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第226話 赤金の実は、ひとつずつ奪われる

 最後の深部防衛門が開いた。


 罠が壊されたからではない。


 侵入者に操られたからでもない。


 余が、自分で開いた。


 これ以上、配下を殺させないために。


 Sランク冒険者パーティー《赫月の晩餐かくげつのばんさん》の五人が、白い門を越えてくる。


 赤黒い長剣を持つレオルド・ヴァンゼル。


 大柄な拳闘士、ガスト・ロウガ。


 細い眼鏡をかけた斥候、シアン・ヴェルク。


 炎術師、ミレイア・ゾルド。


 鎖と巨大な空間収納具を持つドグル・ハイン。


 五人とも無傷ではない。


 だが、その傷のほとんどは、ここへ来る途中で受けたものではなかった。


 余の罠を避けた。


 余の配下が撤退した後を歩いた。


 そして、逃げ遅れた配下だけを、反応を見るために痛めつけて殺した。


 白い通路に残るのは、五人の足音だけ。


 配下の声はない。


 余が下がらせたからだ。


 悔しい。


 腹立たしい。


 今すぐ通路を閉じたい。


 白い壁で押し潰したい。


 戻り水で溺れさせたい。


 だが、今の配下たちに五人を仕留める力は残っていない。


 グズの泥核は傷ついている。


 ハイハネの霧核は疲弊している。


 カゲヌイの影糸も半分近く失われた。


 湿骨王列しつこつおうれつは、多くの骨を砕かれている。


 霧喰い刃ゴブリンたちも、先ほどの戦いで三体死に、六体が重傷を負った。


 そしてガルザヴェインは、まだ立つことすらできない。


 今戦わせれば。


 死ぬ。


 勝てないまま、殺される。


「全配下、待機を続けろ」


 余は命じた。


 マネが、余の本当の声を迷宮へ広げる。


「全配下、待機を続けろ」


 返事はない。


 だが、グズの泥が悔しそうに震えた。


 ハイハネの羽が荒く揺れる。


 カゲヌイの影が、白い床を強く掻く。


 誰も納得などしていない。


 余もだ。


 それでも、命令を変えることはできなかった。


    ◇


 五人は、白い通路の終わりへ辿り着いた。


 シアンが先に足を止める。


「広い区画がある」


 眼鏡の表面に、淡い光が走った。


「魔力反応は?」


 レオルドが問う。


「大きい」


「魔物か?」


「違う」


 シアンは鼻を動かした。


「生命反応。あと、甘い香り」


 ガストの顔が明るくなる。


「当たりか」


「まだ決めるな」


 ミレイアが指先へ小さな炎を灯した。


「噂の果実かもしれないけど、迷宮の餌かもしれない」


「どっちでもいい」


 ドグルが巨大な空間収納具の留め金を外す。


「価値があるなら持って帰る。罠なら、罠ごと壊す」


 レオルドが笑った。


「その通りだ」


 五人が、白い霧の先へ出た。


 そして。


 エリラの木を見た。


    ◇


 赤金色の幹。


 赤い葉。


 金色の裏葉。


 枝には、百を超える赤金色の実が生っている。


 今日の結実数、百八十七個。


 フィルエが毎日、一つずつ状態を確認してきた実。


 熟しすぎたものを採り。


 傷ついた配下へ分け。


 ガルザヴェインの訓練後に渡し。


 ルオが美味そうに頬張ってきた実。


 エリラの木は、深部の静かな光の中で揺れていた。


 五人が、足を止める。


 さすがに、すぐには動かなかった。


 ガストが大きく息を吸う。


「……すげえ匂いだ」


 ミレイアの目から、いつもの薄い笑みが消えている。


「生命力が濃すぎる」


 シアンも眼鏡を直すことを忘れていた。


「噂は、本当だったのか」


「噂以上かもしれない」


 ドグルが空間収納具を床へ下ろした。


 大きな袋のように見えるが、内部は別の空間へ繋がっている。


 普通の荷車数台分なら、余裕で入るだろう。


 レオルドは、エリラの木へ近づいた。


 あと十歩。


 五歩。


 木の前。


 余は、すべてを見ていた。


 フィルエも、隠し通路の奥から見ている。


 彼女の両手は、固く握られていた。


「フィルエ」


「……うん」


「出るな」


「分かってる」


「何があってもだ」


「……分かってる」


 返事が遅い。


 嫌な予感がした。


 だが、今はそれ以上言えない。


 レオルドが、枝へ手を伸ばした。


 赤金色の実を一つ取る。


 乱暴には引かなかった。


 まず価値を確かめるため、慎重に捻った。


 実が枝から離れる。


 エリラの木の葉が、わずかに揺れた。


《エリラの実、残存数:百八十六個》


 たった一つ。


 余は自分へ言い聞かせた。


 たった一つだ。


 明日には戻る。


 木さえ無事なら、何の問題もない。


「ミレイア」


 レオルドが実を投げる。


 ミレイアは受け取り、表面へ炎を近づけた。


 焼かない。


 熱への反応を見るだけだ。


「毒反応なし」


 次に、細い針を果皮へ刺す。


 赤金色の果汁が、針先へ滲んだ。


「呪いもない。生命力の密度は……計れない」


「神薬か?」


「分からない」


 ミレイアは正直に答えた。


「少なくとも、今まで見た回復素材とは別物よ」


 正式名称も知らない。


 エリクサーの五素材の一つであることも。


 一つでも残れば翌日に実が戻ることも。


 全部取れば木が枯れることも。


 何も知らない。


 ただ、価値の高い実だと分かっただけ。


 レオルドは自分の左手へ長剣を当てた。


 浅く引く。


 掌に赤い傷が走る。


 そこへ、ミレイアから返された実を一口かじった。


「隊長?」


 赤金色の果汁が口元を濡らす。


 次の瞬間、掌の傷が淡く光った。


 傷が閉じる。


 血が止まる。


 皮膚が、何事もなかったように繋がった。


 五人の目が変わった。


「……ほう」


 レオルドは掌を開いて、閉じた。


 痛みもないらしい。


「売れるな」


「売るだけ?」


 ミレイアが聞く。


「戦闘中に食えば、回復薬より早い」


「どれほど深い傷まで治るかは不明よ」


「なら持ち帰って試す」


 レオルドは、残った実を食べ切った。


 種も残さない。


 口元を拭い、木を見上げる。


「まず二十個だ」


 余は息を吐いた気分になった。


 二十個。


 多い。


 だが、許容できる。


 百六十七個残る。


 明日には戻る。


 皆を死なせるより、遥かにいい。


「耐えろ」


 余は呟いた。


 フィルエが、隠し通路の中で頷く。


「……うん」


    ◇


 ドグルが空間収納具の口を開いた。


 袋の内側に、暗い空間が広がる。


 シアンが木の周囲を調べる。


「根に強い魔力がある。幹にも流れている」


「木ごと持って帰れるか?」


 ガストが聞いた。


 フィルエの肩が跳ねた。


「今はやめろ」


 レオルドが答える。


 余は、ほんの少しだけ安心した。


「根ごと抜けば、何が起きるか分からん。まず実だけだ」


 木を守ろうとしているわけではない。


 未知の反応を警戒しているだけだ。


 それでも、今は十分だった。


 ドグルが鎖を伸ばす。


 鎖の先には、小さな布袋が取りつけられている。


 実を傷つけずに落とすための道具らしい。


「どれが熟している?」


 シアンが一本ずつ枝を見る。


「色が濃いもの。香りが強いもの。まず右の枝からだ」


 鎖が伸びる。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 赤金色の実が、次々と枝から離れる。


 布袋へ落ち、そのまま空間収納具へ運ばれる。


《残存数:百八十三個》


《残存数:百七十九個》


《残存数:百七十四個》


 余は数を聞き続けた。


 フィルエも。


 ガルザヴェインも。


 魔神覇王は、覇王練兵窟の床へ座ったまま、頭を上げていた。


「エリラ……」


「見るな」


 余は言った。


「でも」


「見るな」


「マモレナイ」


「今は守らなくていい」


「……」


「お前が死ねば、次は守る者すらいなくなる」


 ガルザヴェインは拳を握った。


 黒い爪が、白い床へ食い込む。


 それでも、立とうとはしなかった。


 余の命令を聞いた。


 それが、かえって苦しかった。


    ◇


 二十個の採取が終わった。


《残存数:百六十七個》


 ドグルが空間収納具を閉じかける。


「二十だ」


 余は呟いた。


「終わりだ」


 フィルエの握っていた手が、少し緩んだ。


 ガルザヴェインも、ほんの少しだけ頭を下げる。


 帰れ。


 そのまま帰れ。


 もう十分だろう。


 高位回復素材らしき果実が二十個。


 それだけでも、莫大な価値になる。


 普通なら満足する。


 普通なら。


「待て」


 レオルドが言った。


 ドグルの手が止まる。


「何です?」


「三十追加しろ」


 余の意識が固まった。


 ミレイアが木を見上げる。


「最初は二十じゃなかった?」


「実物を確かめる前の数だ」


「二十でも、十分すぎる価値になるわよ」


「十分かどうかを決めるのは俺だ」


 レオルドは、別の枝から一つ取った。


 赤金色の実を片手で弄ぶ。


「これが本当に噂通りの物なら、二十個では少ない」


「売り先を分けるの?」


「売る。使う。実験させる。貴族に貸しを作る」


 彼は笑った。


「多いほどいい」


 余は何も言えなかった。


 三十追加。


 それでも、百三十七個残る。


 まだ多い。


 木は枯れない。


 配下は死なない。


「……続けさせろ」


 フィルエが顔を上げる。


「ロード」


「まだ残る」


「でも」


「三十だ。まだ百以上残る」


 余は自分へ言い聞かせていた。


「耐えろ」


 再び鎖が伸びる。


《残存数:百六十一個》


《百五十三個》


《百四十二個》


《百三十七個》


 五十個が、空間収納具へ消えた。


 木の枝が、少し寂しくなった。


 それでも、まだ赤金色の実は多い。


 遠目には、十分に豊かな木に見える。


「今度こそ終わりだ」


 余は呟いた。


 だが、レオルドは木から離れない。


    ◇


 ガストが、低い枝へ手を伸ばした。


「俺にも一つくれ」


「勝手に食べるな」


 ミレイアが言う。


「効果も完全には分かってないのよ」


「隊長は食った」


「隊長とお前を一緒にしないで」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味」


 ガストは鼻を鳴らし、実を一つ取った。


 丸ごと口へ入れる。


 噛む。


 赤金色の果汁が、顎を伝った。


「うまいな」


 彼は笑った。


「傷が治るだけじゃねえ。普通にうまい」


「だから何だ」


「もっと食おうぜ」


「持ち帰る分を減らすな」


 レオルドが冷たく言った。


 ガストは肩をすくめる。


「分かったよ」


 その会話の軽さが、余には耐えがたかった。


 ギルとギギが守った実。


 フィルエが管理している木。


 ガルザヴェインたちの治療に使う命の果実。


 それを、うまいからと笑って食う。


 だが、まだ耐える。


 配下の命の方が重い。


「ロード」


 マネが小さく呼ぶ。


「何だ」


「アイツラ、カエル?」


「帰る」


「ホント?」


「……帰るはずだ」


 自信はなかった。


    ◇


 シアンが、空間収納具の中を確認した。


「まだ余裕がある」


 余の中で、嫌な予感が膨らむ。


 ドグルが収納具の口を大きく開いた。


「どれくらい?」


「この木の実なら、残り全部入る」


 白い部屋が、静まり返った。


 レオルドが木を見上げる。


 まだ百三十六個。


 一つはガストが食べた。


 それでも百を大きく超えている。


 レオルドは、しばらく何も言わなかった。


 余は祈った。


 帰れ。


 満足しろ。


 もう十分だ。


「隊長」


 ドグルが待つ。


 レオルドは、赤金色の木の実を一つ掴んだ。


「持って帰れるなら」


 嫌な言葉が始まる。


「残す理由はないな」


 余の意識が凍った。


「……何?」


 フィルエの顔から、血の気が引く。


 ミレイアが木を見上げる。


「全部?」


「全部だ」


「まだ百以上あるわよ」


「だから何だ」


「採取に時間がかかる」


「五人でやれば早い」


 レオルドは、赤金色の実を収納具へ投げ込んだ。


「後から来る連中に残してやる義理があるか?」


 シアンが眼鏡を直す。


「ありませんね」


 ガストは嬉しそうに笑った。


「最初からそう言えばいいんだよ」


「他の冒険者が持ち帰れば、市場へ出る量が増える」


 ドグルが鎖を広げる。


「俺たちが全部持てるなら、全部持つべきだ」


 こいつらは知らない。


 全部取れば木が枯れることを。


 翌日に実が戻ることも。


 何も知らない。


 ただ。


 目の前に価値のありそうな実が大量にある。


 だから、全部取る。


 それだけだった。


「やめろ」


 余は呟いた。


 声は、五人には届かない。


「やめろ」


 レオルドが命じた。


「残すな。上の枝も全部だ」


 ドグルの鎖が、一斉に広がった。


    ◇


《残存数:百三十個》


《百二十二個》


《百十四個》


 今までより採取が速い。


 ドグルだけではない。


 シアンも短い鉤爪を取り出し、枝から実を外す。


 ミレイアは細い熱線で、実の付け根だけを焼き切る。


 ガストは枝を引き寄せ、片手でいくつもむしり取る。


 レオルドも、自分の近くにある実を次々と収納具へ放り込んでいく。


「ロード!」


 フィルエが叫ぶ。


「まだだ!」


「全部取るって言った!」


「分かっている!」


「止めないと!」


「誰を出す!」


 余の声が荒くなる。


「グズか!? ハイハネか!? カゲヌイか!? 湿骨王列か!? 傷ついたゴブリンたちか!?」


 フィルエが息を呑む。


「出せば殺される!」


《残存数:百二個》


《九十一個》


「なら私が――」


「駄目だ!」


「でも!」


「お前が出て何をする!」


「話す!」


「聞く相手に見えるのか!」


「それでも!」


「駄目だ!」


 余は命令を叩きつけた。


「絶対に出るな!」


 フィルエの体が、契約線を通じて震えた。


 悔しさ。


 恐怖。


 怒り。


 全部が伝わる。


 余にも同じものがある。


 だが、行かせるわけにはいかない。


《残存数:七十九個》


 赤金色の実が、次々と消えていく。


 木の枝が見え始める。


 さっきまで豊かだった木が、急速に裸へ近づいていく。


「管理音声!」


《はい》


「木を守る方法は!」


《大規模罠の起動は、エリラの木本体を巻き込む可能性があります》


「小規模は!」


《現存防衛戦力では、対象五名の撃破確率は低いと推定》


「撃破でなくていい! 採取を止めろ!」


《一時停止は可能。しかし、反撃により配下損失が予測されます》


「損失数は!」


《不明》


「予測しろ!」


《戦闘配下の現在状態を考慮》


《多数死亡の可能性》


 余は、命令できなかった。


 出ろと。


 死ねと。


 余の実を守るために死ねと。


 言えなかった。


《残存数:六十八個》


    ◇


 ガルザヴェインが、白い床へ手をついた。


「ロード」


「駄目だ」


「マダ、ナニモ、イッテナイ」


「言わなくても分かる!」


 ガルザヴェインは、震える脚へ力を入れた。


 立ち上がろうとする。


 脇腹の傷は、エリラの実で塞がっている。


 肩の傷も。


 胸の傷も。


 だが、体の奥を走る魔力の流れは傷ついたままだ。


 覇王技を何度も使った精神核も、ほとんど空になっている。


 巨体が半分まで上がる。


「グ……!」


 また膝をつく。


「無理だ!」


「エリラ、タベル」


「何個食べても、今すぐは戻らん!」


「デモ」


「お前まで死ぬ!」


「フィルエ、ナイテル」


 余は黙った。


 隠し通路の中で、フィルエの頬に涙が流れていた。


 声は出していない。


 ただ、木から実が消えていくのを見て泣いている。


「ロードモ」


「余は泣いていない」


「ナイテル」


「泣いていない!」


 余に目はない。


 涙もない。


 それでも、ガルザヴェインには分かるらしい。


「だから何だ!」


 余は叫んだ。


「泣いていようが、怒っていようが、お前たちを死なせる理由にはならん!」


《残存数:五十五個》


 ガルザヴェインの拳が、床へ食い込む。


「クヤシイ」


「ああ」


「スゴク、クヤシイ」


「ああ!」


「デモ、ウゴケナイ」


「ああ……」


 余は、もう叫べなかった。


「今は、耐えろ」


 自分にも言った。


「耐えるしかない」


    ◇


 木の高い場所にある実へ、ガストが手を伸ばした。


 届かない。


 彼は幹へ足をかけた。


 白い靴底が、赤金色の幹を踏む。


 フィルエの体が跳ねた。


「やめて……」


 小さな声。


 ガストは聞こえない。


 幹を蹴り、上へ登る。


 枝を片手で掴んだ。


 実を一つずつ取るのが面倒になったのか、枝ごと引いた。


 みしり。


 木が悲鳴を上げるような音を立てた。


「やめて!」


 フィルエが立ち上がる。


「出るな!」


「木が痛がってる!」


「分かっている!」


「枝が折れる!」


「それでも出るな!」


 ガストが、太い枝を捻った。


 枝の根元に亀裂が入る。


 赤金色の実が七つ生ったまま、枝が折れた。


 ガストは笑った。


「こっちの方が早いな」


 枝ごとドグルへ投げる。


 ドグルは枝から実を外し、収納具へ放り込んだ。


 折れた枝は、白い床へ捨てた。


《エリラの木、枝部損傷》


《残存数:四十三個》


 フィルエの呼吸が乱れる。


「ロード」


「駄目だ」


「もう無理」


「駄目だ!」


「見てられない」


「見なくていい! 奥へ下がれ!」


「木を一人にできない」


「木は戻らなくても、お前は――」


 言葉が止まった。


 何を言おうとした。


 木は失ってもいい?


 そんなことを、フィルエへ言えるのか。


 あの木を毎日見てきた彼女へ。


 ギルとギギが守ろうとした木を。


「フィルエ」


 できるだけ静かに言う。


「実より、お前の方が大事だ」


 フィルエは振り返った。


「でも、私には木も大事」


「分かっている」


「全部取られたら、死ぬ」


「ああ」


 余は知っている。


 フィルエも知っている。


 だが、五人は知らない。


 何も知らず。


 知ろうともせず。


 ただ、価値がありそうだから取っている。


《残存数:三十四個》


    ◇


 レオルドが、枝に残る実を数えた。


「まだある」


「収納は?」


 シアンが聞く。


「余裕だ」


 ドグルが答える。


「全部入る」


「なら急げ」


 ミレイアが、細い熱線を何本にも分けた。


 赤金色の実の付け根を同時に焼き切る。


 十個近い実が、一斉に落ちる。


 ドグルの鎖が受け止める。


《残存数:二十五個》


「ロード!」


 マネが叫ぶ。


「分かっている!」


「ギギタチ、イク!」


「駄目だ!」


 避難区画にいる赤金果守ゴブリンたちが、戻ろうとしていた。


 果守りのギギが死んだ後も、木を守る役割を続けてきた配下たち。


 仲間の名が刻まれた木を、放っておけない。


「赤金果守、待機!」


 余は命じる。


 小さな足が止まる。


「ギ……!」


「来るな!」


 ゴブリンたちは泣くように鳴いた。


 それでも、命令を聞いた。


 余は、自分が配下を守っているのか。


 配下から守るものを奪っているのか。


 分からなくなった。


《残存数:十八個》


 枝が、ほとんど裸になっている。


 赤い葉と、金色の裏葉。


 その間に、わずかな赤金の光。


 十八。


 あと十八個。


 最後の一個が取られた瞬間、木は枯れる。


 明日には戻らない。


 二度と、実を生らせない。


 フィルエが、隠し通路の入口へ一歩進んだ。


「止まれ」


 余は命じた。


 彼女の足が、一瞬止まる。


「フィルエ」


「……うん」


「戻れ」


「……」


「余の命令だ」


 フィルエの肩が震える。


 戻らない。


「聞こえているだろう」


「聞こえてる」


「なら戻れ」


「ごめん」


「何?」


 フィルエは、隠し通路の封鎖へ手を触れた。


「フィルエ、やめろ」


「ごめん、ロード」


「やめろ!」


 封鎖が開く。


「出るな!」


 フィルエが走った。


《残存数:十四個》


 白い通路を抜ける。


「戻れ、フィルエ!」


《残存数:十一個》


 赤金色の木へ向かって。


「余の命令だ! 戻れ!」


《残存数:八個》


 ガストが、最後に残る低い枝へ手を伸ばす。


 その時。


「待って!」


 少女の声が、エリラの木の区画へ響いた。


 五人の手が止まった。


 レオルドが、ゆっくり振り返る。


 赤金色の木を背に。


 灰色の髪を揺らし。


 両手を広げたフィルエが、五人の前へ立っていた。

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