↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

254/289

第250話 黒い軍旗が、白い霧を埋め尽くす

 黒冠軍との交渉が決裂してから、四日が経った。


 そのあいだ、霧灰白庭迷宮むかいはくていめいきゅうへ近づく者は一人もいなかった。


 赤金の奇跡果せききんのきせきかを求めていた冒険者も、薬師も、裏商人も来ない。ヴァレスト家の兵が大挙して押し寄せた時とは違い、森の外は不気味なほど静まり返っていた。


 黒冠軍が意図的に人を遠ざけているのかもしれない。


 これから自分たちが攻める場所へ、余計な人間を入れたくないのなら筋は通る。


 だが、確証はない。


 分かっているのは、黒冠軍が必ず来るということだけだった。


《外縁部、異常ありません》


「分かっている」


《第一防衛線、異常ありません》


「それも見ている」


《第二防衛線――》


「もういい!」


 管理音声の報告を途中で止め、余は白い部屋に浮かべていた壁面の一つを閉じた。


 さっきから同じ場所を何度も確認している。


 外縁。


 覇王練兵窟。


 百骸騎士団の防衛線。


 万蝕酸界。


 命の苗床。


 一度見終わるたびに、何か見落とした気がして最初から見直してしまう。


「ロード」


 命の苗床にいるフィルエが、少し困ったような声で呼んだ。


「何だ」


「また全部見てたでしょ」


「必要だから見ている」


「さっきも見たよ」


「状況は変わる」


「一分で?」


「変わる時は変わる!」


 言い返すと、フィルエは小さく笑った。


「心配なんだね」


「当たり前だ」


 黒冠軍は、前回たった五人で余の迷宮を大きく乱した。


 マネの声を奪い、仲間同士を殺し合わせ、ガルザヴェインまで黒冠隷命こっかんれいめいで縛った。


 今回は軍で来る。


 何人なのかも分からない。


 百か。


 千か。


 それ以上か。


 そんな相手を前にして、落ち着いていろという方が無理だ。


「でも」


 フィルエは誓命花せいめいかの根元へ戻り水を注ぎながら、穏やかな声で続けた。


「罠も直したし、軍もいる。傷ついた子たちもほとんど治ったよ」


「ああ」


「それに」


 フィルエは、覇王練兵窟の方へ顔を向けた。


「みんな、逃げようとしてない」


 その言葉に、余は黙った。


 覇牙軍団も。


 百骸騎士団も。


 グズも。


 マネも。


 ハイハネも。


 カゲヌイも。


 誰一人として、次に来る黒冠軍から逃げようとはしていない。


 それどころか、全員が戦う準備をしている。


「ロードも、一人で全部考えなくていいよ」


 前にも似たようなことを言われた気がする。


 余は何もかも自分で決めようとする。


 余がロードだから。


 余が迷宮だから。


 だが、今のこの迷宮には、余以外にも考える者が増えた。


「……分かった」


「本当に?」


「ああ」


「じゃあ、壁面一個閉じて」


「なぜだ」


「見すぎだから」


「関係ないだろう」


「一個」


「……」


「一個だけ」


 仕方なく、使っていない物資庫の壁面を閉じた。


 フィルエは満足そうに頷く。


「ほら、少しすっきりした」


「何も変わっていない!」


「でも一個減った」


 完全に気休めだ。


 だが、不思議と先ほどより息苦しさが減ったような気もした。


    ◇


 覇王練兵窟では、ガルザヴェインが覇牙軍団百二十体の最終確認を行っていた。


 以前のように、強そうな者から前へ並べているわけではない。


 先頭には巨大な盾を持つ盾兵。


 その後ろへ槍兵。


 左右には刃兵。


 弓兵と術兵は後方。


 補充した新兵も、今では迷宮内の霧や小道の使い方を覚え、古参のゴブリンたちに遅れず動けるようになっている。


「第一隊!」


 ガルザヴェインの声が練兵窟に響く。


「盾!」


 二十枚の大盾が、寸分違わぬ動きで持ち上がった。


「第二隊!」


 今度は槍兵。


「出ス!」


 盾の隙間から、一斉に黒い槍が突き出される。


 見た目だけでも、以前のゴブリン軍とは全く違う。


 ただ数がいるのではない。


 軍として形になっている。


「止メル!」


 その一声で、全員が動きを止めた。


 ガルザヴェインは列の横をゆっくり歩き、盾の高さや槍の角度、兵同士の間隔を一体ずつ確認していく。


「ガルザヴェイン」


「ロード」


「どうだ」


 しばらく軍を見回していたガルザヴェインは、少し得意そうに胸を張った。


「強イ」


「そうか」


「前ヨリ、強イ」


「ああ」


 余もそう思う。


 強制強化。


 訓練。


 実戦。


 そして補充。


 ただ買っただけの魔物だった頃とは違う。


 だが。


 ガルザヴェインは、少し考えてから意外なことを言った。


「デモ」


「何だ」


「死ヌ、カモ」


 余は一瞬、返事に詰まった。


「……そうだな」


 戦えば、死ぬ者は出る。


 黒冠軍が前回の五人とは比較にならない軍勢を連れてくるなら、なおさらだ。


「イヤダ」


 ガルザヴェインの口から、そんな言葉が出るとは思わなかった。


「そうか」


「ウン」


 以前なら、戦えるならそれでよかった。


 敵が強ければ、むしろ嬉しそうに前へ出た。


 だが今は、自分の後ろに百二十体の兵がいる。


 その全てが、自分についてくる仲間だ。


「それでも戦うのか」


「ウン」


「なぜだ」


 ガルザヴェインは、命の苗床がある方向へ顔を向けた。


「戦ワナイト」


 太い拳が握られる。


「全部、取ラレル」


 フィルエも。


 芽も。


 実も。


 迷宮も。


 余も。


 そして覇牙軍団そのものも。


「なら一つ命令だ」


「ウン」


「できる限り、全員生きて帰せ」


 ガルザヴェインは少し驚いたようにこちらを見た。


「難シイ」


「分かっている」


「デモ?」


「それでもだ」


 戦場で全員を必ず生かせなど、無茶な命令なのは分かっている。


 だが。


 死んでも補充すればいい。


 今はもう、そんな風には思えない。


 ガルザヴェインも同じらしい。


 しばらく軍を見た後、拳を自分の胸へ当てた。


「覇牙王」


 一度、大きく息を吸う。


「全員、帰ス」


 百二十体のゴブリンが一斉に武器を掲げた。


「ギャアアアアアッ!」


 練兵窟を揺らす咆哮ほうこうに、余の中に溜まっていた不安が少しだけ吹き飛ばされた。


    ◇


 第二防衛線では、カゲツが冥月百骸騎士団めいげつひゃくがいきしだんの陣形を確認していた。


「第一城陣、展開」


 青黒い大剣が床を叩く。


 盾騎士が前へ出て、槍騎士がその後ろへ並ぶ。左右を剣騎士が固め、弓騎士と術騎士が後方へ展開した。


 百体が一つの巨大な城壁のように組み上がる。


「聖灰対策、開始」


 白骨書記が、以前人間側から回収した聖灰を模した粉を前列へ散らした。


 粉を浴びた盾騎士は、迷うことなく自分の左腕を切り離す。


 汚染された骨だけが白磁溝へ落ち、そこへ戻り水が流れる。


 同時に後列の騎士が一歩進み、空いた場所を塞いだ。


《陣形転換時間、六・四秒》


「以前は九秒だったな」


「改善済ミ」


「まだ縮めるつもりか」


「実戦デハ、敵ハ待タナイ」


 カゲツの言うことは正しい。


 前回の白陽砲はくようほうも、聖灰も、こちらが準備する時間など与えなかった。


「でも無理はするな」


「無理ト必要ナ負荷ハ異ナル」


「言うようになったな」


「ロードノ影響」


「余の?」


「時折、無茶ヲ命ジル」


「覚えがない!」


「多数有リ」


「具体的に言え!」


 カゲツはそれ以上答えず、大剣を掲げた。


「再度、開始」


「逃げたな!」


 百体の騎士が再び動き始める。


 こいつも、以前より自分の意見を口にするようになった。


 命令へ従うだけの将ではない。


 自分の軍をどう生かすか。


 どう守るか。


 自分で考えている。


    ◇


 一方、ルオは外縁に近い白磁回廊の天井付近へ浮かび、目を閉じていた。


「何をしている」


「探してる」


「誰を」


「ゴールドプレート」


「まだ来ていないだろう」


「気配はある」


 白銀の翼がゆっくり揺れる。


「前より近い」


「黒冠軍と一緒か」


「分かんない」


「なら降りろ」


「何で?」


「勝手に飛び出しそうだからだ!」


「行かないって」


 そう言いながら、ルオの顔は明らかに楽しそうだった。


「そんなに戦いたいのか」


「うん」


「相手が、お前と同じくらい強いかもしれないんだぞ」


「だからだろ」


 迷いのない返事。


「死ぬかもしれん」


「相手もな」


「そういう話ではない!」


 ルオは少し笑い、白銀の瞳を細める。


「ロードは、オレが負けると思ってる?」


「思っていない」


「じゃあいいだろ」


「よくない。相手がお前と同じくらいなら、何が起きるか分からないと言っている!」


「だから楽しい」


「理解できん!」


「ガルザヴェインなら分かる」


 覇王練兵窟から、ガルザヴェインが顔を上げた。


「ウン」


「分かるな!」


「強イ奴、戦ウ。楽シイ」


「お前まで!」


 ルオが笑う。


「ちゃんと相手は分けてるから大丈夫だって」


「何を」


「ゼルヴァンはガルザヴェイン」


「ウン」


「オレはゴールドプレート」


「勝手に担当を決めるな!」


 それでも。


 ルオは外へ出なかった。


 余が止めている限りは。


 今のところ。


    ◇


 黒冠軍が姿を見せたのは、交渉決裂から五日目の早朝だった。


《遠方に大規模魔力反応を確認しました》


 管理音声の声と同時に、余は白い部屋の壁面を切り替えた。


「距離」


《外縁より十八・二キロメートル》


「数は」


《算出中です》


 壁面の向こう。


 朝霧の残る街道を。


 黒いものが流れている。


 最初は、一つの長い影に見えた。


 だが拡大すると、その正体が分かる。


 兵だ。


 数え切れないほどの兵。


 先頭には巨大な盾を持つ魔人兵。その後方を黒槍兵と術兵が続き、牙獣に乗った騎兵や、六脚の大型魔獣に引かれた攻城兵器まで見える。


 さらに頭上では、翼を持つ魔族兵がいくつもの隊列を組んで旋回していた。


 どこまで見ても。


 黒冠軍の軍旗が途切れない。


「……多いな」


 思わず漏れた余の声へ、管理音声が冷静な数字を重ねた。


《現時点で確認できる総兵力、約三千八百》


「三千八百……」


 ヴァレスト家の二百六十三人ですら、あれだけの戦いになった。


 今回は、その十倍どころではない。


《歩兵約二千六百》


《騎兵約四百》


《術兵約三百》


《空中戦力百二十以上》


《大型魔獣五十八》


《攻城魔導兵器十六》


《高位魔力反応、十二》


「十二体も高位個体がいるのか」


《はい》


 さらに。


 管理音声の声が、一瞬だけ間を置いた。


《加えて、測定限界に近い反応を一つ確認》


 ルオが、天井付近でにやりと笑った。


「そいつだ」


「ゴールドプレートか」


「うん」


「どこだ」


「一番後ろ」


 壁面を軍列の最後尾へ移す。


 そこに。


 一人だけ。


 黒冠軍の鎧を着ていない男が歩いていた。


 軍馬にも乗らず、布で巻いた細長い武器を肩へ担いでいる。


 腰で揺れるのは。


 金色の認証札。


「ゼグラド」


 ルオが初めて、その名を口にした。


「なぜ知っている」


「さっき黒冠軍の奴が呼んでた」


「勝手に外の音を拾うな!」


「名前分からないと戦う時困るだろ」


「困らん!」


 ルオは聞いていない。


 壁面の向こうのゼグラドを、嬉しそうに見ている。


 その時。


 遠くを歩いていたゼグラドが、突然顔を上げた。


 こちらが見えているはずはない。


 森と白霧に隠されている。


 それなのに。


 一瞬だけ。


 ルオと目が合ったように感じた。


    ◇


「マネ」


「ロード」


「全軍へ伝えろ」


 余は一度だけ息を整えた。


「敵軍、およそ四千」


 マネの声が迷宮全体へ響く。


「敵軍、約四千!」


「全防衛区画、戦闘準備!」


 覇牙軍団が一斉に立ち上がった。


 百二十の武器が床を打ち。


 ガルザヴェインが軍の先頭へ出る。


「多イ」


「ああ」


「全部」


「余が言う前に勝手に決めるな」


「殺ス」


「敵ならな」


「敵」


「ああ」


「全員、殺ス」


 今度は否定しなかった。


 第二防衛線では、カゲツが百骸騎士団を二重の城陣へ組み替え始める。


「大型兵器対策、白磁隔壁ト連動」


「承認する」


《白磁隔壁を戦闘連動へ移行します》


 壁が動く。


 ただ砲撃を受け止めるためではない。


 角度を変え。


 流し。


 別方向へ逃がす。


 前回。


 白陽砲を真正面から受けた経験を。


 今回は使う。


「ウルグ」


「うるぐ」


「起きろ」


 万蝕酸界の透明な床が、中央からゆっくり盛り上がった。


 巨大な酸の塊が形を作る。


「敵が大量に来る」


「うるぐ」


「全部食うなよ」


「うるぐ」


「今の返事は信用できん!」


 透明な巨体が嬉しそうに揺れた。


    ◇


 黒冠軍は、白い迷宮から十キロほど離れた場所で軍を止めた。


 いきなり攻めては来ない。


 軍列が左右へ開き、森を半円状に囲うように陣地を作り始める。


 大型魔獣が杭を打ち込み。


 術兵が地面へ魔法陣を描き。


 兵たちは補給路と砲撃地点を確保していく。


「本気で戦争する軍だな」


 余が呟く。


 冒険者とは違う。


 貴族軍とも違う。


 こちらが罠を張っているからといって、勢いだけで突っ込んでこない。


「ロード」


 カゲツが呼ぶ。


「敵軍、即時侵入セズ」


「ああ」


「外部カラ迷宮構造ヲ削ル可能性」


「砲撃か」


「可能性有リ」


 ゼルヴァンは。


 前回の迷宮内部を見ている。


 完全ではなくても、外縁部の情報は持ち帰っているだろう。


「なら、古い情報を使わせてやる」


《指示を》


「偽入口を三つ増やせ」


《必要ソウル、210,000》


「承認」


《形成を開始します》


 本物の入口から少し離れた場所。


 さらにその左右。


 白霧の中へ、人が通れる裂け目が三つ現れる。


 見た目は本物とほとんど変わらない。


 だが、中へ進めば途中で行き止まり。


 泥。


 毒。


 外縁魔物。


 そして砲撃を流す白磁隔壁。


「地下空洞も増やせ」


《規模は》


「大型魔獣が踏み込めば崩れる程度」


《必要ソウル、320,000》


「承認」


 黒冠軍が準備している間。


 こちらも。


 ただ待っているつもりはない。


    ◇


 昼を過ぎた頃。


 黒冠軍の中央陣から、三騎が前へ出た。


 中央。


 巨大な黒馬へ乗り、戦槌せんついを背負った大柄な魔族。


 左右には。


 セレイナ。


 そしてゼルヴァン。


 余の視線は、自然とゼルヴァンの左腕へ向いた。


 交渉時には外していた黒い補助具。


 今は。


 装着されている。


 失った指の代わりとなる金属指。


 黒冠隷命を補助する呪導線。


「ロード」


 ガルザヴェインの魔力が、一気に膨れた。


「見エル」


「ああ」


「今度」


「ああ」


「壊ス」


 以前。


 指二本で済ませた。


 だが。


 今回は。


「殺せ」


 口に出してから。


 迷いはなかった。


 ガルザヴェインの金色の目が見開かれる。


 そして。


 ゆっくり。


 口元が吊り上がった。


「ウン」


    ◇


 三騎は、白い霧から十分な距離を取って停止した。


 中央の大柄な魔族が、黒馬の上で立ち上がるように背筋を伸ばし、戦場全体へ響く声を放った。


「白い迷宮に告げる!」


 魔力の乗った大音声に。


 森の鳥たちが一斉に飛び立つ。


「我は黒冠軍第三戦団長!」


「ヴァルドレム・ガイザ!」


 黒冠軍軍議を決めた男。


 ゼルヴァンより上の立場。


 今回の侵攻軍の総指揮官。


「先日の交渉において!」


「貴様らは黒冠軍の要求を拒絶した!」


 余はまだ声を返さない。


 最後まで言わせる。


「我らが求めるのは!」


「勇者軍との戦争を変える力だ!」


「一個の果実で!」


「数百!」


「数千の兵が救われる可能性がある!」


「それを!」


「貴様らは外へ出さぬと言った!」


 有限だからだ。


 それ以上でも。


 それ以下でもない。


「よって!」


 ヴァルドレムが戦槌を高く掲げる。


「黒冠軍は!」


「白い迷宮を!」


 一拍。


「軍事資源保有地と認定する!」


 フィルエの顔が僅かに曇った。


 軍事資源。


 実。


 芽。


 命の苗床。


 全部。


 こいつらにとっては。


 戦争へ使うための資源。


「最後の通告だ!」


「赤金の奇跡果を継続供給せよ!」


「迷宮内部の素材調査を認めよ!」


「そして!」


「黒冠軍監視官の常駐を認めよ!」


 余の中で。


 何かが、すっと冷えた。


 交渉時より要求が増えている。


 実だけではない。


 迷宮内部の調査。


 監視官。


 常駐。


 つまり。


 少しずつ。


 この迷宮へ自分たちの手を入れるつもりだった。


「受け入れれば!」


「白い迷宮の存続を保証する!」


 もう十分だ。


「外部音声を開け」


《承知しました》


《ヴァルドレム・ガイザ》


 余の声が白霧の奥から響く。


 黒馬が驚き、一歩後ろへ下がった。


 ヴァルドレムは手綱を引き、その場へ押し留める。


《お前たちは》


《余の迷宮を》


《軍事資源と呼んだ》


「事実だ!」


《余の配下を》


《戦力として数えた》


「戦える以上、当然だ!」


《フィルエを》


《実を生むための存在として扱うか》


 名前を知らないヴァルドレムの眉が僅かに動く。


「何者かは知らん!」


「だが果実を生む存在なら、その価値に応じて扱う!」


《つまり》


 怒りは。


 もうなかった。


 むしろ。


 はっきりした。


《お前たちにとって》


《全て物か》


「戦争では!」


 ヴァルドレムが戦槌を白い霧へ向ける。


「全ては価値で量られる!」


 なるほど。


 なら。


 もう話すことはない。


「黒冠軍へ従えば、白い迷宮は残る!」


「拒めば!」


 戦槌が。


 余のいる方向へ。


 真っ直ぐ向けられた。


「コアを破壊し!」


「迷宮を消滅させる!」


 コアを壊せば。


 迷宮は消える。


 それは。


 誰でも知っている。


 こいつらは。


 ロードの存在など知らない。


 だが。


 それで十分だ。


 コアが壊れれば。


 余も。


 配下も。


 全て。


 存在ごと消える。


《答えは》


 余は。


 迷わなかった。


《交渉の時に伝えた》


「改める気はないと?」


《ない》


「ならば!」


「戦争だ!」


《違う》


 ヴァルドレムの眉が動いた。


「何?」


《これは》


 余は。


 覇牙軍団。


 百骸騎士団。


 フィルエ。


 ルオ。


 そして全ての配下へ届くよう。


 迷宮全体へ声を響かせる。


《戦争ではない》


 白い霧が大きく膨れた。


《侵略者の処分だ》


 黒冠軍の三騎が。


 反射的に後退する。


 霧は追わない。


 境界で止まる。


《一人も帰さない》


 その言葉と同時に。


 ヴァルドレムが黒馬を反転させた。


「全軍!」


 後方。


 約四千の黒冠軍兵が一斉に武器を掲げる。


「攻撃準備!」


 十六門の攻城魔導兵器が、白い霧へ砲身を向けた。


 術兵が地面へ魔法陣を描き。


 大型魔獣がくつわを噛み砕く勢いで暴れ始める。


 ゼルヴァンは左腕の補助具へ魔力を流した。


 失った二本の指の代わりに、黒い金属指が動く。


 割れた黒冠隷命の紋へ。


 再び黒い光が灯った。


 霧の内側では。


 ガルザヴェインが。


 覇牙軍団の先頭へ立っていた。


「ロード」


「何だ」


「行ク」


「まだ待て」


「デモ」


「最初は向こうに撃たせる」


 余は外の砲台を見る。


「何を狙うか」


「どこまで情報を持っているか」


「全部見せてもらう」


 ガルザヴェインは不満そうに歯を食いしばった。


「……ウン」


 黒冠軍陣地。


 ヴァルドレムの戦槌が振り下ろされる。


「第一砲列!」


「照準!」


 四門の砲口へ。


 赤紫色の魔力が一気に集まり始めた。


「目標!」


「白霧中央!」


 中央。


 そこは。


 本物の入口ではない。


 先ほど作った偽入口。


 余の中で。


 僅かに笑いが漏れた。


「カゲツ」


「ロード」


「受け流せ」


「承知」


「そして」


 余は。


 黒冠軍の大型魔獣が立っている地面を見た。


「落とせ」


 ヴァルドレムが叫ぶ。


「撃て!」


 四本の赤紫色の砲撃が。


 森を震わせ。


 白い霧へ突き刺さった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。