第250話 黒い軍旗が、白い霧を埋め尽くす
黒冠軍との交渉が決裂してから、四日が経った。
そのあいだ、霧灰白庭迷宮へ近づく者は一人もいなかった。
赤金の奇跡果を求めていた冒険者も、薬師も、裏商人も来ない。ヴァレスト家の兵が大挙して押し寄せた時とは違い、森の外は不気味なほど静まり返っていた。
黒冠軍が意図的に人を遠ざけているのかもしれない。
これから自分たちが攻める場所へ、余計な人間を入れたくないのなら筋は通る。
だが、確証はない。
分かっているのは、黒冠軍が必ず来るということだけだった。
《外縁部、異常ありません》
「分かっている」
《第一防衛線、異常ありません》
「それも見ている」
《第二防衛線――》
「もういい!」
管理音声の報告を途中で止め、余は白い部屋に浮かべていた壁面の一つを閉じた。
さっきから同じ場所を何度も確認している。
外縁。
覇王練兵窟。
百骸騎士団の防衛線。
万蝕酸界。
命の苗床。
一度見終わるたびに、何か見落とした気がして最初から見直してしまう。
「ロード」
命の苗床にいるフィルエが、少し困ったような声で呼んだ。
「何だ」
「また全部見てたでしょ」
「必要だから見ている」
「さっきも見たよ」
「状況は変わる」
「一分で?」
「変わる時は変わる!」
言い返すと、フィルエは小さく笑った。
「心配なんだね」
「当たり前だ」
黒冠軍は、前回たった五人で余の迷宮を大きく乱した。
マネの声を奪い、仲間同士を殺し合わせ、ガルザヴェインまで黒冠隷命で縛った。
今回は軍で来る。
何人なのかも分からない。
百か。
千か。
それ以上か。
そんな相手を前にして、落ち着いていろという方が無理だ。
「でも」
フィルエは誓命花の根元へ戻り水を注ぎながら、穏やかな声で続けた。
「罠も直したし、軍もいる。傷ついた子たちもほとんど治ったよ」
「ああ」
「それに」
フィルエは、覇王練兵窟の方へ顔を向けた。
「みんな、逃げようとしてない」
その言葉に、余は黙った。
覇牙軍団も。
百骸騎士団も。
グズも。
マネも。
ハイハネも。
カゲヌイも。
誰一人として、次に来る黒冠軍から逃げようとはしていない。
それどころか、全員が戦う準備をしている。
「ロードも、一人で全部考えなくていいよ」
前にも似たようなことを言われた気がする。
余は何もかも自分で決めようとする。
余がロードだから。
余が迷宮だから。
だが、今のこの迷宮には、余以外にも考える者が増えた。
「……分かった」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ、壁面一個閉じて」
「なぜだ」
「見すぎだから」
「関係ないだろう」
「一個」
「……」
「一個だけ」
仕方なく、使っていない物資庫の壁面を閉じた。
フィルエは満足そうに頷く。
「ほら、少しすっきりした」
「何も変わっていない!」
「でも一個減った」
完全に気休めだ。
だが、不思議と先ほどより息苦しさが減ったような気もした。
◇
覇王練兵窟では、ガルザヴェインが覇牙軍団百二十体の最終確認を行っていた。
以前のように、強そうな者から前へ並べているわけではない。
先頭には巨大な盾を持つ盾兵。
その後ろへ槍兵。
左右には刃兵。
弓兵と術兵は後方。
補充した新兵も、今では迷宮内の霧や小道の使い方を覚え、古参のゴブリンたちに遅れず動けるようになっている。
「第一隊!」
ガルザヴェインの声が練兵窟に響く。
「盾!」
二十枚の大盾が、寸分違わぬ動きで持ち上がった。
「第二隊!」
今度は槍兵。
「出ス!」
盾の隙間から、一斉に黒い槍が突き出される。
見た目だけでも、以前のゴブリン軍とは全く違う。
ただ数がいるのではない。
軍として形になっている。
「止メル!」
その一声で、全員が動きを止めた。
ガルザヴェインは列の横をゆっくり歩き、盾の高さや槍の角度、兵同士の間隔を一体ずつ確認していく。
「ガルザヴェイン」
「ロード」
「どうだ」
しばらく軍を見回していたガルザヴェインは、少し得意そうに胸を張った。
「強イ」
「そうか」
「前ヨリ、強イ」
「ああ」
余もそう思う。
強制強化。
訓練。
実戦。
そして補充。
ただ買っただけの魔物だった頃とは違う。
だが。
ガルザヴェインは、少し考えてから意外なことを言った。
「デモ」
「何だ」
「死ヌ、カモ」
余は一瞬、返事に詰まった。
「……そうだな」
戦えば、死ぬ者は出る。
黒冠軍が前回の五人とは比較にならない軍勢を連れてくるなら、なおさらだ。
「イヤダ」
ガルザヴェインの口から、そんな言葉が出るとは思わなかった。
「そうか」
「ウン」
以前なら、戦えるならそれでよかった。
敵が強ければ、むしろ嬉しそうに前へ出た。
だが今は、自分の後ろに百二十体の兵がいる。
その全てが、自分についてくる仲間だ。
「それでも戦うのか」
「ウン」
「なぜだ」
ガルザヴェインは、命の苗床がある方向へ顔を向けた。
「戦ワナイト」
太い拳が握られる。
「全部、取ラレル」
フィルエも。
芽も。
実も。
迷宮も。
余も。
そして覇牙軍団そのものも。
「なら一つ命令だ」
「ウン」
「できる限り、全員生きて帰せ」
ガルザヴェインは少し驚いたようにこちらを見た。
「難シイ」
「分かっている」
「デモ?」
「それでもだ」
戦場で全員を必ず生かせなど、無茶な命令なのは分かっている。
だが。
死んでも補充すればいい。
今はもう、そんな風には思えない。
ガルザヴェインも同じらしい。
しばらく軍を見た後、拳を自分の胸へ当てた。
「覇牙王」
一度、大きく息を吸う。
「全員、帰ス」
百二十体のゴブリンが一斉に武器を掲げた。
「ギャアアアアアッ!」
練兵窟を揺らす咆哮に、余の中に溜まっていた不安が少しだけ吹き飛ばされた。
◇
第二防衛線では、カゲツが冥月百骸騎士団の陣形を確認していた。
「第一城陣、展開」
青黒い大剣が床を叩く。
盾騎士が前へ出て、槍騎士がその後ろへ並ぶ。左右を剣騎士が固め、弓騎士と術騎士が後方へ展開した。
百体が一つの巨大な城壁のように組み上がる。
「聖灰対策、開始」
白骨書記が、以前人間側から回収した聖灰を模した粉を前列へ散らした。
粉を浴びた盾騎士は、迷うことなく自分の左腕を切り離す。
汚染された骨だけが白磁溝へ落ち、そこへ戻り水が流れる。
同時に後列の騎士が一歩進み、空いた場所を塞いだ。
《陣形転換時間、六・四秒》
「以前は九秒だったな」
「改善済ミ」
「まだ縮めるつもりか」
「実戦デハ、敵ハ待タナイ」
カゲツの言うことは正しい。
前回の白陽砲も、聖灰も、こちらが準備する時間など与えなかった。
「でも無理はするな」
「無理ト必要ナ負荷ハ異ナル」
「言うようになったな」
「ロードノ影響」
「余の?」
「時折、無茶ヲ命ジル」
「覚えがない!」
「多数有リ」
「具体的に言え!」
カゲツはそれ以上答えず、大剣を掲げた。
「再度、開始」
「逃げたな!」
百体の騎士が再び動き始める。
こいつも、以前より自分の意見を口にするようになった。
命令へ従うだけの将ではない。
自分の軍をどう生かすか。
どう守るか。
自分で考えている。
◇
一方、ルオは外縁に近い白磁回廊の天井付近へ浮かび、目を閉じていた。
「何をしている」
「探してる」
「誰を」
「ゴールドプレート」
「まだ来ていないだろう」
「気配はある」
白銀の翼がゆっくり揺れる。
「前より近い」
「黒冠軍と一緒か」
「分かんない」
「なら降りろ」
「何で?」
「勝手に飛び出しそうだからだ!」
「行かないって」
そう言いながら、ルオの顔は明らかに楽しそうだった。
「そんなに戦いたいのか」
「うん」
「相手が、お前と同じくらい強いかもしれないんだぞ」
「だからだろ」
迷いのない返事。
「死ぬかもしれん」
「相手もな」
「そういう話ではない!」
ルオは少し笑い、白銀の瞳を細める。
「ロードは、オレが負けると思ってる?」
「思っていない」
「じゃあいいだろ」
「よくない。相手がお前と同じくらいなら、何が起きるか分からないと言っている!」
「だから楽しい」
「理解できん!」
「ガルザヴェインなら分かる」
覇王練兵窟から、ガルザヴェインが顔を上げた。
「ウン」
「分かるな!」
「強イ奴、戦ウ。楽シイ」
「お前まで!」
ルオが笑う。
「ちゃんと相手は分けてるから大丈夫だって」
「何を」
「ゼルヴァンはガルザヴェイン」
「ウン」
「オレはゴールドプレート」
「勝手に担当を決めるな!」
それでも。
ルオは外へ出なかった。
余が止めている限りは。
今のところ。
◇
黒冠軍が姿を見せたのは、交渉決裂から五日目の早朝だった。
《遠方に大規模魔力反応を確認しました》
管理音声の声と同時に、余は白い部屋の壁面を切り替えた。
「距離」
《外縁より十八・二キロメートル》
「数は」
《算出中です》
壁面の向こう。
朝霧の残る街道を。
黒いものが流れている。
最初は、一つの長い影に見えた。
だが拡大すると、その正体が分かる。
兵だ。
数え切れないほどの兵。
先頭には巨大な盾を持つ魔人兵。その後方を黒槍兵と術兵が続き、牙獣に乗った騎兵や、六脚の大型魔獣に引かれた攻城兵器まで見える。
さらに頭上では、翼を持つ魔族兵がいくつもの隊列を組んで旋回していた。
どこまで見ても。
黒冠軍の軍旗が途切れない。
「……多いな」
思わず漏れた余の声へ、管理音声が冷静な数字を重ねた。
《現時点で確認できる総兵力、約三千八百》
「三千八百……」
ヴァレスト家の二百六十三人ですら、あれだけの戦いになった。
今回は、その十倍どころではない。
《歩兵約二千六百》
《騎兵約四百》
《術兵約三百》
《空中戦力百二十以上》
《大型魔獣五十八》
《攻城魔導兵器十六》
《高位魔力反応、十二》
「十二体も高位個体がいるのか」
《はい》
さらに。
管理音声の声が、一瞬だけ間を置いた。
《加えて、測定限界に近い反応を一つ確認》
ルオが、天井付近でにやりと笑った。
「そいつだ」
「ゴールドプレートか」
「うん」
「どこだ」
「一番後ろ」
壁面を軍列の最後尾へ移す。
そこに。
一人だけ。
黒冠軍の鎧を着ていない男が歩いていた。
軍馬にも乗らず、布で巻いた細長い武器を肩へ担いでいる。
腰で揺れるのは。
金色の認証札。
「ゼグラド」
ルオが初めて、その名を口にした。
「なぜ知っている」
「さっき黒冠軍の奴が呼んでた」
「勝手に外の音を拾うな!」
「名前分からないと戦う時困るだろ」
「困らん!」
ルオは聞いていない。
壁面の向こうのゼグラドを、嬉しそうに見ている。
その時。
遠くを歩いていたゼグラドが、突然顔を上げた。
こちらが見えているはずはない。
森と白霧に隠されている。
それなのに。
一瞬だけ。
ルオと目が合ったように感じた。
◇
「マネ」
「ロード」
「全軍へ伝えろ」
余は一度だけ息を整えた。
「敵軍、およそ四千」
マネの声が迷宮全体へ響く。
「敵軍、約四千!」
「全防衛区画、戦闘準備!」
覇牙軍団が一斉に立ち上がった。
百二十の武器が床を打ち。
ガルザヴェインが軍の先頭へ出る。
「多イ」
「ああ」
「全部」
「余が言う前に勝手に決めるな」
「殺ス」
「敵ならな」
「敵」
「ああ」
「全員、殺ス」
今度は否定しなかった。
第二防衛線では、カゲツが百骸騎士団を二重の城陣へ組み替え始める。
「大型兵器対策、白磁隔壁ト連動」
「承認する」
《白磁隔壁を戦闘連動へ移行します》
壁が動く。
ただ砲撃を受け止めるためではない。
角度を変え。
流し。
別方向へ逃がす。
前回。
白陽砲を真正面から受けた経験を。
今回は使う。
「ウルグ」
「うるぐ」
「起きろ」
万蝕酸界の透明な床が、中央からゆっくり盛り上がった。
巨大な酸の塊が形を作る。
「敵が大量に来る」
「うるぐ」
「全部食うなよ」
「うるぐ」
「今の返事は信用できん!」
透明な巨体が嬉しそうに揺れた。
◇
黒冠軍は、白い迷宮から十キロほど離れた場所で軍を止めた。
いきなり攻めては来ない。
軍列が左右へ開き、森を半円状に囲うように陣地を作り始める。
大型魔獣が杭を打ち込み。
術兵が地面へ魔法陣を描き。
兵たちは補給路と砲撃地点を確保していく。
「本気で戦争する軍だな」
余が呟く。
冒険者とは違う。
貴族軍とも違う。
こちらが罠を張っているからといって、勢いだけで突っ込んでこない。
「ロード」
カゲツが呼ぶ。
「敵軍、即時侵入セズ」
「ああ」
「外部カラ迷宮構造ヲ削ル可能性」
「砲撃か」
「可能性有リ」
ゼルヴァンは。
前回の迷宮内部を見ている。
完全ではなくても、外縁部の情報は持ち帰っているだろう。
「なら、古い情報を使わせてやる」
《指示を》
「偽入口を三つ増やせ」
《必要ソウル、210,000》
「承認」
《形成を開始します》
本物の入口から少し離れた場所。
さらにその左右。
白霧の中へ、人が通れる裂け目が三つ現れる。
見た目は本物とほとんど変わらない。
だが、中へ進めば途中で行き止まり。
泥。
毒。
外縁魔物。
そして砲撃を流す白磁隔壁。
「地下空洞も増やせ」
《規模は》
「大型魔獣が踏み込めば崩れる程度」
《必要ソウル、320,000》
「承認」
黒冠軍が準備している間。
こちらも。
ただ待っているつもりはない。
◇
昼を過ぎた頃。
黒冠軍の中央陣から、三騎が前へ出た。
中央。
巨大な黒馬へ乗り、戦槌を背負った大柄な魔族。
左右には。
セレイナ。
そしてゼルヴァン。
余の視線は、自然とゼルヴァンの左腕へ向いた。
交渉時には外していた黒い補助具。
今は。
装着されている。
失った指の代わりとなる金属指。
黒冠隷命を補助する呪導線。
「ロード」
ガルザヴェインの魔力が、一気に膨れた。
「見エル」
「ああ」
「今度」
「ああ」
「壊ス」
以前。
指二本で済ませた。
だが。
今回は。
「殺せ」
口に出してから。
迷いはなかった。
ガルザヴェインの金色の目が見開かれる。
そして。
ゆっくり。
口元が吊り上がった。
「ウン」
◇
三騎は、白い霧から十分な距離を取って停止した。
中央の大柄な魔族が、黒馬の上で立ち上がるように背筋を伸ばし、戦場全体へ響く声を放った。
「白い迷宮に告げる!」
魔力の乗った大音声に。
森の鳥たちが一斉に飛び立つ。
「我は黒冠軍第三戦団長!」
「ヴァルドレム・ガイザ!」
黒冠軍軍議を決めた男。
ゼルヴァンより上の立場。
今回の侵攻軍の総指揮官。
「先日の交渉において!」
「貴様らは黒冠軍の要求を拒絶した!」
余はまだ声を返さない。
最後まで言わせる。
「我らが求めるのは!」
「勇者軍との戦争を変える力だ!」
「一個の果実で!」
「数百!」
「数千の兵が救われる可能性がある!」
「それを!」
「貴様らは外へ出さぬと言った!」
有限だからだ。
それ以上でも。
それ以下でもない。
「よって!」
ヴァルドレムが戦槌を高く掲げる。
「黒冠軍は!」
「白い迷宮を!」
一拍。
「軍事資源保有地と認定する!」
フィルエの顔が僅かに曇った。
軍事資源。
実。
芽。
命の苗床。
全部。
こいつらにとっては。
戦争へ使うための資源。
「最後の通告だ!」
「赤金の奇跡果を継続供給せよ!」
「迷宮内部の素材調査を認めよ!」
「そして!」
「黒冠軍監視官の常駐を認めよ!」
余の中で。
何かが、すっと冷えた。
交渉時より要求が増えている。
実だけではない。
迷宮内部の調査。
監視官。
常駐。
つまり。
少しずつ。
この迷宮へ自分たちの手を入れるつもりだった。
「受け入れれば!」
「白い迷宮の存続を保証する!」
もう十分だ。
「外部音声を開け」
《承知しました》
《ヴァルドレム・ガイザ》
余の声が白霧の奥から響く。
黒馬が驚き、一歩後ろへ下がった。
ヴァルドレムは手綱を引き、その場へ押し留める。
《お前たちは》
《余の迷宮を》
《軍事資源と呼んだ》
「事実だ!」
《余の配下を》
《戦力として数えた》
「戦える以上、当然だ!」
《フィルエを》
《実を生むための存在として扱うか》
名前を知らないヴァルドレムの眉が僅かに動く。
「何者かは知らん!」
「だが果実を生む存在なら、その価値に応じて扱う!」
《つまり》
怒りは。
もうなかった。
むしろ。
はっきりした。
《お前たちにとって》
《全て物か》
「戦争では!」
ヴァルドレムが戦槌を白い霧へ向ける。
「全ては価値で量られる!」
なるほど。
なら。
もう話すことはない。
「黒冠軍へ従えば、白い迷宮は残る!」
「拒めば!」
戦槌が。
余のいる方向へ。
真っ直ぐ向けられた。
「コアを破壊し!」
「迷宮を消滅させる!」
コアを壊せば。
迷宮は消える。
それは。
誰でも知っている。
こいつらは。
ロードの存在など知らない。
だが。
それで十分だ。
コアが壊れれば。
余も。
配下も。
全て。
存在ごと消える。
《答えは》
余は。
迷わなかった。
《交渉の時に伝えた》
「改める気はないと?」
《ない》
「ならば!」
「戦争だ!」
《違う》
ヴァルドレムの眉が動いた。
「何?」
《これは》
余は。
覇牙軍団。
百骸騎士団。
フィルエ。
ルオ。
そして全ての配下へ届くよう。
迷宮全体へ声を響かせる。
《戦争ではない》
白い霧が大きく膨れた。
《侵略者の処分だ》
黒冠軍の三騎が。
反射的に後退する。
霧は追わない。
境界で止まる。
《一人も帰さない》
その言葉と同時に。
ヴァルドレムが黒馬を反転させた。
「全軍!」
後方。
約四千の黒冠軍兵が一斉に武器を掲げる。
「攻撃準備!」
十六門の攻城魔導兵器が、白い霧へ砲身を向けた。
術兵が地面へ魔法陣を描き。
大型魔獣が轡を噛み砕く勢いで暴れ始める。
ゼルヴァンは左腕の補助具へ魔力を流した。
失った二本の指の代わりに、黒い金属指が動く。
割れた黒冠隷命の紋へ。
再び黒い光が灯った。
霧の内側では。
ガルザヴェインが。
覇牙軍団の先頭へ立っていた。
「ロード」
「何だ」
「行ク」
「まだ待て」
「デモ」
「最初は向こうに撃たせる」
余は外の砲台を見る。
「何を狙うか」
「どこまで情報を持っているか」
「全部見せてもらう」
ガルザヴェインは不満そうに歯を食いしばった。
「……ウン」
黒冠軍陣地。
ヴァルドレムの戦槌が振り下ろされる。
「第一砲列!」
「照準!」
四門の砲口へ。
赤紫色の魔力が一気に集まり始めた。
「目標!」
「白霧中央!」
中央。
そこは。
本物の入口ではない。
先ほど作った偽入口。
余の中で。
僅かに笑いが漏れた。
「カゲツ」
「ロード」
「受け流せ」
「承知」
「そして」
余は。
黒冠軍の大型魔獣が立っている地面を見た。
「落とせ」
ヴァルドレムが叫ぶ。
「撃て!」
四本の赤紫色の砲撃が。
森を震わせ。
白い霧へ突き刺さった。




