぞ」


《はい》


「見せてやる」


先に入ってきたのは盾持ち二人だった。


 その後ろに札師。


 さらに後ろに記録官。


 ラウゼン本人は入口付近で止まる。


 まだ奥へは来ない。


 臆病ではない。


 正しい。


 こいつは自分が餌にならない距離を知っている。


「白灯、前へ」


 札師が白い灯りを掲げる。


 洞窟の影が薄くなる。


 火影縫い大蜘蛛の糸は使いにくい。


 湿った壁の暗がりも浅くなる。


「大蜘蛛は動かすな」


《はい》


「今日は影で勝とうとするな」


《はい》


 影を消してきた相手に、影で正面から戦う必要はない。


 なら、別のものを使う。


 匂い。


 湿り。


 音。


 そして、人間の判断。


 盾持ちたちは、慎重に進んだ。


 足元を棒で叩く。


 壁に印をつける。


 後ろの記録官が書く。


 札師が、時々札を壁へ当てる。


 核を探している。


 その札が、偽核室に近づくほど、かすかに震えた。


「反応あり」


 札師が言った。


 記録官が息を呑む。


「核反応ですか?」


「弱い。だが、ただの魔力溜まりではない」


 入口の外にいるラウゼンが言った。


「断定するな。迷宮が見せたい反応かもしれん」


「はい」


 疑っている。


 だが進む。


 それでいい。


 偽核室の前にいたゴブリン二体が、気づいたように棍棒を構えた。


「ギィ!」


「ギギィ!」


 弱い。


 とても弱い。


 だが必死に守っているようには見える。


 盾持ちが足を止める。


「番兵二体」


「弱いな」


 札師が言った。


 ラウゼンが外から言う。


「弱すぎる。殺すな。動きを見ろ」


 余は舌打ちした。


「見てくるな、本当に」


《はい》


 だが、弱い番兵を置いたのは余だ。


 弱すぎると思わせることも、餌の一部だ。


 ゴブリン二体は、命令通りに突っ込んだ。


 盾に弾かれる。


 転がる。


 一体は鼻を打って、よく分からない声を出した。


「ギョッ」


 馬鹿だ。


 だが、それでいい。


 人間側の警戒が、わずかに緩む。


「これを守りにしているのか……?」


 記録官が呟いた。


 札師が偽核室の入口を見つける。


 白い湿石の壁。


 中央の淡い光。


 甘く腐ったような匂い。


 核鳴札が震える。


「部屋があります」


「入るな」


 ラウゼンが即座に言った。


「入口で見るだけにしろ」


 正しい。


 本当に正しい。


 だが、札師は一歩だけ前へ出た。


「測定針だけ刺します」


「待て」


「触れません。針だけです」


 人間は、測りたがる。


 分かったつもりになるために。


 危険なものへ、針を刺す。


 札師が細い測定針を偽核石へ伸ばした。


 針の先が触れた。


 その瞬間、偽核石が割れた。


爆発ではない。


 そんな力はない。


 割れただけだ。


 だが、中から溜め込んでいたものが吐き出された。


 ポフキノコの胞子。


 湿った灰。


 ゴブリンの小便臭。


 赤泥触角の粉。


 そして、盗んだ記録板の細かな金属粉。


 白い部屋もどきが、灰色の煙で満ちる。


「下がれ!」


 ラウゼンが叫ぶ。


 だが、偽核室の中の煙は普通の煙ではない。


 火はない。


 だから煙迷いは弱い。


 だが、湿りと胞子がある。


 匂いが強すぎる。


 目が痛む。


 鼻が曲がる。


 人間の判断が、一拍遅れる。


「くさっ……!」


 記録官が咳き込んだ。


 札師は針を抜こうとした。


 だが針の先が、割れた偽核石に絡まっている。


 捨てればいい。


 だが捨てられない。


 道具だから。


 測定結果が残るから。


 ラウゼンの命令を受けているから。


 人間は、意味のある物を捨てるのが遅い。


「捨てろ!」


 ラウゼンが怒鳴る。


 遅い。


「マネ」


「ギィ!」


「ラウゼンの声」


 マネが、少し奥で息を吸った。


 そして真似た。


「左へ下がれ」


 下手だった。


 ラウゼンほど低くない。


 少し濁っている。


 だが、煙の中。


 匂いの中。


 焦りの中。


 記録官には、それが命令に聞こえた。


 記録官が左へ下がる。


 しかし、左は出口ではない。


 余が作った小さな処刑窪みだ。


「違う! 右だ!」


 本物のラウゼンが叫ぶ。


 その声も聞こえた。


 偽物も聞こえた。


 本物と偽物。


 二つの命令。


 人間の足が止まる。


 その一拍で、湿った床が足を取った。


「グズ」


「ギィィッ!」


 処刑窪みの陰から、グズが出た。


 傷はまだ残っている。


 だが棍棒は振れる。


 記録官が振り向く。


 遅い。


 湿棍が、記録官の頭を横から潰した。


《侵入者一名死亡》


《獲得ソウル:46》


《現在ソウル:239》


 よし。


 まず一人。


「記録官死亡!」


 盾持ちが叫んだ。


「戻れ! 回収するな!」


 ラウゼンの声が飛ぶ。


 死体を見捨てる判断が速い。


 やはり厄介だ。


 だが、札師がまだ偽核石に絡まっている。


 測定針を捨てられない。


 いや、捨てようとしている。


 だが、偽核石から伸びた金属粉と湿りが、針を食っている。


「離れろ!」


 盾持ちが札師の肩を掴む。


 引く。


 札師は針を手放した。


 今度は速い。


 まずい。


「ミル」


《対象、白灯下です。効果低下》


「一瞬でいい」


 ミルが、偽核室の奥に立った。


 本物の核のように。


 白い煙の向こう。


 淡い光の横。


 じっと、見る。


 札師は見てしまった。


「核が……」


 違う。


 核ではない。


 ミルだ。


 だが、人間は見たいものを見る。


 核を探しに来た札師には、ミルの目が、何かの核光に見えた。


「そこに……本体が……」


「見るな!」


 ラウゼンが叫ぶ。


 札師の足が止まった。


 盾持ちは彼を引こうとする。


 だが札師は、自分で前へ出た。


 測定針を捨てたはずなのに。


 もっと確かなものを見たいから。


 人間は、知りたがる。


 知りたがる者は、時々、死ぬ。


「大蜘蛛」


《白灯により影薄弱》


「足元ではない。背中の命綱だ」


《実行》


 火影縫い大蜘蛛は、白灯の下では弱い。


 だが影が完全にないわけではない。


 命綱が背中から伸びる。


 白灯に照らされ、その下に細い影ができる。


 そこを縫う。


 完全拘束ではない。


 ただ、引く方向を半歩ずらす。


 盾持ちが札師を引く。


 札師は前へ出る。


 命綱が斜めに張る。


 足が滑る。


 白灯が揺れる。


 その揺れで、逆に影が濃くなる。


「二糸」


《実行》


 札師の膝が落ちた。


 そこへグズが踏み込む。


 札師は短剣を抜いた。


 意外と速い。


 グズの腕に刃が入る。


「ギィッ!」


《グズ負傷》


「潰せ」


 余は言った。


 迷わない。


 グズが棍棒を振り下ろす。


 一撃目は盾持ちが受けた。


 盾がへこむ。


 盾持ちは強い。


 だが札師を守りながらでは動けない。


 マネがまた声を出した。


「捨てろ」


 ラウゼンの声に似た、偽物。


 盾持ちが一瞬、札師を見た。


 捨てるべきか。


 守るべきか。


 その迷いで盾が下がった。


 グズの二撃目が、札師の首を折った。


《侵入者一名死亡》


《獲得ソウル:58》


《取得:核鳴札の破片》


《現在ソウル:297》


ラウゼンは、それ以上粘らなかった。


「撤退」


 声は冷たかった。


「死体も札も捨てろ。生きている者だけ戻れ」


 盾持ちが、歯を食いしばって下がる。


 荷物持ちは入口近くで震えている。


 ラウゼンは奥を見た。


 偽核室。


 割れた偽核石。


 ミルのいた白い煙。


 グズの棍棒。


 マネの声。


 薄い影糸。


 それらを、全部見るように。


 だが、踏み込まない。


「偽核だな」


 ラウゼンが言った。


 余は少しだけ笑った。


 見抜いたか。


 やはりな。


「しかし、偽物と知っていても、調べさせる価値はあった」


 ラウゼンは続けた。


「そして、その価値で二人死んだ」


 こいつは悔しがらない。


 怒りもしない。


 失敗を記録する。


 だから厄介だ。


「記録しろ」


 生き残った荷物持ちが、震えながら板を出した。


「迷靄洞、偽重要施設を構築。核反応に似せた誘導あり。模倣声、視線個体、湿煙、影糸を連動。守る場所ではなく、調べる者を殺す罠」


 ラウゼンは、一度言葉を切った。


 そして、低く付け加えた。


「以後、この迷宮で“見つけたもの”を成果とするな。見つけさせられた可能性を常に疑え」


 余は顔をしかめた。


「……学ぶのが早すぎる」


《はい》


 だが、こちらも得た。


 記録官。


 札師。


 核鳴札の破片。


 そして、ラウゼンの判断。


 あいつは偽物を見抜く。


 だが、偽物を無視できない。


 そこが使える。


人間たちが撤退した後、偽核室にはひどい匂いだけが残った。


 ゴブリンの小便。


 胞子。


 湿灰。


 血。


 割れた偽核石。


 正直、余でも嫌だった。


「……くさいな」


《はい》


「だが効いた」


《はい》


 グズはまた負傷した。


 通常ゴブリン二体のうち一体は、盾に殴られて動けなくなっている。


 だが消失はしていない。


 ミルは無事。


 マネも無事。


 火影縫い大蜘蛛も、白灯の下で無理はしなかった。


 収支は悪くない。



【侵入対応収支】


偽核室構築:−120

侵入者撃破:+104

取得素材:核鳴札の破片、測定針、白灯油の残り

通常ゴブリン重傷:一体

グズ負傷:中


現在ソウル:297



「黒字ではない」


《はい》


「だが、二人喰った」


《はい》


「道具も得た」


《はい》


「そして、偽札は機能した」


《はい》


 十分だ。


 毎回ソウルだけで勝つ必要はない。


 敵に間違った手間を払わせる。


 それも勝ちだ。


 ラウゼンは、次からすべてを疑う。


 それは厄介だ。


 だが、すべてを疑う者は、進むのが遅くなる。


 遅くなれば、余に考える時間ができる。


 時間は、迷宮にとって餌だ。


白い部屋に、新しい表示が浮かんだ。



【構造発展】


偽核室が定着しました。


追加効果:

・核反応に似せた微弱誘導

・査定具、記録具、探索札への反応

・侵入者の目的意識を誘導しやすくなる


注意:

高度な査定官には偽物と看破される可能性が高いです。

ただし、偽物と看破された場合でも、調査行動を誘発できます。



「よい」


《さらに、外周誘導路の条件が変化しました》


「何?」


 続けて表示が出る。



【発展候補更新】


外周誘導路

効果:外縁で発生した逃走・追跡・回収行動を入口側へ寄せやすくする


条件達成済:

・外縁滲出の継続運用

・湿灰床の定着

・火影縫い大蜘蛛による外縁糸網

・偽重要点による行動誘導


必要ソウル:180 → 140



「下がった」


《偽核室により、誘導概念が強化されました》


「つまり、人間に“目的地”を見せる技が、外周にも使える」


《はい》


 外で迷わせる。


 中で喰う。


 それに加えて、目的地を偽る。


 逃げ道だけでなく、向かう場所も曲げる。


 外周誘導路。


 欲しい。


 すぐ欲しい。


 だが、今はまだソウルを残すべきだ。


 ラウゼンがいる。


 赤泥蟻穴もいる。


 何が来るか分からない。


「……保留」


《了解しました》


「だが、次に大きく喰えたら作る」


《はい》



夜、ダンジョン新聞が震えた。



【地域短報】


・迷靄洞内部にて人間査定隊が損耗

・記録官一名、札師一名が未帰還

・迷靄洞に偽重要施設の存在が示唆

・迷靄洞、Dランク上位相当として警戒継続

・Cランク予備査定、継続判断



 交流欄がすぐに動く。



・“朽縄井戸”井守:偽核か。若いのに嫌なことを覚えたねえ

・“玻璃宮の姫”:美しくはありませんが、有効ですわ。とても臭そうですけれど

・“灰冠のロード”:偽札は一度見せたら二度目は効きにくい。次は偽札を囮に本札を隠せ

・“赤泥蟻穴”:人間が地上で死んだ。次は俺にも噛ませろ



「赤泥蟻穴は相変わらずだな」


《はい》


 余は返事を書いた。



・“迷靄洞”:噛みたければ、人間の帰り道を噛め。入口の餌は余のものだ



 赤泥蟻穴から、すぐ返ってきた。



・“赤泥蟻穴”:帰り道なら噛む。だが、お前の湿りで道を隠すな



「交渉のつもりか?」


《その可能性があります》


 少しだけ、流れが変わっている。


 赤泥蟻穴は余を嫌っている。


 余も赤泥蟻穴を信用していない。


 だが、人間の目は互いに邪魔だ。


 ラウゼンのような相手が来た以上、外周で無駄に争うだけでは損をする。


 いずれ、取引が必要になる。


 完全な同盟ではない。


 餌場を分けるための、一時的な噛み合い。


 その時が近い。


 そこへ、フィルエから投函が来た。



【フィルエより】


“偽物を作るの、うまくなったね。

でも気をつけて。

偽物を守るのに慣れすぎると、本物を守る反応まで偽物に似てくる。

ラウゼンは、そこを見るよ”



「本物を守る反応まで、か」


《はい》


 余は白い部屋を見回した。


 ここは本物だ。


 余の視界。


 余の思考。


 余の核に近い場所。


 絶対に見せてはならない。


 だが、守りすぎれば見抜かれる。


 守らなすぎても危ない。


 難しい。


 非常に難しい。


 だが、面白くもある。


 最初の余なら、こんな敵は怖くて叫ぶだけだった。


 今も怖い。


 かなり怖い。


 だが、ただ震えるだけではない。


 餌を置ける。


 嘘を作れる。


 敵に手間を払わせられる。


「管理音声」


《はい》


「次は外だ」


《外周誘導路ですか》


「まだ作らぬ。だが、準備する」


《はい》


「ラウゼンは次、外から見る。赤泥蟻穴は外から噛む」


《はい》


「なら余は、外で動いたものを、入口へ寄せる」


 偽核室の匂いが、まだ洞窟に残っている。


 臭い。


 ひどく臭い。


 だが、その臭ささえ、迷靄洞の武器になった。


 汚物も罠。


 偽物も餌。


 見られることすら、見せるものを選べば武器になる。


 余は白い部屋で、静かに笑った。


「次は、帰り道をこちらで決める」

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