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第234話 小さな芽は、白い土を破る

 命の苗床に、最初の根が伸びた翌朝。


 余は、白い部屋から土の中を見続けていた。


 金色の核から伸びた、白く細い根。


 まだ短い。


 髪の毛より少し太い程度で、指先ほどの長さもない。


 それでも、昨日よりわずかに伸びている。


「管理音声」


《はい》


「根の長さは」


《現在、八・二ミリメートル》


「昨日は」


《三・七ミリメートル》


「倍以上だな」


《はい》


「順調か」


《比較対象が存在しないため、断定できません》


「弱ってはいないな」


《生命反応は安定しています》


「なら、今はそれでよい」


 何になるかは、まだ分からない。


 新しいエリラの木になるのか。


 まったく別の植物になるのか。


 芽を出すまで、何年もかかるのか。


 それでも、土の中で生きている。


 昨日より、少しだけ先へ進んでいる。


 今は、それで十分だった。


    ◇


 フィルエは朝から苗床の前に座っていた。


 赤金果守ゴブリンたちも一緒だ。


 三体とも、土をじっと見つめている。


「何も見えないぞ」


 余が言う。


「分かってる」


「では、なぜ見ている」


「出てくるかもしれないから」


「今、根は下へ伸びている。芽が上へ出る反応はない」


「急に出るかもしれない」


「管理音声が監視している」


「私も見る」


「そうか」


 止める理由はない。


 フィルエは、苗床の横に小さな器を置いた。


 中には戻り水。


「与える量は」


「昨日と同じ」


「多くないか」


「大丈夫」


「本当に?」


「ロード」


「何だ」


「私が管理する」


「……分かった」


 以前と同じだった。


 エリラの木を管理していた頃と。


 余が口を出しすぎれば、フィルエが止める。


 フィルエの方が、植物の状態をよく分かっている。


 それは、種になっても変わらないらしい。


 赤金果守ゴブリンの一体が、水の器へ手を伸ばした。


「触らない」


「ギッ」


「こぼすから」


「ギ……」


「見るだけ」


 三体が、揃って両手を膝へ置いた。


 妙に行儀がよい。


 普段からそれくらい落ち着いていればいいのだが。


    ◇


『ロード』


 声つなぎの契約を通じて、ルオの声が届いた。


「何だ」


『もう入っていいか?』


「どこにいる」


『入口』


 壁面を切り替える。


 白い霧の前に、ルオ・ゼルファニアが立っていた。


 今日は飛んできた様子がない。


 両足で歩いてきたらしい。


 背中には大きな袋。


 両手には籠を抱えている。


「飛ぶなと言ったから、歩いてきたのか」


『そうだぞ』


「珍しく素直だな」


『フィルエが明日ならいいって言ったからな』


「余も許可した!」


『そうだっけ?』


「した!」


 ルオは楽しそうに笑った。


 昨日の戦いで見せた、冷たい顔ではない。


 いつもの、お調子者の少年へ戻っている。


 だが、完全に同じではなかった。


 笑った後。


 一瞬だけ、迷宮の奥を心配そうに見る。


 フィルエが本当に無事なのか。


 ガルザヴェインが起きているのか。


 自分の目で確認するまでは、安心できないのだろう。


「入れ」


『おう!』


「走るな」


『分かってる』


「配下を飛び越えるな」


『分かってる』


「苗床へ勝手に触るな」


『分かってるって!』


 白い霧を開く。


 ルオは、今度こそゆっくり中へ入ってきた。


    ◇


「フィルエ!」


 命の苗床へ来たルオは、フィルエの姿を見つけた瞬間に走りかけた。


「走らない」


 フィルエが言う。


 ルオの足が止まった。


「……歩く」


「うん」


 余が言った時より素直だった。


 非常に腹立たしい。


 ルオはフィルエの前まで来ると、顔や手足を何度も見た。


「本当に治ってる?」


「うん」


「手は?」


「動く」


 フィルエが指を開く。


 折られていた指は、もう元の形に戻っている。


 焼かれた皮膚にも痕は残っていない。


「脚は?」


「歩ける」


「お腹は?」


「もう痛くない」


「顔は?」


「治った」


「ほんとに?」


「本当」


 ルオは、ようやく大きく息を吐いた。


「よかった……」


 その声には、安心と。


 昨日まで押さえていた恐怖が、少しだけ混じっていた。


 フィルエが、ルオの右手を見る。


「ルオの爪は?」


「戻った」


「翼は?」


「平気」


「見せて」


「今ここで出すの?」


「傷を確認するだけ」


 ルオは少し迷った末、背中から右の翼だけを出した。


 白銀の翼。


 昨日、レオルドの剣に深く裂かれた場所には、新しい鱗が生えている。


 まだ色が少し薄い。


 フィルエは、翼の根元へそっと触れた。


「痛い?」


「ちょっとくすぐったい」


「怪我は?」


「ほぼ治った」


「ほぼ?」


「ほんのちょっとだけ痛い」


「今日は飛ばない」


「歩いてきたぞ」


「帰りも歩く」


「えー」


「歩く」


「……分かった」


 やはり素直だ。


 余の時と違いすぎる。


    ◇


「それは何だ」


 余は、ルオが持ってきた籠を見た。


「果物」


 赤。


 青。


 黄色。


 見たことのない果物が、籠いっぱいに入っている。


「フィルエと皆に持ってきた」


「全部外の物?」


「うん。オレがうまいと思ったやつ」


 もう一つの大きな袋も床へ下ろす。


「こっちは土」


「土?」


「果物の木がよく育つ山の土」


 ルオは、得意そうに袋を叩いた。


「種に使えるかなって」


「勝手に入れるな!」


「まだ入れてないだろ!」


「管理音声、解析しろ」


《土壌を確認します》


 袋の口を少しだけ開ける。


 黒く柔らかな土。


 植物の香り。


 微かな生命力も感じる。


《高位山岳地帯由来の土壌と推定》


《栄養価は高いですが、龍脈反応を含みます》


「苗床へ混ぜた場合は」


《現在の環境との相性は不明》


「駄目だ」


「まだ何も起きてないぞ」


「不明だから駄目なのだ」


 ルオが口を尖らせる。


「せっかく持ってきたのに」


「少量だけ別の場所で試す」


 フィルエが提案した。


「種の近くには入れない。同じ苗床の小さい試験場所を作る」


「それならよい」


「やった!」


「お前が喜ぶことではない」


「持ってきたのオレだぞ」


 確かにそうだった。


    ◇


 ルオは、苗床の前へしゃがんだ。


「どこ?」


「土の中」


「見えない」


「根が少し出てる」


「ほんとか?」


「うん」


 ルオが、土へ顔を近づける。


 鼻をひくひく動かした。


「匂いは?」


「まだ、ほとんどしない」


「エリラの匂いじゃない?」


「似てるけど、もっと薄い」


 ルオは目を閉じた。


「甘いっていうより……青い」


「青い?」


「生まれたばっかの果物みたいな匂い」


 管理音声には検出できていない。


 ルオだけが感じる、微かな命の香りなのだろう。


「触っていい?」


「駄目」


 フィルエが即答した。


「土の上からも?」


「力を出さないなら」


「出さない」


「絶対?」


「絶対」


「少しも?」


「少しも」


 ルオは、両手を背中へ回した。


「じゃあ触らない」


「偉い」


「オレ、偉いだろ?」


「うん」


 褒められたルオは、すぐに嬉しそうな顔になった。


 龍神の子とは何なのか。


    ◇


 遅れて、ガルザヴェインも苗床へやってきた。


 今日もグズの泥分体に支えられている。


 昨日よりは、歩き方が安定していた。


 だが、魔力の流れはまだ完全ではない。


「ガルザヴェイン!」


 ルオが顔を上げる。


「歩けるようになったんだな!」


「ウン」


「じゃあ組み手――」


「駄目」


 フィルエが言った。


「まだ何も言ってないぞ」


「言おうとした」


「ちょっとだけ」


「駄目」


「見るだけ」


「何を見るの」


「ガルザヴェインが動くところ」


「それは訓練」


「じゃあ、座って話す」


「それならいい」


 ルオが肩を落とす。


 ガルザヴェインも少し残念そうだった。


 なぜ負傷者の方まで残念そうなのだ。


 二人は、苗床を挟んで座った。


 龍神の子。


 魔神覇王ゴブリン。


 その間に、土の中の小さな種。


 妙な光景だった。


「ルオ」


 ガルザヴェインが呼ぶ。


「何だ」


「ツヨカッタ?」


「誰が?」


「エスエス」


「ああ」


 ルオは少しだけ真面目な顔になった。


「強かった」


「オレヨリ?」


「今のお前よりは強かった」


「ゲンキナ、オレ」


「それは戦ってみないと分かんない」


 ガルザヴェインの金色の目が輝く。


「タタカウ」


「だから駄目」


 フィルエが止める。


「元気になってから」


「ウン」


 ガルザヴェインが即座に頷く。


 止められても、将来の許可だと受け取ったらしい。


「ルオも、完全に治ってから」


「オレも?」


「うん」


「治ってるって」


「翼が少し痛い」


「……治ってからやる」


「よし」


 フィルエ一人で、龍神の子と魔神覇王を管理している。


 余の迷宮は、いつからこうなったのだ。


    ◇


 しばらく、誰も大きな声を出さなかった。


 苗床を囲み。


 土の中にある、小さな命を見守る。


 その静けさの中で。


 ルオが、ぽつりと言った。


「フィルエ」


「うん」


「昨日のこと、覚えてる?」


「途中まで」


「どこまで?」


「木が枯れたところ」


 ルオの手が、膝の上で握られる。


「その後は?」


「ガルザヴェインが来てくれた」


「……うん」


「それから、ルオの声が聞こえた」


「オレが来たところは?」


「少しだけ」


「怖かった?」


 フィルエは少し考える。


「痛かった」


「……」


「連れていかれるのも怖かった」


 ルオの指に、白銀の鱗が浮かびかけた。


 怒りが、まだ消えていない。


 フィルエは、その手へ自分の手を重ねた。


「でも、もう大丈夫」


「大丈夫じゃなかった」


「今は大丈夫」


「オレ、もっと早く来れば」


「ロードと同じこと言ってる」


「え?」


「ロードも、自分が悪いって言ってた」


「ロードが?」


「うん」


「違うだろ」


「ルオも違う」


 ルオが黙る。


 フィルエは、手を離さない。


「昨日、ルオの顔がいつもと違った」


「……怒ってたから」


「怖かった」


 ルオの肩が、小さく動いた。


「オレが?」


「少し」


「……ごめん」


「でも、私には何もしなかった」


「するわけないだろ!」


「うん。分かってる」


 フィルエは、静かにルオを見る。


「昔のこと、思い出したの?」


 ルオの金色の瞳が揺れる。


 余にだけ、昨夜話したこと。


 母親を魔王に殺されたこと。


 フィルエは知らない。


 ルオは、しばらく答えなかった。


 やがて、土の中の種へ視線を落とす。


「母さんが」


 声が小さくなる。


「昔、殺された」


 フィルエは何も挟まない。


「オレを守って」


 ルオの手が震える。


「血だらけで、動かなくなった」


「……うん」


「昨日のフィルエが、同じに見えた」


 いつもはよく動く口が、止まる。


「また、間に合わなかったと思った」


「私は生きてる」


「分かってる」


「ここにいる」


「うん」


「ルオが助けてくれた」


「……うん」


「だから、ありがとう」


 フィルエが、ルオの手を軽く握った。


「でも、次に怒る時は、自分まで壊さないで」


「難しい」


「努力して」


「ロードにも言われた」


「じゃあ、二人分努力して」


「多いな」


「うん」


 ルオは、少しだけ笑った。


    ◇


「ロード」


 管理音声が呼んだ。


「何だ」


《種の生命反応に変化》


「弱まったのか!」


《否》


「では何だ」


《上昇しています》


 土の中へ意識を向ける。


 白い根が伸びている。


 昨日より長い。


 それだけではない。


 金色の核の上側。


 土の表面へ向かって。


 小さな赤い突起が生まれていた。


「芽か?」


《芽である可能性が高いです》


 フィルエが、土へ両手を置く。


「出てくる?」


《成長速度、上昇中》


「なぜ急に」


《複数の高位生命反応が、苗床周辺へ集まっています》


 フィルエの命の力。


 ガルザヴェインの魔神性。


 ルオの龍神としての生命反応。


 そして、迷宮を流れる戻り水と白磁根脈。


 それらが。


 苗床の中で混ざりすぎないまま、小さな種を包んでいる。


「ルオ、力を出しているか?」


「出してない」


「本当だな」


「ほんとだって」


《意図的な放出は確認されていません》


「近くにいるだけで影響しているのか」


《可能性があります》


「離れた方がいい?」


 ルオが聞く。


《現在、悪影響は確認されていません》


「なら、そのままだ」


 誰も動かなかった。


 声も小さくする。


 赤金果守ゴブリンたちまで、息を止めるように土を見つめている。


    ◇


 土の表面が、ほんのわずかに盛り上がった。


「来る」


 フィルエが呟く。


 白い土へ、細い亀裂が入る。


 一筋。


 その隙間から。


 赤い先端が、少しだけ顔を出した。


「芽だ」


 フィルエの声が震える。


 赤金果守ゴブリンたちが叫びそうになる。


「静かに!」


「ギッ!」


 三体が、自分たちの口を両手で塞いだ。


 赤い芽は、少しずつ土を押し上げる。


 細い茎。


 まだ弱い。


 少し風が吹けば折れてしまいそうなほど。


 その先に、小さな葉が二枚畳まれている。


 一枚目が開く。


 淡い赤。


 二枚目も、ゆっくり開いた。


 表は赤。


 裏側には、薄い金色。


 以前のエリラの木と似ている。


 だが、同じとは言い切れない。


「管理音声」


《はい》


「種別を確認しろ」


《解析中》


 少し間がある。


《既存記録との完全一致なし》


「エリラの木ではないのか」


《現段階では断定不能》


「似てはいる?」


《元エリラの木と共通する反応を確認》


《ただし、龍神系統生命反応、魔神性、フィルエの命脈反応が微弱に混在》


「混ざった?」


《影響を受けた可能性があります》


 新しい木。


 同じ命の続きでありながら。


 以前とは違う何か。


 まだ、二枚の葉しかない。


 何になるかは分からない。


 実を生らせるかも。


 そもそも木になるかも。


 だが。


 芽は出た。


 白い土を破り。


 自分の力で、迷宮の中へ顔を出した。


    ◇


 フィルエは、両手を芽の横へ置いた。


 触れない。


 ただ、囲うように。


「おはよう」


 小さな葉が、わずかに揺れた。


 風はない。


 ガルザヴェインも、大きな手を少し離れた場所へ置く。


「オハヨウ」


 葉が、また揺れた。


 ルオが顔を近づける。


「オレも言っていい?」


「静かに」


「分かった」


 声を小さくする。


「おはよう」


 芽の先から。


 ほんの微かに。


 甘い香りがした。


 エリラの実のような、完成された甘さではない。


 青く。


 若く。


 これから育つ命の匂い。


 ルオの目が輝く。


「匂いした!」


「食べられないぞ」


「食べないって!」


「念のためだ」


「ロード、オレを何だと思ってるんだよ!」


「果物に釣られてSランク迷宮へ侵入した龍神の子」


「その通りだけど!」


 フィルエが笑った。


 ガルザヴェインも、低く声を鳴らす。


「ルオ、クイシンボウ」


「ガルザヴェインも食べてただろ!」


「オレ、クンレンゴ」


「オレも散歩後だ!」


「意味が分からん」


 久しぶりに。


 苗床の周囲へ、明るい声が満ちた。


    ◇


 白骨書記が、すでに新しい骨板を用意していた。


「まだ名前はつけない」


 フィルエが言った。


 白骨書記の筆が止まる。


「なぜだ」


「まだ、何になるか分からないから」


「仮名は必要だろう」


「エリラの芽」


「そのままだな」


「今は、それでいい」


 白骨書記が刻む。



仮称:エリラの芽。


発芽日:本日。


現在状態:


茎一本。

葉二枚。

高さ二・四センチメートル。

種別未確定。

生命反応、安定。


注意:


触れない。

踏まない。

引っ張らない。

食べない。

強い魔力を直接与えない。


管理担当:フィルエ。



「食べない、はルオ向けか?」


「何でオレ見るんだよ!」


 白骨書記は、何も答えない。


 骨なので表情もない。


 だが、ルオを見ているように感じた。


「ガルザヴェインにも必要だろ」


「オレ、クワナイ」


「ほら!」


「お前より信用があるのだろう」


「納得いかねえ!」


    ◇


 夕方。


 ルオは、持ってきた果物を皆へ分けた。


 今日はエリラの実を食べなかった。


 フィルエも、勧めなかった。


 有限になったから無条件に惜しんだわけではない。


 ただ今日は。


 外から持ってきた果物を、皆で食べたかったらしい。


 赤い実をフィルエへ。


 大きな黄色の果物をガルザヴェインへ。


 小さな青い果物をゴブリンたちへ。


 グズには果汁を泥へ混ぜる。


 ハイハネには香りを霧へ流す。


 カゲヌイの影の前にも、小さく切った一片を置く。


 影がそれを包み込み、少しずつ消した。


「食べられるのか」


 余が聞く。


「カゲヌイ、ウマイって?」


 ルオが尋ねる。


 影糸が、一度だけ揺れた。


「たぶん美味しい」


 フィルエが答えた。


 誰にも確信はない。


 だが、それでいい。


    ◇


 帰る時間になる。


 ルオは、エリラの芽の前へしゃがんだ。


「また来る」


「明日も?」


 余が聞く。


「だめ?」


「毎日来るつもりか」


「芽、見たいし」


「フィルエにも会いたいのだろう」


「それもある」


 隠さなくなった。


 フィルエは、特に気にした様子もなく言う。


「来る時は、先にロードへ言って」


「分かった」


「走らない」


「分かった」


「芽に触らない」


「分かった」


「ガルザヴェインと組み手しない」


「明日も?」


「治るまで」


 ルオとガルザヴェインが同時に肩を落とした。


 妙に息が合っている。


「明日は話すだけにしろ」


 余が言う。


「じゃあ、技の話する」


「ウン」


「それならよい」


 話しているうちに、結局訓練を始めそうで怖い。


 フィルエに見張らせよう。


「じゃ、またな」


 ルオが立ち上がる。


「歩いて帰れ」


「分かってるって」


 白い霧の外へ向かう。


 途中で振り返り、エリラの芽へ手を振った。


「また明日!」


 小さな赤い葉が。


 本当に偶然かもしれない。


 それでも。


 ルオへ返すように、ほんの少しだけ揺れた。


    ◇


 夜。


 余は、エリラの芽を見ていた。


 高さ二・四センチメートル。


 葉は二枚。


 香りは、ほとんどない。


 力も弱い。


 以前の木と比べれば、何も持っていないに等しい。


 だからこそ。


 守る。


 今度は。


 実を守るだけではない。


 芽そのものを。


 芽を見守るフィルエを。


 その前に立つガルザヴェインを。


 果物を持って通ってくるルオを。


 小さな命の周りへ集まった、全てを。


「管理音声」


《はい》


「成長記録を、毎日残せ」


《承知しました》


「一ミリでも変化があれば報告しろ」


《はい》


「葉の色も、香りも、根の長さもだ」


《承知しました》


「異常がなくても報告しろ」


《頻度を指定してください》


「一時間ごと」


《過剰監視の可能性があります》


「神級素材候補だぞ!」


《フィルエの管理を優先することを推奨》


「……三時間ごと」


《承知しました》


 少し譲った。


 フィルエが、苗床の横から小さく笑っていた。


「ロード」


「何だ」


「心配しすぎ」


「当然だ」


「でも、ありがとう」


 余は返事をしなかった。


 返さなくても、伝わっている気がした。


 枯れた木の隣で。


 小さな芽が、二枚の葉を広げている。


 それは以前と同じエリラの木ではないかもしれない。


 何になるかも分からない。


 だが。


 失われた命の終わりから。


 新しい命は、確かに始まっていた。

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