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第57話 蟻にも影はある

火の跡は、思ったより長く残った。


 入口前の地面は黒く焦げ、油の染みた土がまだ嫌な匂いを吐いている。


 昨日、人間が迷靄洞を焼こうとした場所。


 赤泥蟻が横から噛み、焼却兵が逃げ込み、余が一人と一匹を喰った場所。


 そこに残ったのは、ただの焼け跡ではなかった。


 灰。


 湿り。


 焦げた縄。


 割れた油壺。


 赤泥蟻の酸性泥。


 そして、火に照らされて濃く伸びた影の記憶。


「管理音声」

《はい》

「この灰、使えるな」

《研究候補があります》

「出せ」


 白い部屋の床に、昨日も見た表示が浮かぶ。



【研究候補】


一、湿灰床

効果:焼却後の灰と湿りを混ぜ、足裏にまとわりつく床を作る

必要素材:灰、湿り、ソウル60



「やる」

《即決ですか》

「火を撃たれた跡を、そのまま負け跡にしておく理由がない」

《ソウル60消費》

《現在ソウル:323》


 外縁滲出の維持費を払った後、さらにソウルが削れる。


 痛い。


 だが、これは必要経費だ。


 焦げた地面に、迷靄洞の湿りが染みていく。


 ただの灰が泥になる。


 ただの泥ではない。


 靴底にまとわりつき、蟻の脚に絡み、踏んだ者に「地面が少し遅れてついてくる」ような違和感を与える床。



【研究完了】


湿灰床

効果:入口外縁の焼却灰を湿らせ、足運びを鈍らせる

補助効果:煙迷いと併用時、方向判断をさらに鈍化

注意:強い雨、強風、浄化砂により効果低下



「よし」

《はい》

「人間が焼いた場所を、余の床にする」

《迷靄洞らしい転用です》


 余は入口の外を見た。


 封鎖線は、また下がっている。


 人間どもは近づかない。


 焚き火を多く置き、煙を上げ、こちらを観察している。


 入ってくる気はない。


 だが完全に逃げる気もない。


 迷靄洞と赤泥蟻穴。


 両方を見なければならないからだ。


 そこに、地中の震えが来た。


「……来たか」

《地中反応。複数》

「赤泥蟻穴」

《はい》


 赤泥蟻穴は、昨日言った。


 次は、逃げずに噛ませる、と。


 その言葉通りだった。


地面が割れた。


 最初に出てきたのは、通常の赤泥蟻が四匹。


 だが、すぐに分かった。


 囮だ。


 その後ろから、もっと大きな影が這い上がってきた。


 普通の赤泥蟻より二回り大きい。


 胴が太く、脚が短く、顎が異様に大きい。


 背には固まった赤泥の瘤。


 まるで杭を背負っているようだった。


「管理音声」

《個体識別不能。仮称、噛み杭蟻》

「噛み杭蟻」

《地面、岩、獲物に顎を打ち込み、固定する型と推定》

「逃げずに噛ませる、か」


 赤泥蟻穴の狙いが見えた。


 普通の蟻は外で獲物を噛み、持ち去る。


 だが、こいつは違う。


 入口に噛みつき、そこに居座る。


 迷靄洞の口を、赤泥蟻穴の顎で固定するつもりだ。


 もし入口に噛み杭蟻が食い込めば、外と中の境目が赤泥蟻穴の足場になる。


 そこから小蟻が入る。


 獲物を引きずり出す。


 もしくは、迷靄洞の配下を外へ引きずり出す。


「……なるほどな」

《はい》

「外周が得意な迷宮は、口の奪い方も違う」

《はい》

「だが」


 余は白い部屋で、ゆっくり言った。


「蟻にも影はある」


人間側も、赤泥蟻の出現に気づいた。


「蟻だ! また出たぞ!」

「入口じゃない、左の焼け跡だ!」

「火を入れるか!?」

「待て! 入口と蟻を同時に見るな! 距離を取れ!」


 焼却班の隊長が怒鳴っている。


 昨日より慎重だ。


 火をすぐには入れない。


 こちらの煙迷いを警戒しているのだろう。


 だが、完全には分かっていない。


 人間側が知っているのは、


 火を入れたら煙が変だった。


 逃げた兵が入口へ消えた。


 赤泥蟻も入口で消えた。


 そこまでだ。


 影縫い大蜘蛛のことは知らない。


 ミルの視線も知らない。


 煙迷いの仕組みも知らない。


 だから、怖がる方向が広すぎる。


 それが隙になる。


「赤泥蟻は?」

《入口へ向かっています》

「噛み杭蟻は」

《直進。迷いなし》


 そう。


 蟻は迷わない。


 人間のように恐れない。


 ミルを見ても、ほとんど効かない。


 白帰杭の残滓にも反応しない。


 人間の帰路を喰う技は、蟻には刺さりにくい。


 だが、蟻にも“道”はある。


 匂い。


 振動。


 命令。


 帰巣の方向。


 仲間の痕。


「焼けた赤泥触角」

《保管中》

「使う」

《目的は》

「蟻の道を偽る」


 昨日手に入れた、焼けた赤泥触角。


 火と胞子と湿りで変質した感覚器官。


 それを、ポフキノコの胞子に混ぜる。


 人間の目を迷わせるのではない。


 蟻の触角に、偽の道を嗅がせる。


「外縁迷霧、低く」

《実行》

「煙迷いは薄く」

《はい》

「触角粉を湿灰床に混ぜろ」

《実行します》


 入口前の灰が、さらに湿る。


 そこに赤泥触角の粉が混ざる。


 匂い。


 焦げた泥。


 蟻の痕。


 帰る道のようで、違うもの。


 それを入口の右側へ流した。


 噛み杭蟻はまっすぐ来る。


 だが、周囲の小蟻が先に揺れた。


 触角を動かす。


 足がわずかに右へずれる。


「効いた」

《微弱効果あり》

「十分だ」


 小蟻をずらせば、噛み杭蟻の周囲が空く。


 大きな顎を守る小蟻が離れる。


 そこを縫う。


噛み杭蟻が入口前の湿灰床に入った。


 ずぶ、と脚が沈む。


 だが止まらない。


 重い。


 強い。


 灰がまとわりついても、脚で引き裂いて進んでくる。


「硬いな」

《大型外周魔物です》

「グズで割れるか」

《単独では困難》

「では、割れる状態にする」


 噛み杭蟻の背後で、人間の焚き火が揺れた。


 炎の光が蟻の巨大な影を作る。


 その影は、入口へ向かって長く伸びていた。


 昨日より太い。


 昨日より濃い。


 噛み杭蟻が大きいぶん、影も大きい。


「大蜘蛛」

《反応あり》

「進化条件だったな」

《火影下での大型対象拘束》

「やれ」

《実行》


 影縫い大蜘蛛が、入口の暗がりから糸を伸ばした。


 火そのものには触れない。


 湿灰床に映った噛み杭蟻の影。


 その前脚の影を、入口の岩影へ縫う。


 糸が張る。


 噛み杭蟻の脚が止まった。


 だが一瞬だけだ。


 蟻が力任せに引く。


 影糸が軋む。


《拘束不安定》

「二糸」

《実行》

「顎の影」

《実行》


 顎。


 前脚。


 胴。


 三点を縫う。


 噛み杭蟻が低く震えた。


 声ではない。


 地面を伝う振動。


 その振動に、周囲の赤泥蟻が反応した。


 小蟻が戻ってくる。


 まずい。


「ポフキノコ、胞子」

《放出》

「マネ、跳ねろ」

「ギィ!」


 マネが入口の左で跳ねた。


 意味は分かっていない。


 だが、動くものは蟻の触角を引く。


 ポフキノコの胞子が湿灰に混ざり、小蟻の触角を鈍らせる。


 赤泥触角の偽道が、小蟻を一瞬だけ逆へ流す。


 これで守りは薄くなった。


「グズ」

「ギィィッ!」

「顎の付け根だけを狙え」


 グズが出る。


 湿棍ゴブリンの足裏が湿灰床を掴む。


 外ではまだ動きが鈍い。


 だが、ここは余の湿りがある。


 焼け跡すら、もう迷靄洞の床だ。


 グズの棍棒が噛み杭蟻の顎に当たる。


 鈍い音。


 割れない。


 噛み杭蟻が顎を開く。


 影糸が軋む。


 顎が完全には開かない。


「今だ、もう一度」


 グズが同じ場所を叩く。


 二度目。


 ひび。


 だが噛み杭蟻は倒れない。


 顎を横に振り、グズを弾こうとする。


 グズの肩が裂ける。


「ギィッ!」

《グズ負傷》


「下がるな」

 余は言った。

「そこが処刑役の場所だ」


 グズは下がらなかった。


 棍棒を握り直す。


 噛み杭蟻の影が、炎で大きく揺れた。


 その揺れに合わせて、大蜘蛛の糸も揺れる。


 普通なら、拘束がほどける。


 だがその瞬間、大蜘蛛が糸を増やした。


 揺れる影ごと縫った。


《進化条件達成に接近》

「まだか」

《大型対象拘束、継続中》

「なら続けろ」


 噛み杭蟻が全身で引く。


 糸が一本切れた。


 入口の岩が少し削れた。


 だが、蟻は前に進めない。


 グズが三度目を振り下ろした。


 顎の付け根が割れた。


 そこへ通常ゴブリン二体が石を落とす。


 一体が噛み杭蟻の脚に挟まれ、潰れた。


《通常ゴブリン一体消失》


「構わぬ」

 余は言った。

「割れ」


 グズの四撃目。


 噛み杭蟻の片顎が砕けた。


 赤泥色の体液が湿灰床へ飛ぶ。


 酸が床を焼く。


 煙が上がる。


「煙迷い」

《発動》


 酸で焦げた湿灰から、奇妙な煙が立った。


 火と灰と酸と胞子の煙。


 赤泥蟻の触角が乱れる。


 人間側の焚き火番も咳き込む。


 入口前の影がさらに揺れる。


 大蜘蛛の糸が、その揺れた影を縫い止めた。


《進化条件達成》

《影縫い大蜘蛛・幼体に進化兆候》


「よし」

 余は笑った。

「殺せ」


 グズが最後の一撃を振り下ろす。


 噛み杭蟻の頭部が潰れた。


《噛み杭蟻撃破》

《獲得ソウル:28》

《外敵素材:噛み杭顎》

《外敵素材:赤泥固定瘤》

《現在ソウル:351》


大型個体が倒れた瞬間、小蟻の動きが乱れた。


 噛み杭蟻を中心にしていた命令が切れたのだ。


 普通の赤泥蟻は、なおも強い。


 だが、中心を失った群れは一拍だけ鈍る。


 その一拍で十分だった。


「一匹ずつ入れろ」

《はい》


 偽の蟻道を入口の右へ流す。


 小蟻の一匹が、逃げるようにそちらへ寄る。


 だがそこは出口ではない。


 迷靄洞の口だ。


 グズは傷を負っている。


 だから処刑役は温存する。


「大蜘蛛、脚」

《実行》


 赤泥蟻の脚影を縫う。


 ポフキノコの胞子。


 湿灰床。


 通常ゴブリンの石。


 そして最後に、グズの短い一撃。


《赤泥蟻一体撃破》

《獲得ソウル:12》

《外敵素材:赤泥甲殻片》

《現在ソウル:363》


 もう一匹。


 今度は逃げようとした。


 赤泥蟻穴の方向へ戻ろうとする。


「帰るな」

 余は言った。

「余の床を踏んだのだ」


 湿灰床に残った足跡へ、偽の帰巣匂いを流す。


 蟻が一瞬、道を誤った。


 入口側へ戻る。


 そこを大蜘蛛が縫う。


 グズが潰す。


《赤泥蟻一体撃破》

《獲得ソウル:12》

《外敵素材:赤泥甲殻片》

《現在ソウル:375》


 残りの小蟻は逃げた。


 深追いはしない。


 余の外縁はまだ浅い。


 赤泥蟻穴の本当の外周までは届かない。


 だが今日は、十分だ。


 噛み杭蟻を喰った。


 赤泥蟻を二匹喰った。


 そして、大蜘蛛が進む。


白い部屋の表示が震えた。



【進化可能】


対象:影縫い大蜘蛛・幼体

条件達成:

・火影下での大型対象拘束

・赤泥蟻外周魔物の連続拘束

・帰路固定具への干渉経験

・外縁影縫い経験


進化先:火影縫い大蜘蛛・若体

必要ソウル:100



「百か」

《はい》

「高いな」

《強力な進化です》

「だが、やる」


 迷わなかった。


 今の迷靄洞に必要なのは、外で作られる影を使える魔物だ。


 人間が火を使うなら、火影を縫う。


 赤泥蟻が外を噛むなら、その影を縫う。


 外へ滲む迷宮には、それが必要だ。


「進化させろ」

《ソウル100消費》

《現在ソウル:275》


 入口の天井で、大蜘蛛が震えた。


 影の中にいたその身体が、炎の残光を受ける。


 黒かった脚に、焦げた赤の筋が入る。


 糸は細いままだ。


 だが、以前より熱で切れにくい。


 炎そのものを掴むのではない。


 炎が作る影の縁を、より深く縫う。



【進化完了】


影縫い大蜘蛛・幼体

→ 火影縫い大蜘蛛・若体


能力:

・火影縫い

・揺影拘束

・焦げ影耐性

・帰路糸強化

・外縁影糸の射程微増


備考:

炎を無効化する能力ではありません。

火が作る影を利用する能力です。

強火、直火、浄化炎には依然として脆弱です。



「火に強くなったわけではない」

《はい》

「火の影に強くなった」

《はい》

「それでよい」


 余は満足した。


 火を消す迷宮ではない。


 火を恐れぬ迷宮でもない。


 火でできる影を奪う迷宮。


 それが今の迷靄洞には合っている。


外では、人間どもが騒いでいた。


「蟻が入口で止まったぞ!」

「何かに絡まったのか!?」

「分からん! 煙で見えない!」

「近づくな! 記録だけ取れ!」

「記録係はどこだ!?」

「さっきまで焚き火の横に――」


 一人、消えていた。


 記録係。


 火と煙と蟻の動きを見ようとしていた男だ。


 余は、その男がいつ入口へ寄ったかを見ていた。


 噛み杭蟻が暴れ、煙迷いが流れた時。


 彼は安全圏にいた。


 だが、記録板を落とした。


 それを拾おうとして、半歩前へ出た。


 煙で封鎖縄の位置を誤った。


 湿灰床を踏んだ。


 そして入口の影に片足を入れた。


 その時点で、もう余のものだった。


「グズ」

「ギィ……」


 グズは負傷していた。


 だが、まだ棍棒を握っていた。


 記録係の最期は早かった。


 叫ぶ前に、頭を潰した。


《侵入者一名死亡》

《獲得ソウル:41》

《現在ソウル:316》


「記録する者を殺した」

《はい》

「これで、人間側に残るのは」

《煙、蟻、大型蟻の停止、記録係の消失。詳細不明》

「十分だ」


 詳細は残さない。


 人間には、分からないまま怖がらせる。


 ロードには、新聞で騒がせる。


 赤泥蟻穴には、損耗を感じさせる。


 それぞれ違う情報を渡す。


 それが情報戦だ。


戦いが終わった後、入口前には新しいものが残った。


 噛み杭蟻の砕けた顎。


 赤泥固定瘤。


 湿った灰に残る蟻の足跡。


 人間の記録板。


 半分焦げた封鎖縄。


 そして、火影縫い大蜘蛛の新しい糸。


 余はそれらを見ながら、考える。


「管理音声」

《はい》

「赤泥蟻穴は、外周回収が得意だ」

《はい》

「だが、蟻の道は偽れる」

《はい》

「人間は記録しようとする」

《はい》

「だが、記録する者も喰える」

《はい》

「火は焼く」

《はい》

「だが、影を作る」

《はい》


 少しずつ、迷靄洞の外周戦術が形になっている。


 外へ出て戦うのではない。


 外の行動を、入口へ曲げる。


 人間の封鎖。


 焼却。


 記録。


 赤泥蟻の襲撃。


 回収。


 帰巣。


 それら全部を、迷靄洞の口へずらす。


 ずらして、湿らせて、縫って、喰う。


「外で迷わせ、中で喰う」

 余は呟いた。

「だが、それだけではないな」

《はい》

「外で起きたことを、すべて入口へ向ける」

《外周誘導の概念として記録します》


 その表示に、新しい候補が出た。



【新規発展候補】


外周誘導路

効果:外縁で発生した逃走・追跡・回収行動を入口側へ寄せやすくする

必要条件:

・外縁滲出の継続運用

・湿灰床の定着

・火影縫い大蜘蛛による外縁糸網

・追加ソウル:180



「高い」

《はい》

「だが、欲しい」

《はい》


 今はまだ買えない。


 買えないことはないが、買えば余裕がなくなる。


 だが方向は見えた。


 迷靄洞は、ただ洞窟内で殺す段階から進み始めている。


 入口の外に、誘導路を作る。


 それができれば、封鎖線はもっと餌場になる。


 赤泥蟻穴とも、より深く噛み合う。



夜。


 ダンジョン新聞は、いつもより早く震えた。



【地域短報】


・迷靄洞外縁で赤泥蟻群と交戦

・大型赤泥蟻と推定される個体、迷靄洞入口付近で消失

・封鎖部隊の記録係一名、未帰還

・迷靄洞、火影・煙・外縁灰への干渉を強めた可能性

・赤泥蟻穴との外周競合、激化



 交流欄は、当然のように荒れた。



・“朽縄井戸”井守:おやおや、噛み杭蟻まで喰ったか

・“玻璃宮の姫”:外周戦を学ぶ速度が早いですわね。けれど、早すぎる成長は目立ちますわ

・“灰冠のロード”:外へ伸びるほど、人間の地図に載る

・“赤泥蟻穴”:湿ったの。噛み杭を返せ



「返せだと」

《はい》

「もう顎になった」

《はい》

「返せるわけがなかろう」

《返信しますか》

「する」



・“迷靄洞”:余の入口に噛みついた顎だ。今は余の床の飾りだ



 少し間が空いた。


 それから赤泥蟻穴が返した。



・“赤泥蟻穴”:なら次は、入口ではなく外縁そのものを噛む



 余は目を細めた。


 入口ではなく、外縁。


 つまり、外縁滲出の範囲を地中から崩すつもりだ。


 湿りの届く地面を掘り返す。


 湿灰床を乾かす。


 外周迷霧の根を噛む。


 そういう攻め方が来る。


「管理音声」

《はい》

「次は下か」

《はい》

「赤泥蟻穴らしい」

《はい》


 そして、その直後。


 灰冠のロードが短く書き込んだ。



・“灰冠のロード”:人間側も動く。迷宮同士を争わせる餌を置くだろう



「餌?」

《囮物資、負傷者偽装、誘導荷車などが考えられます》

「人間が、余と赤泥蟻穴を釣るのか」

《可能性あり》

「……ふむ」


 腹立たしい。


 だが、面白い。


 人間が餌を置く。


 赤泥蟻穴が横から噛む。


 余が帰り道を奪う。


 誰が誰を釣るのか、分からなくなる。


「よい」

 余は静かに言った。

「餌を置くなら、餌を置いた者の帰り道を喰う」


 火影縫い大蜘蛛が、入口の天井で脚を広げた。


 グズは傷を抱えながらも棍棒を離さない。


 ミルは静かに外を見ている。


 マネはその真似をして、やはり少しずれている。


 湿灰床は、夜の入口で黒く濡れていた。


 蟻にも影はある。


 人間にも帰り道がある。


 なら、どちらも余の餌だ。


 次に置かれる餌場で、誰が本当に喰われるのか。


 それを決めるのは、迷靄洞である。

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