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第238話 二百六十三の願いは、百二十の牙とぶつかる

 白い霧の外に、二百六十三人の武装集団が並んでいた。


 冒険者の寄せ集めではない。


 盾の高さが揃っている。


 槍の向きも。


 歩く間隔も。


 声を出さずに交代する見張りの動きも。


 明らかに、軍として訓練されていた。


 旗はない。


 鎧に刻まれた紋も、黒い布で隠されている。


 人間側が立ち入りを禁じたSランク指定迷宮へ、許可なく入るつもりなのだ。


 身元を明かす気などないのだろう。


「管理音声」


《はい》


「構成を調べろ」


《解析します》


 白い部屋の壁面に、外の集団が映る。


《重装盾兵、推定六十名》


《槍兵、推定七十名》


《弓兵、推定三十五名》


《魔術兵、推定二十五名》


《治療および薬師要員、推定十八名》


《工兵および大型器具運用要員、推定四十名》


《指揮および斥候要員、推定十五名》


《合計、二百六十三名》


「工兵が四十」


《はい》


 荷車には、大型の金属杭。


 壁を打ち抜くための魔導弓。


 魔物を捕らえる網。


 地面を掘る器具。


 そして、巨大な保存箱がいくつも積まれていた。


「実を一個だけ取って帰る装備ではないな」


《はい》


 最低でも、大量の素材を持ち帰るつもりだ。


 場合によっては。


 実だけでなく、その生る場所まで調べる気なのだろう。


    ◇


 集団の中央。


 傷だらけの鎧を着た男が、兵たちの前へ立った。


 四十代ほど。


 短い灰色の髪。


 左目の上には、古い傷が一本走っている。


「全員、最終確認」


 低く、よく通る声だった。


「我々に与えられた時間は三日だ」


 兵たちの顔が引き締まる。


「王都の医師は、ノエル公子が四日目の朝を迎えられないと判断した」


 余は、黙ってその声を聞いた。


 公子。


 やはり、誰かを救うために来たらしい。


「赤金の奇跡果が本当に高位回復素材なら、必ず持ち帰る」


 一人の薬師が問う。


「必要数は」


「効果が分からん。最低十個」


「一個で治る可能性もあります」


「一個しか取らず、効かなかったらどうする」


 男は即答した。


「公子を死なせるわけにはいかない」


 そこに欲はなかった。


 焦り。


 責任。


 恐怖。


 一人の命を救えなかった時、自分たちが何を失うのか分かっている顔だった。


「果実の生る場所も確認する」


 男は続ける。


「可能なら、枝、土、根の一部も持ち帰れ。今回の治療に成功しても、再発しない保証はない」


 余の中に浮かびかけた迷いが、消えた。


 一個渡せば帰る者たちではない。


 果実の出所を確認する。


 再び採れるようにする。


 必要なら、根まで持ち帰る。


 枯れたエリラの木。


 そこから生まれた新しい芽。


 まだ四十センチほどしかない、小さな命。


 絶対に近づけられない。


「隊長」


 若い兵が聞いた。


「もし、先に入った冒険者たちと同じように、全滅する危険がある場合は」


 灰髪の男は、その兵を見た。


「ベルガ隊長」


 別の者が、制止するように名前を呼ぶ。


 ベルガ。


 それが指揮官の名らしい。


 ベルガ・ハインズは、しばらく兵たちを見回した。


「撤退判断は、俺が出す」


 そして。


「だが、果実を確認する前に退くつもりはない」


 兵の一人が拳を胸へ当てる。


「ヴァレスト公爵家のために」


 他の兵たちも続いた。


「公子のために」


 二百を超える声が、森の中で低く重なった。


    ◇


「事情は分かった」


 余は白い部屋で言った。


「だが、通すことはできん」


 フィルエが、命の苗床の前から顔を上げる。


「助けたい人がいるんだね」


「ああ」


「実を一個、渡す?」


「それで終わる相手ではない」


「根まで持って帰るって言ってた」


「ああ」


 しかも。


 今あるエリラの実は百四十個だけ。


 もう増えない。


 ノエル公子とやらを助けるために、一個使うこと自体は不可能ではない。


 だが。


 渡した瞬間。


 赤金の奇跡果が、本当にこの白い迷宮に存在することが証明される。


 次は、一つの公爵家では済まない。


 王国。


 薬師。


 貴族。


 軍。


 黒冠軍。


 全てが、確信を持ってここへ向かう。


 そして目の前の軍は、すでに話し合いを求めて来てはいない。


 旗を隠し。


 許可を無視し。


 壁を壊す器具と、根を掘る道具を持っている。


 最初から、奪うための軍だ。


「非戦闘配下を、完全退避室へ」


 余は命じた。


 マネが、余の声を迷宮全体へ広げる。


「非戦闘配下、完全退避室へ」


 赤金果守あかがねかもりゴブリンたちが、エリラの実の保管箱を運び始める。


 フィルエも、命の苗床へ最後に一度だけ触れた。


「行ってくる」


 赤金色の葉が、わずかに揺れる。


「フィルエ」


「うん」


「今回は、最初から退避室へ入れ」


「芽は?」


「余が守る」


「でも」


「前回のために作った部屋だ」


 フィルエが黙る。


「もう、同じことはさせない」


「……分かった」


 フィルエは苗床から離れた。


 今度は。


 余の命令に逆らわなかった。


    ◇


 次に。


 余は、声つなぎの契約へ意識を向けた。


「ルオ」


 少し間がある。


『何だ、ロード』


「大軍が来た」


『今から行く』


「待て」


『何でだよ!』


「まだ、お前を呼ぶ段階ではない」


『二百人以上いるんだろ?』


「なぜ分かる」


『ロードの声、ちょっと焦ってる』


「焦っていない!」


『焦ってるじゃん』


 余は一度だけ間を置いた。


「二百六十三人だ」


『行く』


「待機しろ」


『でも――』


「余は、軍を作った」


 覇牙軍団。


 百骸騎士団。


 万蝕酸界。


 その全てが。


 まだ一度も、本物の軍を相手にしていない。


「これは、余の迷宮軍の初戦だ」


『試したいのか?』


「違う」


 試したいだけなら、人の命を相手にする必要はない。


「守れることを、確認しなければならない」


 ルオが少し黙る。


『危なくなったら呼べよ』


「ああ」


『フィルエが出ようとしたら、止めろよ』


「ああ」


『ガルザヴェインも無理させるな』


「お前に言われたくない!」


『じゃあ、待ってる』


「すぐ来られる場所にいろ」


『場所は教えないけどな』


「今だけは、近くにいろ!」


『分かったって』


 声の道が静かになる。


 切ったわけではない。


 ルオは聞いている。


 必要なら。


 今度は、すぐに呼べる。


    ◇


 覇王練兵窟では。


 百二十体の覇牙軍団はがぐんだんが、六つの列へ分かれていた。


 ガルザヴェインが、その前に立つ。


 内部魔力経路の回復率は九十一パーセント。


 自分で殴り合うには、まだ完全ではない。


 だが。


 軍を率いることはできる。


「ガルザヴェイン」


「ロード」


「今回は前へ出るな」


「ウン」


「号令と判断に集中しろ」


「ウン」


「傷ついた者は、すぐ小型軍用路へ下げろ」


「シナセナイ」


「ああ」


 ガルザヴェインは、百二十体を見た。


「キョウ、ハジメテ」


 ゴブリンたちの耳が動く。


「ホントウノ、テキ」


 盾兵が盾を構える。


 槍兵が長槍を立てる。


 刃兵が双刃を握る。


 弓兵が矢を確かめる。


 術兵が杖を床へつく。


 十体の小隊長が、各隊の前へ出た。


「ツヨサ、ミセル、チガウ」


 ガルザヴェインの声は低い。


「イキテ、マモル」


 百二十体が、一斉に拳を胸へ当てた。


「ギャッ!」


「覇牙軍団、第一防衛線へ」


 マネが余の声を広げる。


「覇牙軍団、第一防衛線へ!」


 小型軍用路が開く。


 百二十体が、今度は詰まらずに走り出した。


    ◇


 そのさらに奥。


 冥月骸将めいげつがいしょうカゲツが、大剣を床へ立てていた。


 百体の冥月百骸騎士団。


 盾。


 槍。


 剣。


 弓。


 術。


 青い目の光が、静かに並んでいる。


「カゲツ」


「ロード」


「お前たちは第二防衛線」


「承知」


「覇牙軍団が押した敵を受け止めろ」


「退路ヲ封ジル」


「ああ。だが、覇牙軍団まで閉じ込めるな」


「識別スル」


「砕かれた騎士は」


「骨ヲ回収シ、再陣」


「無理な再生はするな。お前の魔力も有限だ」


「承知」


 カゲツが大剣を持ち上げる。


「百骸騎士団」


 百の頭蓋に、青い光が灯った。


「出陣」


 骨の軍が、一つの足音で歩き始めた。


    ◇


 最深部直前。


 万蝕酸界ばんしょくさんかいでは。


 透明な床全体が、ゆっくりと波打っていた。


「ウルグ」


「うるぐ」


「今回は、許可した者以外を通すな」


 床に小さな泡が浮かぶ。


「うるぐ」


「白晶足場は出さない」


「うるぐ」


「外へ追いかけるな」


 少し間があった。


「うるぐ」


「今、嫌そうだったな?」


 透明な酸の床が、何も答えないように平らになった。


 不安だ。


 非常に不安だ。


 だが。


 万蝕酸界まで敵を進ませなければよい。


    ◇


 外で、ベルガ隊長が手を上げた。


「第一隊、侵入」


 重装盾兵二十四名。


 槍兵二十四名。


 弓兵八名。


 魔術兵八名。


 薬師と工兵、合わせて八名。


 合計七十二名。


 まずは、先行隊。


 残る百九十一名は、外で待機している。


 一度に全員入らない。


 通路が狭いことを想定している。


 慎重だ。


「進路を確保後、第二隊を呼べ」


「了解」


「死体は置くな。負傷者も必ず後送しろ」


「了解!」


 先頭の盾兵が、白い霧へ入った。


《侵入者、七十二名》


 白い迷宮の。


 軍と軍の戦いが始まった。


    ◇


 先行隊は、白い霧の中でも隊列を崩さなかった。


 前に盾兵。


 その隙間から槍。


 後ろに弓。


 中央へ魔術兵と薬師。


 工兵は壁と床を見ながら進む。


「霧の濃度が上がった」


 魔術兵の一人が言う。


清浄灯せいじょうとうを」


 青白い灯りが掲げられる。


 ハイハネの霧が、灯りの周囲だけ薄くなった。


 完全には消えない。


 だが。


 距離の歪みが弱まる。


「止まるな」


 先行隊を率いる副隊長が命じる。


「目印杭を、十歩ごとに」


 工兵が床へ金属杭を打つ。


 後退路を失わないための目印。


 その一本目を。


 壁内から伸びた小さな手が、すぐに抜いた。


「……あれ?」


 最後尾の兵が振り返る。


 杭がない。


「さっき、打ったはずだ」


 今度は二本。


 三本。


 別の場所へ打つ。


 兵たちが前へ進んだ後。


 小型軍用路から覇牙刃兵が顔を出す。


 杭を抜く。


 反対方向の床へ打ち直す。


 先行隊は、まだ気づかない。


「よし」


 余は言った。


「まず、帰る道を曲げろ」


    ◇


 白灰薬果林はくかいやっかりんへ入ると。


 薬師たちが、赤金色の偽果実へ目を向けた。


「これか?」


「待て」


 年長の薬師が、実を一つ採る。


 果汁。


 香り。


 魔力。


 慎重に調べる。


「高位回復素材ではない」


「偽物?」


「軽い傷と毒には効く。だが、公子を治せるほどの力はない」


 ベルガ隊長へ送るため、魔導伝書板へ結果を刻む。


 余は、その様子を見ていた。


 やはり。


 この程度では止まらない。


「奥へ進む」


 副隊長が命じる。


「実は少量だけ採取。残りは触るな」


 赫月の晩餐とは違う。


 全部取ろうとはしない。


 欲望で隊列を崩さない。


 目的以外へ、必要以上に手を出さない。


「強いな」


 余は呟いた。


 力ではない。


 統率が。


    ◇


 白灰薬果林を抜けた先。


 覇牙軍団の第一陣が待っていた。


 盾兵十体。


 槍兵十五体。


 術兵五体。


 総数三十体。


 残る九十体は、壁と天井の小型軍用路へ分散している。


 先行隊の副隊長が手を上げた。


「止まれ」


 正面。


 白い霧の中に、黒い盾が並んでいる。


「ゴブリン?」


「普通の個体ではありません」


 薬師が答える。


「魔力強化されています」


 兵たちが武器を構える。


 覇牙盾兵も、盾を床へ打ちつけた。


「ガルザヴェイン」


 余が呼ぶ。


「ウン」


「初陣だ」


「ウン」


「生かして戻せ」


「ワカッタ」


 ガルザヴェインが片手を上げる。


「盾」


 マネが、その声を正面部隊へ届けた。


「盾、構エ!」


 覇牙盾兵が、一斉に黒盾を重ねる。


「槍」


 十五本の槍が、盾の隙間から伸びる。


「術」


 五体の術兵が杖を掲げる。


 灰色の薄膜が、盾列全体を覆った。


 副隊長が目を細める。


「軍列を組むゴブリンか」


 余は、静かに命じた。


「始めろ」


    ◇


 人間側の魔術兵が先に動いた。


「炎弾、放て!」


 八つの火球が、覇牙軍団へ飛ぶ。


「術、受ケロ!」


 灰色の膜が膨らむ。


 火球がぶつかる。


 爆発。


 灰膜が大きく揺れる。


 二つは止めた。


 三つは左右へ流した。


 残る三つが、盾列へ直撃する。


「ギャッ!」


 盾兵が火に包まれる。


 それでも、盾を離さない。


「水路!」


 別の術兵が杖を床へ突く。


 グズの黒泥から作った細い水気が、燃える盾兵へ流れる。


 炎を消す。


「前進!」


 人間側の盾兵二十四名が、一斉に押し出した。


 鋼の盾と、ゴブリンの黒盾が激突する。


 重さは人間側が上。


 覇牙盾兵の足が下がる。


 一歩。


 二歩。


「押し切れ!」


 盾の隙間から、人間の槍が伸びる。


 一本が覇牙盾兵の肩へ刺さった。


「ギャアッ!」


 血が飛ぶ。


「交代!」


 ガルザヴェインの声。


 傷ついた盾兵が、その場で粘らない。


 後ろへ下がる。


 小型軍用路の入口へ滑り込み。


 代わりに、待機していた新しい盾兵が飛び出した。


 黒盾が、空いた場所を埋める。


 人間の副隊長が目を見開く。


「交代した?」


「魔物が、負傷者を下げたぞ!」


 以前なら。


 傷ついた配下も、死ぬまでその場へ残していたかもしれない。


 だが、今は違う。


「生きて戻れ」


 それが、ガルザヴェインの軍だった。


    ◇


「上だ!」


 弓兵が叫ぶ。


 天井近くの細い穴から。


 二十本の小さな矢が降った。


 覇牙弓兵。


 人間の盾は、正面を向いている。


 頭上までは守れない。


「防空盾!」


 後列の兵が、小盾を掲げる。


 矢を弾く。


 だが、その間に。


 左右の壁が開いた。


 覇牙刃兵が、十体ずつ飛び出す。


「側面!」


「槍を回せ!」


 人間側の槍兵が、左右へ向き直る。


 その一瞬。


 正面の槍圧が弱まった。


「押セ!」


 ガルザヴェインの低い声。


「覇王号令――進軍!」


 重い覇気が、覇牙軍団の背を押す。


 黒盾が前へ出る。


 槍が、鋼の盾の隙間へ入る。


 一人の人間兵の脇腹を貫いた。


「ぐあっ!」


《侵入者一名、死亡》


《ソウル獲得:4,800》


 Sランクの個人ほど濃くない。


 だが、軍として訓練された兵の魂。


 一人でも、低位冒険者より重い。


 人間側も反撃する。


 副隊長が長剣を抜いた。


「戦技――盾波じゅんぱ!」


 剣を盾の裏へ叩きつける。


 衝撃が、並んだ人間の盾へ伝わる。


 二十四枚の盾から、同時に衝撃波が放たれた。


 覇牙盾兵の列が吹き飛ぶ。


 黒盾が割れる。


 二体が壁へ叩きつけられた。


 一体の首が、不自然に曲がる。


《覇牙盾兵、一体死亡》


 ガルザヴェインの金色の目が揺れた。


「……」


 最初の死者。


 自分に預けられた百二十体のうち、一体。


「ガルザヴェイン」


「ウン」


「怒るなとは言わん」


「ウン」


「だが、前へ出るな」


 ガルザヴェインの拳が震える。


 それでも。


 彼は命令を選んだ。


「二隊、下ガレ!」


 正面の盾兵と槍兵が、一斉に後退する。


「逃げるぞ!」


 人間側の兵が声を上げる。


 副隊長は、すぐに止めた。


「追うな!」


 だが。


 後方から別の声が響く。


「追撃しろ!」


 副隊長と同じ声。


 マネだ。


「違う! 今のは俺ではない!」


 それでも、前列の数人が一歩出た。


 白い床が沈む。


「罠だ!」


 グズの黒泥が、三人の足を飲み込んだ。


 左右の小型軍用路から、覇牙刃兵が飛び出す。


「ギャアッ!」


 三人のうち一人が、首を切られる。


 もう一人は、鎧の隙間へ刃を入れられる。


 最後の一人を、仲間が盾ごと引き戻した。


《侵入者二名、死亡》


 副隊長が歯を食いしばる。


「声を信じるな! 手信号だけを見ろ!」


 すぐに、マネ対策へ切り替えた。


「早いな」


 余は言った。


 この軍は。


 罠へかかっても、同じ罠を何度も踏まない。


    ◇


 人間側の工兵が、荷車から太い筒を下ろした。


「小型軍用路を確認!」


「焼き払え!」


 筒の先が、壁内の細い穴へ向けられる。


「何だ、あれは」


《高熱油を噴射する器具と推定》


「刃兵を下げろ!」


 余が命じる。


 だが、噴射は早かった。


 赤い液体が壁内へ流れ込む。


 直後。


 火術師が指を鳴らす。


 壁の中で炎が走った。


「ギャアアアアッ!」


 小型軍用路から悲鳴が上がる。


 覇牙刃兵が、炎に追われて飛び出す。


 一体。


 二体。


 三体。


 鎧も毛も焼けている。


 人間の弓兵が、そこへ矢を放った。


 一体の胸。


 一体の喉。


 焼かれたゴブリン二体が、床へ倒れる。


《覇牙刃兵、二体死亡》


「閉じろ!」


 余は、小型軍用路の途中へ白磁壁を出した。


 炎の流れを分断する。


 残る刃兵は、別の出口から退避した。


「三体」


 ガルザヴェインが低く言った。


「まだ初戦だ」


「三体、シンダ」


「ああ」


「オレ、マモレナカッタ」


「全員を無傷で帰すのは難しい」


「デモ」


「だから、次の三体を生かせ!」


 ガルザヴェインの目が、正面へ戻る。


「ウン」


 怒りを。


 次の命令へ変える。


 それが、覇王としての戦いだった。


    ◇


 副隊長が、手信号を出した。


 盾列が左右へ開く。


 中央から、大型魔導弓が姿を現した。


 工兵六人が押している。


 矢ではない。


 人間の胴ほどもある、太い金属杭が装填されていた。


「何を狙う」


《正面壁面》


「壁?」


 副隊長が剣を振り下ろす。


城砕杭しろくだきぐい、撃て!」


 巨大な金属杭が放たれた。


 正面の覇牙軍団ではない。


 その横。


 小型軍用路が通っている白い壁へ。


 轟音。


 白磁壁が吹き飛ぶ。


 細い道が、まとめて外へ露出した。


 中にいた覇牙弓兵と刃兵が、白い通路へ投げ出される。


「今だ!」


 人間の矢が降る。


 槍兵が突っ込む。


「守レ!」


 覇牙盾兵が、倒れた仲間の前へ飛び出す。


 矢を盾で受ける。


 槍を止める。


 だが。


 数が足りない。


 人間側の先行隊は、まだ六十人以上が立っている。


 正面。


 側面。


 壊された壁。


 三方向から押してくる。


「ガルザヴェイン」


「ウン」


「第一陣を下げろ」


「マダ、タタカエル」


「戦えるうちに下げる!」


 ガルザヴェインが、歯を食いしばるように言った。


「全隊、退ケ!」


 覇牙軍団が、一斉に動いた。


 傷ついた者を二体で抱える。


 盾兵が最後尾を守る。


 弓兵は後退しながら矢を放つ。


 術兵が灰色の煙幕を作る。


 壊された小型軍用路を捨て。


 次の道へ。


 全滅するまで残らない。


 軍として、退いた。


    ◇


 人間の先行隊は、追わなかった。


 副隊長が手を上げて止める。


「戦死者確認」


「三名」


「重傷五名」


「軽傷十一名」


「魔物側は」


「少なくとも三体死亡。負傷多数」


 副隊長は、覇牙軍団が消えた霧を見る。


「三体だけではない」


「何がです?」


「連中は、死ぬ前に下がった」


 剣を収めないまま。


「次の戦いにも出てくる」


 魔導伝書板へ、報告を刻む。



白い迷宮内に、軍列を組む強化ゴブリン多数。


推定百体以上。


盾、槍、弓、術、側面兵を確認。


指揮個体は未確認。


負傷個体を後退させ、交代戦闘を実施。


迷宮は軍を保有している。



 外で待つベルガ隊長へ、その報告が届いた。


 彼は、短く目を閉じる。


「ゴブリンの軍」


「撤退させますか」


 副官が問う。


「いや」


 ベルガは、白い霧を見る。


「第一隊が道を確保した」


「しかし、損害が」


「公子に残された時間は減り続けている」


 迷いはない。


「第二隊、侵入」


 今度は、百一名。


 盾。


 槍。


 弓。


 魔術兵。


 さらに。


 大型魔導弓を二台。


 壁を壊す工兵。


 強い光を放つ照明器具。


 覇牙軍団への対策を整えた、次の軍列。


《追加侵入者、百一名》


《迷宮内侵入者総数、百七十三名》


 まだ。


 九十名が外に残っている。


    ◇


 第一防衛線の後ろ。


 覇牙軍団が再編成されていた。


 死亡三体。


 重傷七体。


 軽傷十九体。


 残る戦闘可能数。


 百十体。


 ガルザヴェインは、三つの亡骸の前に立っていた。


「ナマエ」


「まだない」


「ツケル」


「ああ。戦いの後で、必ず」


 ガルザヴェインが、亡骸へ拳を当てる。


「オボエル」


 そして。


 生きている百十体へ振り返る。


「テキ、フエタ」


 ゴブリンたちが武器を握る。


「デモ、オレタチモ、イル」


 小隊長十体が前へ。


「ツギ、オナジ、シニカタ、シナイ」


 小型軍用路は焼かれた。


 なら、次は同じ道へ入らない。


 壁は壊された。


 なら、壊させた場所を罠に変える。


「ロード」


「聞いている」


「ツギ、カツ」


「ああ」


 だが。


 次は覇牙軍団だけで受けない。


「カゲツ」


 第二防衛線。


 青黒い月を背に、冥月骸将が顔を上げる。


「招集ヲ確認」


「百骸騎士団を、第一防衛線の後ろへ進めろ」


「承知」


「まだ城陣は組むな」


「敵ヲ引キ込ム」


「ああ」


 覇牙軍団が押し。


 百骸騎士団が塞ぐ。


 二つの軍の合同戦。


 訓練ではない。


 本物の兵を相手に。


 本物の死を伴う戦い。


「マネ」


「ロード」


「全軍へ届けろ」


 マネが。


 余の声を。


 ガルザヴェインの声を。


 カゲツの声を。


 迷宮全体へ広げる。


「第二防衛戦、開始」


 百十体のゴブリンが立つ。


 百体の骸骨騎士が歩く。


 白い霧の向こうから。


 百七十三人の軍の足音が近づいてくる。


 命を救いたい人間の軍。


 芽を守りたい迷宮の軍。


 どちらも。


 退く理由を持っていなかった。

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